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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第三章 武の町トバル
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剣と拳

「よし、装備完了だ」


 くぐもったライオルさんの声。

 ガシャッと音を鳴らしながら振り向いたその姿は――。


「全身鎧?」


 いわゆるフルプレートアーマーと呼ばれるものだ。

 ただし丸みを帯びた一般的なものではなく、鋭角的でスタイリッシュな見た目をしている。

 どことなくパワードスーツのような、特撮ヒーローみたいな感じだ。


「おお、かっこいい……」


 余りにも好みなデザインに、思わず呟いた。

 ライオルさんの鬣のような髪だけが露出しているのだが、それが飾りみたいになっていて非常にグッドだ。


「だろう! 女で分かってくれたのはお前が初めてだぜ!」


 あ、何だかライオルさんがすごく嬉しそうだ。

 顔が見えないのにそれが伝わってくる。


「見た目は大事だろ。この甲冑を着ると気合が入るし、なんか普通の甲冑は丸っこくてダサいじゃねえか」


「は、はい」


 あの丸みは刃物を受け流すためだと思うが……まあいいか。


「普通の奴に聞くとだなあ……フィーナ、今の話をどう思った?」


「え? 全然分かんない」


 フィーナさんがキョトンとした顔をした。

 道場内の空気も、似たようなものだ。

 一部は同意を示すような顔をしているが少数派。


「これだよ……はっ。だがカティア、お前の事を益々気に入ったぜ」


「は、はは……」


 そんなことで気に入られても困るが。

 私の方はいつもの装備で。

 ライオルさんに比べると軽装だが、慣れた装備が一番だろう。


「いつでもどうぞ」


「その装備で良いんだな? ……よし、審判を頼む」


 準備は出来ている。

 審判役の師範代が二人の間でスッと片手を挙げた。

 場内が静まり返る。

 緊張感が徐々に高まり、そして。


「始め!」


 審判の手が振り下ろされた。

 合図と同時にライオルさんの闘気が一瞬で膨れ上がり、私の間合いに飛び込んでくる――。


「!」


 速い、と思う暇もない。

 私は黒剣を抜くのを諦め、マン・ゴーシュを抜いた。

 ガツッと左手に手応え。

 剣のガードで流した豪腕が頭の横を通過していく。


「よぉく防いだ! それでこそだ!」


 なんとか拳の軌道を逸らすことが出来た。

 だが、


「オラオラオラオラァ!」


 拳の雨が降り注ぐ。

 息をつく暇もない。

 とても全身鎧を着込んでいるとは思えない動きだ。

 私は必死に弾き、躱し、受け止めた。


「どうしたどうしたぁ!」


 マズい、このままではマズい!

 なんとか流れをこちらに引き寄せなくては。

 まだ私は黒剣も抜いていない。

 懐に入られ過ぎていて、抜く暇を与えてもらえない。


「まだ本気を出さねえつもりか! それとも……本当にその程度なのか?」


 ……!

 僅かにライオルさんの拳の勢いが鈍る。

 この人は、強者との戦いに飢えている。

 相手が予想よりも弱いと感じたときは、もしかしたら……?


「くっ」


 徐々に拳の勢いに押されていく。

 短剣のみでは、本当にそろそろ限界だ。


「……残念だ、カティア」


 顔は見えないが、落胆した様子のライオルさん。

 止めを刺すべく、強烈な一撃を放ってくる。

 ここだ!

 私はライオルさんの外側に一歩踏み込み、今まで「柄に手をかけたままだった右手」で拳を全力で後方に弾く。


「な!?」


 体勢を崩すことは出来なかったが隙が出来た。

 そのまま左手に逆手で持ったマン・ゴーシュでライオルさんの右脇を狙う。


「ぬおおっ!」


 つもりだった。

 しかし一瞬で戻ってきた右拳の裏拳が唸る。

 バランスを崩し切れなかったことが災いした。

 カウンターの応酬――だが、主導権はこちらにある。

 目的は、今すぐに決着を急ぐことではない。

 私は裏拳を身を低くして躱し、大きくバックステップしつつようやく黒剣を抜いた。

 ライオルさんからの追撃は無かった。


「ちっ……思い出すぜ。ティムに何度も叩き伏せられたあの日々を。あいつの得意技もカウンターだったな」


「爺さま程の技の冴えはありませんが……まあ、そういうことです」


「厄介な師弟だな。だが、ククク。期待を裏切らずに居てくれそうで結構だ。面白くなってきた!」


 ……ふう。

 いつも通り、二本の剣を抜いたからには守りに入る理由はない。

 今度はこちらから仕掛ける。

 私は炎を纏った黒剣をライオルさんの頭上に振り下ろした。


「うぉっ!? なんじゃそりゃあ!?」


 両手をクロスして止められる。

 会場内のどよめきが大きくなった。


「どんな手品だ、これは……?」


「そのままの状態でいいんですか」


「あ?」 


 私の炎剣は魔法とオーラを組み合わせたものだ。

 魔法はオーラで防ぐことが出来るが、実際には「相殺している」というのが正しい。

 それを受け止め続けると、どうなるか。


「……オーラが、削られていくだと……!?」


 相応にオーラが消費されていくということだ。

 炎がライオルさんのオーラを容赦なく焼いていく。

 減ったオーラに応じて腕が徐々に下がっていく。

 ――押し切れるか?


「ぬぅおおおおおおおお!」


「!」


 しかし、オーラを吹き上げ直したライオルさんに剣が弾かれた。

 そう甘くはないか。


「どれだけ俺を驚かせてくれれば気が済むんだ、お前は! つまり長期戦は不利と。しかも炎で剣の切っ先が見えねえ、間合いが測りづれえと来たもんだ。いいぜ、燃えてきた!」


 喜色満面、といった様子。

 だが私も負ける気はない。

 もう負けた場合のことなど頭になかった。

 爺さまと訓練していたとき以来のこの感覚。

 自分の渾身の一撃を、ぶつけてみたい。


「その顔いいなぁ、堪らんなぁ、ゾクゾクするぜ! ――さあ、再開だっ!」


 ぶつかり合う金属音が道場内に響く。

 私の二本の炎剣とライオルさんの拳が、肘が、肩が、膝が、足が頭が衝突する。

 この人は、まるで全身が凶器のようだ。

 メインは拳だが、絶妙なタイミングで他の攻撃も織り交ぜてくる。

 一瞬も気が抜けない。

 動きの一つ一つが洗練されており、その都度、最適化されたオーラがまるで生き物のように動き回っている。

 私とライオルさんの戦い方は、よく似ていた。

 ひたすら前に出る積極的な戦闘スタイル。

 ただし私は手数で負けている分を、剣のリーチで補っている状態だ。

 押し切られそうになるたび、黒剣で必死に牽制しなければならない。


「ハハハハハハ! 楽しい、楽しいなあ! カティア、お前はどうだ!?」


 永遠に続くかと思わせるようなラッシュの交換。

 その最中、ライオルさんが問いかける。

 楽しい……?

 ああ、確かにそうかもしれない。


「そうですね。フフ、少しだけ」


 スポーツを全力でやっている時のような高揚感。

 体も、心も、燃えるように熱い。


「そうだろう? だが、楽しい時間もそろそろ終わりのようだ」


「……みたいですね」


 二人とも、もう余力がない。

 ライオルさんのオーラ移動が鈍くなり始め、私の方はもう炎を維持できなくなってきている。

 決着の時だ。

 私はマン・ゴーシュを鞘にしまい、黒剣を正眼に構えた。

 小細工抜きだ、次の一撃で決める!

 剣の切っ先でじりじりと小さくなった炎が、消えた。


「……ッ!」


 その直後、ライオルさんが先に動き出す。

 最後まで変わらず攻撃的だ。

 出遅れた以上、やることは一つ。

 爺さまが言っていた。

 カウンターは、間合いとタイミングが全てだと。

 速さでも腕力でもない、限界を見定める覚悟こそが最も必要だと。

 ライオルさんが拳を振りかぶる。

 鋭く、速く、力強い一撃。

 まともに受けたら戦闘不能は避けられないだろう。

 オーラが鈍ってきても全く闘志が衰えないどころか、益々燃え盛っている。

 ――恐い。

 この土壇場で、ただでさえ二メートル近い巨躯が更に大きく見える。

 体が反射的に防御態勢に入ろうとする。

 腕が勝手に動きそうになる。

 ――まだ、まだだ!

 試されている。

 限界を、覚悟を。

 耐える、耐える。

 細い糸を手繰るように、ひたすらに耐える。

 残ったオーラを研ぎ澄ます。

 拳が至近に迫り、猛獣が大口を開けて飲み込もうとしているような錯覚を受ける。

 視界が金属で覆われた拳で一杯になる。

 徐々に思考が止まり――




 気付くと鎧の胸部分を砕かれたライオルさんが吹き飛んで行くのが見えた。

 パラパラと、砕けた金属が宙を舞う。


「――!」


 ガシャアッという耳障りな音を立てて、ライオルさんが床に叩きつけられた。


「そ、そこまで!」


 師範代が叫ぶ。

 自分の体勢を見る限り、どうやら私は突きを繰り出したようだ。

 勝った、のか?

 静まり返る道場内。

 剣先に血は付いていない。

 手加減する余裕など勿論なかったが、突きは幸運にも体まで達さなかったようだ。

 ゆっくりと黒剣を鞘に納める。

 キンッと鍔鳴りが周囲に響いた瞬間――道場内に大歓声がこだました。

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