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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第五章 王都ガルシア
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再会

「お兄ちゃーん!」


 ぐりぐりと顔をお腹に擦りつけながらの熱い抱擁。

 フィーナさんに聞いた話から、言葉を話せるのは予想済み。

 知識を共有していたものと思われる。

 精神年齢もまあ、思っていた以上に幼いが大体予想通り。

 ただ、この元気の良さだけは予想外だった。

 喜んでくれるのは嬉しいんだけど、もう限界……。

 

「あれ、お兄ちゃん!?」


 私は疲労と、事態が上手く運んだ事への安堵から床にへたり込み、動けなくなった。

 暫く自力で立てそうもない……。


「む、いかんな。……えーと、この娘、何と呼べばいいんじゃ?」


「余に聞くでない」


 ルミアさんとスパイクさんが顔を見合わせた。

 このの名前か……。

 両親がつけた名前がある筈だが、この娘が一歳になるかどうかという時に亡くなっている。

 覚えてはいないだろう。

 爺さまも、名前が分かるような持ち物は無かったと言っていたし。


「あー、ちびカティアよ」


「ふえ? わたしのこと? ルーちゃん」


「ルーちゃ……!?」


 ルミアさん絶句。

 恐らくそんな愛称で呼ばれたのは初めてなのだろう。


「ゴホン。カティアを休ませねばならん、一旦離れて――」


「や!」


「いやしかし、部屋を移動するにもお主は目立つし――」


「やだ!」


 子供らしい率直な拒否に、ルミアさんが途方に暮れた顔をする。

 この部屋には、かっちりとした椅子とテーブルしかない。


「……スパイク、リリ、何とかせい」


「むう、運ぶ部屋は元々泊める予定があった部屋でいいであろうが……城内全てのものが精霊について知っている訳ではない。このまま移動を行うのは、ちとマズいな」


 透けてるものね、彼女。

 見た者は不審を抱くだろう。


「……火の大精霊……」


 リリ姫様が解決の糸口を求めて大精霊に呼び掛けた。

 大精霊は、ゆったりと漂いながら声を降らせる。


「ソノ者ハ既ニ精霊デアッテ精霊ニアラズ。ダガことわりノ内ニイル」


「……?」


 姫様が首を傾げる。

 だが、理の内側ってことは……あー、駄目だ。

 疲れでこれ以上頭が回らない。

 ルミアさんなら多分理解しているだろう。


「我々ノ役目ハ終ワッタ。還ラセテモラウ」


 火の大精霊が虚空に掻き消えた。

 姫様の中に戻ったらしい。


「……ありがとうございました」


 もう聞こえていないかもしれないが、彼女の為に力を譲ってくれた沢山の精霊達に感謝を。

 しかし、もう喋るのもしんどい。


「つまり何が出来て何が出来ないか、本人ならばなんとなく分かるということじゃな。ちびや」


 やはり理解できていたらしいルミアさんが彼女に声を掛ける。


「なーに?」


「あの大精霊のように姿を消せるかのう?」


「え? うーん……おに……お姉ちゃんの中に入れば見えなくなるかも」


「姫の大精霊と同じように、お主はカティアに憑いていると。まあ出自を考えれば当然そうなるのは道理じゃが。それから、ここに居るものは皆事情を知っておる。別に兄と呼んでも構わぬよ」


 そもそも、盛大に叫んでいたよね……。

 もし知らない人が居たとしても今更誤魔化しようがないと思う。


「むー、そっか。とにかく見えなくなればいいんだよね?」


「うむ、カティアを休ませる。このまま床の上では可哀想じゃろ?」


「う、うん。やってみる」


 彼女の姿が手の平サイズの炎になり、ふよふよ漂う。

 不意に加速し、私の胸の辺りに入っていく。

 これ、大丈夫か?

 また魂の状態に戻ったりなんて……。


(お兄ちゃん疲れてるみたいだから静かにしてるね!)


 うわっ! びっくり!


「どうした? カティア」


 急に肩を震わせた私を見て、ルミアさんが不思議そうな顔をした。


「……い、いえ。頭の中で声が」


「む? ……ああそうか、ちびの声じゃろう?」


「そうです」


「姫と同じ現象か。とはいえ、一人なら静かなもんじゃろう?」


 思念の集合体の大精霊と違い、彼女は一人だ。

 そこまで頭の中が賑やかにはなることはないだろう。

 体に入っても魂の状態に戻る、などということもなく一安心だ。


「……うん、羨ましい……」


 姫様が羨望の眼差しをこちらに向ける。

 無表情だけど。

 しかし精霊の声、しかも呼び掛ける類のものでないノイズのようなものが複数聞こえてきて、平然としている姫様は少しおかしい。

 どんな精神構造をしているのやら。

 ……それにしてもこれって、こちらからも彼女に呼び掛けられるのだろうか。

 試してみよう。


(おーい)


(なあに?)


 出来るみたいだ。


(ごめん、呼んだだけ)


「どれカティア、余が手を貸そう。一先ひとまず立てい」


 スパイクさんが私を支えながら立たせてくれようとする。

 だが、私は大いに慌てた。


「いえ、スパイク様に無駄な労力を使わせる訳には。部屋の場所を教えていただければ自力で移動を……」


「馬鹿を言うな、その様子で一人で立てるものか。リリ、ルミア、扉を開けてくれ」


 先代国王に肩を貸されながら移動する、近衛兵候補……。

 何とも情けないし、身分的にも外聞的にもマズい気がする。

 そのまま扉を出ると、やはり護衛に立っていたキョウカさんが驚いた表情を見せる。


「な、何をなさっておいでですかスパイク様!」


「キョウカ。何、親友の孫に肩を貸しているだけだが?」


「こんな所を誰かに見られたらどうします! ……はあ。スパイク様、どこにお運びになるのですか?」


「客室であるな。一人用の、ほれあそこよ。この間改装した」


「せめて人払いをして参ります! 少々お待ちを!」


 そう言うや私を数瞬憎々しげに見た後、慌ただしく駆けていった。

 ……本当にすみません。

 キョウカさん、スパイクさんの対応にも慣れている感じだな。

 このかたは代わりに肩を貸すと言っても多分聞かないだろうし。

 

(……)


 移動中、彼女から喋りたくてしょうがないのに必死に我慢している感じが伝わってくる……。

 かわいいなあ。

 従妹の小さい頃を思い出すな。

 あいつも彼女の姿くらいの頃は素直で――


(わたしかわいい?)


 って、思考も筒抜けなのかよ!

 恥ずかしいわ!

 意識して呼び掛けなくても、全て駄々漏れのようだ。


(?)


 ……何も考えず黙って移動するとしようか。

 キョウカさんの人払いもあってか、誰にも会うことなく目的の部屋まで到達した。





「では、儂らは一旦下がるからの。積もる話もあるじゃろうし」


「うむ。カティア、夕食はささやかながら会食を予定しておる。無理はしなくてよいが、出られるようなら歓迎する」


「……また、後で……」


 三人が去り、彼女と二人きりになる。

 宛がわれた客室は華美過ぎず、しかし造りがしっかりしており質を重視するこの国らしさが良く出た部屋だと言える。

 一人用でソファと小さなテーブル、ベッドが一つずつ。

 私はベッドの上で、壁を背もたれにしながら半身を起こした。

 眠る前に話をしておきたい。


(そろそろ、出てきてくれるかな?)


(はーい)


 溌剌はつらつとした返事が聞こえ、火の玉が胸から飛び出す。

 やがて、先程と同じように小さな少女が現れた。


「色々と話したいことがあるのだけれど……」


「はいはい! わたしもー!」


「その前に」


「?」


 話の前に解決しておかなければならない問題がある。


「服を、なんとかしようか……」


 精霊化した時から、彼女は何も着ていなかった。

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