煉獄
落ちた剣を震える手で拾う。
現実の空間ではないようなので、拾う必要すらあるのかどうか分からないが。
単に剣士としての習性と言えなくもない。
まずはマン・ゴーシュを鞘に納め、黒剣を――
「これ、どっちだろう……」
ジークの剣と並んで落ちており、非常に紛らわしい。
両方を手に取ると、片側に僅かに手に馴染む感触が……。
こっちか?
慣れた感触がある方を鞘に納めた。
瞬間もう一つの黒剣が発火し、焼失した。
どうやら正解らしい。
倒れたジークを見ていると、背後から気配が――。
急ぎ振り向く。
「あー、負けちまったな」
「あれ、ジークさん!?」
もう一人ジークが。
どういうことだ!?
「ここはそういう空間だからな」
もう一人のジークがパチンと指を鳴らす。
すると、倒れている方のジークが焼失した。
本当に何でもありだな……。
「まさか、もう一度闘えなんて――」
「言わん言わん。しかしミスキャストだと思わねえか? いくら俺様とはいえ、背負うもののない王がお前さん程の相手に勝てるわけないよな?」
「はあ……」
そういうものなのか?
いやしかし、この人なら状況次第で本当にパワーアップしそうだ。
「精霊達が見たかったのは、恐らく――おっと、そろそろ時間か?」
ジークの体が足元からゆっくりと消え始める。
少しぐらい話す時間はありそうだろうか?
「一つだけ聞いてもいいですか? この黒剣の銘なんですが」
前から気になってはいた。
持ち主だったなら、何か知っているんじゃないか?
「相棒の銘? 残念だが、知らん。いつも相棒とだけ呼んでいたからな。だが、俺様が名付けるとしたら……ランディーニ、ってところだな」
「ランディーニ、ですか?」
確か、黒百合の事だったような。
花には詳しくないんだが。
「ああ。俺様が持つには似合わん名だが、お前にはぴったりだろう。――相棒を大事にしてやってくれよな」
初代国王に託されるとは、光栄だな。
気が引き締まる思いだ。
剣の名前に関しては若干気障ったらしい気もするが、ありがたく貰っておこう。
いつまでも黒剣呼びでは、こいつも可哀想だろうから。
「ありがとうございます。勿論、大事にします。……しかし、花の名前を剣に付けるなんて随分とロマンチストなんですね」
「英雄には大勢の美女との浮名も付き物だろ? 甘い言葉の一つや二つは言えるのさ。中にはお前似の美女も――」
「あー! あー! 聞きたくないです!」
自分の事でなくとも、何か嫌だ。
「フッ、青いねえ。……俺様からも一つだけ聞いていいか?」
「何です?」
「俺様の――いや、俺様達の創った国は今もまだ……残っているか?」
何とも、らしい質問というか。
一瞬の邂逅だというのに、私はもうこの人の魅力に惹かれている。
不思議なものだ。
「はい。四種族揃って一度も大きな内乱はなく、活気に満ちた国が今もあります」
異なる文化、異なる姿を持つ者が一緒に居る事の難しさ。
しかしそれを、この王は実現した。
偉大な王の懐に抱かれ、私達は今日まで生きてきた。
「そうか、なら――――」
ジークの姿が消える。
最後に何かを言っていたが、聞き取れなかった。
満足気な微笑みを残し、静かに光が散っていく。
……。
「見事ナリ」
火の大精霊の声が降ってきた。
いよいよか。
「今ヨリ、我々ノ力ヲ注グ。汝ノ魂ヲ依代トシ、ソノ魂ヲ精霊化サセル」
「私の魂を依代に? 何故です?」
「ソノ魂ハ未熟。我々ノ思念ノ波ニ飲マレレバ、自我ハ崩壊スル。汝ガ受ケ止メ、純粋ナ力ノミニ昇華セヨ」
「……つまり、私の魂を濾過装置として使うと?」
「肯定。耐エネバ死スルガ、準備ハヨイカ?」
「いつでも」
覚悟は決まっている。
迷う必要などない。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!」
大精霊が咆哮した。
力の奔流が荒れ狂う。
大精霊から離れた火が、次々と私の体に入ってくる。
――アイシテル。
!?
……これが精霊の思念か。
最初に感じた感情は、暖かな愛情だった。
これなら大丈夫だと私は油断した。
……油断して、しまった。
――クイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ!
……直ぐに後悔することになった。
――モット、モットダ! モット、モットトウソウヲ! マダ、タタカエ
――アツイ、アツイ、アツイ、アツイ! アアアアアアアアアアアアアア!
――マダダアアアアアアアアア!
――アハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!
――アッタカイ
――キサマアアアアアアアアアアアアアアアア!
――コロス、コロス、コロス、コロス、コロ、シテ
流れ込んでくる。
燃えるような感情が、正負問わずに。
愛情、憎しみ、闘志、痛み、情熱、嫌悪、温もり、怒り、嫉妬、笑い、狂気……。
ぐるぐると回る、渦を巻く。
焼かれていく、命が、心が。
頭が割れそうだ。
魂が砕けそうだ。
熱い、熱い、アツイ……。
ヒガ、タクサンノヒガ……。
――ティア……。
何だ……思念以外の声……?
――カティア!
カ……ティア? ……誰の…名前……?
思い……出せな……
「――ィア、カティア! また置いて行くのか? 今度は儂らを! あの花火を見て、お主は泣いて……泣いて、おったじゃろうが!」
はなび……?
ハナビって、何だっけ……?
「……御爺様、脈が……弱くなっています……!」
「こんな所で終わるでない、カティア! 余は……余は、ティムに何と言えばいい!」
てぃむ……。
だれだろう、頭にうかぶこの人は。
どうしてこんなに、あんしんするんだろう……?
「カティア……カティア! 行くな! 目を開けよ! このままいくなど、絶対に許さぬ! あの三人だって、この様な結末……望んでいるものか!」
三人……?
ニール、さん。
フィーナさん。
ライオルさん……。
「……る、み……」
「! カティア! カティア! 頼む、起きてくれ……自分で淹れても、お主と同じようにはハーブティーが上手く淹れられんのじゃ……」
「……」
「カティア……」
「……ルミアさんは……泣き虫ですね……もう八十歳なのに……」
あの夜そうしてくれたように、今度は私がルミアさんの涙をそっと拭う。
自分で思っていたよりもずっと掠れた声が出た。
体が鉛のように重い。
喉がカラカラで、少し痛い。
「……! ……馬鹿者、お主が泣かせるような事をするからじゃろうが……」
「おお、カティア! よくぞ戻った!」
「……貴方が、血の涙を流した時は……もう駄目かと思った……」
は?
血の……うわっ! なんだこりゃ!
自分の頬に触れた手の平が、赤く染まった。
固まりかけていた血もポロポロと落ちる。
「抽出カンリョウ」
一回りサイズが小さくなった大精霊が発言した。
私はそこでようやく、寝ていた床から起き上がった。
「どうなったんですか?」
「既ニ汝ノ中ニ力ハ在ル」
体の内側を意識すると確かにある。
オーラでもなく魔力でもない、力の結晶。
「今ノ汝ナラ、モウ一ツノ魂ヲ知覚可能」
力の結晶よりも更に奥。
そこには小さく儚い、今にも消えそうな焔が。
こんなに、弱って……!
「力ヲ近ヅケヨ。意識ヲ研ギ澄マシ、徐々ニ同化ヲ」
言われるがまま、力の結晶を彼女へ。
ゆっくり、ゆっくり、慎重に……。
「あ、あれ?」
持っていたものを掃除機に吸い込まれてしまった時のような、妙な感覚。
力が失われる。
「どうした、カティアよ?」
「いえ、何か力が吸われて……」
ドクン!
心臓が大きく高鳴る。
「カティア、体が燃えておるぞ!?」
ルミアさんの言う通り自分の体が、炎に包まれている!?
大精霊の時のように、熱さは感じないが……。
「……お腹から、頭が出てる、よ……?」
ひっ!
何々!?
既視感のある赤毛の頭が見える。
だが自分よりも大分背が低いし、しかも半透明……?
「カ、カカカティア落ち着け! ヒッヒッフーじゃ!」
「いや、ルミアさんも落ち着いて下さいよ! 出産じゃないですから!」
体の炎が収まる。
完全に分離して現れたのはこの体より幼く、しかしそっくりで半透明な体をした少女。
ああ、そうか。
やっと、会えた……。
少女が静かに目を開けた。
私の姿を捉えると、瞬きを一つ、二つ、三つ。
その表情が驚愕から歓喜の表情に変わったように見えたのは、気のせいではないと思いたい。
「お兄ちゃああああああああああああああああああああん!!」
「ぐへっ!」
鳩尾に熱烈な頭突きを受けた私は悶絶した。
何で、透けてるのに実体あるの……?