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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第二章 ラザの町
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幕間 フィーナ・ラザ

この話はフィーナ視点になります。

ご注意ください。

「おねえちゃん、おかあさんってどんなひとだったの?」


 そう幼いニールが聞いてきたのは、何歳くらいの頃だったかな……。

 子供用の遊び部屋でニールの面倒を見ていた時のことだった。

 ニールが五歳、アタシが七歳だったと思う。

 母さんが亡くなった悲しみもようやく癒えてきた頃で、アタシは弟の為に母さんとの思い出を色々話した。


「やさしかったんだね! おねえちゃんはおかあさんに、にてたの?」


 容姿は残念ながらアタシは似ていない。

 母さんは美人だったけど、無表情で居ると怖いと良く言われていたことを気にしていた。

 だから笑顔を絶やさないようにしていたし、明るい性格をした人だった。


「いや、アタシはどう見ても父さん似でしょ。そうだね、レン姉さんが似てるかな」


 対してレン姉さんはよく同年代の子を泣かせていて、ある意味顔立ちと見た目が一致している。


「でもレンおねえちゃんすぐおこるからこわい」


「あはは……確かに雰囲気とか性格は似てないわね。顔も私達兄妹の中では一番似てるってだけで、所々違うからね」


 レン姉さんは母さんがニールを産んだ後に体調を崩したことで、ニールに思うところがあったようだ。

 少し辛く当っていた節がある。


「どうちがうの?」


「どうって……」


 言われてアタシは凍りついた。

 具体的にどう違うか。

 レン姉さんが一番似ていたという事実は覚えていても、母さんの顔が脳裏に浮かんでこない。


「おねえちゃん?」


「――ごめんねニール。お姉ちゃん、ちょっと用事思い出しちゃった」


 アタシはニールの世話をメイドに頼んで部屋を出た。

 知らず、足早になる。

 思い出せない?

 そんな訳ない! 切っ掛けさえあればすぐに思い出せる筈……。

 母さんの部屋に入り、遺品をいくつか手に取る。

 母さんの化粧道具、服、趣味だった手芸の材料に使う布や編み糸……。

 父さんにプレゼントすると言って楽しそうに編んでいた手袋が未完成のまま、渡されることなく埃を被っている。

 それらに纏わるエピソードは思い出せても、優しかった母さんの顔が思い出せない……。

 なんで! どうして!?

 持ち主の居ない抜け殻のような、時間が止まってしまった部屋。

 アタシはそれ以上その部屋に居る事が耐えられなくなり部屋から、家からも飛び出した。

 

 行くあてもなく、いや、自分の向かっている方向すら分からずにひたすら走った。

 気持ちが落ち着くまで、息が切れるまで走っていると町の公園に辿り着いた。

 今となっては町の公園なんてすぐに行ける場所だけど、子供の足だと結構遠い場所で、そこに行ったのは初めてだった。

 下を向いて呼吸を整えていると、自分意外に人が居ることにやっと気が付いた。

 そこでアタシは、不思議な人に会った。


「おじさん、何してるの?」


 本当は人に話しかける気分ではなかった。

 でもその人は一つ目がついた黒い箱のようなものを覗き込むという、奇妙な行動をしていた。


「うん? おお、なんだいエルフのお嬢ちゃん」


 アタシ、本当はハーフエルフなんだけど……。

 良く間違えられるから、訂正する気にもならない。


「その箱は何?」


 その人は容姿も変わっていた。

 この辺りでは余り見ない黒髪をしている。


「これかい? これはカメラという物だよ。インスタントカメラ」


「かめら?」


「あー、何と言ったらいいか……風景を切り取る……いやいや……」


「?」


「簡単に言うと、この箱が人の代わりに絵を描いて出してくれるんだよ」


「すごーい! どんな絵?」


「目で見たものがそのまま、みたいな感じだね。うーん、今使うとフィルムの残りが……昔の物でも良いかい?」


「うん!」


 そう言って、おじさんは表面のツルツルした手の平サイズの不思議な紙を渡してきた。

 そこにあった絵は……


「綺麗! これ、なんてお花? あと、この人だあれ?」


 色鮮やかなピンクの花。

 それから綺麗な柄の、胸の前に合わせ目のある不思議な服を着た黒髪の女の人が花の下に立っている。

 今、その場所で立って見ているような不思議な絵だった。


「それはおじさんの国の花でね。桜っていうんだ」


「サクラ? おじさん、よその国の人なの?」


「うん。理由があって帰れなくなっちゃってね。それを見て時々故郷のことを思い出すんだ」


 おじさんが少し寂しそうな顔をした。

 どこか遠くを見ているような表情だ。


「女の人は?」


「秘密」


 おじさんが今度は照れくさそうな顔をした。

 奥さん? それとも好きな人?


「こんなに凄いのに、どうしてかめらは広まってないの?」


「おじさんもね、量産出来そうな人の所に持っていったんだけどね。余りにもそっくりに絵になっちゃうから、魂が抜かれる! とか言われちゃったからなあ」


 そんなことないんだけどね、と言って困ったような顔をしたおじさん。

 バクマツのニホンかよ、ともつぶやいていたけれど、意味は分からなかった。 


「おじさん、アタシもこんな風に絵を描けるようになれない?」


 特に理由があった訳ではないが、その言葉はアタシの口から自然とでた。

 言葉にしてみるとしっくりくる。

 うん、描いてみたい。


「カメラのような絵をかい? うーん」


「おじさん、どこか行っちゃう?」


「いや、暫くはこの町に居る予定だよ」


「じゃあ明日絵を描いて持ってくる!」


「あ、おい」


 一方的な約束を取り付けて、アタシは返事も聞かずに駆けだした。

 家までの帰り方が良く分からなかったので、道行く人に領主邸の場所を聞きながら帰った。


 次の日、同じ時間に公園に行くと昨日のおじさんが待っていてくれた。


「おじさん!」


「おお、本当に来たのかい」


「これ見て!」


 アタシは昨日帰ってから描いたおじさんをモデルにした絵を見せた。

 かめらの絵には遠く及ばないので、どこが違うのか聞いてみる。


「……これ、おじさんの絵かい? お嬢ちゃん、何歳?」


「七歳!」


「はあー。天賦の才ってのはあるもんだなあ」


「てん……?」


「まず一つ、いいかい? おじさんはカメラを持ってはいるが、絵の専門家じゃない。それでも助言が聞きたいかい?」


「うん! おじさんに聞きたい!」


「そうか。じゃあ知っていることを教えよう」


 おじさんは絵に関して色々教えてくれた。

 まずは構図を決めること。

 物の比率をきちんと考えること。

 一番参考になったのは奥行きの出し方と、明暗のつけ方だった。

 これのおかげで大分かめらの絵に近付いた気がする。

 おじさんに言わせると、この国の絵はおじさんの国に比べて絵が平面的で、立体感がないらしい。

 確かに家に飾ってあるような他人ひとの絵とは違う物が出来つつある。

 町の風景や人々など、目に付くものを色々描いた。

 そんな日々が一ヶ月ほど続き、そして……。


 おじさんが町から出て行く日がやってきた。


「今さらだけど、お嬢ちゃん。どうして急に絵を描き始めたんだい?」


「あのね……」


 この頃になるとやっと分かってきた。

 アタシは母さんを絵に残しておきたかったんだ。

 このかめらの絵のように正確なものを残せれば、忘れずに済んだかもしれない。

 おじさんには思っていたことを全て話した。


「そうか……辛かっただろうね」


 そう言うとおじさんは、かめらを構えてアタシの方に向けた。


「ほら、笑って笑って」


 おじさんが笑わせようと変な顔をしながら笑顔を要求した。

 不器用な顔で、ちっとも面白くはなかったけど、アタシの暗い顔を変えたいという気持ちは一杯伝わってきた。

 アタシは精一杯の笑顔を向けた。

 パシャッという聞いたことのない音が鳴った後、紙が箱から出た。


「いいのおじさん? もう、かめらあんまり使えないって……」


 前に、使用回数がもう少ないと話してくれていた。


「いいんだ。正直言うと、おじさん腐ってたんだ。遠い異国の地で故郷に帰れず、自分だけが不幸な様な顔をしてさ。カメラが使えなくなったら、なんとなくもう故郷との繋がりがなくなっちゃう気がしてた。でも、お嬢ちゃんが頑張っている姿を毎日見ていたら元気がでたよ。ありがとう」


「アタシも……ありがとう、おじさん」


 別れが迫る。

 今までの、一ヶ月の短い日々を振り返るようなおじさんの言葉。


「あの、おじさん、これおじさんの絵なんだけど。本当は最後に渡そうと思ってたの」


 おじさんに新しく描いた絵を見せた。

 かめらの絵には遠く及ばないものの、最初に見せたものよりは数段上の出来だと思う。


「でも、アタシが持っていていい? おじさんのことを忘れないように」


「ああ、いいとも。上手になったね」


 目じりに皺をつくって、おじさんが褒めてくれた。

 嬉しかった。


「じゃあ、このしゃし……カメラの絵は、おじさんが持っておくよ」


 おじさんが、出来たかめらの絵を見せてくれた。

 自分で思っていたよりもしっかりと笑えていたアタシがそこにはいた。


「そろそろお別れだ……元気でね、お嬢ちゃん」


 別れの言葉に、背を向けたその姿に涙が溢れた。

 もう止まらなかった。


「おじさん……おじさん! アタシ、フィーナって言うの! 忘れないでね!」


 つい、言いそびれていた自分の名前を言った。

 おじさんも無理に名前を聞いたりしなかったから。


「おじさんは、――――っていうんだ。じゃあね、フィーナちゃん」


 アタシは、その名前を深く胸に刻みつけた。

 絵を描く切っ掛けをくれた大事な人の名前を、決して忘れないように。

 そして去っていく背中を、滲んだ視界の中で見つめ続けた。

 


 そして今、アタシの目の前には母さんの記憶を思い出させてくれた人がいる。

 名前はカティア・マイヤーズ。

 身長百七十センチで鮮やかな色の長髪の赤髪で赤目、活動的な時はポニーテール、寛ぐ時は無造作に髪を降ろしている。

 胸が大きいのに腰が細く、そしてキュッと上がったお尻を持つ美人さん。

 顔立ちはキツイ系の美人だけど、腰が低く言葉も丁寧。

 見た目はとても女らしいんだけど、ニールの好意に気付かなかったり、私が体を密着させると緊張して堅くなったりと変わった子だ。

 優しく笑うと母さんに良く似た表情になる。


「あ、あのー。何ですか、フィーナさん?」


「んーん、何でも」


 じーっと観察していると困ったような顔になる。

 かわいい。

 ただ、時々カティアちゃんは遠くを見ているような顔をする。

 ここではないどこか遠く、ずっと遠くを見ている様な……。

 寂しそうにあの人が故郷の話をした時の顔と重なる。

 本当に不思議な子だ。

 会って少ししか経っていないけど、アタシはカティアちゃんのことが大好きだ。


「とーう!」


 特に意味はないが背中にのしかかってみた。

 おお、髪の毛サラサラ。


「うわっ、なんですかフィーナさん!? おも」


「今、重いって言おうとしたでしょ! こらぁ!」


「ぐるじい……やめ……」


「何してるんすかフィー姉! 首締まってますって!」


 できるだけ、明るい旅にしたいと思う。

 カティアちゃんの暗い顔はなるべく見たくないなぁ、なんて。

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