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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第一章 旅立ち
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旅立ち

 次は滞在しているという連絡員だな。

 爺さまの話ではそういうのは情報部員が行うらしい。

 村長宅に泊まっていたらしいので、客間に通して貰った。


 その男の印象を一言で言うと普通、だった。

 髪は茶。

 髭や顔に傷などはなし。

 雑踏に紛れたらもう見つけられないだろうという感じだ。

 

「どうも、カティア殿。昨日以来ですね」


 男の言葉で、昨日手紙を渡してきたのが間違いなく目の前の男であるという事実をようやく思い出すことができた。

 凄いな、情報部!


「私達は名を名乗れません。ですので、AさんでもBさんでもナナシさんでもお好きなようにお呼び下さい」


「はあ……ではナナシさんで」


 一番マシ? なナナシさんと呼ぶことにする。

 ナナシさんが爺さまに水を向ける。


「やはり彼女に後を任せるということでよろしいので? 剣聖殿」


「うむ。本人の了承も取った」


「軽いですなー。お弟子さんを死地に送り込むも同然ですが、よろしいので? 綺麗な顔に傷がついても責任取れませんよ」


 見た目の印象操作は凄いのに、どうもナナシさんはお喋りのようだ。

 思ったことをそのまま口に出しているような……

 大丈夫なのか、この人。


「構わん。信用しとるからな、カティのことは。何も問題ない」


 爺さまが気負った風もなく答えた。

 また泣かせる気か! 泣かないけどな!

 ただ、誰かに何かを任されたり託されたりっていうのはこんなにも嬉しいことなのだと、俺は初めて知った。

 おっと、内心とはいえ地が出た。

 自重自重。

 肩を竦めてナナシさんが答える。

 皮肉っぽい仕草だ。


「そいつは結構。では、私は先に出て他の情報部員と連絡を取ります。後のことは護衛兼道案内のニール君に任せてあるので。失礼しますよ」


 と、そのまま出て行った。

 案内役? 誰?

 それほど待たずにドアがノックされた。


「失礼します!」


 どうぞ、と返事をすると生真面目そうな声を出しつつ、少し背の高い青年が入ってきた。

 こちらも一応席を立って出迎える。


「自分は王国騎士団所属、ニール・ラザと申します! スパイク元国王の御命令により、王都までの案内役を拝命いたしました!」


 なんというか、ガチガチに緊張していた。

 緊張して手足を同時に出す人なんて、現実では初めて見た。

 その青年は身長百八十センチ程で、鳶色(やや赤みがかった茶色)の髪が短めに切ってある。

 顔は整っているのだが、どこか垢抜けない印象を受ける。

 服は白を基調とした軽鎧を身に付けている。

 騎士団の装備なのかな?

 見かねた爺さまが声を掛けた。


「お、おう。固いぞ、若者よ。そんなに緊張せんでも大丈夫じゃ」


「剣聖様ですか! 会えて光栄です! あ、握手を! 是非!」


 結果……より状況が悪化した。

 どうやら爺さまのファンらしい。

 私は蚊帳の外だ。

 落ち着くのを待つ他無いらしい。





「申し訳ありません……」


 ようやく話ができる状態になった。

 みんな立ったままだけど。

 少し爺さまが呆れている。


「うむ……弟子の案内、しっかり頼むぞ」


「はっ、お任せを!」

 

 色々言いたそうではあったが、爺さまが一言で締めた。

 真面目そうではあるし、人格的には大丈夫だと思う。

 と、ようやくニールさんがこちらを向いた。

 そして私の顔をみて固まった。

 そのまま呆然とした様子で視線が下に向かい、足元までしっかり見てから顔に視線が戻ってくる。

 ――ニールさんの顔が赤く染まる。

 ど、どうした!?

 取り敢えず笑顔付きで挨拶をしてみる。


「はじめまして、ニールさん。ティムの弟子のカティア・マイヤーズです」


「女性だとは聞いていましたが……その、……し、失礼しました! よろしくお願いします!」


 様子が変だが、ちゃんと挨拶は返してくれたし大丈夫だろう。




(ニール視点)


 伝説の剣聖に会えたことで、自分の胸は一杯だった。

 子供の頃、剣聖の英雄譚を綴った本を読んでから剣聖という名はずっと自分の憧れだった。

 今回の任務でも御本人は王都に来られないということだったが、一目会えるだけでも非常に幸運だと思い今日という日をどれほど心待ちにしたことか!

 握手をした時の手の感触は一生忘れられないと思う。

 自分の手はそれなりに剣を振り、固くなった手であると自負していたが、握ったティム様の手は言語に絶するもので。

 剣を振り続け、剣を振ることに特化したその手。

 自分の未熟を突きつけられるような、言葉を介さずとも語る雄弁な手だった。

 

 はしゃいでしまったことを謝り、そこでようやく自分は剣聖の弟子であるというカティアさんの方を見た。

 瞬間、意識せず少し多めにまばたきをした。

 ――そこには目の覚めるような美女が。

 身長は自分より十センチほど低いだろうか。

 燃えるような紅い髪をポニーテールにしている。

 白い肌にツリ目で切れ長の目で、瞳は髪色と同系色だが、ルビーのような妖しい魅力を放っている。

 それを長い睫毛が装飾するように縁取っている。

 すっと通った鼻梁とその下に柔らかそうな唇が見える。

 ついそのまま視線を下げると皮鎧ごしでも分かる大きな胸と引き締まった腰回り、長い脚が見えた。

 顔に視線を戻すと、自分の顔が熱くなるのが分かった。

 そして、その凛とした佇まいからは想像できないような柔らかい笑顔を浮かべて挨拶をしてくる。


「はじめまして、ニールさん。ティムの弟子のカティア・マイヤーズです」


 見た目との差が激しい表情をされ、益々混乱した。

 自分は今どんな顔をしているのだろう?

 その段に至り、ようやく自分が女性に対して余りに失礼な視線を向けていたことに気付いた。


「女性だとは聞いていましたが……その、」


 これ程の美人だとは想像していなかった。


「……し、失礼しました! よろしくお願いします!」


 なんとか謝罪の言葉と自己紹介に対する言葉を絞り出した。




(カティア視点)


 村で旅立つ準備をしている内に日が暮れた。

 今日は村長宅に泊めてもらい、出発は明朝となった。

 村長さんには小さな別れの宴を開いてもらった。

 村を挙げてやろうとしていたが恥ずかしかったので止めてもらった。

 明日の見送りも村長さん一家と爺さまだけだ。

 ローザには大体の事情を話した。

 平気そうな顔をしていたが、なんとなく元気がなかったのは気のせいだろうか。




 翌朝。

 馬を二頭伴った私達は村の門の前に居た。

 ニールさんは気を使って少し遠くで待っている。

 まずはザックさんが声を掛けてくれる。


「カティアさん、もし失敗してもちゃんと帰ってきてください。私達村の者にとっては王都の政情よりも仲間の方が大事です」


 ザックさんらしい優しい言葉だ。

 はい、と返事を返す。

 続けてハンナさんが、


「カティアちゃん、体調に気を付けるのよ。風邪をひいちゃ駄目よ」


 と、何時も通りのおっとりとした口調で言ってくれる。

 これにもきちんと返事をする。

 ローザは……


「カティ、ちゃんと髪は梳かすのよ? あと、夜更かしは美容の大敵なんだからね。食事もバランス良くとるのよ。それから……それから……」


 早口で捲し立てていたが、言葉が続かなくなる。

 目に涙が溢れてきたローザを私は静かに抱きしめた。


「必ず帰ってくるから、待っててね」


「うん……うん……待ってる、ずっと」


 まだ涙は止まらないが、きっと大丈夫だろう。

 村長さんもハンナさんも、爺さまも村のみんなも居るから。

 最後に爺さまから一言。


「ワシから言うことは何もない。行って来い、我が孫よ!」


 自然と背筋が伸びた。

 しっかりと前を向く。


「はい、爺さま! 行ってきます!」


 こうして私はカイサ村と爺さまの元から旅立った。

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