命の天秤
「さーてさてさて、ここに元凶がいますよって動きをしていれば必ず精鋭を送り込んでくると思っていたよ! それを狩るのが僕の役目なのさ」
ぺらぺらとよく喋る。
痩せぎすの男が粘っこい視線でこちらを見る。
口元には薄い笑みが張り付いている。
「ほら、これをあげるよ」
そう言って男は気軽に、菓子でも放るように何かを投げた。
「うっ……」
それは、腐敗が始まっている坑道の作業員だった。
恐らく逃げ遅れたのであろう。
余りにむごい仕打ちだ。
「あんたっ……!」
「駄目っすよフィー姉! 挑発っす!」
「意外と冷静だね、残念。さて」
男がパンパンと遺体を投げた手の平を払いながらこちらの様子を窺う。
まだ喋る気のようだ。
「君達三人の内、誰が一番強いのかなあ? 君か? うーん違うなあ。君はちょっと優秀なだけの魔法使いって感じだ」
「!?」
「適正属性は風と土? いや、風と水か。いかにもエルフっていう能力だねえ」
ぴたりとフィーナさんの能力を言い当てた。
何だ、こいつは?
「では君か? いや、君も違うね。オーラ量が高いだけのパワーファイターか」
「な、どうして……?」
これは、ニールさんのことか。
どんな能力を使えばこの短時間で相手の戦闘能力を計れるというのか。
不気味だ。
「と、くればやはり君か。剣士で極級オーラ使い。惜しむらくは女ということか」
「カティアちゃん!」
「ええ、どんな手を使っているのか分かりませんが、こちらの戦力を把握されたようです」
「ほらほら、集中しないと死んじゃうよぉ!」
痩せぎすの男が例のオカリナを取り出し、息を吹き込む。
すると――。
「カティアさん、ワーム達が来たっす!」
男の背後に待機していたおびただしい数のワームが押し寄せる。
地鳴りがする程の数だ。
「くっ、応戦します! 落盤の音は外まで聞こえたはずです! 耐えれば救助も期待できます!」
状況を切り抜けるには増援が来るまで耐えきるか。
もしくはワームを操っている男を倒した後、ワームを無力化するかだ。
「出来るかな? 君達に……フフ」
ワームの群れが来る。
ワームの一体一体はそれ程脅威ではなかった。
動きも遅く、皮膚も柔らかい。
しかし男がオカリナを吹くと、一斉に溶解液を吐き散らしてくる。
逃げ場のない範囲攻撃、溶解液による絨毯爆撃。
一度でも浴びれば体中の皮膚が爛れ、致命傷になるだろう。
防御手段はフィーナさんの風魔法だ。
溶解液を風で吹き散らす。
防御行動の後はニールさんと私がワームの群れに乗り込んで必死に数を減らす。
幸い、連続で溶解液は出せないようだ。
何度も防御と攻撃を繰り返す。
しかし……。
「ハア、ハア、カティアちゃん、魔力が……」
洞窟内は風の流れがほとんどない。
一から風の流れを作るため、消費する魔力は洞窟の外よりも大分多いだろう。
防御を一手に引き受けるフィーナさんの限界が近い。
そもそも、戦術的にフィーナさんにかかる負担が大きすぎる。
かといって、他に有効な防御手段も無い。
見かねたニールさんが叫ぶ。
「――カティアさん、行って下さい! 奴を倒せばこいつらの統制は乱れるっす! 溶解液も魔法に頼らずに避けることが出来ます!」
「そうね、このままだとジリ貧よ! カティアちゃん!」
「…………少しだけ、持ち堪えて下さい!」
「任せて下さいっす!」
「カティアちゃんも気を付けて! あいつ、得体が知れない!」
迷っている暇はない。
ワームを二人に任せ、痩せぎすの男の元へと突進する!
「押し通る!」
黒剣で凪ぎ払い、駆ける。
ワームの群れを左右に割りながらひたすらに進む、進む。
オーラの密度を増して吹き飛ばして行く。
掻き分けるように群れの中を進むと、ようやく例の白髪頭が見えた。
そこか!
「ははっ凄い凄い、ワームが紙屑のようだね! 良いだろう、相手になるよ!」
突進の勢いのままに、私は男に斬りかかった。
男がオカリナから口を離して剣を抜き、防ぐ。
防がれた?
こいつ、見た目に反して意外と剣の腕も……!
そしてオカリナを吹くのを止めても、ワーム達の統制は崩れていない。
「気付いたかい? 僕を殺さないとワーム達は止まらない。もう命令は伝達済みだ」
「だったら!」
「出来るのかな? 君、人を殺したことがないだろう?」
「くっ」
理由は不明だが見抜かれている。
しっかりしろ!
ダンさんも言っていたじゃないか!
今は殺すことも必要な時の筈だ!
「無駄無駄。結局、人の言葉というのは自分の実感が伴なった時になってようやく染み込んでくるものさ。どんな助言を受けていようと、自分のモノに出来ていなければ無意味さ」
「!!」
そこまで……そこまで読めるのか。
「そう、僕は心を読める。これも神の力って奴さ!」
「……」
興が乗ったのか余裕があるのか、男が自分の能力を自白する。
それが本当だとしても読めるのは表層部分だけのはずだ。
そうでなければ私の過去を、内面を見ればおかしいと感じるはずだ。
そして、これだけお喋りなのも思考を誘導して必要な情報を引き出すためか。
「おや? 気付いちゃった? でも関係ないね。僕はこうして君を引き留めておくだけでいい。そうしたら……」
「フィー姉! 後ろ!」
「くっ! ごめん、集中力がっ」
「フィーナさん! ニールさん!」
二人の苦しげな声が聞こえてくる。
限界は近い。
「向こうは勝手につぶれる。そうしたらお優しい君の心も折れてしまうだろうねえ」
「貴様!」
二度、三度と剣で斬りつける。
が、心を読まれている為か全て防がれてしまう。
くそっ! オーラも乱れている!
「あはははは! 君のせいだよ、二人が死ぬのは! 迷え、迷え! それでも人殺しはこわいだろう? 君みたいなのは大好物だよ! 隔絶した力を持っているのに、肝心の心が弱い! 全力で来れば僕の先読みなんか無意味だっていうのに、何人も似たような奴が僕に負けていったよ!」
私の、せい……?
私のせいでニールさんが、フィーナさんが死ぬ……?
――心が軋む。
違う、私じゃない。
こいつの、こいつのせいだ!
だったら何故私はこいつを殺せない……?
こわいから? だとしても、私は親しい人が死ぬよりは目の前のこいつを殺すことを選ぶ。
「命は平等」だから?
……急に紛れてきた自分の場違いな思考に、引っかかりを覚える。
――ああ、そうか、そうだったのか。
前世のしがらみ。
私は命は平等だって、そう教えられて育った。
みんな同じように考えていると、平和ボケした頭で私は信じていたのだ。
命は平等で、みんなそれを大事に抱えて生きているって。
だから、裏路地で会った名も知らないあいつが刺してくるなんて思わなかった。
だから気付けなかった。
その殺気に。
命を軽く見る者がいるということに。
だから無警戒に、横を通り過ぎようとして刺された。
――命が平等なんて幻想だ。
平等ならあんなに惨めに、理不尽に死んで良いはずがないじゃないか!
だったら……。
「簡単なことじゃないか……」
「おや?」
命が平等じゃないなら、簡単じゃないか。
私の心の中の天秤。
片側にはニールさんとフィーナさんの命。
もう片側には、目の前のこいつの命。
片側に二つの命が乗っているからというのは関係ない。
そちらがニールさんだけでも、フィーナさんだけでも結果は一緒だ。
変わらない。
――天秤が、傾いた。
「貴様の命など……私にとっては迷う価値も無い」
「ひっ! 何だ、さっきまでとは全然……! こんな反応した奴なんて、今まで誰も……!」
一歩近付く。
男が後ずさる。
黒い感情に身を任せ、私は剣を振り上げた。
身勝手に自分勝手に、その思いのままに。
「やめろ! 来るなぁ! そんな純粋な殺気を、僕に向けるな!」
「死ね」
血しぶきが舞う。
男の首が、跳ねて地面に転がった。