魔法都市サイラス
魔法都市サイラスは、その名の通り魔法の研究を行っている都市だ。
各地から研究者や魔法を極めんとする若者たちが集まってくる。
この国第二の都市である。
私達は夜間に到着したのだが……。
「夜とは思えない位に明るいですね」
その都市は、非常に煌びやかだった。
街道を抜けるよりもかなり手前からこの町が見えた時は、火事でも起きているのかと思ったほどだ。
道中で若干もたついた為に夜の到着になってしまったが、都市が発する光のおかげで迷わずに真っ直ぐに辿り着けた。
「ここのガリ勉どもは昼夜関係ねえからなあ。大体、夜もこんなもんだぜ。この都市のせいで魔法の研究者は夜型、なんてイメージがついてる位だ」
とは、ライオルさんの弁。
ニールさんとフィーナさんはこの都市は初めて来たらしい。
どうやら、ラザ領から王都に真っ直ぐ向かうとルート的に通らない模様。
トバルに寄ったために進路上になったが、私達も本来この都市には立ち寄らない予定だった。
「そういや、オッサンの用事って何さ?」
ちなみに今の発言者のフィーナさんは一切荷物を持っていない。
それらはライオルさんが担いでいるが、鍛錬になると言って自発的に担いでくれているものだ。
私とニールさんは遠慮したが、それでも共用のものはライオルさんが持ってくれている。
うーん、ライオルさんの用事か……私達には関係ない筈だが、確かに気にはなる。
「ああ、とある奴に借りがあってな。今ぐらいの時期に来いって言われてたんだが、夜に行くと大体寝てるからな。明日訪ねるつもりだ」
「いや、だから誰の所に行くのよ?」
「ああ、「杖」のルミアだよ。知ってるだろう?」
杖のルミア。
ライオルさんと同じく称号持ちで、この国の魔法使いの頂点に居る人物。
ただ、もうかなりの高齢だということらしいが……。
しかし宿を探しながら歩いているのだが、なかなか空きがない。
人も夜とは思えない程に多く歩きにくい。
「そういえばウチの父さんが会った事あるって」
「ああ、言ってたっすねえ」
「ゲイルさんが?」
二人の父親、ゲイルさんはラザ領の当主だ。
王都に行く機会もあっただろうし、その時に会っていても不思議はない。
「ただ、余り詳しく教えてくれなかったんすよねえ……会えばびっくりするよ、教えたら勿体ないだろう? とか言って」
ニールさんがゲイルさんの真似をしながら語る。
うん、流石に息子だけあって似てる。
そもそも声がそっくりだから尚更。
「ぶっ!? ニール、やめてよ似すぎてて気持ち悪い!」
何やらフィーナさんのツボに入ったらしい。
腹を抱えて笑っている。
しかし、会うと驚くような人なのか。
見た目なのか、言動なのか、それとも別の何か……?
「確かになあ……折角だし、俺も詳しくは話さないでおくか」
「え、私達も一緒に行って構わないんですか?」
ライオルさんの発言に驚いた。
てっきり会う間は待たされるものとばかり思っていたから。
「おう、つーか来てくれ。絶対面倒事を押し付けられっから」
「……あの、急に行きたくなくなってきました」
「待て待て。そう言わずに苦労を分かち合ってくれや、な? 頼むぜ」
面倒事が確定した状態で行くのか……まあ、会ってみたいからいいが。
行く先々で何か起きるのは、もう慣れてきた。
その後も宿の確保は困難を極めた。
この時期は闘武会の為に王都へ向かう者が多いらしく、基本的にどこも満員である。
兵士用の宿舎も一杯で、結局は普段使っている宿よりも大分割高な宿に泊まることになった。
丘の上にある見晴らしのいい高級宿で、先程食べた料理も高そうなものが並んでいた。
部屋はダブルが二つ。
男と女で別れて泊まる。
質の良い木材と鉄で出来たドアを開く。
「うわ、部屋も広いしベッドも大きい」
「カティアちゃんさあ、もうお金払っちゃったんだから堪能しないと損じゃない?」
「そうなんですけどね……」
前世も込みで根が庶民なのだ。
急に高級宿に放り込まれたら、気が引けても仕様がない。
ああ、貧乏性。
「ダーイブ! ふいぃー疲れが出ますなー」
「フィーナさん、着替えないとシーツが汚れますよ」
「固いこと言わなーい。そういえばこの部屋、景色がいいんだって。カティアちゃん、窓開けてー」
「はいはい」
木製の窓を開けると、少し冷えた夜気が入ってくる。
季節はもう初夏とはいえ、夜はまだ肌寒い。
「おおー!」
フィーナさんが立ち上がって、はしゃいだ様子を見せる。
うーん、確かにこれは。
「綺麗な夜景ですねぇ」
圧巻の一言だ。
前世の夜景とはまた趣が違う。
ボワッとした優しい光が、都市のあちこちから漏れている。
魔法の火の明かりだからか、景色がゆらゆらと柔らかく揺れている。
近くの川に景色が映り込んでいる。
「ね、ね! この宿に泊まれて良かったでしょ」
「ですね。これだけでも高い宿賃の価値はありますね」
「またお金の話? ほらほら、ラザ領じゃ絶対に無い夜景なんだからさ。しっかり見ておこうよ」
「はい……あのままずっと山に籠っていたら見られなかった景色、ですね」
自然と頬が緩んだ。
そのまま暫く都市の景色をぼんやりと眺める。
夜風で髪がサラサラと後ろに流れた。
静かな時間が過ぎていく。
何とはなしにフィーナさんの表情を窺うと……あれ?
景色ではなくこちらを見ている?
少し目が潤んで、顔が赤い。
ど、どうした?
「フィーナさん?」
「い、いや……何でもないよ、うん。ホントだよ? そっちの気はないし、絵になるなって思っただけだよ?」
「そっちって何です? ……顔、赤いですよ。風邪ですか? 寒いなら窓を閉めますか?」
「え、嘘!? もうアタシ寝る! 寝るからぁ!」
「ちょっ、フィーナさん!? お風呂も着替えもまだですよ! フィーナさーん!」
そのままベッドに潜り込んでしまった。
……一体、何が起きた?
布団で芋虫状態になったフィーナさんを揺さぶっても反応がない。
不意に、コンコンとドアがノックされた。
仕方ないのでフィーナさんを一旦放っておいて応対する。
「はい」
「カーティーアーちゃーん。戦闘りましょー」
「カエレ!」
ドアを閉めた。
獅子系の大男の獣人が立っていたような気がしたが、気のせいだ。
まだ前回の戦いから三日しか経っていないのに。
毎日聞いてくるんだよな……。
翌日、ライオルさんに連れられてルミアさんの元へ。
ルミアさんは魔法学校の理事長をやっているらしい。
一見ライオルさんと立場が似ているようだが、こちらはしっかり理事長として学校を運営しているらしい。
とはいえ、ライオルさんがおかしいだけなのだが。
「ここですか?」
「おう、ここだ」
校舎は煉瓦造り、そしてこの世界では定番の土壁で囲った修練場がある。
土魔法で簡単に補修できるから便利らしい。
広さは日本の一般的な大学程度か。
ここからでは全体を把握しきれないから推測だが。
守衛が立っているな。
「ライオルさん、顔は利くんでしょう?」
何度か来ているような口ぶりだったし。
「いや、前回来た時と守衛が変わってんな……あのじいさん引退したか。しゃあねえ、突破するか!」
「はあ!? 何でよこの脳筋馬鹿!」
「冗談だよ……普通にライオルが来たって言えば大丈夫だ」
まあ、いくらライオルさんでもそんなことはしないだろう。
フィーナさんも毎度、律儀に反応しなくてもいいのに。
「ちょっと待ってろ」
ライオルさんが守衛と話をしに行く。
慌てた様子で守衛が中に駆けていった。
お、さすが有名人。
相手の反応が良くも悪くも劇的だ。
暫くして、案内の職員が来た。
案内された理事長室を開けると、深い緑色の髪をしたエルフの少女がいた。
……部屋は間違えていない。
確かに理事長室と書いてある。
立派な椅子に座っている少女。
ルミアさんは何処だ?
確か八十歳を超えた老婆だと聞いているが。
少女が口を開く。
「久し振りじゃな、ライオル。お主が約束に遅刻せんとは珍しい」
「うるせえよルミア。見ての通り案内つきだよ悪かったな」
!?