訓練
「行きますよ、ライオルさん」
「おう、全力で防御すりゃいいんだな?」
アカネの精霊化から一週間。
そして闘武会の開催は一週間後。
私はライオルさんに軽い訓練をお願いした。
場所は王城に併設されている練兵所で、屋内だ。
理由としては、ここ暫くの休養などからくる練度の低下への懸念。
それと一つ、試しておきたいことがある。
快く引き受けて貰えたが、ライオルさんによると
「次に戦う時用の情報収集」
だそうだ。
黒剣「ランディーニ」を抜いて構える。
(アカネ、準備は?)
(出来てるよ)
アカネを戦闘に巻き込んでいるのは、本人の申し出があった為だ。
私は最初、断った。
しかし「お兄ちゃんの前世が特別なだけで、この世界で戦わずに生きている人はいないよ」という一言の前に撃沈した。
何も言い返せなかった。
……しかし、考えてみれば今迄とやることが変わるわけではない。
ただ、私はアカネを守りつつ爺さまへの恩返しをするだけ。
守る対象がこうして意思疎通出来るようになった分、更に気合は入るが。
……まず、ランディーニにオーラを。
そして魔力をアカネに預ける。
「マジかよ……」
ライオルさんが呟いた。
ランディーニの周りを炎が渦巻く。
一目で分かるほど、今迄の魔法剣とは隔絶した力が込められている。
この体を使った際のアカネの魔法制御の資質。
更に精霊としての力が重なり、私一人で魔法を発動していた時と火の威力は比べ物にならない。
既に地竜を斬りつけた時の、時間を掛けて上げた温度を優に超えている。
ライオルさんの鉄篭手付きのクロスアームブロックに向けて――
「せいっ!」
振り下ろした。
「ぬおおおおおおおっ!?」
火の魔法剣(強化型)は一瞬でライオルさんのオーラを削り取り、腕に引火した。
……。
いかん。
「ちょちょちょ、アカネストップストップ!」
「あぢぢぢぢ!」
(あ! ごめんなさいー! でもお兄ちゃんも消せるでしょ?)
あ、そうか!
何となく制御を全て任せている気になっていたが、感覚が違うと告げている。
以前の魔法剣と同じように念じると、火が消えた。
「フィーナさん、治療を!」
水魔法の回復は、切り傷や火傷などの外傷には良く効く。
直ぐに消火した為ライオルさんに火傷は見られないが、念のために診て貰おう。
「はいはい、お任せー。にしてもカティアちゃんは、これ以上強くなって何がしたいの?」
「在って困るものではないですし。慣れない力ほど危ないものはありませんから」
「おい、俺の心配は……?」
「あ、ごめんなさい。火傷しませんでした?」
「腕毛が燃えた程度だから問題ねえが。これ、まともに当たったら即死じゃねえか?」
確かに。
ライオルさんほどのオーラを一瞬で消し飛ばし、無防備な体に引火した。
ということで結論。
「……人に対して使うもんじゃないですね」
「おい、そんなもん受けさせんな」
しかし、練習時はここまででは無かったんだよな。
どうもアカネ側の制御が安定しないのか、出力にも波がある。
今のは高い方に嵌った感じだ。
「あーあ、益々倒しづらくなりやがって」
「その割には嬉しそうですね、ライオルさん」
「当たり前だろ。次に俺と戦う時はそれ、ちゃんと使えよ。一撃でも当たったら終わりなんて最高じゃねえか。シビれるぜ」
実質ニ対一みたいなものだが、いいのだろうか?
(ライオルくんが何言ってるか分かんないよ、お兄ちゃん)
(大丈夫、時々私も理解不能だから)
地竜の時も嬉しそうに一撃受けたら終わり、なんて言ってたし。
「はい、治療終わり。カティアちゃん、ミディールが終わったら連絡したいことがあるって言ってたわよ」
「ミディールさんが? 何だろう。何処に居るか聞いてます?」
「さあ? アタシはたまたま会っただけだから。面倒なら無視すれば?」
仲悪いなあ。
だが、情報部からの連絡だろうから放っておく訳にもいかない。
「いえ、行きますよ。お二人とも、ありがとうございました」
練兵場を後にした。
ミディールさんを探して城内を歩く。
あ、衛兵さんが居るな。
ちょっと聞いてみるか。
「あの、ミディールさんがどちらに居るかご存知ありませんか?」
「……いえ、知りませんね」
? 何だろう。
妙な距離感というか……。
一言で言うと、非常にそっけない。
その後、他の人にも聞いてみたが似たような反応が返ってくる。
「ミディールさん」
「――ああ、カティア殿。お待ちしていました」
結局、ミディールさんは自力で見つけた。
情報部の執務用に割り当てられている部屋だ。
以前、城内を軽く案内された時の記憶を頼りに辿り着いた。
どうやらミディールさんは机で事務作業をしていたらしい。
この人はこう見えて情報部長の息子で、王都に居る場合は父親の補佐をしているとか。
聞かされた時は驚いた。
肝心の情報部長には会ったことは無いが。
「二人分のお茶を」
ミディールさんが品の良い執事にお茶を注文する。
四十代くらいの背の高い執事が、優雅に一礼をして部屋の奥に下がっていく。
対面式のソファーを勧められたので、二人で座る。
「さて、カティア殿。城内の兵の貴女への態度について、何かお気付きになりませんでしたか?」
「態度? どこか、よそよそしいというか……あ、ミディールさん。わざと居場所を告げずに私を呼び出しましたね」
そもそも呼び出し方が不自然というか、不親切でらしくなかった。
(? どういうこと?)
(城内の兵士の態度を見せるために、居場所を隠して探し回らせたってこと。まっすぐ此処に来たとしても、練兵場からは反対側でしょう?)
(うん。でも、どうしてそんなことしたの?)
(それはこれから、説明すると思うよ)
「率直に言いましょう。城内の兵たちはカティア殿に対して不信感を持っています」
「不信感?」
「はい。強いと言ってもあくまでそれは噂。まだ闘武会も先ですし、実際に兵達が実力を見た訳ではありません。その得体の知れない女性が、先代国王や姫殿下と親しげにしている。何となく面白くありませんし、兵によっては何らかの危機感を抱いても不思議はないでしょう?」
「そうですね。王都に来てからは、客室で寝込んだり、スパイク様や姫様と歓談しているだけですからね……」
考えてみれば、信頼を得られるような事を何もしていない。
この状態で何か信じろと言っても薄ら寒いだけだ。
「そこでカティア殿には――全員、打ちのめしていただきましょう」
「は?」
おかしいな。
今、とっても野蛮な解決法を聞かされた気がするのだが。
「全員、打ちのめして――」
「二回言わなくていいですから。聞こえています」
「そうですか? 結局の所、我が国は実力主義です。武力を頼りに仕事をする兵士にとっては尚の事、強いという事はそれだけで信頼に値する。強ければ、ああ、噂は本当だったのだ、と強さ以外の部分も含め、全て勝手に信用してくれます」
「そういうものですか?」
「そういうものです。このままでは闘武会以前に、兵達の統率に響きます。早めに手を打っておく方がよろしいでしょう」
「……分かりました。段取りは、情報部で?」
「はい。大規模訓練と称して、出来る限り多くの兵を集めましょう。明後日には可能でしょうから、そのつもりで」
妙なことになったな。
そんなに上手く行くのだろうか。
(空手の百人組手みたいだねー)
(……そうだね。相変わらず変な知識ばっかり拾っているね、アカネは)
「それは楽しみですね。私も是非、拝見したいものです」
お茶を運んできた執事さんが、静かにカップを置いた後に話す。
この執事さん、訓練を見たいだなんて武術の経験でもあるのだろうか。
「貴方にはスパイク様との詰めの協議が残っているでしょう……父上。そろそろ悪ふざけを御止めになっては?」
「えっ!?」
ミディールさんは明らかに執事さんの方を見てそのセリフを言った。
じゃあ、この執事さんが情報部長……!?
情報部の人間は普通に登場出来ないのか?
「あの、どうして執事服を御召しに……?」
「趣味、ですかな」
趣味……?