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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第六章 闘武会
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本戦第一回戦

 開始直後よりも大分選手が減った控室で昼食を摂る。

 初日は本戦第一回戦まで消化される予定らしい。

 勝ち残った選手は控室から出ることを許されていない、という訳でもないのだが。

 私は予選で盛大に観客の前でやらかしたので外に出ない方が良いという判断である。

 スーさんに頼んでおいた弁当を開くと……。


(わあ、おいしそう!)


 アカネがはしゃいだ声で喜ぶ。

 中身はなんと握り飯を中心とした和食だ。

 ここの所パンが続いたので個人的にお願いしたら用意をしてくれた。

 ガルシア王国での米は、主食としては全体の約三割ほどを占めている。

 比較的新しい穀物だという話だが、持ち前の生産性の高さから現在では急激に広まっている。

 「外」から持ち込まれた植物だという話だが、農法まで完全に広まっている所から恐らく、私のような迷い人が広めたものだろう。

 ありがとう、名前も知らない先駆者さん。

 それからスーさんもありがとう。


(お兄ちゃん、早く食べようよ!)


(おっと、そうだね)

 

 急かすアカネの声にまずは玉子焼きを一口……。

 うん、おいしい。

 甘めの玉子焼きとは、スーさん分かってるな!


(ほわあ……甘いのにしょっぱい)


 次、おにぎり。

 内陸なので手に入りにくい海苔は付いていないが……ただの塩おむすびっておいしいよね。


(うん、おいしい!)


 他には鶏の唐揚げに漬物など。

 いやー、落ち着く。


(でも、お兄ちゃん昔はよく食べてなかった? えっと、こんびに)


(やめて、一緒にするんじゃない!)

 

 大体それ前世の最期ら辺の、フリーター時代のわびしい食事じゃないか。

 何だか好きでしょっちゅう買ってたんだよね、おにぎり弁当。

 あれはあれでおいしいが手作りに勝てる訳がない。


(違うのー?)


(違うんだよ、基本、何でも手作りなこの世界では分からないだろうけど)

 

 ああいう大量生産品はどこか冷たい。

 ま、とにかくスーさんの料理は最高ってことで。


(ごちそうさまでした!)


(うん、ごちそうさま)




 予選が全て終わったのは十五時過ぎだった。

 ここからは本戦第一試合、計十六戦が行われる。

 組み合わせは予選の組の順であり、一組目の勝者と二組目の勝者、三組目と四組目といったように単純なものだ。

 組み合わせにおける抽選などはない。

 疲労を考えて予選が早く終わった順に試合が組まれる。

 私は十四組目だったので七試合目、という事になる。


「間もなく本戦第一回戦が開始されます! 出場者はリングに向かって下さい!」


 職員に呼ばれ一戦目を行う二人がリングに向かっていく。

 もう職員込みで二十人程しか居ない控室を眺めていると……。

 ――あれ? 今、見慣れた人が通ったような。


(キョウカちゃんじゃなかった?)


(だよね)


 アカネも言うのだから間違いないだろう、それに黒髪の人族はそうそう居ない。

 近付いて声を掛ける。


「キョウカさん!」


「……ちっ。ああ、カティア殿ですか」


 今舌打ちしたよね? この人。

 段々と態度が露骨になってきたな。

 振り返ったのはやはり姫様の護衛であるキョウカさんだ。

 大盾にメイスを持ち、更に鎧もしっかり着込んでいる。

 涼しげな顔だが、こんな重装備で暑くないのだろうか。


「姫様の護衛でお見掛けしないと思ったら……ここで何をなさっているのです?」


 闘技場に向かう行列には居なかったので、いつも姫様にべったりなこの人にしては妙だとは思っていた。


「……ク様が、……出ろと」


「え?」


「ですから、スパイク様が私に闘武会に出ろとおおせになったのです! 全く、どうしてこんな無駄な事を……」


「あの、スパイク様はどういう意図で――」


「知りませんよ! 必ず得るものがあるゆえきちんと出場するように、としか教えていただけませんでしたわ!」


 キョウカさんにとって、得るもの……?

 何だろうか、見当もつかない。


「ああ、やはりリリ様が心配です! ここは試合を棄権してでも――」


 その言葉からして予選は通ったのか。

 しかし棄権? 気持ちは分からないでもないが、それは良い結果を生まないだろう。

 ここは止めた方がいいか。


「いえ、待って下さい。姫様の護衛の任命権はスパイクさんが持ってますよね?」


「? 確かにそうですが……」


 リリ姫様が王位を継承すればその辺りの人事権なども付いて来るだろうが、現状では後見人のスパイクさんが取り仕切っている。


「棄権なんてしたら護衛の任を外されるかもしれませんよ。姫様が王座に付けば戻して頂けるかもしれませんが……束の間とはいえそれに耐えられるのですか? キョウカさんは」


 考えるまでもない簡単な事だが、それにも気付けないほど今のキョウカさんには落ち着きがない。

 私の話を聞いてしまった! という顔をする。


「耐えられませんわ、そんなの!」


「だったら大人しく出場した方が良いでしょう。それと、手を抜いたらスパイク様は見抜いてしまわれる可能性がありますから、全力で行くことをお勧めしますよ」


「ああもう、面倒ですね! ……分かりました。カティア殿、また後で!」


 憤懣ふんまんやる方ない、といった様子のキョウカさんが荒い足音で去っていく。


(キョウカちゃんっていっつも怒ってるよね? なんで?)


(さあ?)


 今のは自分が置かれている状況に対しての怒りだと思うけど。

 それとは別に私自身も嫌われているんだよな。

 何か癇に障るような事したかな? 記憶に無いなあ……。





「次は第七試合です! 該当の選手お二人はリングに向かって下さい! 五分以内にリング上に居ない場合は失格となります! 繰り返します――」


 出番か。

 背もたれに使っていた柱から体を離し、降ろしていた武器を剣帯に提げた。

 そのまま控室の出口へ。

 ……会場に入ると、予選とは比較にならない程の視線が突き刺さる。

 腰に提げた剣を揺らしながら、私はゆっくりとリングに上がった。

 相手である男性ドワーフの戦士は既にリングに居る。

 背は低いが予選突破者だけあってかなりの威圧感を放っている。


「第七試合、選手の紹介をします! リングの東、キルケ領出身ドワーフ族の三十五歳、Bランク兵士パウエル!」


 犬獣人で髪をバリバリに逆立てた青年が、拡声器型の魔道具を手に選手をコールする。

 本戦はこんなのもあるのか。

 風魔法が空気を振動させ、遠くまで声を届ける。


「対するは西側は匿名希望、フードを被った謎の選手だ! しかしながら予選で見せた剣はもしや噂の彼女なのか、という憶測が飛び交っております! 果たしてこの試合で正体は明かされるのかー!? さあ、注目の試合開始は間も無くです!」


 鐘の横に一人の職員が立ち、金槌を振り下ろした。

 鐘の音が会場に響き渡る。


「悪いが容赦はせん!」


 ――合図と同時に相手、パウエルさんが向かってくる。

 得物はモーニングスターだ。

 通常よりかなり大きめの鉄球が付いており、鎖も長い。

 頭の上で目一杯遠心力を効かせた鉄球を振り下ろしてくる。

 私は二本の剣を同時に抜き放ち、クロスさせる斬撃で鉄球を薙ぎ払った。

 重い、手が痛い! 素直に避けた方が良かった……。

 ランディーニはともかくマン・ゴーシュの方は刃が欠けるかと思った。


「ぬうっ!」


 パウエルさんがたたらを踏む。

 しかし瞬時に体勢を立て直すと、こんどは全身を使ってハンマー投げのように回転を始めた。

 速度を増しながら徐々に近づいてくる。

 私は一度、思い切って距離を取った。


(お兄ちゃん、わたしの出番は?)


 アカネの問いに、どうするかを考える。

 

(……今回は使おうか)


(ほんと? やったー!)


 もう本戦だし、なるべく目立たねばならない。

 まずは正体を明かすために私はマン・ゴーシュを鞘に納め、片手でコートを脱ぎ捨てた。

 目立つ赤毛が露出し、ようやく暑さから解放される。

 観客のどよめきが大きくなるが、構わず両手でランディーニを構えて魔力をチャージする。


(いっくよー!)


 アカネの高効率な魔力変換により一瞬で剣が赤熱化する。

 回転しつつ近付いて来る脅威に向けて、観客に見えやすいよう赤黒くなった剣を大上段に構える。

 そして轟々と迫りくるモーニングスターに対して、高速で腕を振り抜く!

 ――ジュッ、という異様な音を立ててモーニングスターの鎖が半ばから消失した。


「なにっ……!」

 

 急に重みが失われた己の武器に、パウエルさんが動きを止めた直後。

 ――観客席の真下の壁に鉄球が直撃した。

 観客から悲鳴があがるが、怪我人は居ないようだ。

 ……予想よりも遠くまで鉄球が飛んだから焦った。


「さて、あなたの武器はもうありませんが……どうします?」


 剣を突き付けて相手に継戦の意志があるか問う。

 問われた彼は渋面を作るが、それは一瞬だった。


「降参する……いや、完敗だな。若いのに大したもんだ! ガハハ!」


 終了の鐘が鳴り、割れんばかりの歓声がリングを揺らした。


「試合終了ー! これはもう間違いないでしょう! 絵のまま、絵のままですよ! わたくし、興奮を隠しきれません! 勝者、赤毛の魔法剣士にして剣聖の弟子、カティア・マイヤーズ!」


 勝者が告げられ、こうして私の一回戦は勝利で終わった。

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