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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第一章 旅立ち
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指針

「では行くか。カティ、杖を」


「はい、爺さま」

 

 爺さまに言われ、普通の杖に比べて重いそれを渡す。

 下山開始だ。

 聞いた話では、この山の標高は六百メートル程度らしい。

 うん、あるんですよ。メートル法。

 さっき剣の長さを見た時もメートル法で目測したし。

 感覚的には前世と同じ長さなので、おそらく同じものだ。

 この世界、間違いなく転生者や転移者が居る、もしくは居たのだと思う。

 似ているだけのものから名前も形も全く同じものまで、前世との共通点が多いのだ。

 山小屋は山の中腹あたりにある。

 つまり村までは標高およそ三百メートル程の道のりを下山することになる。

 

 玄関を出て、十六年過ごした山小屋を後にする。

 そのうち帰ってくるつもりだし、振り返らずにクールに去るぜ!

 ……


「カティ、そろそろ……」


 爺さまにせっつかれた。

 はい、無理でした。やっぱり寂しいんですよ。

 育った家だもの。

 しばらく見れないと思うと、振り返りもするし思わず足が止まってしまう。


「そうじゃカティ、ワシは村に移住するでの。そのつもりでいてくれ」


 なんですと!?

 無人の家はすぐ荒れると聞くし、下手するとこの山小屋とは永遠の別れですか!?


「――えっ、ではこの小屋はどうするんですか?」


「落ち着け、心配するな。前々から村に移るように相談されとったから、空き家にする場合は村で猟師小屋として使う運びになっとる。故に管理は大丈夫じゃ」


 爺さまの言葉にほっとする。

 良かった、小屋は残してくれるみたい。

 それと、懸念の一つである腰の悪い爺さまの一人暮らしも解消できそうだ。


「安心しました。それで爺さま、村で住む家はザックさんが用意を?」


 ザックさんというのは、カイサ村の村長である。

 村の恩人である爺さまの世話を焼きたいらしく、先程の爺さまの話からして前々から村への移住を打診していたようだ。

 爺さまが開拓初期だったカイサ村に来て人の住める領域を「一人で」確保したので、以来、色々と便宜を図ってくれている。

 ちなみに領域確保とは勿論、魔物の群れの掃討である。

 さすがです、爺さま……


「うむ、調度良い機会じゃし、好意に甘えることにするよ。残った小屋の荷物は後で村の若い衆が運んでくれるじゃろ」


 ザックさんと村のみんなに任せておけば、爺さまの暮らしも安泰だろう。


「はい、村のみんなが居れば大丈夫ですね。……では今度こそ、行きましょうか」


 下山再開である。

 会話を切り出して気持ちを落ち着ける時間を作ってくれた爺さまに感謝だ。

 今度は振り返らずに歩いた。




 十分ほど山を降りたところで爺さまが今後の話をしよう、と声を掛けてきた。


「いいかカティ、この国には実力の高い情報部がある」


「何です? 藪から棒に」


「まあ聞け。ワシが仕えていたスパイク王は王でありながら戦において先陣を率いて突き進むようなバカな男でな。正に絵に書いたような猪突猛進、俗に言う脳筋じゃった」


「は、はあ」


 話が見えない。

 必然的に近衛騎士なのに前線に行くはめになった苦労は分かるけれど。

 ほとんどただの悪口ですよ爺さま……

 つまり?


「つまり、常に先陣に居る王を生き残らせるために必然的に力をつける必要に駆られたのが、当時の近衛騎士団と情報部ということになる。情報部としては敵の弱点や率いている将の良し悪し、どこでどう戦えば味方の被害が減るか、更には謀略も視野に入れて、あらゆる情報を集めなければならんかった。戦を未然に防ぐ方法も探って常に奔走していた。常に、王が死なんように苦慮しとった」


 成程。

 でも、そういう武辺者な王だと情報をうまく扱えないのでは?

 その場合、頭の良い側近が仕えているイメージだ。


「参謀の様な人は居なかったのですか? 宰相とか」


「必要なかった、というほうが正しいかの。スパイクは深く物事を考えんが、与えられた状況に対する判断力と直感力、それから人を見る目は確かな男じゃった。戦場の突出癖を除けば王として非凡な男であったと言えるじゃろう。現にヤツの即位前までは人族至上主義者の宰相が居たが、即位後すぐに追放、それからは宰相職を廃止して大枠の政治方針は基本的に情報部の報告を基に自分で決めとった」


 要は、スパイク王は頭は悪くないが面倒なので使いたくないようだ。

 気が短いタイプと見た。

 そして実質的に情報部が宰相の役割を担っている。

 判断材料を集めて、更にどうすべきか議論を煮詰めて選択肢を絞った上で王に提供するのが情報部な訳だ。

 忙しそうな部署だなぁ。

 

 元宰相がそうだったという人族至上主義者というのは、人族こそが神に愛された種族であるとし、人族以外の種族を排斥しようとしている者たちだ。

 隣国であるダオ帝国に多く存在し、確かバアル教とかいう宗教になっていたはずだ。

 今回の政争で第一王女リリ様と対立している第一王子エドガーが人族至上主義者らしく、以前から不仲だという噂が立っていた。第二王子カリル様は王になる気はないとのこと。

 ちなみに我が国は大陸きっての多種族国家であるので、もし第一王子が即位したら国がどんな状態になるか想像もしたくない。


「情報部の件は良いな? 話を戻すぞぃ。ワシが召集されたのは国民感情を味方につける為じゃ。で、代わりをするカティに足りんのは実績と名声。ここまでは良いかの?」


 頷く。

 ずっと山に居るのだから当然ではある。


「で、ここからが本題じゃ。王都に着くまでに恩をあちこちに売りまくれ。魔物や無法者相手に武力を示すだけでも良いぞ。兎に角、目立て」


 お?

 だんだん読めてきた。

 情報部の話をした意味もやっと分かったよ。

 答え合わせの為に声を出す。


「その後、国中至る所に根を張っている情報部が剣聖の弟子(わたし)に関する噂を喧伝する訳ですね。尾ひれをつけて」


 合ってるかな?

 と、爺さまの顔を見るとニッと歯を見せて笑う。

 正解らしい。


「うむ。噂というものは虚実入り混じったものの方が広まりやすい。噂の扱いは情報部にとっては得意分野じゃな。それに、お主の見た目と強さならほっといても噂になるじゃろ」


「確かに、この髪と目の色は目立つでしょうけど」


 髪を摘まみながら答える。

 私の髪と目の色は真っ赤である。

 爺さまも珍しい色だって前に言ってたし。


「そうなんじゃが、そうじゃないというか」


 ハァーッと溜息をつかれた。

 なんで?


「まあ良いわい。後なカティ、名乗る時は家名も一緒に名乗れよ。ワシらのほかにマイヤーズ家のものはおらんから、噂にも一役買ってくれるじゃろう。スパイクには話を通しておく」


「家名を……ですか?あ、その前に貴族の嫌がらせ対策はどうしたら良いですか?」


 家名で思い出した。


「ああ、それか。今回の政争、敵である第一王子の勢力に揃ってついている連中こそが昔、ワシに奸計をめぐらせてきたヤツラじゃ。事態がこちらの優位に収束すれば、その時にはもう貴族ではなくなってるじゃろうよ」


 要は勝てば良い……と、そういうことらしい。

 上手くやる自信がある訳ではないけれど、出来る限りのことはしたい。


「でも、本当に良いのですか? 血も繋がっていない私が、家名を名乗っても……」


「当たり前じゃろうが。血など繋がってなくともお主はワシの弟子であり、何よりも大事な孫じゃ。胸を張って堂々と名乗りをあげぃ!」


 ――!!

 ずるい。こんなの不意打ちだ。

 大事に思ってくれていたのは知っていた筈なのに、こうして言葉にされると目頭が熱くなる。

 共に暮らした思い出が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 視界が滲んだ。


「はい……はいっ、爺さま!」


 爺さまが優しく微笑んだ。

 こうして私は旅立ちの日、ただのカティアからカティア・マイヤーズになった。

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