近くて遠い存在
「説明してよね! カティアちゃん!」
「そうっすよ。どうして力を隠していたんすか!?」
「えっと……」
どうしよう!
お兄ちゃんの記憶でお手本になりそうなのあるかな!?
…………。
無い、ちっとも無い!
お兄ちゃん、嘘がへたっぴ!
大体ばれちゃってるじゃん!
どうしてこれで元が男の人だってばれないんだろう?
とっても不思議。
でも何か、何でもいいからしゃべらないと。
うーん、うーん。
「その、出来るときと、出来ないときがあるみた……あるんです」
「本当に? 自信満々で魔法撃ってなかった?」
「で、できるときはなんとなく分かるんです!」
「むむ、氷の魔女みたいっすね」
「氷の魔女?」
だれそれ?
お兄ちゃんの知識の中にもいない人っぽい。
「あれ、知らない? この国の昔の英雄の一人でね、寒い時は絶好調! 暑いと絶不調ー、って感じでね」
フィーナさんが絶好調のところはシャキッとした顔、絶不調のところでしょんぼりした顔になった。
おもしろーい!
「まあ、魔法はそもそも環境に左右され易いんすけど、特にその人は極端だったらしいっす」
「そそ。だから、カティアちゃんは逆バージョンで暑いと調子が良いのかなってニールは言いたかったのよ。ここ暑いもん」
「単一魔法に特化した人の中にはそういうタイプが昔から少数いたらしいっすよ。一説によると、四大エレメントに近しい存在だから起こる現象だと言われているっす。氷の魔女は水魔法の中でも氷を操るのが得意だったらしいっす」
へえー。
そんな人がいたんだ。
あと、ここって暑いんだ?
もっと暑くても平気そうだけど。
でも、お兄ちゃんは違うだろうからひていしておいたほうがいいよね?
戻ったときにばれちゃう。
「私のはそれとはちがうと思います。えと」
お兄ちゃんの記憶は役にたたないから、知識から何か!
うーんと、嘘は本当のことをまぜるとばれにくい、だってさ。
「オーラが乱れてしまったときに急に調子が良くなったりするんです」
さっきの火魔法はお兄ちゃんは使えない。
私がいないと使えないし、私はオーラを上手く使えないから、えっと、これって本当のことがはいってるよね?
「フィー姉、オーラは精神状態が直接作用するっす。だとしたら、さっきの出来事がショックで……」
「そうね。分かった、もう聞かないわ。それよりも、帰ったら早くお風呂に入りましょ! それから、任務達成のお祝いしようね」
やた!
よくわからないけど、なっとくしてくれたみたい。
お兄ちゃん、ほめて!
……って、そっか。
今のままじゃ会えないんだよね。
はあ、会いたいなあ、お兄ちゃん。
だれよりも近くにいるのになあ。
あ、私うまいこといった? いったよね?
「むふー」
「カティアさん、なんでドヤ顔してるんすか……?」
「やっぱりカティアちゃん、いつもと雰囲気違うような」
まずい、ばれちゃう。
あれ、でも何だかねむくなってきちゃった。
入口からの音はまだ止まない。
くずれた道を直すまではまだかかりそう。
今なら休むふりをして自然にいれかわれるかな?
お兄ちゃん、もう起きて?
「すみません。少し疲れたので、座っていても良いですか?」
「はい、周囲の警戒はお任せ下さいっす」
「うんうん。いっそ横になってもいいよ。お姉さんが膝枕してあげよう」
「はーい、お願いしますー……」
「あれっ!? カティアちゃんが素直すぎる! 絶対どっか変よ!」
そう言いつつもちゃんと膝枕してくれるフィーナさん……。
ううん、この呼び方お兄ちゃんの呼び方だから、ちょっとしっくりこない。
フィーナちゃん、でいいか。
フィーナちゃんは優しいなぁ。
ニールさんも今度はニールちゃんって呼ぼうっと。
おひざ、柔らかくて気持ちいい。
起きてた時間、短かったな……。
やっぱりもう、この体にとっては、私の方が――。
フッと、暖かいものが体の奥に入ってきた気がした。
――私は、どうしていたんだ?
不思議と先程まで感じていた心の不快感が和らいでいる。
それに、なんだか頭の下に柔らかい感触がある。
何だろう、これ。
「んっ、カティアちゃん……撫で回さないで……!」
「え?」
首を捻って上を見た。
フィーナ、さん?
目が合った。
……赤い顔をしていらっしゃる。
特徴的な長い耳まで赤くなっている。
「へあっ!? ごめんなさい!」
「あ、いつものカティアちゃんだ」
状況把握、状況把握!
これは男の夢、美女の膝枕じゃあないか!
あ、勢いで起きてしまった、勿体ない!
もっと堪能したかった!
「大丈夫? 一眠りしたらスッキリした?」
「あ、はい」
あの後、私は眠ってしまったのだろうか?
だからこうして寝かせていてくれたのだろうか。
でも、何か。
何か大事なことを忘れてしまっているような。
そんなもどかしい気持ちが残っている。
「どうしたの、カティアちゃん?」
「あの、私、何か大事なことを忘れてしまっている気が……」
「んー……。カティアちゃん、こんな話知ってる?」
「? 何です?」
「嫌なことがあったり、辛いことがあったときは眠ってしまうほうが良い。妖精さんが嫌なことや辛いことを持って行ってくれるから」
「妖精さんですか?」
「うん。そうして眠った後は、妖精さんに感謝するの。ありがとうございます、今日からまた頑張りますって」
「妖精さんは、感謝されるだけで満足なんですか?」
「妖精さんはね、誰からも忘れられると消えちゃうの。だから時々思い出して、感謝を捧げると喜ぶのよ」
「そう、ですか」
分かるような、分からないような。
でも、確かにお礼を言いたい気分かも知れない。
起きた後の気分は悪くないから。
妖精さん、ありがとう。
「二人とも、音が近くなってきましたよ。もうすぐ出られそうっす!」
「あ、ニールさん。周囲の警戒、ありがとうございます」
「カティアさん。もう立てるっすか?」
「ご心配をお掛けしました、もう平気です。フィーナさん、ありがとうございました」
「いいのよ。アタシにはどんどん弱みを見せてもいいからね。お姉ちゃんだから!」
うわぁ、すっごいドヤ顔。
「いや、もうドヤ顔はいいっすよ」
「え、二回目なんですか?」
「カティアちゃんがしてた」
「カティアさんがしてたっす。特に意味のない場面で」
え、いつ?
記憶にないよ?
あれえ?
記憶を探っていると、入り口の岩が崩れる音がした。
おっ、開いたかな。
土埃の中から、数人の人が出てくる。
「おっしゃあ、貫通! お前ら無事か?」
ピッケルを持って現れたのは、見覚えのある人達だった。
つい最近知り合った人達。
「ヴァンさん! それに工房の人達も!」
白髭のドワーフの老人とその仲間たちだ。
「どうして鍛冶屋の方達が来たんすか?」
「それがよう。鉱山の閉鎖が解けたって聞いたからだな、待ちきれなくて自分達でウーツ鋼を採りに来たんだが。落盤で閉じ込められてる奴らがいるってんで話を聞いたら六番坑道だって言うじゃねえか。急いで手伝いにきたぜ」
「ありがたいけど、アタシ達がここに居る間に閉鎖解けたの? 早っ! 残ったワームはどうしたの?」
「ああ、ワームな。まだ四、五、六番坑道だけだが掃討が終わってな。何でも、残ってた奴はかなり弱っていたらしいぜ? ま、大部分は巣に返ったんだろうが」
あの男がワームの餌の管理なんかする訳が無いからな。
納得のいく話だ。
どの道、使い捨てる気だったのだろう。
この空洞内のワームは元気な奴を集めていたようだけど、おそらく他の坑道で攻撃させていたワームは指示を出して放っておいたのだろう。
それから、ワームの棲み家は地中だ。
刺激しなければ滅多に向こうからは襲ってこないと聞く。
統制が解けた今、巣に返ったワームが問題になることもないだろう。
「まあ、細かいことは後にしろや。疲れてるだろ? 取り敢えず外に出ようや」
ヴァンさんの労りの言葉が染みる。
いや、本当に今回は疲れた。
主に精神面が。
「はい……あ、ニールさん、フィーナさん、その……奴の遺体は?」
「情報部に任せましょ。その辺に居ない? ニール」
「居そうっすね、何となく。情報部の方! どなたかいらっしゃるっすか!」
見つかった情報部員は、ナナシさんのように背後から忍び寄ったりせずに普通に手を挙げて寄ってきた。
ニールさんが簡単に経緯を説明してくれている。
それが終わったら、ようやく外に出られそうだ。
……ん?
地面に灰が落ちている。
火なんか使ったっけ?
この空洞に入った時には無かったような……。
「カティアちゃん、行くよー」
「はい、今行きます!」
話は終わったらしい。
フィーナさんが私を呼んでいる。
摘まんだ灰を疑問と共に放り投げ、私は外へと向かった。