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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第二章 ラザの町
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次の目的地へ

 そのまま葬儀への参加も頼まれたが、フィーナさんが固辞した。

 曰く「ここから先は身内や家族の時間だから」だそうだ。

 私達は現在、馬の背に揺られてラザの町に戻る最中である。

 なだらかな上り坂が続く林道を進んでいく。

 時間は正午過ぎくらい。


「名演説だったわね、ニール」


 いつもの軽い調子に戻ったフィーナさんがニールさんをからかう。

 こうして見ると、絵を描いている時とは別人みたいだ。

 切り換えが上手。

 先程までの暗い空気を弾き飛ばすように朗らかに笑っている。


「やめて欲しいっす……勢い余ったというか、つい大声に……恥ずかしい」


「ふふ、お姉ちゃんは弟がまっすぐに育ってくれて嬉しいぞ!」


 こういう気が置けない会話っていいよね。

 いかにも姉弟きょうだいって感じで。


「ね、カティアちゃん」


「え」


 そこで私に振るの?


「あ、はい。私は好きですよ、さっきの言葉」


「っ!!」


 ニールさんの顔が朱に染まった。

 馬の足を速めて先行していってしまう。

 背中しか見えなくなった。

 もしかして、怒ってる?

 なんか地雷踏んだ? 


「そっかそっか。うん? 二人とも妙な反応してどったの?」


「あの、何かニールさんの気に障ることを言ってしまいましたか? 私」


 言った言葉を検証してみる。

 「私は」好き。

 つまり、一般的にはおかしいけどな! と言外に言っているとも取れなくもない……かな?

 あれ、マズくないか? 


「おお? んー……。なるほど、遂にあの子にも春が。そしてこっちはドにぶい。なにやら誤解が生じているようだけど、面白いからこのままで良いか!」


 フィーナさんが一人で納得して笑っている。

 春? あの子? 確かに今は春だが。

 この後、私が話しかけようとしてもまだうっすら赤い顔のニールさんは目を合わせてくれなかった。

 フィーナさん! ヘルプ!

 結局、町に着くまでに謝れなかったらフィーナさんが


「私から言っておくから大丈夫だよ! だよ!」


 とのことなので、その言葉に甘えることにした。

 どうして語尾を二回言ったのかはよく分からないが。 

 怒らせちゃったけど、これで一安心かな。


 町に着いたので、兵士ギルドに報告だ。

 フィーナさんが上手くやってくれたらしく、ニールさんもいつもの状態に戻っていた。

 ギルドに入ると支部長とゲイルさんが出迎えてくれた。

 ゲイルさんは一瞬、何故か一緒に居るフィーナさんを見て驚いたようだったけれど、すぐに諦めたような表情になったことから全て察したらしい。

 ……普段の苦労が窺える顔だった。

 例によって執務室へ。


「さて、よくやってくれたね。ワイバーンの討伐に帝国の工作員の捕縛と、本当ならお前らのランクを上げてやりたいんだが……」


 と、支部長。

 横を向いてゲイルさんに続きを促す。


「うん。今回の工作員の捕縛に関しては、正式な発表は見送ることになってね。既に知っている者には情報部から通達が行っている筈だ」


「えー、なんでよ父さん? 広めて警戒を促した方が良くない?」


 フィーナさんが疑問を投げた。


「いや、情報の確度が低いからね。魔物の操り方、操れる規模、誰にでも出来るのか、まだなーんにも分からない。現状では無用な混乱を招くだけだね。まあ、兵士ギルドには通達を回すけどね」


「うーん、仕方ない、のかな?」


「まあ、噂の形で広がるのは時間の問題だろうけど。上に立つ者としては、不正確な情報を出す訳にもいかないんだよね。警戒を厳にする他ないんだよ」


 なんというか、後手に回る状況なのは一緒か。

 それを防ぐにはやっぱり、


「情報部次第、ですよね。結局は」


 国境付近の監視だったり、不審人物を網にかけたり。

 不穏な動きをキャッチしたり。

 事前に防ぐにはそれ位か。


「呼びましたかな?」


「ひゃいっ!?」


 真後ろにナナシさんが音もなく立っていた。

 怖いよ! あと、心臓に悪い!

 奇声あげちゃったよ、恥ずかしいな。 


「いつの間にいたんすか?」


 ニールさんも顔が引きつっている


「さっきです。あの男から話を聞いたのですが……」


 全員の顔が見える位置にナナシさんが移動しつつ話す。


「どうでしたか?」


 ナナシさんがかぶりを振った。

 かんばしくないといった反応。


「駄目ですね。錯乱していてまともな反応が返ってきません。記憶も曖昧ですし、そういう人間を選んだか、さもなくば……」


 そういう状態にしてから送り込んだか、ってことか。

 なかなかにえげつないな。


「ただ、変わった持ち物がありまして」


 ナナシさんが懐から物を取り出す。

 これって――。


「オカリナ?」


 渡された物を受け取る。


「どうぞ、吹いてみてください。ああ、吹き口は清潔にしてありますので」


 確かにあの男と間接キスは嫌だが。

 なんで私なんだ。

 まあ、いいけど。

 特徴的な涙滴状の形のそれに口をつける。

 適当な穴を押さえて息を吹き込む。


「……? 音、出てます?」


 しっかり息を吹き込んでも、なんの反応もない。

 ニールさんに確認してもらう。


「聞こえないっす」


「音が出ないんですよね、それ。怪しいでしょう?」


 確かに怪しい。

 見たところ、破損しているような様子はない。


「普通に考えると、このオカリナから魔物を操る何かが出ていると?」


 蛇使いの笛みたいだな……。


「可能性ですがねぇ。勿論、全くの的外れだったりカモフラージュの可能性もありますが。魔法道具の専門家の解析待ちですね。現状あの男から得られた情報はその程度です。では、私は帰りますので」


 オカリナを回収したナナシさんがゲイルさんに報告書を渡して出て行った。

 有力な情報は無しか。


「手詰まり、ですね。この問題は先送りですか」


 案の定、簡単に切れる糸しかあの男には付いていなかったらしい。

 重要な情報まで辿り着かない。


「そうだね。人の出入りの管理を厳しくするしかないようだ」


 ゲイルさんがぼやいた。

 支部長が眉間に皺を寄せる。


「兵士ギルドとしては、村の巡回警備の強化ぐらいかねえ……追加予算、申請しても良いかいゲイル」


「勘弁して! と言いたいがそうもいかないね、何とかするよ。国からの予算だけじゃあ足りないもの」


 管理職二人の会話に、少し居心地が悪くなる。


「おっと、すまないね。あんたらも疲れているだろう? 今回の報酬は……これだ。今日はもう帰って休むと良い」


 察した支部長が報酬を三人分渡しつつ、退出を促してくれた。

 

「おー、大金だ」


 フィーナさんが呟いた。

 一人五万ルシ(五十万円くらい)か。

 多いけど、働き分と情報漏らすなっていう意図が入った金額かな。

 今後の方針について二人が話し始めたので、ラザ姉弟と一緒にギルドを出た。

 三人で朝食と昼食を兼ねた食事を摂り、後はラザ邸の個室で休ませて貰って一日が過ぎた。


 次の日になり、私達はラザの町を出る予定である。

 ゲイルさんは早朝から会議で見送りができないとのこと。

 前日の夜にお別れは済ませたけれど、少し残念だ。

 そろそろ出発の予定だけど、フィーナさんが部屋から出てこない。

 ラザ邸の玄関付近で待っているのだが。


「ニールさん、フィーナさんはどうしたのでしょう?」


「このパターンはアレっすよ」


 アレ? ああ……。


「絵ですか」


「絵っす。間違いなく」


 と、そこで豪快にドアが開いた 

 ドタドタと階段を降りて来るのは、もちろんフィーナさんだ。

 旅支度は済んでいる様子だ。


「出来たよ! カティアちゃんシリーズ第一作……じゃーん!」


 フィーナさんが絵を突き出すように見せてくる。

 って私の絵なの?

 そこには、天高く跳んで斬りつける赤髪の少女と、炎に焼かれながら苦悶の表情を浮かべるワイバーンの絵があった。

 とても迫力がある絵でしかも上手いが、なんというか……


「派手、ですね」


「カッコイイっす!」


「綺麗よね!」


 見事に意見が割れた。

 フィーナさん不満そう。


「ニールの格好良いはまだ分かるけど、派手なのはカティアちゃんがそういう戦い方をしたからでしょ! 反省しなさい!」


「ゴメンナサイ……」


 自業自得の上に藪から蛇だった。


「まあ良いわ。この絵は版画にしてもらったり複写してもらったりで流通させるからね! 商業ギルドに伝手があるから!」 


 ワイバーン討伐に関しては隠さなくていいという許可は得ているので問題はないだろう。

 でもなあ。


「この絵が出回るんですか……なんというか、面映ゆいと言うか……」


「諦めて下さいっす。最初からそういう理由の同行ですし、フィー姉に目を付けられた時点で同じ結果にはなっていたと思うっすよ……」


「カティアちゃんの魅力はアタシがみんなに伝えるぜぃ! というわけで、今後ともよろしくね!」


 そうして、商業ギルドの美術品を扱う業者に絵を預けつつラザの町を出発した。

 三人で無事にラザ領に帰ってこれるように、今から祈っておこう。

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