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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第三章 鉱山都市キセ
22/155

鍛冶屋ヴァン

「もー、あいつ嫌い! カティアちゃーん」


 私達は現在、鍛冶屋ヴァンを目指して歩いている。

 フィーナさんの愚痴を聞きながら、であるが。

 昼間ほどではないが、夕刻が近付いてきても街はまだ賑やかなままだ。

 私達も人混みにも少し慣れたので、先程よりは歩く速度も速い。


「どうしてあんなに反りが合わないんでしょうね?」


 愚痴の内容はナナシさんのことだ。

 ナナシさんの方も、フィーナさんに対してあまり良い感情は持っていないように見えた。


「知らないわよ! と言いたいところだけど」


「何かあるんですか?」


「多分あの個性を消している感じが嫌なのよ」


 個性を?

 でも、それって情報部の人間として必要な技能ではないのか。

 諜報活動においては有利になるはずだ。


「個性っすか。自分も情報部の現場の人間には二、三人しか会ったことないっすけど、あそこまで印象の薄い人は初めてっすよ」


 ああ、あの薄さは別格なのか。

 私はナナシさんしか情報部の人に会ったことがないから、ニールさんのように比較することが出来ない。

 確かにいくら情報部が優秀でも、あのレベルの人間がたくさんいたら諜報戦だけで帝国に勝てそうだもんな。


「会って話せばナナシさんだって分かるんですけどね。街中ですれ違っても気付かないですよね」


「唯一特徴的なのはあの皮肉っぽい口調だけど、あれだって作りものじゃないっていう確証が持てないわ……」


 しかし、個性が薄いからという理由だけでフィーナさんがそんなに他人を嫌うだろうか?

 フィーナさんと言えば絵だ。

 絵に関連したことなら気に入らない理由がはっきりするかもしれない。

 なので、私は適当な質問を投げてみることにした。


「ナナシさんを絵に描けって言われたら、フィーナさんはどうしますか?」


「そう! そこなのよ! 上っ面の見たままなら、実物を見ながらなら多分描けるわ」


 食いつき早いな。

 反応からして既に想定済みだったみたいだ。

 もちろん実際に情報部の者を絵に残すなんてやるわけには行かないが。

 職務上、顔バレなんて間接的に殺すようなものだからね。


「でもね、見たまま描いただけじゃ、ちゃんとその人を描いたことにならない様な気がしてね……。感覚的な話でごめんね?」


 前に人の本質がどうとか言っていたからな。

 内面が伝わってくるような絵を描きたいってこと……かな?

 ちょっと自信ないが。

 私は芸術家では無いからして。

 ただ、フィーナさんがナナシさんを好きではない理由は分かったかも。


「そうですね。ナナシさんは敵や民衆の記憶に残らない様に立ち回るのが仕事です。それに対して、フィーナさんの絵は……」


 誰かの記憶に残るものを作る仕事だ。

 方向性が全く逆と言っても良い。


「そっか。生き方が正反対なんだね、あいつとアタシは。頭では理解できるんだけどね」


 感情面はどうにも出来ないと。

 しかし、私の考えとしてはそのままでも良いと思う。


「別に構わないのではないですか? 嫌いなままでも」


「え? でも」


「嫌いだからといって、ナナシさんに害意を持ったりしますか? フィーナさんは」


「どつきまわしたくはなるけど、怪我までさせようとは思わないわ」


 どつき……ま、まあいいか。


「相手のことを否定したり傷つけたりしないのなら、嫌いなままでも構わないと思います。それをすると、帝国と一緒ですから」


「むう……そうかもね。その考え方、結構気楽で好きかも。うん、アタシはあいつが嫌いだ! それでいいか!」


「いいと思いますよー」


「い、いいんすかね?」


 いいんじゃないかな。

 どんな人でも大好き、なんて不自然で気持ち悪いじゃないか。

 険悪になったり、傷つけあったりしない範囲であれば問題ないのではないかなあ。


 屋台通りというのは、昼間通った辺りのことだったらしい。

 ナナシさんの案内通りに十字路を曲がると、一目で他の店よりも大きいとわかる建物が見えた。

 用水路を使った水車が回っており、かなり本格的な工房を持っているようだ。

 店が通りに面して建ち、工房はその後ろ側に建っている。

 店のマークが看板代わりに付いていて、この斧の紋章が鍛冶屋としての印らしい。


「大きな店ね」


「そっすね。しかし、ヴァンさんの不調の理由って何なんすかね?」


「うーん。ここで予想していても仕方ないですし、行きましょう」


 いきなり工房に入るのは失礼になる可能性があるので、取り敢えず店側から。

 店の中は、多種多様な武器が置いてある。

 剣だけでも多くの種類があり、槍、斧、杖、盾、ナックルダスターまで、揃わないものはないと言わんばかりのラインナップだ。

 どの武器にも斧の紋章が彫ってあったり、焼き付けてあったり。

 剣とか盾に斧の紋章って、ちょっと変な感じもするな。

 パッと見ても分かるのは、種類だけではなく質の高さもそうだ。

 量産品の精度が高いようで、試しに同じ剣を二本手に取ってみたが、違いをほとんど感じない程だった。

 武器の量と質に圧倒されていると、店員の方から声を掛けられた。

 女性のドワーフがこちらを一生懸命に見上げている。

 すまんね、無駄に背が高くて……。


「あのう、情報部の方が仰っていた方達で、合っていますか?」


 屈むのは失礼なので、一歩下がって女性ドワーフの視界に入り易くしてみた。

 当然ながら、情報部から連絡は来ていたようだ。 


「あ、はい。ヴァンさんの調子を何とかしてくれとは言われましたね」


 そう言うと、店員さんの顔が綻んだ。


「やっぱりそうですか! 教えていただいた特徴と一緒だったので」


「特徴っすか?」


 あ、何か嫌な予感。

 具体的にはナナシさん絡みの。


「えと、言い辛いのですが……赤毛の派手な容姿をした女性剣士と、茶髪の気の抜けた顔をした青年剣士、貧乳エルフの魔法使いの三人組みって言ってました」


「後半に行くにつれて酷いですね」


 私のも、赤毛だけで通じると思うのだが。


「そこまでゆるい顔してないっすよ……」


「アタシのはただの悪口じゃん! ナナシぃ!」


「ご、ごめんなさい。私が言った訳ではないので」


 依頼を始める前から気力を持って行かれた。

 その説明で通じていたのだから、そう見えるのかもしれないが。

 絶対ナナシさんだ、その情報部の人。

 あ、店員さんがオロオロしだした。


「あー、すみません。工房への立ち入りを許可していただけますか?」


 仕方ないので話を進めることにした。

 困っているドワーフさんが少し可愛いと思ったのは秘密だ。


「はい、こちらからどうぞ!」


 店の奥、おそらく工房との連絡用通路と思われる場所。

 そこを通るようにと指示された。


 工房に入ると、職人達が忙しそうに動き回っている。

 この国らしく種族はバラバラ。

 部外者なのでこちらに不審そうな目を向ける者も居たが、店員さんが先導してくれていたので直ぐに自分の作業に戻っていく。

 ちょうど作業中の炉の近くを通ると、熱気が押し寄せてくる。

 燃料が火魔法だったり、ふいごやたたらの代わりに風の魔法具だったりが前世との違いか。

 そこまで鍛冶に詳しくないので、それ以上の違いは分からないが。

 工房は武器の量産にフル稼働、といった様子だ。

 だというのに工房の奥、一番全体を見渡せる場所にあるその作業場の一画。

 そこだけが、完全に火が消えたように静かだった。

 一人の老ドワーフがぼんやりと工房の作業風景を見ている。


「親方、お客さんですよ」


 店員さんが声を掛ける。

 集団で近付いても気付かなかったその老人は、店員さんの声でようやくこちらに気が付いたようだった。

 店員さんが親方と呼んだので、この人がヴァンさんで間違いないと思う。


「お前か? 情報部の小僧が言っていた奴ってのは」


 背中を丸めて座っていたドワーフの老人がこちらを見る。

 どこか無気力な目をしている。

 一応、確認と自己紹介を。


「あなたがヴァンさんですか? 私はカティア・マイヤーズといいます」


「そうだ、俺がヴァンだ。お前を見れば武器を打つ気が戻るかもしれないと聞いた」


 ヴァンさんが私をじっと見る。

 考えてみれば、この人が不調になった経緯を誰からも説明して貰ってない。

 言われるままに来てはみたが、何をすればいいのか。

 ヴァンさんは私の腰の付近を見て、黒剣に目を留めると突然カッと目を見開いた。


「その剣、見せてくれ!」


「あ、ちょっと」


 ひったくるように黒剣を持っていかれた。

 一瞬で剣帯から外されたのだが、剣の扱いの慣れを感じさせるというか、そんな器用さ。

 ヴァンさんは、食い入るように鞘から抜いた剣を見ている。


「これは、なんという……そうか、そういうことか。技を究めたなどと思い上がりも甚だしいと……」


 何か呟いている。

 やがてヴァンさんが目を瞑り、とても深く、深く溜息を吐いた。

 顔を上げた時、ヴァンさんの顔は既に先程までとは違うものだった。

 活力が、目に熱気が宿っている。

 背筋も伸び、先程までの疲れた様子はない。


「ありがとうよ。なるほど、あの小僧は正しかった訳か」


 返された黒剣を受け取り、剣帯に戻した。


「あの、状況が掴めないのですが」


 私の内心は言葉の通りだ。

 しかも、ヴァンさんが晴れやかな表情をしている。

 これ、私自信は何もせずに問題が解決していないか?


「そうだよ! ちゃんと説明してよ」


 フィーナさんも重ねて聞いてくれる。


「いや、すまんが説明は恥ずかしいから無しだ。後で情報部の小僧にでも聞いてくれ。代わりに、そこの茶髪の小僧」


「あ、ニールといいます」


「報酬としてニールの武器を作ってやる約束になっている。それで勘弁してくれ」


「ほんとっすか!」


 ニールさん、嬉しそうだな。

 この国でも指折りの職人が武器を作ってくれる訳だから、さもありなんだが。

 結局、説明は無しなのか。

 ニールさんとヴァンさんが武器の詳細についての打ち合わせに入ってしまった。


「ねえ、カティアちゃん」


 うん、フィーナさんの言いたいことは分かっている。

 私も同じ気持ちだ。


「はい。ナナシさんの手の平の上って感じで、釈然としないですね」


「もー! 次からは知ってそうなことは全部事前に聞くわ!」


「それが良さそうです……」


 状況を理解できない内に、剣を見せたら問題が解決していた。

 必要だったのは私ではなくて黒剣を見せることだった訳だ。

 ニールさんの剣に関してはありがたい報酬だが、どうもスッキリしない。


「あー、そこの娘。カティアだったか? さっきの剣、抜いてみてくれるか? 出来れば軽く振ってくれると尚ありがたい」


 ヴァンさんに声を掛けられた。

 話は終わったのか?


「構いませんが、何故です?」


「曇っていた目じゃ分からなかったが、今なら分かる。お前の立ち姿、その剣に全く見劣りしていねえ。相当の使い手と見た。鍛冶職人としては是非剣を持っている姿を見たい」


 べた褒めだなあ、悪い気はしないが。


「さすが名工っすね……カティアさんの技量を立ち姿で見抜くなんて」


「カティアちゃん、顔真っ赤。照れてんの?」


 フィーナさんが何か言っているが、気のせいだろう。

 私は何も聞いていない、何も。

 どうやら私自信にも役目が回ってきたようだ。

 剣を見せに来ただけでは役に立った感じがしないから、これで良かったのかもしれない。

 ただし、やる前に一つ聞いておきたい。


「それって、ニールさんの剣を作るのに影響しますか?」


「ああ、俺は今日から再出発だ。少しでも閃きと言うか、刺激が欲しいんだ。頼むぜ」


 おお、期せずしてニールさんの剣を折った罪滅ぼしも出来そうだ。

 少しでも役に立っておこう。


「分かりました」


 では、やりますか。

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