失われし命
「ぬああああ!」
当然飛んだあとは、落下が待っている訳で……。
えーと、何だっけ!? 確かパラシュートとかで降下した時の着地法が……五点着地? だっけ?
ああ、落ちる落ちる!
必死に前世で見た映像を思い出しながら、体の保護の為にオーラを全開にする。
地面が迫る。
足先! 脛の外側! お尻! 背中! 肩! の順で着地!
剣の鞘が容赦なくゴツゴツとぶつかる。
痛い、でも生きてた! 飛竜よりも落下の恐怖で心臓が高鳴ったよ。
「カティアちゃん、凄い! 凄いけど、凄い大馬鹿! 大丈夫? どこも痛くない?」
フィーナさんが駆け寄る。
いや、そんなにベタベタ触らなくても。
「あ、はい。二度とやりたくないですが」
「当たり前よ! 次から作戦は合議制だからね!」
「……了解です」
逆らえない言葉の勢いに加えて至近距離で圧迫される。
姉は強し。
ちなみにニールさんは全力でオーラを出した反動で地面に仰向けになっている。
うん、ごめん。
「おいおい、話が違うじゃねえか。まさか三人で倒すとはな」
中年の部隊長が声を掛けながら傍に歩いてきた。
「しかし、普通空に斬りに行くか? 目を疑ったぜ。聞きたいことは色々あるが、ともかく助かった。功労者のお前らにはすまないが、まだやることがある。動けるなら色々と手伝ってくれるか?」
「はい、勿論です」
この村の惨状じゃあね……。
魔物を倒したからハイさようならとはいかない。
「アタシ、水属性が使えるので治癒魔法使えますよ!」
この世界の治癒魔法は水属性。
表面の簡単な傷の治療程度が限界かな。
治るイメージが難しいのが原因かもしれない。
なので、医者なんかは普通に居たりする。
「じゃあエルフの嬢ちゃんは負傷者の治療を、剣士の嬢ちゃんは遺体を運ぶのを手伝ってくれ。あっちの兄ちゃんは、あー、寝かせとくか」
事後処理も大変だが、必要な仕事だ。
フィーナさんが治療へと走って行った。
と、そこで建物の影からフードの付いたローブを羽織った人物が走って行くのが見えた。
何か様子がおかしい。
「誰だあいつは!? おい、お前!」
部隊長が誰何の声を挙げる。
部隊員じゃない?
嫌な感じがする。
私は即座にオーラを纏って不審者の前に回り込んだ。
「ひっ、来るなぁ!」
声からして男性らしい。
ナイフを振り回してこちらを威嚇してきた。
捕らえる必要がありそうな反応だ。
自然な動作を心掛けながら、スッと相手の間合いに入る。
ナイフを持った手を捻じり上げ、後ろに回り込んで自分の短剣を首筋に添えて膝を折らせる。
ナイフが地面に落ちて一丁あがり。
「おのれぇ! 何故お前のような奴がこんな辺境に……! 異教徒の分際で!」
「お前、帝国人か!」
部隊長が異教徒という言葉に反応する。
他の兵士も来て、私から受け取った男を拘束していく。
「どんな手を使ったか知らんが、お前が飛竜をけしかけたのか!? どうなんだ! 言え!」
部隊長の詰問。
確かにこの場所に帝国人が居る不自然さを考えれば、何か知っていると見ていい。
「黙れ! 帝国は遂に魔物をも従える力を得たのだ! これも全て守護神バアル様のお導きよ!」
勢いで話してしまったのか、それとも隠す必要のない情報なのか。
あの飛竜の動き、人間が指示を出していたとすると納得がいく。
死角からの攻撃も避けられるわけだ。
だがどうやって操っていたんだ?
「死ね死ね死ね! 異教徒のサルどもは根絶やしだ! 帝国人のみが神に認められた唯一の――」
男の目は血走り、口元からはよだれが垂れ、更には拘束などお構いなしに身をよじって暴れている。
まともな受け答えをしなくなってきた男を、部隊長が殴りつけた。
男は失神したのか、聞くに堪えない罵詈雑言がぴたりと止まる。
「連れて行け。ここから先は情報部の仕事だ……」
何とも言えない後味の悪さが残った。
帝国が魔物を操れる可能性があるという情報は、この国の今後にとって重要なものだろう。
あの男から少しでも情報を引き出せると良いけれど……。
犠牲者の遺体を運ぶ。
余りの酷さに吐きそうにもなったが、故人に失礼だと思い必死に耐えた。
魔物の遺体は大丈夫なあたり自分の勝手さを感じたりもするが。
腹から血を流して絶命している遺体を見ると、つい前世のことを思い出す。
自分もこんな状態で発見されたのだろうか。
狭い裏路地で、血の中に沈むように――。
ぞわぞわと寒気を伴った不快な感覚が背筋を這い上がってくる。
駄目だ、深く考えては。
頭を振って嫌なイメージを追い出そうとする。
「――アさん! カティアさん! どうしたんすか?」
「え?」
「なんだか、凄く恐い顔でしたよ? お疲れっすか?」
「……あ、何でも、何でもないです」
「ホントっすか? 無理は駄目っすよ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうニールさん」
いつの間にか復活していたニールさんが話しかけてくれたおかげで、暗い思考が中断された。
この方向の思考は駄目だ。
それよりも、目の前のことを大事にしないと。
「お姉ちゃん」
うん?
気が付くと、小さな犬耳の獣人の子が近くに立っていた。
小さい子って性別の差が少ないけど……たぶん女の子。
「何かな?」
目線を合わせて屈む。
「あのね……むらをまもってくれてありがとう!」
一言そう言ってギュッと私に抱きついた後、その子は親の元へ走って戻って行った。
お礼を言いにきてくれたのか。
「良かったっすね、カティアさん」
「……うん」
何だか、私の方が救われた気分だった。
遺体を運び終え、援軍予定だった兵たちも合流して村の簡単な修理を終えた後に兵士たちは撤収していった。
ワイバーンの死体も、異常な動きをしていたことから調べる為に持ち帰った。
亡くなった六人の兵士は町に、八人の村人は村の一番奥にある墓地へ。
残っている兵は私達だけで今は村の墓地に居る。
理由は、フィーナさんが請われて絵を描いて回っているからだ。
フィーナさんのことを知っていた村人が居たらしく、亡くなった方全員の絵を村で依頼することになった。
フィーナさんは一度町に戻って必要な道具を持ってからもう一度村に来た。
遺体の顔を見て、家族の話を聞きながら「生前の」様子を絵に描いていく。
故人の生前の様子を話す家族の中には、やはり泣きだしてしまう人達が後を絶たない。
フィーナさんは凪いだ水面のような表情でそれを聞き、故人の面影を絵に残していく。
そして、
「うっ、うっ、えぐぅ」
「……」
私の隣に立つニールさんは貰い泣きで顔がくしゃくしゃである。
というよりも既に目から洪水のレベルだった。
「……大丈夫ですか?」
「ぶぁい。平気っす」
背中をさすってやる。
全然平気には見えないが……。
まあ、でも、ニールさんが隣で大泣きしているから私は落ち着いていられる。
見ているだけでも、心が押し潰されそうな光景だからね……。
色々な種族の遺族たちが墓地に集まっているのを何とはなしに眺める。
「……やっぱり、どの種族でも家族が死んだら悲しいのは一緒ですよね」
「? どうしたっすか、ひっく、急に」
「いえ、さっき取り押さえた帝国人を思い出しまして」
「誰だって、痛みや悲しみを感じるのは一緒っす。でも、それを簡単に忘れてしまうのも人なんだと思うっす」
それは、そうかもしれない。
相手を攻撃する時は痛みを想像できないのではなく、考えることを放棄した状態に近いかもしれない。
「だから、こういう光景を、自分達だけでも覚えておかないと駄目っす!」
ラザ家の人達はみんな心が綺麗だな……。
比較すると自分が薄汚れた人間な気がしてしまうよ。
でも、ちょっと声が大きいんじゃないかな、ニールさん?
周りが静かになっちゃっているけれど。
「……あ、すみませんっす」
「いやいや、ありがとうよ。これからも一人でも多くの者を助けてやっておくれ。青臭い台詞だったが、若者はそれぐらいでいい」
この村、テスカ村の村長さんがニールさんの肩を叩いた。
泣いていた遺族の何人かも、泣きながら笑ってくれた。
そうして少しだけ重い空気が緩和された墓地で、フィーナさんが最後の一人の絵を描き終えた。