槍兵が見た訓練 二
この回も前回に引き続き視点変更があります。
ご注意を。
一人目の団員の武器が破壊されたことでミディールさんによって負けが宣言される。
だが、一人目の彼は結果に納得していないようだ。
唾を飛ばしながら抗議している。
「イカサマだ! あんた、その剣に何か仕込んでるだろ!」
いや、僕の目が確かなら彼女は練兵所にある木剣を使っていたような。
練兵場に入ってきた時は何も持っていなかった。
備品として置いてある木剣の中から二本選んでいたが、彼はそれを見ていなかったんだろうか?
確かに木剣が腐った木の枝のように砕けたのは、とても衝撃的で信じ難い光景ではあったけれど。
傍に立つ団長が頭痛を堪えるように片手で目を覆った。
「見苦しい。全くあいつは……」
「いいんですか団長、放っておいて。先輩ですら彼に比べたら、もうちょっと潔いですよ」
「おい、一々俺を貶さないと気が済まんのかお前は」
「ミディールが良いように対処するだろう。普段は真面目な奴なんだが、熱くなると人の話を聞かんところがあるからな」
ミディールさんの処置は……カティアさんの木剣を抗議している彼に。
不正していないことを示すためだろう。
そしてカティアさんに、その辺にいた団員が持っていた新しい木剣を与えた。
どうやら再戦が認められたらしい。
――結果?
言うまでも無いでしょ。
その後、幾人もの挑戦者が挑んでいったが……それはそれは、惨憺たる有り様だった。
彼女の見た目に油断していた者は特に酷く、
「ぬわーっ!」
武器を破壊され、手から飛ばされ、地面に埋められ、まともに打ち合うことすら敵わない。
「当たらねー!」
更に、武器を壊されなくとも全く攻撃が当たらない。
一定以上の実力者は数合打ち合った後に強烈なカウンターを受けて敗北。
「ぶへえ!」
怯えて間合いを取り過ぎている消極的な者は、二刀での嵐のような攻撃に耐え切れずに撃沈。
「ぐへっ!」
列の人数が半分を切る頃には、まだかまだかと待っていた同僚たちの顔が期待から絶望へと染まっていった。
知っていたが、みんな騎士団員としての矜持なんてものは持ち合わせていないらしい。
僕も例外ではないが。
「先輩、急に腹が痛くなってきました。帰ってもいいですか?」
「馬鹿野郎。俺だってお前、行きたくねえよ」
……先輩、顔が青いです。
きっと僕も同じ顔をしてるんだろう。
ただ、不意に先輩の昨日の台詞を思い出す。
「昨日はあんなに格好つけてたのに」
立ち合えばうんぬんかんぬんって。
さては日和ったな。
「……いや、あれだけ強さを見せつけているんだから俺自身が戦わなくてもよくないか?」
「……ですよねー。ほら、見て下さい。彼女息一つ切れてないですよ」
彼女、カティアさんは勢いよく、しかし無駄のない動きで二振りの剣を振り回している。
更に時折蹴りも混ざる。
あんなん避けきれるわけないじゃんか。
「ああ、化け物かよ。しかもまだ噂の魔法剣を使っていないじゃないか」
「木剣だと使えないんですかね?」
木だと燃えちゃうとか?
僕らの会話を聞いていた団長が顔をヌッと出してきた。
「いや、その気になれば手にも足にもオーラと共に火を纏えると情報部で聞いたぞ。大火力は無理でも瞬間的なものならオーラの強化込みで、素材を問わず使えるのではないかな」
まじかよ、こええ。
じゃあ単に使っていないだけか。
しかも手足にもって――武器がなくてもある程度戦えちゃうじゃないか、剣士なのに。
「いいですねー、団長ともなると情報部に顔が利いて」
お、先輩が口を尖らせて団長に無駄に突っかかっている。
先輩、やっかみ入ってます?
知りたがりだからなー、この人。
噂話とかも大好きだし。
何にしても格好悪いぜ!
「フフ、悔しいなら出世するといい。君達はまだ若い」
「へい、仰る通りで……」
そして見事にやり込められている。
さすが先輩、僕の期待を裏切らない!
「まあ怪我をさせられる訳でもないのだから、しっかり経験を積んで来るといい。ほら、出番だぞ」
「「早っ!」」
雑談を始める前まではまだ半分、百人位は居たのに。
話し込んでいる内に全員負けていたらしい。
いよいよ次は先輩の番だ。
「先輩、逝ってらっしゃい」
「おい、お前の言葉に何か悪意を感じるぞ」
「気のせいです。出来れば、なるべく長ーくもたせてください。僕の心の準備のために」
「お前の心の準備なんか知るかい! ……ああ畜生、いってくる!」
ちなみに先輩の得物は僕と同じ槍だ。
ガチガチに緊張した先輩が、悠然と立つ赤い悪魔と向き合う。
両者が軽く一礼をして武器を構える。
「っしゃあーおらあーっ!」
先輩が気合の叫びを上げた……が、後半は声が裏返っている。
だせえ。
お、先輩が槍の間合いを生かして粘っている。
粘る、粘る……あ、短剣で弾かれて体が泳いだ。
そして首筋に長剣を添えられて終了ー。
――さて、帰るか。
「どこに行くんだ? ん?」
あ、待って。
そんなに強く肩を掴まないで!
先輩、戻ってくるの早いよ!
「離してください先輩! 負けると分かっている戦いに何の意味があるんですか!」
「お前も逝ってこいよ。戦場と遜色ない、本当の恐怖を味わえるぜ……」
先輩に退路を塞がれた……。
ああ畜生!
仕方ないのでトボトボとカティアさんの元に槍を担いで歩いていく。
風が吹き、風下の僕に向かって良い香りが運ばれてくる……むほっ。
「よろしくお願いします」
良く通る落ち着いた声で挨拶をしてくれる。
高くて綺麗な声もいいけれど、これはこれで……うん、いい。
いいなあ。
容姿に合っている。
はー。
しかし近くで見ると本当に美人だなあ。
睫毛なっが。
肌も綺麗だし、唇もツヤツヤ。
見つめていると、そのぷるぷるの唇が開かれる。
「あの、何か……?」
「いえいえ、何でもないです。よろしくお願いします」
おっといけね、つい見つめてしまった。
仕方ないね、男だもの。
「では、始め」
ミディール様が開始を告げる。
先輩と自分の実力はそう変わらない。
……いやいや、自分の方がちょっぴり、少しだけ、僅かにささやかに上の筈だ。
だから、先程の戦いを参考に――。
「はっ! せいっ!」
短剣の弾きに注意しつつ槍で牽制をかける。
勿論、槍は当たらない。
当たらないが、多少なりとも先輩よりは長く戦ってやるぜ!
槍を長く持ち、切っ先を最小限の動きで薙いでは距離を稼ぐ。
「……少し面倒ですね」
――え?
目の前の女性が呟いたと思ったら、その体が下へと深く沈み込んだ。
慌てて槍で突くが当たらない。
いかん、隙が!
だが諦めん、もう一手だけは打ってみる!
低い姿勢で迫るカティアさんに対し、足払いに近い高さで思い切り槍を横に振り回す。
当たる! と思った瞬間だった。
思わず足が竦むようなオーラが相手から吹き上がり、赤い残像を残してその姿が掻き消える。
――どこだ!?
うっすらと視界の上部に影が出来る。
急いで上に視線を向けると、長い赤毛が尾を引きながら空を舞うのが見えた。
そして、それ以上動けなかった。
音も無く静かに背後に着地する気配と、背中をツンツンと短剣で突かれる感触。
「私の勝ちですね」
「……はい、何も異論はないです……」
打ち込まないのか、優しいなぁ……。
しかしぐうの音も出ねえ。
おかしいよこの人。
途中で姿を追えなくなったのもそうだけど、地を這うような姿勢からいきなり宙にかっとんだよね?
どんだけ柔らかい体と強いバネをしとるんだ。
オーラとか剣技とかに関してはハッキリ言って分からん、レベルが違い過ぎて。
負けが宣言されたので、すごすごと先輩の元に戻る。
「な、すげえだろ……」
「彼女のオーラが立ち昇った瞬間、鳥肌が立ちましたよ」
「俺もだよ……木剣が真剣に見えたわ。こええ」
「でも僕は先輩よりも長く戦えましたよ! つまり先輩よりも僕の方が格上ってことですよね!」
「何言ってんだお前!? 明らかに俺の戦いを見て参考にしてただろうが!」
「あ、バレました?」
「分かるわ! 何回一緒に訓練してると思ってんだ!」
「ちっ。からかいのネタになると思ったのに」
「おいっ!」
先輩はさておき次は団長か。
団長は百戦錬磨、膨大な経験に裏打ちされた実戦剣術の使い手だ。
老齢ながら今の団内に勝てる者はいない。
その団長は既にカティアさんと向かい合って立っている。
この戦い、僕にはどうなるか予想も出来ない。
だが負けたことで完全に見物人としての意識になっているので、どうなるのか段々ワクワクしてきた。
一体、赤毛の彼女はどれだけの実力を持っているのだろう。
他の同僚も同じ様な心境なのか、黙って二人の戦いを注視している。
「では最終戦、始めて下さい」
ミディール様の合図で向き合う二人がそれぞれ一歩ずつ、足を踏み出した。