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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第四章 魔法都市サイラス
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夜空に捧ぐ花

 いつも通り、地竜の回収は魔物専門の回収業者に頼んである。

 結局、夕方になる前にサイラスに戻ることができた。


「さて、この後どうしますか?」


「鎮魂祭は明日の夜だったか。それまでは自由行動で良いと思うが……どうする?」


「あ、アタシ画材の買い付けしたいかな」


「自分は情報部に顔出してくるっす。早く報告書を上げろってせっつかれてるんで」


「俺は、ちっと昔の知り合いに会ってくるぜ……カティアは?」


 三人とも用事があるのか。

 一人だけ暇になってしまうな。


「私は特に用事はありませんね」


「そんじゃルミアへの報告頼むわ。その辺り、細かい奴だからな」


「分かりました」


 なら魔法学校だな。

 一度通った道だし、迷うことはないだろう。




「カティアか」


 ノックをして理事長室に入ると、ルミアさんが顔も上げずに答えた。

 何やら紙に書き殴っている。

 前言通りに、忙しそうだ。


「地竜は特に問題なく討伐できました」


「うむ。都市の民に代わって礼を言う、ありがとう。他の奴らはどうしたんじゃ?」


「それぞれ用事があるそうで、私だけ報告に」


「そうか……ん? ということはもしやお主、暇なのか?」


 そこでようやくルミアさんが顔を上げた。

 こちらを窺うような視線。


「はい、特に用事はありませんが」


「だったら儂の手伝いをしてくれ! 頼む!」


「え? ええ? でも、私の魔法の知識なんて並程度ですよ?」


 ルミアさんが纏めているのは、精霊が絡んだ魔法の新理論だ。

 私が役に立てるとは思えない。


「知識はいらぬ。書類を纏めたりとか、簡単な雑用で構わんのじゃ! 忙しくて倒れそうじゃ!」


「あの、他の職員の方は……?」


「皆、実証実験の方に掛かりきりなんじゃ……人手が足りぬのじゃ! 駄目か、カティア!」


 ……それなら特に断る理由もないか。

 ここまで必死に頼まれると、悪い気はしない。


「いえ、構いませんよ? 御覧の通り暇ですから」


「恩に着る! 早速じゃが、そこの書類を番号順に纏めておくれ。右上に数字が振ってある。数字は読めるか?」


「読み書きは問題なくできます、大丈夫です」


 この国の識字率は六割程度。

 その気になれば誰でも学ぶことが出来る。


「では、頼んだぞ」


 言われ、書類の束に目を落とした。




 その後、夜まで手伝った後で宿に帰った。

 翌日も手伝いを頼まれたので、朝から理事長室に直行する。


「むむ……場所によって魔法の効率が変わるのは環境だけでなく、……精霊の数が……」


 ブツブツと呟きながら書いている。

 昨日までは無言だったので、それだけ追い詰められているということだろうか。

 ルミアさん曰く、何とか夜の鎮魂祭までには仕事を終わらせたいということらしい。

 私は書類を纏めたり、報告されたデータを読み上げたりしている。


「精霊の数と、注いだ魔力の相関が、そう、かんが………………」


「あれ、ルミアさん?」


 手も口も止まった。

 どうしたんだろう?


「んがーーーーーーっ! 何で儂がこんな思いをせにゃならんのじゃーー!」


 ええーー!?


「大体仕組みなんぞ知らんでもええじゃろうが! 使えるんじゃから! 何となくでも何か出るんじゃから! もおおおおお!」


「ちょっと、ルミアさん落ち着いて! 書類が飛んじゃいますって!」


「ぜえ、ぜえ……カティア……少し休憩しようぞ……」


「は、はい。今、お茶を淹れてきますね」


 理事長室を出る。

 びっくりした。

 ルミアさん、不満を溜め込むタイプだったんだな……。

 何か、心が落ち着くようなものを。

 給湯室は……すぐ近く、あそこか。

 中に入ると、やかんにティーポット、壺の中に汲み置きの水がある。

 茶葉は……お、ドライハーブがあるな。


「ハーブティーなら美味しく淹れられるかな」


 やかんに水を注ぎ、火の魔法具の上に。

 着火して、沸騰するのを待つ。

 沸騰したので、ティーポットに入れてポットを温める。

 適当な温度になったら、中のお湯を捨てる。

 で、ドライハーブ……これはエルダーフラワーかな。

 ポットの茶漉しに適量入れる。

 再沸騰させた、煮立っていないお湯を注いで蒸らす。

 そのまま三分待って完成。


「お待たせしました」


「む、良い香りじゃな……いただくとしよう」


 マスカットに似た、爽やかな香りが部屋に漂う。


「どうぞ」


「フーッ、……ズズッ……ん、旨いのう! ウチの職員が淹れたものとは香りが違う。はーっ、落ち着くのう」


「出身地の近くの村がハーブの産地でして……よく爺さまにも淹れていました。あ、このハーブは冷めると甘味が出て、二度楽しめますよ」


「む、まことか……おお!」


「どうです?」


「うむ! 淹れ方一つでこうも違うものか、面白いのう。じゃが、リラックスしたら肩の痛みが……」


 ゆっくりと肩を回しながら眉間に皺を寄せるルミアさん。


「肩凝りですか? マッサージしますか?」


「む? それもティムにやっておったのか?」


「まあ、そうですね。どうします?」


「では、頼む」


 ルミアさんの肩は、プニプニだった。

 本当に体は少女そのもの、直ぐに肩凝りなど治るだろう。

 なので強く押さず、血行が良くなるように程々の力で撫でるようにほぐす。


「あー、気持ちいい……いかん、眠くなってきたぞ……」


 半分ほど瞼が降りている。

 今にも眠りそうだ。


「眠っても大丈夫ですよ。一時間位で起こしますから」


「んむ……じゃが、まだ仕事が……」


「適度に休まないと却って効率が落ちますよ。……あれ、ルミアさん?」


「……」


 あ、眠った。

 どうしよう、取り敢えず椅子から降ろしてソファーに寝かせるか……よっと。

 うわ、軽いなあ。

 さて、枕になりそうなものは……ん?

 立ち上がろうとすると、何かに服が引っ張られている。

 良く見ると――。


「ルミアさんの手か……」


 いつ握ったのか、服の端をギュッと掴んで離さない。

 そっと外そうとすると、


「んあ! ……むー……」


 むずかった……子供か!

 いや、見た目としては変ではないがこの人、八十歳です……。

 仕方ない。


「よいしょっと」


 太ももの上にルミアさんの頭を乗せた。

 まさか自分が膝枕をする側になるとは思ってもみなかったぜ……。

 割と鍛えている足だけど、固くないだろうか?


「すぅ……」


 寝息が深くなった。

 どうやら、お気に召したようだ。

 一安心。

 しかし、不思議な人だ。

 少女としての面も、老人としての思慮や知識も、両方持っている。

 まあ男なのか女なのか良く分からない自分が言うのも何だが。


「……おかあさん……」


 寝言か……。

 ――いやいや、ちょっと待って。

 そんな年じゃないよ私は!

 胸か! 胸がいかんのか!?

 母性が溢れ出ているのか!?


「……おとう、さん?……」

 

 どうしてそっちは疑問形なんですかね?

 中身が男だって知っているでしょう、ルミアさんは。

 せめてお父さんの方が……いや、でもなあ。

 はあ。

 寝言に反応して百面相していてもしょうがないな。

 ……。




 暫くして、ルミアさんが目覚めたのは一時間が経過する少し前だった。

 ボーっとした顔で起き、周囲を見回した後に、ようやく覚醒した。


「ぬおっ! 今、なんどきじゃ!?」


「おはようございますルミアさん。眠ってから一時間弱といった所です」


「む……すまぬ、世話を掛けた。足は痺れておらんか?」


「いえいえ、大丈夫ですよ。よだれを垂らして寝ていたことは黙っていますから」


「な! 言うなよ、絶対に誰にも言うなよ! こう見えても儂は魔法関係者からは一身に尊敬の念を受けて――」


「え、フリですか? 情報部に報告しますか?」


「馬鹿たれ! お主、ちゃんと人の話を聞いておるのか!?」


 いやあ、寝顔かわいかった。

 堪能した。

 年齢を考えなければただのエルフの美少女だからね。




 その後、頭がスッキリしたルミアさんが必死に書類を書き上げた結果――。


「間にうたか!」


 なんとか花火の打ち上げ時刻には会場に着くことができた。

 既に夜はけている。

 ルミアさんに案内されたのは、いわゆる貴賓きひん席だ。

 川のすぐ手前、花火を見るにはベストポジションである。


「三人とも、もう来ていたんですか」


 ライオルさんとニールさん、フィーナさんの三人は既に到着していた。


「ライオッサンが直ぐに迷子になるから大変だったわよ……」


「ちゃんと着いたんだから良いじゃねーか。……いや、睨むなよ。すまん」


 この場所は別だが、周りを見渡すと人の波でごった返している。

 ライオルさんは背が人並み外れて高いので見つけ易いだろうが、この中で一度はぐれたら合流は困難だろう。


「事前に場所は教わっていたので、何とか。お二人は、ギリギリまでお仕事っすか?」


 ルミアさんと視線をかわして頷き合う。

 仕事の達成感で、自然と顔がほころんだ。


「はい、何とか終わらせてきました」


「うむうむ、カティアがおらなんだら間に合わなかったじゃろうな」


「あれ、二人ともなんか急に仲良くなった?」


 フィーナさんが首を傾げる。

 確かに一日と少しの間、一緒に居ただけにしては距離は近めかもしれない。


「はは……はっきり言って修羅場でしたからね……」


「死地を共に乗り越えたようなもんじゃからな……」


 物凄い仕事量だった。

 ルミアさんほどではないにしても、私も十分疲れている。

 五人並んで、草が丁寧に刈ってある土手に座る。


「珍しいな、ルミアがそれだけ早く気を許すなんて。割と人見知りだったろ、あんた」


 ライオルさんから意外な言葉。

 そんな感じはしなかったが。


「んー、こやつと居ると何だか気が緩むんじゃよ。こーんな吊り目しとるのに」


 自分の目を上に引っ張りながらルミアさん。

 ……そんなに吊り目してる?


「あー、アタシも分かります。何か落ち着きますよね、カティアちゃんの傍」


「カティアさんの人徳っすね」


「あの、褒め殺しはその辺りで……何だか体が痒くなってきました」


「ククク、ティムが褒められた時と同じ反応してやがる」


 いや、本当に勘弁して。


「あ、始まったわよ」


 フィーナさんが指した先、火の塊が一筋の軌跡を残しながら上昇していく。

 ドン! パラパラパラ……。

 大輪の花が夜空に咲き、沢山の花弁を散らしながら消えていく。

 思っていたものとは違う。

 それは、この世界特有の魔法が絡んだ派手なものではない、とても見覚えのあるもの。

 その花火は、前世の花火と全く同じだった。

 記憶にある景色と、今見ている花火が重なっていく。

 

「泣いて、おるのか?」


「――え?」


 不意に、ルミアさんに言われて目元に触れる。

 確かに、頬が濡れている……。

 フィーナさん達には気付かれていない。

 花火に注目している。


「そんなに似ておるのか? お主の居た世界の花火に」


「……」


 今迄だって前世を思い返すことは何度もあった。

 でも、視覚を伴った記憶の揺り返しは思ったよりも強烈で。

 情景が鮮明に浮かんでしまう。

 家族と見た花火、友人たちと見た花火、そして、従妹にしつこく誘われて何度も見に行った花火。

 もう会えない人達の記憶が、花火が上がる度に浮かんでは消えていく。

 咲いて、散っていく。


「この世界では、時折不自然な技術革新が起きる……この花火も、お主のような異界の迷い人が残したものなのかもしれんな」


 そういった人達は、自分の居場所に帰れたのだろうか。

 それとも、帰れないままこの地で果てていったのだろうか。

 帰れなかったとして、どんな気持ちでこの世界で過ごしていたのだろう?


「儂はの、残される側の気持ちならよう分かる。もう何人も、何度も見送ってきたし、きっとこれからもそうなんじゃろう。じゃが……」


 ルミアさんが目元の涙をそっと拭ってくれる。

 ぷくぷくとした柔らかい手なのに、思いのほか傷の多い小さな手で。


「残して去っていく側も、それだけ寂しいものなんじゃのう……」


 その夜の花火は、涙で滲んで良く見えなかった。

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