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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第二章 ラザの町
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老兵の助言

 時間は夕方。

 場所は盗賊のアジトの近く、街道からは見えない丘の先にある。

 村にあるものより荒い土壁で囲んだ小さな広場にテントがいくつか見える。

 出入り口はなく、中から土魔法で閉じたようだ。

 高さは三メートル半程度。

 説明の後、私は情報部の依頼を受けることにした。

 ナナシさんが語った今回の任務の内容は要約すると四つだ

 一つ、アジトには攫われた人達がおり、人質にされる事態を防ぐ為にギリギリまで突入が気付かれることを遅らせなければならない。

 盗賊達は簡素な見張り台に見張りを立てており、大人数が隠れる地形が近くにないので少人数での行動となる。

 二つ、攫われた人達は夜には運ばれると推測され、盗賊の虚をつくには今しかないこと。

 輸送中は警戒度が高くなってしまう。

 三つ、救出は情報部の工作員が行い、私達の役目はそれが発見された場合の盗賊の足止め、もしくは制圧だ。

 四つ、盗賊から貴族に関する情報を得るため、なるべく生かして捕らえること。

 ただし、捕らわれた者の命が危険なときはこの限りではない。

 三つ目の発見された場合に関しては、ナナシさん曰く、


「潜入までは上手くやりましょう。ですが、脱出に関しては素人を連れて出る訳ですから、まず発見されると思ってください。村の襲撃から二日経過してますから、足が弱っている者が居る可能性もあります」


 とのことだ。

 四つ目で盗賊を殺さなくても良いと聞いた時には、情けないことに心底ホッとした。

 私は人を殺したことなどない。

 こちらの人数は情報部がナナシさんを含む五人、戦闘組が私、ニールさん、ドワーフのダンさん(Bランク)、エルフのミーナさん(Cランク)の四人だ。

 四人で大丈夫なんだろうか……?

 ミーナさんは女性でダンさんは男性だ。

 で、盗賊は約四十人で、捕らえられている人は約二十人と見られる。

 人数差が凄いが、「ランクを考えれば十分だ」とは支部長の言葉。

 前世の常識で考えると無理な差だけど……。


「おう、赤毛のネーちゃん。もしかしてビビってんのか?」


 ダンさんが髭を撫でつけながら小声で聞いてきた。

 魔法用の杖を持ったミーナさんが会話に割って入る。


「失礼でしょダン。自己紹介は済んでるんだから、ちゃんと名前で呼びなさいよ。ごめんね、カティアさん」


 ダンさんとミーナさんはなんと夫婦らしい。

 ダンさんは六十歳らしく、相応の見た目だが、ミーナさんは三十代くらい(実年齢は教えて貰えなかった)に見えるのでとても夫婦には見えない。

 この世界のドワーフやエルフ、獣人は人間と似たような寿命らしい。

 前世でのイメージ的には長寿なのだけど、実際に会ってこうだと少し夢がないなと思ったり。

 ダンさんは百五十センチに白い豊かな髭。

 ミーナさんは百六十センチで長い耳に白っぽい金髪のセミロングだ。


「いえ、緊張していたのは確かですから」


 こちらも小声で応じる。


「難しく考えるんじゃねえ。捕らわれた奴らを守りながら一人十人叩き潰せば良いだけのことだ」


 そう言ってハンマーを担ぐダンさん。

 いかにもドワーフって装備だ。

 粗暴とも取れる話し方だけど、もしかしたら気を使ってくれているのだろうか。


「あのー、あまり喋ると見つかるっすよ」

 

 ニールさんが注意を促した。

 武器は長さからして、バスタードソードのようだ。

 しばらくの間、沈黙が場を支配する。

 気持ちを引き締め直し、いつでも動ける体制をつくっておく。

 と、そこでニールさんが小声で怒鳴る。


「みなさん! 合図っすよ!」


 ニールさんが指差した先、魔法による小さな火の玉が空中に打ち上がっていた。

 私は脇目も振らずに駆け出した。

 人の命がかかっている。


 走っていると、土壁の一部が砕けるのが見えた。

 あそこか!

 土壁の中、作った出口近くまでなんとか逃げ出していた情報部と捕らわれの人々と合流する。

 情報通り、女性と子供が中心だ。

 見える範囲に怪我人などはいない。

 間に合った、のか?

 間を置かずに慌てた様子の盗賊達がドタドタと現れた。

 武器は持っているが、慌てて出てきたことを示すように防具をきちんと付けていないものが多い。

 逃げる時間を稼がないと。


「こっちだ! かかってこい!」


 剣を抜き、敢えて剣から炎を噴き出して見せた。

 最近知った事実である、魔法とオーラは同時に出せないということを考えると……


「バカだぜ、この女! 剣から魔法なんか出してやがる!」


 よし、かかった!

 釣れた盗賊が駆け込んでくるのに合わせて、体内で練っておいたオーラを噴出させた。

 相手の剣を黒剣で両断し、


「へ、え!?」


 左手で抜いたマン・ゴーシュの柄で盗賊の鳩尾を殴りつけた。

 まず一人!

 周りの盗賊達に動揺が見える。

 チャンスだ。

 動きを止めている者の中で、比較的年齢が高く身なりの良い盗賊を狙う。

 推測が正しければ、状況はより有利になるだろう。

 男の目の前に威力の低い火を放ち、顔を仰け反らせた隙に背後に回る。

 マン・ゴーシュの柄で首筋に打撃を打ち込んだ。

 あれ、これ短剣要らないんじゃ……

 しまおう。


「ボ、ボス! しっかり! このアマぁ!」


 予想があたったらしく、その男は盗賊のリーダーだったようだ。

 混乱に拍車がかかる。

 人数差を考えて心配だったが、大丈夫そうだ。

 油断を誘ったとはいえ、思っていたよりも盗賊達は大分弱い。

 続けて向かってきた二人の武器を破壊し、顎に掌底を叩き込んで意識を刈り取る。

 これで四人。


「カティアさん、無事っすか!? 足、速過ぎますよって倒すのも早っ! もう四人も転がってるっす!」


 ニールさん達も来た。

 ナナシさん達は……


「カティア殿! 皆さん! 後は任せます!」


 壁の外だ。

 ナナシさんが外側から土魔法を展開して出入り口を封鎖する。

 魔物から身を守る為の壁が、一瞬で牢獄に早変わりである。


「さぁて、おっぱじめるか。覚悟は良いかてめえら」


 ダンさんが髭に覆われた口元を歪めて盗賊達を威圧した。

 そこから先は一方的な蹂躙だった。

 ダンさんがハンマーを、ニールさんがバスタードソードを振るう度に立っている盗賊が減っていく。

 後方ではミーナさんが風の魔法で近寄る盗賊を吹き飛ばしている。

 私も追加で七人気絶させた所で、三分の一ほどまで減った盗賊達は投降した。




「おう、赤毛の。お前さんが奴らの頭を潰しておいたから楽だったぜ」


 ダンさんが声を掛けてきた。

 相変わらず名前を呼んでくれない。

 正直、今回の戦いで誰も死ななくてホッとしている。

 しかし、兵士になったからには今後誰も殺さないなんて不可能だろうな……。


「どうした? 浮かない顔じゃねえか」


 荒っぽい口調の割にはこちらに気を使ってくれる。


「ダンさんは……兵士として、その……人を殺すことをどう考えていますか? 今回は、誰も殺してませんけど」


 本当なら自分で答えを出すべきなのだろう。

 ただ、こんな悩みを抱えたままでは、いつか取り返しのつかない事態を招くという気がしてならない。

 前世で平和な日本に生きてきた者としては考える取っ掛かりすら見出せない。

 だから、兵士歴が長そうなダンさんの考え方を是非知っておきたい。


「おめえ、もしかして新兵なのか? あれだけの腕で……どんな訓練をしてきたらああなるんだ?」


 師匠が凄いんです。

 今、その話題に行くと聞きたいことが聞けない気がする。


「はい、新兵なんです。心構えについて是非教えていただけないでしょうか?」


 少し強引だが軌道修正。

 不思議そうな顔をしていたが、


「ちと説教臭くなるが、いいか? ジジイの話なんてそんなもんだ」


 話を戻してくれた。

 思った通り、面倒見が良い人のようだ。


「はい、聞きたいです」


「おう。俺個人の意見だからお前の参考になるかは知らんが」


 ダンさんは髭を一撫でした。


「前提として、俺は人を殺したくて、あるいは魔物を殺したくて兵士になった訳じゃねえ。ここまではいいか? おめえさんはどうだ?」


「はい。私もです」


 もしかしたらそんな狂人も居るかもしれないが、今はそんな話ではない。

 私が兵士になったのは爺さまの頼みと、情勢を知った今では、カイサ村の為に国に仕えるという理由だ。

 ガルシア国がなくなれば、カイサ村もどうなるかわからない。

 私が国を守る、なんて大きなことを言う気はないが、出来るだけのことはしたい。


「じゃあ、なるべく殺さない方が気分が良いに決まってるだろうが! 罪人を裁くのは兵士の仕事じゃねえ!」


「え、ええ」


 やたらと力強いな……


「いいか? 魔物を殺すのは何の為だ? 赤毛の」


「えーと、身を守るためと、食べる場合や何かの材料にすることもありますね」


「そう、そうだ。必要だからそうする。作物を刈り取るのもそうだ。そうやって生きる為に他の命を奪うのは誰でもやることだ。そこに善悪はねえ。今回の場合はどうだ?」


「そう、ですね。今回は私達が盗賊達を殺す必要はありませんでした。ただ……」


 今回は、状況が良かっただけだ。


「そうだ。俺も、今回捕らわれた連中が目の前で盗賊に殺されそうになっていたら、躊躇ためらわずに盗賊を殺していただろう」


 私は、どうだっただろうか。

 絶対にそうしたと自信を持って言えない。


「大事なのは、そういう時の心構えだ。守るものをしっかり見極め、それ以外を切り捨てる覚悟。本当に必要なものは何か考えることだ」


 守るものの見極め……。

 そうか、今気付いた。

 私は捕らわれた人々の命よりも、自分が殺人を犯してしまった場合の罪悪感を天秤にかけて、自分の心を優先して守ろうとしてしまっていたんだな。

 私が助けられる側だったら、こんな奴に助けに来て欲しくはないな……。

 結果として死者は出なかったが、依頼を受けるにあたって必要な覚悟が足りていなかった。


「幸いにして、この国の異常なシステムはそれを許容してる。どんな任務も仕事も受けるかどうかはある程度自由だ。兵士が考えることを止めなくていい」


 ダンさんが言っていることはそれ程複雑なことではない。

 自分の頭でしっかり考え、必要と思ったら力を振るうことを躊躇ためらうな。

 答えになっていない答え……しかし、不思議としっくりくる考え方だった。


「ありがとうございます。今日、貴方に会えて本当に良かった」


 兵士になった初日に会えた人物として、これほどの人はいないだろう。


「その言い方だと愛の告白みてえだな! 赤毛の!」


 そう言ってダンさんは豪快に笑った。

 違いますよ?


「盗賊の捕縛終わったわよ。二人は手伝わずに何を話し込んでいたのかしら?」


 そこにミーナさんがやってきた。


「いやあ、赤毛のに告白されてよお。俺が今より三十歳若かったら受け取って――いてえっ!」


 ダンさんの髭をミーナさんが引っこ抜いた。

 ミーナさんの顔が笑顔のままなのが恐かった……。

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