同行
全員が平静を取り戻すまで、五分程の時間を要した。
メイドさんが気を利かせてお茶を淹れてくれたので、全員椅子に座っている。
ラザ家の中で一番動揺が少なかったニールさんが最初に口を開いた。
「いやあ、びっくりしたっす。カティアさんはレン姉に似てるとは思ったっすけど、まさか母上にも似てるとは」
上のお姉さんはレンさんというらしい。
故人である母親はレナさんという名前のようだ。
「仕方がないよ。母さんが亡くなったの、ニールを産んですぐだもの」
と、これはフィーナさんの言葉。
奥さんの絵に大分驚いていたゲイルさんも、ようやく会話に加わった。
「そうだね。カティア殿の血統についてだけど、ラザ家の親類の可能性は確かにある。ただ、カティア殿が誰の子かは調べても見つからないと思うよ。レナの父は酷く女好きでね……あちこちで遊び歩いた上に、その数が把握しきれない。しかも合意の上がほとんどなのがタチが悪い」
なんだその羨ま……なんでもない。
とにかく、親の素性については特定が難しいようだ。
両親に関しては爺さまが立派な墓も造ってくれたし、気にしても仕方ない。
気にならないと言えば嘘になるけれど。
「大丈夫ですよ。血筋がどうあれ、私がすることは変わりませんから」
ゲイルさんが首肯を返して微笑む。
「すまないね。しかし、君には恩ができた。フィーナは母親の顔を思い出せないことをずっと気にしていたし、僕もレナの顔をこうして再び見れてとても幸せだよ。ありがとう、カティア殿」
フィーナさんが描いた絵をしみじみと眺めた後、ゲイルさんは頭を下げた。
そう言えばゲイルさんだけは私が奥さんに似ているとか、その類のことを言わなかった。
それだけ奥さんのことが特別で、愛情が深いということかもしれない。
まあ、私は礼を言われるようなことはしていない。
「いえ、私が何かした訳ではないので」
単にフィーナさんに顔を見せただけだ。
でも、これだけ喜んで貰えるとこちらも嬉しい。
「良い子だよねー、カティアちゃん。ね、ね、父さん、ニール。ちょっとアタシ相談があるんだけど」
フィーナさんが二人に呼び掛けた。
そのまま三人で固まって家族会議モードに入る。
ぽつーん。
「……でさ、……ちゃんの絵を……。出来れば……ところとかも」
「だったら……っしょに……ながら……どうっすか。……には、自分が……っす」
「うーん……どうせ僕が……ても聞かな……。安全を……えて……をしないなら……」
断片的にしか聞こえない会話。
やがて、全員がパッとこちらを向いた。
口を開いたのはフィーナさんだ。
「カティアちゃん!」
「は、はい!」
割と大きな声に驚いた。
「アタシも貴方の旅に同行するわ!」
「ええ!?」
唐突な宣言。
この人には驚かされっぱなしである。
「旅に同行って、どうしてですか?」
急に何を言い出すんだ。
「アタシね、カティアちゃんを絵に描きたい。それもたっくさん! 貴方に凄く興味が湧いちゃった!」
湧いちゃったって……。
今回描いたのは確かに母親のレナさんであって私ではないけど。
いや、そういうことではない。
私の王都までの旅は基本的に危険なものだ。
しかも、自分から積極的に危険を引き受ける形となるだろう。
「身の安全の保障が出来ないんですけど」
「大丈夫! それに二人とも賛成してくれてるし!」
ニールさんとゲイルさんの方を見る。
さっと視線を同時に逸らされた。
ちょっと!
「いやあ、家の娘は言いだしたら聞かなくてね……行き先も告げずにすぐにどこか行ってしまうから、僕としてはカティアさんの傍に居た方がまだ安全かと」
「フィー姉の絵を上手く使えば、すぐにカティアさんも有名になると思うっすよ。ちゃんとメリットもあるっす。それに、フィー姉の兵士ランクは自分より上っす」
そうなの!?
「そうなのだ。なんと、フィーナさんの兵士ランクはBなのだ! だから自分の身は守れるし、絵を描きに一人であちこち行ってたから大丈夫!」
本職でない兵士でBランク。
体を鍛えている風には見えないから、魔法使いの後衛特化型かな。
危険だからと断る理由が無くなってしまった。
何か断っても無理矢理でも着いてくる勢いだ。
「……。分かりました。よろしくお願いします、フィーナさん」
握手の手を差し出した。
「ありがとうカティアちゃん!」
差し出した手は見事に無視されて、思い切り抱きつかれた。
柔らか良い匂い。
自分の体が男だったらもっと嬉しかったんだけどなー。
そしたら、そもそも抱きついてくれないか。
ははは……はあ。
ってフィーナさん顔で私の胸をぐりぐりするの止めてくれませんかね……?
「うひょー! 柔らかい何これ! 未知の感触!」
自由人過ぎるよ、この人。
「あの、フィーナさん?」
「あー、ごほん。いいかな二人とも」
ゲイルさんが場の空気を仕切り直すように少し大きめな声を出した。
そこでようやくフィーナさんの抱擁から解放される。
「カティア殿、こんな娘ですがどうかよろしくお願いします。戦力として使ってくれて構いませんし、身の安全の判断は自分でさせます。あ、ついでに息子も」
「自分はついでっすか。酷いっす父上……」
ニールさん、不憫。
「絶対に、なんて安請け合いは出来ませんが。私の力が及ぶ限り二人を守ると約束します」
親としては心配だろうから、自分が可能な範囲での決意表明をした。
その言葉にゲイルさんは頷いてくれたが、姉弟は不満そう。
「いやいや、自分も二人を守るっすよ。もしかして自分が一番弱いんじゃないかという嫌な予感がするっすけど!」
「そうだよ。それにカティアちゃん何歳?」
「じゅ、十七歳です」
「じゃあ、アタシの方がお姉ちゃんだ。姉は妹を守るもんだよ!」
「私が、妹ですか?」
「うん。親族かもしれないんでしょ。じゃあ妹で良いじゃない」
良い、のかな。
少し嬉しい。
村を出て心細い気持ちは正直あったから。
……うん。さっきの言葉では不満なようだから改めて。
「では、三人で力を合わせてラザ領に帰ってきます。お二人とも、これで良いですか?」
「はいっす!」
「うん。頑張ろうね!」
「ということで、ゲイルさん」
家長であるゲイルさんに締めて貰おう。
「君たちが帰ってくる場所は僕が守るから、心配せずに行くといい。ただし、くれぐれも無茶はしないように。帝国の動きが怪しいし、戦争の気配もしてきたからね」
領主の目から見てもそうなのか。
ラザ領は帝国からは遠い。
そこでも帝国の動きが感じられる時点で、事態は深刻かもしれない。
「ほら、そうと決まったらもうお休み。疲れが残ってしまうよ。カティア殿、休憩の邪魔をして悪かったね。ニール、確認事項はもうないから休んでくれ。フィーナは夕飯だ」
ゲイルさんが領主らしく矢継ぎ早に指示を飛ばす。
じゃあ、今度こそ休みますか。
宛がわれた部屋に戻り、風呂に入った。
ちゃんとお湯を張るタイプの風呂だ。
この大陸の水資源は豊富で、水を巡って争いになるようなことはない。
元日本人としては非常にありがたい。
体と髪を洗い、さっそく浸かる。
広めの湯船で、二、三人なら一緒に入れそうな大きさだ。
じわーっと体が暖まっていく。
あー、肩こりが取れる。
「ひゃっはー! カティアちゃん一緒に入ろーぜ!」
!?
気が抜けていたのか、気配を察知出来なかった。
フィーナさんが世紀末なモヒカンのような掛け声と共に乱入してきた。
全裸で。
「え、ちょ」
急いで目を逸らす。
「うっわ、カティアちゃんの胸お湯に浮いてる! びっくり!」
「……」
こっちがびっくりだよ!
混乱して身動きが取れなくなる。
が、我に返った私は風呂から逃げ出した。
「私、もう出ますから!」
しかしフィーナさんに回り込まれてしまった。
「つれないこと言わずに一緒に入ろうよー」
私は男としての意識はまだまだ残っているし、女として堂々とできるほど吹っ切れていない。
我ながら実に中途半端である。
故に、どう対応して良いか分からない。
どうすんだこれ!
男の意識を活かして眼福眼福、目の保養じゃ! なんて言える程の余裕はなく、精神力が目減りするのみである。
考えた末、私はなるべくフィーナさんの方を直視しないというチキンプレイを選択した。
フィーナさんが何やら賑やかに話しかけてくるが、半ば上の空である。
結局私は、のぼせた様なぐったりとした状態で風呂から上がることになった……。
疲れを取るつもりの風呂で逆に疲れが溜まるとは思わなかった。