空からの襲来
「カティアさん、緊急事態っす! 起きて下さい!」
ニールさんの声とドアをノックする音で目が覚めた。
ベッドから身を起こして状況を確認する。
窓の外を見る限りまだ早朝だ。
身支度を手早く終え、最後に髪を頭の後ろで括る。
急に起きたので頭が少しクラクラするが、気合いではねのけてドアを開ける。
「カティアさんワイバーンっす! 場所はテスカ村で、異常に強い個体らしく苦戦している模様。援軍の要請が!」
ワイバーン……強い「個体」ってことは、はぐれか?
ワイバーンは群れで行動する魔物だ。
はぐれワイバーンは群れのトップ争いで負けて追い出された個体が多い。
人里に降りて来るのは大体このパターンだ。
群れで二番目のワイバーンという強さから、出現頻度は低いものの毎年人里に少なくない被害を出している。
「すぐに向かいます!」
「馬の用意は出来てるっす!」
預けていた装備を回収しつつ、領主邸を出る。
ゲイルさんは既に兵士ギルドに行っているようだ。
庭まで連れて来てくれていた馬に乗って、早朝の町を駆け抜ける。
朝の冷たい空気が頬を撫でる。
テスカ村の場所は知らないのでニールさんが先導する。
と、町を抜けたところで馬の足音が増えていることに気付いた。
「フィーナさん!?」
馬に揺られながら後ろを振り返るとフィーナさんが居た。
何時の間に?
「フィー姉!? どうして」
ニールさんも驚いている。
つまり、勝手に付いて来たのか。
「私も行くよ! 邪魔にはならないから!」
問答している時間は無い。
頭を切り換える。
「フィーナさん、使える魔法は?」
「……! 風と水だよ、両方上級まで!」
同行の許可と同義の質問に嬉しそうな顔をするフィーナさん。
馬首を並べながら返答してくる。
やっぱり魔法使いか。
「ワイバーンは飛行型の魔物ですから、状況によっては魔法頼りになります。いいですか?」
「うん、任せて!」
鉄製の、先端に宝石の付いた杖を掲げてフィーナさんが気合いを入れた。
オーラは体から離れると極端に弱くなる性質がある。
なので前衛の兵士は遠距離の攻撃手段が乏しい。
弓矢もオーラで強化しにくい為、余りこの世界では普及していないようだ。
あの爺さまですら、飛ぶ敵は若干不得手だった。
「見えたっすよ!」
一匹の飛竜が甲高い鳴き声を挙げながら上空を旋回している。
村の門を通って中に入ると、凄惨な光景が広がっていた。
体に大きな裂傷を負った何人かの人が倒れている。
血が水溜りのように土を濡らしていた。
「酷い……」
フィーナさんが呟いた。
確かに目を背けたくなるような惨状だ。
だが、おかしい。
私は遺体の状態に不自然さを感じた。
一人も「捕食された様子がない」のだ。
はぐれワイバーンが人里を襲うのは、主に飢えた場合がほとんど。
群れで大型の魔物や動物を襲うワイバーンは単独での狩りが下手だ。
そこで、上空への警戒心が低い人間が襲われる事が多い。
その為、裂傷を負うのみで食い散らかされていない遺体は不自然だ。
私達がくる前に食べ終えた可能性もあるが、腹が満ちたのならとっくに山に帰っている筈である。
まるで殺すことそのものが目的であるかのような……?
「放てぇーっ!!」
と、そこで思考が中断された。
指揮を行う中年の人族の部隊長の号令の元、一斉に魔法が上空へと放たれる。
風、火、土、水の多様な魔法がワイバーン目掛けて殺到する。
ここでワイバーンが驚くべき動きを見せた。
正面からの魔法だけでなく、背中に目が付いているかの如く全ての魔法を的確に回避した。
このワイバーン、普通じゃない!
「グァァァ!!」
ワイバーンが吠えた。
魔法を撃った直後の無防備な兵士目掛けて急降下してくる。
盾を持った前衛兵が向かうが、遠い。
私は馬の腹を蹴って走らせた。
何事か叫んでいるラザ姉弟の声が遠ざかっていく。
そちらに意識を割く余裕はない。
魔法の火球を牽制に放ちながら前進する。
と同時に剣を抜いて馬の背を蹴って跳ぶ。
「こっちを――向けえっ!」
碌に体重も乗っていない無様な斬撃。
それでも、オリハルコン製の黒剣はその性能を充分に発揮して兵士の眼前に迫るワイバーンの片足を斬り落とすことに成功した。
「グゲェッ!?」
怯んだワイバーンが一度上空に戻っていく。
私は斬った勢いで地面を転がった。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
窮地を脱した兵が私を助け起こしてくれる。
「時間を稼ぎます、一度下がって体制を整えて下さい!」
先程号令を掛けていた中年の部隊長に向かって大声で話す。
「町からの援兵か? たった三人のようだがランクは!?」
町から後続も来るが、まだ時間がかかる。
「Bが二人、Cが一人です!」
「よし、任せる! 魔力切れの者は撤退を、まだいける奴は隊列を組み直せ!」
見る限り、村人の避難は済んでいる。
だがここで止めないと死者が増える一方になってしまう。
このワイバーンは異常だ。
「カティアさん、どうするんすか!?」
ニールさんとフィーナさんが馬を降りて駆け寄って来た。
理由は不明だが、あのワイバーンの知力は高い。
きっちりと魔法を回避した上で、撃った後の隙をついてこちらを狙ってくる。
現に今も降下してくる気配が無い。
先程のように降下に合わせて攻撃する方法もあるが、次も被害者が出ないという保証はない。
出来れば積極的にこちらから仕掛けたいところ。
それには相手の予測を上回る必要があるな……。
うーん、ワイバーンの足を斬った時の防御力の低さを考慮すると……。
上手くいくとも限らないけど、失敗しても時間は稼げるか。
私は二人に作戦を告げた。
「カティアちゃん本気なの? 正直、馬鹿な作戦としか思えないけど! 全然時間稼ぎじゃないし、何でこっちから仕掛けるのよ!?」
フィーナさんが噛みついてくる。
馬鹿って……。
まあ、そうだけどさあ。
「被害を減らす為っすか……? でも、カティアさんだけ危険じゃないっすか」
ニールさんはこちらから仕掛けたい理由に気付いている。
フィーナさんがハッとして辺りの遺体を見回した。
それから眉根を寄せて考え込むような仕草を見せる。
「……一つ聞かせて、カティアちゃん。あなた、他人の命と比べて自分の命を軽く見たりしてないわよね?」
気遣いはありがたいが、それは杞憂というものだ。
私が背負っている命は「二人分」だ。
簡単に手放すつもりはない。
「大丈夫です。死ぬ気は全くないですよ」
「……信じたからね」
不安そうだが、一応了解は取れた。
さて、やりますか。
ワイバーンは今も上空を旋回している。
部隊の状態はまだ整っていない。
「どうなっても知らないっすよ!?」
「今ぐらいの高度なら届く筈です。いつでもどうぞ」
私は今、ニールさんのバスタードソードの剣の腹に乗っている。
不格好だが仕方ない。
作戦開始だ!
「せぇええい!」
ニールさんがオーラを纏って一回転し、遠心力を利用して私を上空に向かって全力で放り投げた。
前世ではどうやっても不可能な動きでも、オーラがそれを可能にする。
私も脚力をオーラで強化し、合わせて跳ぶ。
目標はワイバーンのやや上。
凄まじい風圧にバランスを崩しそうになる。
地面が遠のいていく。
ワイバーンがこちらを向いた。
先程片足を斬り落とした人間を覚えていたのか、
「グアアァ!!」
どことなく喜色の混じった咆哮を挙げて向かってくる。
空は俺のフィールドと言わんばかりに警戒のない動作だ。
大口を開けてワイバーンが迫る。
「ギィ!?」
と、そこでワイバーンがバランスを崩した。
フィーナさんの魔法が命中する。
荒れ狂う風の魔法が通常の飛行を困難にする。
フィーナさんの魔法制御はとても緻密だった。
近くに跳んでいる私にはほとんど魔法の影響が出ない。
私の作戦とも言えないほどのものは、囮を空に出してワイバーンの進路を限定して魔法を当てるという頭の悪いものだ。
無謀な行動だったが結果として今、目の前には無防備な姿を空中で晒すワイバーンがいる。
だったら、取るべき行動は一つ。
少し体勢が苦しいが、私は剣を両手で大上段に構えてオーラと魔力を練り上げた。
体から溢れる力の奔流が剣に流し込まれていく。
「くらえぇっ!!」
炎を纏った黒剣をもがくワイバーンの脳天に振り下ろす!
と、同時に魔法で生じた力強い風がワイバーンに向かって背中を押してくれる。
――ナイスアシスト!
さしたる抵抗もなく剣が敵を断ち切っていく。
断面を焼き焦がしながら二つの肉塊に別れた飛竜は、悲鳴を上げることもなく絶命して地面に墜落した。




