託す理由
「……ふう。話を戻しますけど、やはり御自身で出向くのは無理ですか」
じゃれあいが落ち着いたので住んでいる山小屋の居間に戻り、爺さまの椅子を引いて座るように促しつつ会話を再開する。
鍛えていた割に細身の爺さまがゆっくりと腰掛けながら口を開いた。
「うむ。情けないが、この体では王都まで辿り着けるか判らんのでな」
爺さまが腰を痛めたのは三年前、私が十四歳の時だ。
それまでは毎朝爺さまが模擬戦の相手をしてくれていたのだけど、いくら鍛えていても七十代である。寄る年波には抗えなかったらしい。
ちなみに模擬戦では一度も勝てなかった。老齢とは思えない技の冴えは、剣聖という称号を持っていたということを聞いた今となっては納得できる凄まじさだった。腰を痛める少し前の頃には勝ち筋も多少見えてきたのになー……別に負け惜しみではない。ないったらない。
なので現在は朝は形稽古と素振りを爺さまに見てもらい、家事を終えた暇な時間は実戦経験の為に麓の村の迷惑になる魔物を狩ったりしている。
「本来ならワシ自ら行くのが当然の筋目じゃが、単純に体が動かんからといって旧友の頼みを無碍にもできんというジジイの我儘じゃよ。お主には甚だ迷惑な話であろうが、ワシの代わりを出来る者も他にはおらん。簡単に命を落とすような鍛え方をしたつもりはないでな」
この件に関わると政争に巻き込まれるのは確定なので命の危険もある。
それでも爺さまがあまり心配をしていないのは、薄情なのではなく言葉通り私の力量を信頼してくれているからだと思う。
長年の付き合いでそれを表情からも読み取れるので嬉しくなってしまう。
「それに、前々から旅をしてみたいと言っておったじゃろう。まあ、気ままな旅とは趣を異にする上、最初の行き先は王都に固定になってしまうが、この山奥から出て外の世界を知って欲しいという面もある」
確かに、前世持ちの元日本人としてはファンタジーな街並みに興味津々である。爺さまに拾われてからはずっと山暮らしだったし。なので率直に言葉を返す。
「まあ、あれだけ何度もあちこちの観光名所やら町の様子の思い出を聞かされたら自分でも見たくなりますよ」
酒が入ると爺さまは昔話が増える。やたらフットワークの軽い先代国王様は外交や内地視察に自ら出向く事が多く、良く護衛として各地を巡ったらしい。ただ、剣聖うんぬんの話だけはさっき初めて聞いたので意識的に避けていたのだろう。
爺さま、目立つの嫌いだからね。それはそれとして、巣立ちが寂しいのは確かだけど、この件は引き受けてみたい。
爺さまの信頼には応えたいし、滅多に私に頼みごとをしてこないので親孝行の良い機会でもある。
ただ、問題がまだ残っている。
「行くのは良いのですが、私が行っても先代国王のスパイク様、ひいては孫のリリ姫様の支援にはならないのでは? 剣聖の弟子と言ってもこんな小娘では説得力に欠けますし、何の実績もないですから。それに、腰の悪い爺さま一人で山小屋暮らしは不可能では?」
承諾と残った疑問を発すると、既に解答を用意してある様子で、爺さまが軽く頷きつつ言う。
「そうか、行ってくれるか。それが聞ければ取り敢えずは良い。諸々の問題については考えがある。下山しつつ話す故、旅支度をしたら村に行くぞぃ。まずは連絡役に会う」
……連絡役って、もしかして手紙を持ってきた人かな? 返事待ちで村に滞在してたのね。
というか旅支度って、そのまま出発する感じなの?
展開早いな!
行くにしても数日後だと思ってたから、こ、心の準備が……