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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第二章 ラザの町
13/155

ラザ領主邸

 ギルドに戻ると、支部長が出迎えてくれる。

 ダンさんとミーナさんとは受付で別れた。

 ダンさんからは「しっかりやれよ」と、激励を貰った。

 気の良い人達だったな……。

 今は支部長の執務室にニールさんと居る。

 整頓されてはいるが支部長の机には書類が積み上がっている。


「ご苦労だったな。ほれ、報酬だ」


 支部長から一万五千ルシを渡される。

 この世界は貨幣経済がちゃんとある。

 一ルシは体感十円程度なので、円に直すと十倍の十五万円くらい。

 初めて聞いた時は、非常に分かりやすくて助かったと感じた記憶がある。

 すぐに買い物も出来るようになった。

 相手は村に来た行商人だけどね。

 貨幣は金貨、銀貨、銅貨の組み合わせだが、まあそれは置いておいて。


「国軍兵は月給制では?」


 王都までの旅費は経費で落ちるらしく、私が給料を貰えるのはもう少し先だ。

 旅費は現金で支給されているので懐の心配は今の所ない。

 ちなみに働きによって給与が上下するのは傭兵と一緒。

 公務員っぽい国軍兵士でも働きが余りにも悪いと平均以下の暮らしになるとか。


「これは、人攫いにあった村から出た報酬だ。国とは別」


 開拓村からか。

 盗賊討伐は治安維持の一環なので、基本的には国や領から報酬が出る。

 庇護を受けた対象が報酬を払うかは自由らしい。

 でも、開拓中に余裕が無いのはカイサ村での経験から知っている。

 このお金も義理堅い村民達が無理をして捻出したものだという事は想像に難くない。

 村の被害に関しては、人攫いは男手の留守中に遭ったということで、危害にあった男性は少なかったらしい。

 今回の救出でほぼ全員が村に帰還出来た。

 ただ、そういう人的被害は少ないにしても開拓の計画に遅れが出ている筈だ。


「返しておいてくれませんか? このお金」


 ゆったり動いていた耳も尻尾もピタッと止めて、支部長が怪訝そうな顔をする。

 やっぱり変かな?


「返すのか?」


「開拓村の苦労は知っているつもりです。村が安定するまではお金があって困ることはないと思います」


 個人的には受け取り難いお金だ。

 まだ名前も付いていない開拓村なら窮状も推して知るべし、である。


「でも、カティアさん。一度出したお金を突き返されるのは良い気分ではないと思うっすよ? あ、自分の分は旅費の足しにするっす」


 ニールさんが苦言を呈した。

 うっ、確かにそうだ。


「そうですよね……でも、開拓村が心配で」


 作物を作り始めている村なら、それを買ったりして支援できるんだけどなぁ。

 やっても自己満足程度の効果しか無いのは否定できないけど。


「考え方を変えな。受け取った金を使って装備を整えたり、しっかり食事を摂るなりして、治安維持に努めれば良いんだ。その金を有意義に使って二度と同じ被害に遭わせないようにしてやる事が大事だと、私は思うが」


 おー、兵士ギルドならではの考え方だ。

 私にその考え方が無い辺り、まだまだ意識が足りないってことか。

 それとも経験の差なのか。

 亀の甲より年の劫、松笠よりも年嵩……あれ、何か違う?

 年寄り扱いするなって怒られそう。

 とにかく、姉御は言う事が違うぜ!


「うーん、納得しました。ではそうします」


 だったら何かおいしいものでも食べよう。

 ニールさんみたいに旅費の足しにしても良いか。


「ああ、そうしな。じゃあ、私は仕事があるから。ほら帰った帰った」


 執務室を追い出された。

 やはり忙しいようだ。

 入れ替わりで職員の一人が入って行く。

 ドアが半開きで会話が聞こえてくる。


「姉御! 明日までに上にあげる書類なんですけど――」


「だから姉御って呼ぶなって言ってるだろうが、このアホが! 支部長と呼べ!」


 本当に姉御って呼ばれてるよ。

 ぴったりだよなぁ、やっぱり。


「どうしたんすか? カティアさん」


 表情が緩んでいたようだ。

 ニールさんに見咎められた。


「いえ、何でもないです」


 笑いを堪えつつ、その場を後にした。


 兵士ギルドを出ると、もう辺りは暗くなっていた。

 火魔法が動力のランプが街灯として町の表通りを優しく照らしている。

 この石畳の感じとか、日本には無かったものだよなあ。

 和風も好きだったけど、洋風の町並も悪くないな。

 深呼吸すると、そこかしこの家から出る、夕飯を作る匂いで肺が満たされた。

 うん、お腹空いた。


「さて、カティアさん。約束通り、家に招待するっすよ」

 

「あ、はい。お世話になります」


 ニールさんと連れ立って夜の町を歩く。

 ランプに照らされた影がゆらゆらと伸びる。

 昼間の賑やかさは夢だったかのように消えて、静かな通りにコツコツと二人分の足音が響いた。


「ニールさんの家族構成とか、聞いても良いですか?」


「勿論っす。父、兄、姉二人、自分の五人っすね。今、家に居るのは父と下の姉だけっす」


 質問すると気前良く答えてくれるニールさん。

 母親のことは、聞かない方がいいのかな。

 普通に答えてくれそうだけど、流石に無神経過ぎる。

 聞ける範囲で聞きますか。


「お兄さんと、上のお姉さんはどちらにいらっしゃるんですか?」


「兄は開拓村の視察で、上の姉はとついだっす」


 長男なら、将来領主だろうから勉強を兼ねての視察なのかな。

 長女は結婚して家を出た、と。

 そういえば、苦手なお姉さんってどっちなんだ?


「前に話して下さった気が強いお姉さんって、どちらです?」


 顔の系統タイプが似ているとかいう。


「あ、それは上の姉っす。寂しい気もしますが正直ホッとして――ハッ! 今のは聞かなかったことに!」


「ニールさんって、正直ですよね」


 迂闊とも言う。

 打ち解けてくれたのは良いけれど、少しゆる過ぎませんか……?


「あはは……父は比較的穏やかで、下の姉は変わった人っすよ」


「変わった?」


「まあ、父も変わってるっすけどね」


「え、あの詳しく」


「会えば分かるっすよ。着きましたし」


 鉄格子の門からやや遠くに見える領主邸は普通の家四軒分程の大きさだった。

 相変わらずの石造りで、手入れの行き届いた庭の奥に見える。

 塀は煉瓦で、周りの景色よりも少しお洒落で浮いている。

 守衛に挨拶をして門を開けて貰った。

 若干距離のある庭を歩き、玄関に着くとニールさんがドアを開けてくれた。

 では、失礼しまして……。

 ん? すぐ近くに人の気配。


「てやっ」


 エルフの男性が緑と白の棒状の物で斬り? かかってきた。

 余裕を持って白刃取りの要領で受け止めた。

 なんだ? 


「やるではないか、カティア・マイヤーズ! だがこれで終わりではないぞ!」


 私の名前を呼んだ辺り、この家の関係者だろう。

 やけに芝居がかった感じだし、冗談の類なのだろうか。

 それにしてもこの男性、ノリノリである。

 付き合った方がいいのか……?


「な、何者だー。何故私の名をー」


 棒演技なのは許して欲しい。

 何だこの茶番は。


「フフ、それはね……僕がこの町の領主だからだよ!」


「な、なんだってー!」


 この人が領主!?

 ニールさんが見た目完全に人族だし、エルフは全く想定していなかった。

 予想外だ。


「父上、客人に取る態度じゃないっすよ! 恥ずかしい!」


 ニールさんの一言で確信を得た。

 間違いなく目の前の男性が領主のようだ。

 ニールさん、エルフの血が入っていたのか。

 それが感じられない容姿だから分からなかった。


「いやあ、この前読んだ本の悪役が格好良くてね。つい。そういうニールも他所行きの口調じゃないなんて、随分仲が良いみたいじゃないか」


 親子の会話に入ってしまった。

 声を掛けづらいな。


「ぬぐ! いや、今は父上のことっす! おふざけとはいえ、なんでいきなり斬りかかるんすか!」


「ティムさんのお弟子さんなら簡単にかわせるだろう?」


「論点がおかしい! ……もういいっす。すみませんカティアさん。この人が自分の父のゲイル・ラザっす。無礼をお許し下さいっす」


「どうも、カティアさん。僕がラザの町の領主ゲイル・ラザです。悪ノリに付き合ってくれてありがとう」


 確かに変わった人だ。

 この人付き合いに壁を作らない、気安い雰囲気に関してはニールさんが似ているかも。

 見た目は綺麗な金髪のエルフで、顔に皺が少し見えるくらい。

 若くはないが美形だ。

 もっとも、それを鼻にかけている感じはないから嫌味さはない。

 ないが、ずるいぞイケメン! 滅びよ! と前世の俺が叫ぶ。

 服装は、貴族服を見苦しさがない範囲で着崩し気味で着ている。

 

「はじめまして。カティア・マイヤーズです」


 取り敢えず先程白刃取りで受け取ったものを返す。

 緑と白の正体はリーキというネギの仲間の野菜だ。

 ネギで十代の女性に斬りかかる中年男性……うん、普通じゃないね。

 食べ物で遊ぶんじゃありません!


「ティムさんは元気かい?」


 私が返したリーキをくるくると回しながらゲイルさんが問いかける。

 爺さまと知り合いなのか?


「爺さまを御存知で?」


 ゲイルさんがうんうんと二度頷いた。


「うん、御存知だよ。昔の恩があってね、隠居するときも多少便宜を図ったし、居場所の情報遮断なんかもしてた」


「それは……ありがとうございます。今日まで平穏に過ごすことができました。爺さまも、腰は痛めましたが元気です」


 あの山小屋に招かれざる客は来なかったし、本当に感謝している。

 魔物は来たけどね。


「いやあ、返しきれない恩がティムさんにはあるからね。気にすることはないよ」


 頬を掻きながら話すゲイルさん。

 ニールさんもやっていた仕草だ。

 見た目は余り似ていないが、やっぱり親子だなあ。

 この人と縁があったから、この地に来たのかな、爺さまは。


「いつまでも玄関で立ち話も何ですし、食堂に行くっすよ。ほら、父上」


 ニールさんが促し、ゲイルさんも頷く。


「そうだね。カティア殿、我が家にようこそ。ゆっくりしていって下さい」


「はい、ありがとうございます。お世話になります」


 玄関を抜けて、二人の後を付いて行く。

 おっ、絨毯柔らかい。

 モフモフだ。

 足裏に伝わる感触を楽しみながら、食堂まで歩いた。

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