鉱山都市へ
ラザの町を出て三日目。
次の町へと至る山道――。
そこで私達は魔物の群れに囲まれていた。
アイアンピルバグという、要はでっかいダンゴ虫の魔物だ。
小型犬から中型犬くらいまでの大きさで、結構気持ち悪い見た目をしている。
外殻に鉄を含み、体を丸めて堅い外殻を利用してゴロゴロと突進して攻撃をする。
坂の上から雪崩のように黒い波が押し寄せてきた時は目を疑った。
「はぁ、はぁ、カティアちゃん、まだ来るのー?」
「勢いが減ってきたのでもう少しですよ」
「ぜぇ、ぜぇ、なんで、こんなに数が……? 繁殖期はまだっすよね?」
二人ともバテ気味だ。
倒した数は、二十から先は数えていない。
大多数は何かから逃げるように私達を無視して通り過ぎて行ったが、何匹かはこちらに襲いかかってきた。
そのまま全部が通り過ぎてくれたら良かったんだけど。
こいつらに対する戦い方としては、堅い外殻を避けて攻撃するのが一般的だ。
ニールさんは定石通りに柔らかい腹部や殻の節目を狙い、突きを多用して一匹づつ処理している。
フィーナさんはそのフォローで、風や水を使ってどんどん転がる虫を横転させる。
余裕がある時は、風の刃で虫の腹を攻撃といった具合だ。
私はというと、
「カティアさん、そっちに行ったっす!」
「はいっ」
二匹、いや、三匹か。
重量感のある音と土煙りを立てながら突進してくる。
力を抜いて自然な構えをとる。
呼吸を止めず、流れるように――。
転がってくる虫にカウンター気味に右手で剣を振る。
一閃、二閃、三閃。
ギャリッという金属が微かに擦れ合う音が鳴り、体液を撒き散らしながらダンゴ虫が斬られていく。
と、こんな感じでオーラの密度の高さと剣の性能に任せて外殻ごと斬っている。
時々、防御と至近の敵への対処に左手のマン・ゴーシュを使う程度。
「相変わらず、はあ、ふう、出鱈目な……」
「ねえ、すー、はー。ニール。あれってカティアちゃんが凄いの? 剣が凄いの?」
「両方ですけど……自分があの剣を持っても、同じことは出来ないっすよ」
「ふわあ」
「二人とも、話してないで戦って下さると助かります」
「あ、ゴメンゴメン」
時間を掛ければ一人でもなんとかなるが、さすがに数が多い。
ようやく、魔物の数が片手で数えられる程度になってくる。
最後の一匹をフィーナさんが魔法で処理した。
「――お、終わったー! もう魔力がスッカラカンだよー」
「ぜぇ、ゲホッゲホッ! み、水下さいっす」
「あ、はい、どうぞ。フィーナさんも」
スタミナ切れの二人が地面に座り込む。
ある程度、戦い慣れている筈のニールさんと一般人に近いフィーナさんの消耗具合が同程度なのは前衛と後衛の違いだろう。
避難させておいた荷馬から水を取って二人に渡した。
今回は山越えなので、荷馬を一頭連れただけである。
「ありがとー。なんでカティアちゃんはそんなに余裕なの? どう見ても一番多く倒してたのに」
「ありがとうございます。息切れすらしないってどういうことっすか?」
「うーん、慣れですね。山から出るまでは、魔物退治が日課でしたから」
慣れれば余計な力みも取れるからね。
それに、多数の敵を相手取るのは結構得意なのだ。
片手に普通の剣、もう片手に短剣を持ち始めたのも単純に手数を増やすためだ。
二刀流の方が格好良いからとかは思っていない。
今回は二人が居たから大分楽が出来た。
「慣れねぇ……。でも、それ以上にカティアちゃん年の割に落ち着きすぎてない? なーんか時々、年上と話してるみたいな感覚になるんだけど?」
フィーナさんが座ったまま、こちらを下から覗き込むように見る。
「き、気のせいですよ」
鋭い……。
とはいえ、体に引っ張られている面もあるから一概に精神年齢が高いとも言えない微妙なところだが。
前世での人生経験も豊富だったかというと、否だし。
フィーナさんは時々、こちらの内面を抉るようなことを言ってくる。
洞察力が高いというか、勘が良いというか。
「むう。アタシの方がお姉ちゃんだぞぅ!」
「はあ」
そこでその台詞……?
どうしてか、お姉さんぶりたいんだなフィーナさんは。
しかし、その発言は却って子供っぽいんじゃないかな。
そんなこと言わなくてもちゃんと敬っていますとも。
「それよりもニールさん、アイアンピルバグが出たってことは……」
「あっ、流された! それよりもって!」
「そうっすね。もうすぐ着きますね、鉱山都市に」
次の目的地は鉱山と鍛冶の都市である、キセだ。
さっきのダンゴ虫の魔物は鉄が多く産出される場所が生息地だ。
鉄分を含んだ土を食べることで外殻が堅くなるんだとか。
鉱山地帯に近付いている証拠でもある。
「さっきの集団出現はどうしてだろうね?」
フィーナさんが石ころを蹴りながら呟いた。
言われ、私はアイアンピルバグの生態を思い出してみる。
「そうですね。群れをつくる魔物ではなかったと記憶していますが」
昔、山での魔物狩りを始めるときに爺さまから聞いた知識だからちょっと細部が怪しいが。
こいつらはカイサ村の近くには居なかった魔物でもある。
爺さまは周辺に居ない魔物についての知識もいくつか教えてくれたので、その中の一つだった程度だ。
「自分が読んだ魔物図鑑でもそうでしたから、確かに変っすね」
と、ニールさん。
魔物図鑑なんてものがあるのか。
機会があったら読んでおきたいな。
「あ、ニール後ろ!」
フィーナさんが叫んだ。
ニールさんの背後に、アイアンピルバグの残りが迫っている。
「大丈夫っす! 任せて下さい」
先程と同じように動きを止めてから倒すべく防御の構えをとるニールさん。
が、ダンゴ虫は地面の窪みで勢いよく跳ねた!
「なあっ!?」
顔付近まで変則的に跳ねた魔物に合わせてニールさんが慌てて剣を構えなおした。
なんとか反応したが、受け流す筈だった勢いを全て剣で受けたニールさんが吹き飛んでいく。
と、同時にペキリと嫌な音が。
まさか……
「あー! 折れたっす!」
ニールさんのバスタードソードが刀身の半ばから折れていた。
私は急いでニールさんのフォローに向かい、魔物を倒した。
フィーナさんが倒れたニールさんの介抱に向かう。
怪我は……無さそうだ。
よかった。
「ありがとうございます。うう、油断したっす……」
折れた剣を前にニールさんが頭を抱えた。
結構落ち込んでいる。
「あの、その剣、大事な剣だったりします?」
「いえ、普通の量産品っすけど。初めて持った剣だったので……」
初めて持った剣か。
そういうのって物の良し悪しはともかく、思い入れは出るよね。
しかし、折れた箇所から嫌な可能性が脳裏に浮かぶ。
先程の攻撃、剣が折れる程ではなかった気がするのだ。
「その、もしかしたらワイバーン戦の時に私を投げたせいでは……」
そう、丁度刀身に負荷がかかるとしたら乗っていた場所から考えて折れたあの辺な気がする。
いかん。
変な汗が出てきた。
「い、いえ滅相もない! 例えそうだとしても刀身をオーラで覆い切れなかった自分の未熟っすから!」
あ、やっぱり否定はしないのか。
手をブンブン顔の前で振りながら答えてくれたが、他に剣が折れる原因として思い当たることもなさそうだ。
正直、悪いことをしてしまった……。
「カティアちゃん人のこと重いとか言っといてー。アタシにこっそり体重教えてみ?」
からかうような口調でフィーナさんが私に質問してくる。
「え、体重ですか?」
翼竜戦のあれは方法が無茶だっただけで体重は……関係ないとは言わないが。
ほとんどフィーナさん個人の意趣返しな気がする。
ちょっと意地が悪い感じの笑みが顔に張り付いているし。
大体、不意打ちで人間の重みが背中に乗ってきたらつい「重い」と言ってしまっても仕方ないじゃないか。
フィーナさんがペシペシとニールさんに聞こえない位置に私を押していく。
「で、どうなの?」
「五十三キロですが……」
「えっ、嘘!? カティアちゃん身長は」
「百七十ちょうどですかね」
「その体型の良さでその体重? えー。納得いかないなぁ」
「そういわれましても」
「ケッ。アタシの方が軽いけど身長分もあるしなんかムカつくわ! もっと重いと思ってた」
当てがはずれた、といった様子。
どうやらお気に召さない数値だったようだ。
どうしろっていうんだ。
「あのー。話を戻しても良いっすか?」
「あ、はい。ごめんなさい、私のせいでニールさんの剣が」
「いえ、本当に自分が未熟だっただけっすから。ちょうど良いので、キセで剣を買おうと思うっす」
「そう、ですか」
この国における武器の生産拠点であるキセなら良い剣も見つかるだろう。
しかし、弁償するといってもニールさんの態度からして受け取ってくれないだろうな……。
折れる原因をつくった身としては、何か役に立ちたい。
私に出来ることがあるといいんだけど。
「ところで、この大量の魔物の死骸はどうすんの?」
フィーナさん、もうちょっと弟の武器に興味持ってあげて……。
えーと、こういう場合は、
「兵士ギルドに報告すると回収に来てくれるんですよね? アイアンピルバグの集団移動も異常事態ですし、どちらにせよ兵士ギルドに報告で良いですよね? ニールさん」
「はい、そうっすね。取り敢えず死骸を一ヶ所にまとめたら、キセに急ぎましょう」