遭遇
この世界の魔法は、大きく分けて二つある。
一つは前世での一般的なイメージである後衛の魔法使いが使う魔法である。
地・水・火・風の四属性があり、それぞれ初級・中級・上級・極級にランク分けされていて魔法それぞれに固有名詞はない。
というのも魔法詠唱自体が存在せず、使用する魔力量と本人の属性適正、相応の集中力が見合っていればイメージ通りに魔法が発動するので、いちいち魔法に名前をつけていられなくなったらしい。
魔力はこの世界全ての生き物が持っているが、属性適正は人によって差があり、適正のない者も居る。
一属性持ちでシングル、二属性でダブル、三属性はトリプル、全属性を使える者はエレメンタルマスターと呼び分けるらしい。
ちなみに私は火のシングル、爺さまは属性なしだ。
火魔法しか使えないと判明した時には、爺さまに
「見た目にぴったりというか、見た目通りな奴じゃなぁ」
とか言われた。
この世界でも赤=火というイメージは同じらしい。
単純だといわれたようで納得いかぬ。
そしてもう一つの魔法が、主に前衛の戦士が扱う無属性魔法の『オーラ』である。
これは一種類しかないので名前が付いている。
こちらは身体能力と魔法抵抗を強化する魔法で、接近戦を行う者にとっては基本にして奥義と言って良い魔法である。
身体に触れている武器や防具にも使うことができ、素材が良いほど強化の効果が高い。
ランク分けも四属性魔法と一緒で、爺さまは極級オーラが使える。
私も去年、極級がようやく使えるようになった。
ランク分けに関しては四属性魔法が使用魔力量と現象に対する変換効率から、オーラは使用魔力と身に纏う魔力密度で変わってくる。
判定は前世のスピードガンに似た魔法道具で行う。
ここにも同じ世界出身の人間の影が……。
…………。
今の状況と全然関係ない、この世界の魔法の基礎を復習しちゃったぜ!
泣いた動揺のせいで思考が迷子である。
転生して女性の体になってからは感情の揺れが前世より大きい気がする。
前世で男だった時はもっと淡泊な性格だった筈だ。
ともあれ、ようやく落ち着いてきた。
一度だけ深呼吸をする。
その様子を確認したのか、爺さまが話しかけてくる。
「村に着いたらまずはザックの所に行くぞ。良いか?」
泣いたことには触れないでくれるようだ。
紳士だなあ……
ありがたいのでそのまま会話に乗っかることにした。
「大丈夫です。村長さんにも挨拶しないといけませんからね」
爺さまの引っ越し先の家も見ておきたい。
まだ早朝と言って良い時間だが、村の朝は早いので大丈夫だろう。
しばらく山を降りていると異変を察知した。
「……爺さま」
草を掻き分けて進む音が聞こえ、近づく気配を感じる。
人間に向かって積極的に向かってくるのは大体が魔物である。
「うむ、数は二。音からして四足の魔物じゃな」
気配の方を見ていると繁みが揺れるのを視認できた。
途中で魔物もこちらの存在に気付いたのか、速度を増してこちらに向かってくる。
剣を抜いた。
右手に先程受け取った無銘の黒剣(仮称)を構え、左手でマン・ゴーシュを逆手に持った。
――血走った眼の二匹のワイルドボアが、鼻をフゴフゴと鳴らしながら縦列に走り寄ってくる。
ワイルドボアは、猪が魔物化したものだ。
牙が前面に大きく張り出している。
この世界は動植物が魔物化したものが多い。
尤も、魔物化する原因は解明されていないのだが。
人の手が入り難い自然のままの場所での発生が多いという傾向がある。
「爺さま、私が」
爺さまに下がって貰うよう促す。
が、
「いや、ワシも一匹受け持とう」
……断っても聞かなそうな顔をしている。
負ける心配は微塵もないが、腰、大丈夫かな……
『オーラ』を纏う。
――ワイルドボアの突進が来た。
「よっ」
オーラで強化された左手のマン・ゴーシュで突き込んできた牙を受け流し、
「はっ!」
右手で首元にオリハルコン製の黒剣を叩き込む!
スッと頼りない感触が手に返ってくる。
――外した!?
慌てて後方を確認すると、頭部を失ったワイルドボアが地面を抉りながら転がっていた。
……どうやら、切れ味が良すぎたらしい。
もう言葉もない。
ただ、この剣の性能に頼っていると、あっという間に腕が落ちそうだ。
爺さまの方は――
「……どうした、かかってこんのか?」
知能が低い筈のワイルドボアが爺さまに威圧されて竦んでいた。
私よりも数段練度の高い澱みのない美しいオーラがその身を包んでいる。
ワイルドボアは迷った末、無謀な前進を選んだ。
「ふむ」
爺さまが緩い動きで横に移動し、すれ違いざまに「杖から」抜剣、ワイルドボアの足の腱を切り裂いた。
爺さまの得物は所謂仕込み刀で、ソードスティックと呼ばれる細身の剣である。
痛みにもがいて転げ回るワイルドボアに近付き、脳天に刺突を入れた。
必要最小限の力で魔物を制圧する辺り、流石としか言えない。
剣を納めた爺さまに声をかける。
「爺さま、大丈夫でした?」
「なに、この程度の魔物――」
「いや、そうではなく」
「む?」
「凄い脂汗ですけど」
「……」
やっぱり痛いんじゃないですか、腰……
仕留めたワイルドボアを一ヶ所に集めておく。
後で村の人に回収を頼もう。
こいつの肉は勿論食べることができる。
魔物化しても毒を持ったりしないので安心だ。
毛皮は堅いが、しっかり加工すれば使えないこともない。
図らずも村への土産ができた形だ。
「爺さまー、痛みは治まりましたか?」
「おう……もう大丈夫じゃ」
木の幹に手をついて患部をさすったり伸ばしたりしていた爺さまがこちらを向く。
カイサ村はもう、すぐ近くだ。
下山が終わり、土の壁が見えてくる。
村の防壁で、土魔法を使える者が数人がかりで魔法を行使して造ったものだ。
高さは三メートルほどある。
門は街道側なので、山の方から見てぐるっと回り込まなければならない。
壁沿いに歩いていると、門が見えてくる。
門前では見知った顔の男の村人が見張りをしている。
こちらに気付いたので声を掛けた。
「おはようございます」
「おはよう、カティア。ティムさん、おはようございます。村長に用事ですか?」
ティムというのは爺さまの名前で、フルネームでティム・マイヤーズとなる。
爺さまが返答する。
「まあ、そんな所じゃ。門を開けてくれ。後な、山を少し登った所にワイルドボアが転がっとるから回収しておいてくれ」
「おお、ワイルドボアですか。いつもありがとうございます、すぐに向かわせます」
言いながら、鉄製の門を開けてくれたので中に入った。
村長宅は村の少し奥にある。
長閑な農村の様子を見ながら、時折挨拶をかわしながら村内を進んでいく。
村長宅に着き、ドアノッカーを叩いてから声を掛ける。
「おはようございます、ティムとカティアです。ザックさんはいらっしゃいますか?」
しばらく待つと中から物音がして、ドアが開く。
「はぁーい」
柔らかい雰囲気の女性が出てきて、私達を出迎えた。
ザックさんの奥さんのハンナさんだ。
年齢は確か38歳だったか。
「あら、ティムさんカティアちゃん、いらっしゃい。主人はちょっと出てるけど、すぐに戻るから中で待ってね」
「カティ、お言葉に甘えるとしよう」
「はい、ではお邪魔します」
どうやらザックさんは不在らしい。
家の中で待たせてもらうことにした。