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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第三章 鉱山都市キセ
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幕間 老鍛冶師と青年剣士

今回は鍛冶師ヴァンの視点となります。

ご注意ください。

 久しぶりに打った剣は上出来だった。

 ウーツ鋼を使ったバスタードソード。

 余程のことが無い限り決して折れたり曲がったりしないだろう。

 腕の錆びを落とすために何作か必要かとも思ったが、この分なら問題なさそうだ。


「で、話ってのはなんだ? ニール」


 他の誰かに聞かれたくない話なんだろう。

 カティア達を先に返したんだから、そういうことだ。

 客を呼ぶような場所じゃねえが、工房の倉庫で話を聞いてやることにした。


「ヴァンさんの目から見て剣士としての自分は……どう見えるっすか?」


「剣士としての評価なんてのは兵士ギルドがするんじゃねえのか? ……フン、冗談だ。わざわざ俺に聞きに来たんだ、飽くまでも俺からの意見が欲しいということだな?」


「はい、是非お教え願いたいっす」


「俺は回りくどいのは嫌いだ。てめえ、何を悩んでいやがる。まずはそれを全部吐き出しやがれ」


 顔を見ればそのくらい分かる。

 年寄りの経験をなめんなよ?

 先程、俺の剣を見て一瞬暗い顔をしていたのも気付いている。

 もっとも他の連中が気付かない中、カティアだけは別だったようだがな。

 あいつは歳の割に周りが見えてやがる。

 ティムは良い育て方をしたようだ。


「やはりお気付きでしたっすか」


「おう。ほれ、早く話せ」


「はっきり言えば、カティアさんにとって自分が足手纏いになっているのではないかと……」


「ああ?」


 分からん話でもない。

 あれだけの剣士と肩を並べて戦える奴なんてそうはいない。


「この剣の素材の不純物のような、無駄でなく引き立てるモノにすら自分はなれないのかと思うと、不安で」


 なるほど、これは皆の前では話せないはずだ。

 カティアがもし男であったなら力の差がはっきりしている分、こいつも相談できたかもしれんな。

 だがあいつは女だ。

 男のくだらんプライドが邪魔をする、異性に弱みを見せたくないと。

 ――全く嫌になるな。

 こいつの不器用さ、若い頃の自分を見ているようでいたたまれねえ。

 何とかしてやりてえが。


「お、そうだ」


 一つ思い付いた。

 用事もあるしついでに奴も巻き込もう。

 若い頃の俺のことも知っているし丁度良いな。

 頭も回る。


「ヴァンさん?」


 不思議そうな顔だな。

 だが、説明するより行動に移した方がはええな。


「おう、ちょっとついてこい」


「え、え、どこに行くんすか?」


「来れば分かる。行くぞ!」


 ここから歩いて五分ほどの場所、ウチの次にでかい工房の裏手に一軒の家がある。

 目的地はそこだ。


「おう、邪魔するぜ!」


 ノックなんかしねえ、こいつは居留守を使うからな。

 ドアを開けると細身の人族の老人で眼鏡をかけた男が椅子に座っている。

 本なんか読みやがって。

 鍛冶屋にしては上品な雰囲気なのがまたうっとおしい。

 話せば分かるがジジイの癖に口調も若々しかったりする。

 俺にとっては見慣れたツラだ。


「な、なんだいヴァンか。驚いたよ」


「マーク武器店の裏手の家……ということは、まさか」


「ん? 見ない顔だね。初めまして、私はマークといいます」


 そう、こいつはマーク武器店の元店主で鍛冶師のマークだ。


「は、初めましてっす! ニール・ラザと申します!」


「自己紹介は済んだな? 用件はこいつの悩みの相談だ」


「せっかちだね、相変わらず。悩みってなんだい?」


 こいつは理屈っぽいからな。

 俺よりも上手く相談に乗るだろう。


「実は――」


 ニールが先程俺に話したことをマークに説明した。


「ふむ、なるほど。要は能力が伸び悩んでいるという事だね?」


 足手纏いの可能性を考えるってことは、自分が求めている能力に達していないってことだ。


「だろうな。マーク、てめえは鍛冶で詰まった時にどうしてた?」


 剣の問題だろうと、俺たちは鍛冶屋だ。

 鍛冶屋なりの解決法しか提示してやれねえ。

 それをどう剣に活かすかはニール次第だろう。


「問題点を洗い出して短所を潰す。その繰り返しだったね」


 こいつらしいな。

 完璧主義者というか几帳面というか。


「どうだ、ニール?」


 こいつの剣技は見ていないが、立ち姿を見る限りカティアよりは隙が多い印象だ。

 もっとも比較対象が悪過ぎるだけで、優秀な剣士としての雰囲気は出ているが。


「自分の場合は、その方法だと欠点まみれで寿命が足りないっすよ……」


「そこまで言うか。マーク、他の方法はないのか?」


 つくづく俺に似てやがる。

 俺も鍛冶屋としては欠点だらけだったからな。


「だったら君の方が得意分野のはずだよ、ヴァン」


「俺か?」


「思い出してごらん、君がここに来た直後のことを。もう既に私の店は大きかったけれど、君は露天商のようなものだったじゃないか」


「喧嘩売ってんのかテメエ」


 国を出てこの都市に来た頃の話だ。

 当時のこいつとの差は天と地ほど開いていたな。

 既に大きな店を構え知名度もあったこいつに対して、俺はコツコツと武器を露天売りしては鍛冶を繰り返す日々。

 若かりし頃の修業時代の記憶だ。


「違う違う、どうやって君は鍛冶技術を上達させたんだい? 私に並び立つほどになったんだ。何も考えていなかった訳じゃないだろう?」


「そりゃあお前、俺は不器用だからな。自信があった鉄の質を見極める目を頼りに、適切な温度管理を感覚で身に付けるまで打ちまくったさ。武器を」


「それだよ」


「あん?」


 何が言いたい?


「君は鉄に関する感覚をひたすら鍛えた訳だ。私とは逆、一点突破で長所を伸ばす鍛え方だ」


「どうだ、ニール?」


 確かに俺の鍛冶の腕の鍛え方はそうだったな。

 剣でも使えるんじゃねえか?

 得意な部分を磨いて敵にぶつける。

 通用しないなら、どんな敵にも通用するほどに突き抜けるまで磨く。

 ティムやカティアのような完成された剣士も良いが、そういう一芸に秀でた剣士は俺好みだ。


「長所をっすか。一つくらいなら、自分にも……!」


「心当たりがあるようだね。ならばそれを大事にしなさい。突出した才能や鍛えた能力は、時に予想外に大きな力を発揮する。私もヴァンには度々驚かされたよ」


「ケッ、言いやがる。コンペの総合成績では俺に勝ってるからって良い気になりやがって」


「僻みは格好悪いよヴァン。どうだいニール君、参考になったかな?」


 お、ちったあマシな顔になったなニール。

 もう大丈夫だろう。


「はい! お二人とも、ありがとうございましたっす!」


 そう言って青年は仲間の待つ宿へと帰って行った。

 若い頃の経験は宝だからな。

 頑張れよ、ニール。




「で、用事はそれだけだったのかい、ヴァン?」


「お、そうだった」


 ニールが帰った後も俺はマークの家に居た。

 ここからが俺としては本題だ。


「頼みがある」


「何だい? 珍しいね」


「お前が引退してから張り合いがねえ。武器屋に復帰してくれねえか?」


「いや、あれは君が次のコンペで負けた方が引退だっていうからそうしたんじゃないか……」


「そうだったか?」


「そうだよ、どうして忘れてるんだ。もうボケてるのかい? 君が復帰して良いと言うのなら戻るさ」


 仕方ねえだろう、記憶が飛ぶほどの出来事があった訳だからな。

 大体、酒の席での口約束を真に受けるこいつにも問題があるだろうよ。


「いやあ、それだけあの剣に気力を持っていかれてな。我ながらすげえ剣を作ったもんだぜ」


「生涯最高の剣とか馬鹿な宣言をしていたね。だが確かにあれは異質な剣だ」


 まあ、あの剣のせいで無気力になっていたんだがよ。

 カティアの剣を見てやっと元に戻った訳だが。


「何かに突き動かされるように作ったからな。気が付いたら出来上がっていたが、えらく疲労感があったぜ」


 思えば変な状態だったぜ、あの時の俺は。

 今ではあの剣が最高のものなんて思わんが。

 質は最高のものになったが、あんな魂が入っていない剣は俺の剣じゃねえ。


「結局王家に納めたんだろう。銘は確か――」


 ブラッドソード。

 それが王家に納めた剣の名だ。

 血のように赤い刀身を持った禍々しい外観に仕上がったことからそう名付けた。

 あの剣、誰が使うことになったんだろうな?

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