焦燥
ルミアさんに付近の詳細な地図を貰い、部屋を出る。
その途中、服を引かれた。
小さな手が引き止める。
「カティア、お主はちょっと残れ」
「あ、はい」
「じゃあカティア、先に行くぜ。北側の都市の入り口付近に居るから探してくれや」
「分かりました」
三人が連れ立って理事長室を出ていく。
……さて。
「何ですか、ルミアさん」
「ティムは元気か、カティア」
お、爺さまの話か。
年齢を考えたら、うん。
「やはりお知り合いですか」
「まあの。腰をやったと聞いたが……」
「はい。今は村長の家にお世話になっている筈です」
仲良くやっているかな、爺さま。
ハンナさんもローザも優しいし、村長さんもあの通りだから大丈夫だとは思うが。
「そうかそうか。寂しいのう、周りの者ばかりがどんどん年を取っていくのは……」
「ルミアさん……」
「おっと、すまんすまん。湿っぽくする気はなかったんじゃ……コホン。それよりも、お主から妙な気配がするのじゃが」
「……それは、どんな?」
「儂の特技でな。その者が持つ魔力の波長を何となく感じ取れるんじゃが……」
「……」
魔力の波長……。
それもハイエルフの特性なんだろうか。
「お主の体からオーラが二種類出ているような気がしてな。そんな者には今迄会ったことがない」
「!」
二種類の?
それって……。
「どうやら気のせいではないのう。こうして、体に触れるとよう分かる……む」
ルミアさんが私のお腹に触れながら語る。
その途中、怪訝な表情になった。
「どうしました?」
「片方のオーラは大分弱っておるのう……これはどういうことじゃ?」
「! 本当ですか!? どの位弱っているんですか? ルミアさん!」
信じたくない、そんなこと。
嘘だと、勘違いだったと言ってほしい。
「落ち着かんか! ……はあ、どうやらもう一つのオーラに関して何か心当たりがあるようじゃな。儂は隠し事は嫌いじゃ、何かあるなら全て話せ。それからなら教えてやろう」
くっ……!
だが彼女の命に係る情報だ。
私……いや、俺の秘密など今はどうだっていい。
「実は――」
全て、包み隠さずに話した。
「……そうか、俄かには信じられんな。転生に、異世界か」
「私は全部話しました。だから――」
「確かに、確かに辻褄は合う。普通はありえん事じゃ、一つの体に二つのオーラなどと。じゃが、その体に二つの魂があるのなら道理は通る」
「……」
「……ティムが育てた弟子じゃからのう。――フッ、儂も信じるとしよう」
「ありがとうございます……」
常識では考えられないような話を、ルミアさんは黙って最後まで聞いてくれた。
それだけでも、懐の広い人物だということが分かる。
今の状況では、非常にありがたい。
「それで、もう一つの魂のオーラじゃが……持って一、二か月といった所かの……」
「そんな……何とかならないのですか!?」
短い、あまりにも。
何か方策を練るにしても、調べるにしても、時間が足りない。
「原因は恐らく、自我が目覚めたことによる魂の分離が原因じゃろう……器なくして生きた魂は存在し得ない。体の主導権はお主の魂にあるんじゃろう」
「俺の、所為で……?」
「口調が崩れておるぞ……無理もないが。お主がおらねばその娘は死んでおったのじゃろ? 自分を責めるな」
「ですが!」
「……一つだけ手がないこともない」
「本当ですか!?」
「魂の、精霊化じゃ」
「精霊化……?」
「そうじゃ。王城に現れた精霊――区別するために大精霊とでも呼ぼうかのう。それらは言うておった。精霊は人の魂のなれの果てだと。死んだ者の魂は時を経て、やがて自我を失い精霊になるそうじゃ。大精霊はそれらの小さな精霊が集まったものだと」
驚くような事実なのだろうが、今は何も頭に入ってこない。
要するに、それでは意味がないということしか。
「でも、それだと死んだことと変わらないのではないですか……! 彼女は、居なくなってしまう」
「そうじゃな、その娘の自我が残るという保証は何もない。ただ、儂の感覚を当てにしてくれるならその魂、足りないオーラを火の魔力が支えておるように感じる。そんな芸当が出来るという事は、既に人の魂としては規格外。精霊に限りなく近い状態だと推測される。更にその状態で自我を保ち、体を操ったということは……」
「自我を保ったまま精霊化出来る可能性は十分にあると……?」
「うむ。ただ、火の魔力もオーラに劣らず弱まっておる。じゃから火の大精霊に頼み、力を注げば或いは……大精霊に近い存在として顕現できるやもしれぬ。違う者のオーラを補充することは出来ないからのう」
オーラの方がより個人に依存した力だ。
既にこの体が発するオーラを彼女は受け付けていないことになる。
だが魔力は、今迄の話を総合すると誰もが同じものを持っている可能性が高い。
「その魂もお主自身も最早特殊じゃ。普通の尺度では計れん以上、何が起きても不思議はない」
「ならば、今すぐ王城に――」
「待て待て、急くな。今は無理じゃよ、王城内は混乱しとる。なるべく早く取り次げるよう手紙を出しておく故、暫し我慢せい」
「くっ……分かりました。考えてみれば、大精霊という頼みの綱が残っているだけ、私達は幸運なんですね」
「そうじゃな……大精霊が顕現したタイミングで、お主のような者が現れた……何か作為のようなものを感じないではないが」
確かに、タイミングが良すぎる。
しかし、今はそんなことを気にしていられない。
この娘を助けられるのならば、誰かの手の平の上だろうと構わない。
「ふむ、それにしても元は男とな……ちゃんと体は普通の女なのかの? 調べてみたいのう」
「あの、今は冗談に付き合う気分では……」
「残念じゃのう、割合本気だったんじゃが……しかし、そんな顔をしていては竜に喰われかねんぞ」
「む……そうですか?」
「そうじゃよ。今は目の前のことに集中せい。焦ってもどうにもならぬよ」
こう見えても、私の前世と今世を足した年齢よりもずっと上だからな……。
確かに、良くない精神状態だったのだろう。
「……分かりました、今は竜をなんとかします」
「うむ。それでいい」
「その、王城の件に関してはくれぐれも……」
「旧友の弟子の頼みじゃ、案ずるな。事が上手く運ぶように取り計らおう……気をつけてな、カティア」
「ありがとうございます……では、行ってきます、ルミアさん」
来た時よりもやや重い足取りで理事長室を後にした。
「あ、カティアちゃん、こっちこっち! おーい!」
都市の入り口付近に行くと、フィーナさんが先にこちらを見つけて手を振ってくれたのですぐに合流できた。
もっとも、この赤い髪が目立っていたせいかもしれないが。
今日も人の出入りが激しいな、それ狙いの屋台も多いし……。
門番が忙しそうだ。
「どうも、お待たせしました」
「長話だったわね。ん? カティアちゃんなんか元気ない?」
「え? ……ええ、爺さまの話をしたら故郷が恋しくなりまして」
相変わらず鋭いな。
フィーナさんに下手な誤魔化しをしても直ぐにバレる為、少しだけ事実を混ぜた嘘をついた。
「剣聖様ともお知り合いっすか、ルミア様。ああ見えて、本当に八十歳なんすね。カティアさん、王都に着いたら手紙でも出すと良いと思うっす。少しは気が晴れますよ」
「確かに、俺もティムと二人で居るところを何度か見たな。仲は良かった筈だぜ」
「ふーん。……ちょっと待ってて」
特に不審は抱かれなかったようだ。
フィーナさんだけ、何か思い立ったように場を離れる。
何処に行くんだろうか?
「そう言えば、ドラゴンの種類は何ですか?」
手持無沙汰なので、ライオルさんに適当な質問を投げてみる。
「地竜だな、面子を考えれば当然だが。サイズは大型の成竜」
飛龍の場合は、撃ち落としを考えて魔法戦力か弓兵が多数必要だ。
このメンバーは剣士が二人、拳闘士が一人、魔法使いが一人と、対空手段に乏しい。
ルミアさんがそれを考えていない訳は無く、必然、このメンバーで対処出来るタイプの竜が相手となる。
「フィー姉が勢いで受けたっすけど……いいんすか、カティアさん。いや、勿論負けるとかではなく」
「既に被害者も出ていますし、まあ……折角ニールさんの腕も上がったんですし、良い機会ではないですか?」
「腕試しが竜っておかしくないっすか?」
「そんなの決まっているじゃないですか。普通に考えれば……」
「考えれば?」
「おかしいです」
「そうっすよねえ……はい……」
ニールさんが、諦めた様にやるせない溜息をついた。
その後も三人で雑談をしていると、フィーナさんが戻ってきた。
「フィーナさん、もういいんでモゴッ」
口に何かを詰められた。
……甘い。
「メロンパン売ってたの、焼き立て」
「何故、メロンパン」
「落ち込んだ時は甘いものが一番よ。どう?」
甘さが口の中に広がる。
甘さ以上にフィーナさんの優しさがジンと沁みた。
「ありがとう、ございます」
「うん! さあ、花火の為に頑張ろう!」
「おい、フィーナ。俺らの分は?」
「男共はその辺に売ってる肉でも食ってなさい! 行列が出来てて二個しか買えなかったし!」
「ひでえ。おい、ニール行くぞ。俺らも何か腹に入れとかねえともたねえ」
「そっすね。他にも何か買ってくるんで、少し待ってて下さいっす」
いつも通りのやりとりが、今は堪らなく有り難かった。
ルミアさんの言う通り、焦っても仕方ない。
まずは竜退治だ。