戦いの重要性
「はうぁあああ……毅然として、冷たい態度のお姉さまも素敵ですぅ……」
「何この娘、えっと……ええ……」
クネクネしながら恍惚の表情をするクーさんを、ミナーシャが微妙な表情で眺めている。
変な娘なのかな? という顔で首を傾げたが、大体正解だと思う。
練兵場での顔合わせの後は小隊長達との簡単な確認があった。
しかしミディールさんとカノープス将軍が居たので、私はほとんど頷いているだけで済んだ。
あれ以上喋ると演技でボロが出そうだったのでホッとしたが。
今は王城の一室を借り、顔見知りだけで休憩している所だ。
ミナーシャと獣人三人組は、今回が初顔合わせである。
それからミディールさんが居るが、城内が忙しいと見るや手際良く全員分のお茶を用意している辺り、本当に如才が無いというか。
「すみません、クーのことは放っておいてやって下さい。元々変なんですが、おじょーに会ってから益々変に。ええと……」
リクさんがクーさんのフォローに回り、ミナーシャに話し掛ける。
こうして見ると二人はかなり体格差がある。
リクさんはライオルさんほどではないが、身長百九十センチくらいはあるだろうか?
かなりの大柄だ。
「私はミナーシャだよ。親しみを込めてミィちゃんって呼んでもいいにゃ?」
与し易いと見たか、ミナーシャが通常の五割増しの猫撫で声を出した。
こういうところが同性に嫌われる原因だと思うんだけど……。
「俺はリクです。鷲のあいつはクーで鮫がカイです。よろしくです、み、ミィちゃん」
おや? リクさんが照れている。
毛が多い手を後頭部に当て、若干顔に赤みが差しているように見える。
ミナーシャのようなタイプが好みなのかな?
「リクは小さくて可愛らしいタイプが好みらしいですぜ、お嬢」
「あ、やっぱり。でもカイさん、私の背後に回り込むのやめて貰えます?」
私に話し掛けた声の主はカイさんだ。
害意は感じないので放っておいたが、背後を取られるのは余り気分の良いものではない。
しかも近い、何がって鼻が。
「おっと、失礼。俺は断然お嬢の方が好みなんですがねえ。特に、女性らしい良い香りに混じって血の匂いがする辺りが――」
「お姉さまに何してるのかなあ? カイィ……」
翼を広げて威嚇しつつ、大鎌を持って微笑むスーさんの姿はちょっとしたホラーだ。
カイさんはスーさんを見た次の瞬間、無言で駆けだした。
部屋の外へと走っていく。
「待てやこらぁ!」
そのまま二人共、部屋の外へと出て行ってしまった。
お茶を注ぎ終えたミディールさんが溜息を吐く。
二人分のお茶が無駄になってしまった。
気を取り直し、椅子に腰掛けている私に紅茶を差し出してくれた。
「全く騒々しい……明日にはもう出立だというのに。それとも、それを思えばこそなのですかね?」
「どうなんですかね?」
戦場への気構えは様々、人それぞれだろうから。
いつも通りに振る舞う者、気持ちを高ぶらせる者、心を落ち着かせる者などなど。
彼等の場合は……あれでいつも通り、なのかなあ?
(洞窟の時も似た様な感じだったよ?)
アカネが呟く。
私は体調維持で忙しかったので覚えていないのだが、アカネがそう言うのならそうなのだろう。
感覚を共有していても注目しているものは違うので、記憶の齟齬は割合起きやすい。
大体は五感に集中し易いアカネの記憶の方が正確だ。
(そうなんだ。リクさんも大変だな……)
割を食っているのは大概リクさんなのだろう。
今もしている困り顔が実に板に付いているので、多分間違いないと思う。
そのリクさんと話していたミナーシャがこちらを向く。
「そういや、どうしてカティアは私をさん付けで呼ぶにゃ? クマ蔵みたいに愛称で呼んでもいいのに」
リクさんが愛称で呼んだことによって、いらんことに気が付いたらしい。
私が大概の人に対して「さん」付けで呼ぶのは女性らしく丁寧な言葉遣いを忘れないようにする為で、それ以上の意味は無かったりする。
よって変えない理由も特に無い。
「じゃあミナーシャで」
「呼び捨て!? しかも即答!?」
「ミナーシャで」
「……ま、まあいいケド。私もカティアって呼んでるし……」
あれー? と言った様子で腑に落ちない様だが、私としては内心の呼び方と一致させただけに過ぎない。
それよりも、ミナーシャがリクさんを「クマ蔵」とか呼んでいる方がおかしい。
先程きちんと名乗ったし、何よりも元の名前より文字数が増えているじゃないか。
面倒くさがって縮めているのとも違うので、私としては意味不明だ。
リクさん本人が気にしていないようなので何も言えないが。
「それでさ、昼間のことで色々聞きたいんだけど。カティアがしてた演技は何なの? 結果的にそれで不満が収まったのは分かるんだけど」
そのミナーシャの言葉に、私はミディールさんの表情を窺う。
今回の事は彼の策なので、私が説明するのは不適当だと思った。
「面倒ですね……一度しか説明しませんから、良く聞いて下さいよ?」
「聞く聞く! 分からないままだと気持ち悪いし!」
不承不承、といった態度のミディールさんに対してミナーシャは鼻息を荒くする。
余程、練兵場での私の態度の意図を計りかねていたらしい。
「前提として、今回の中隊長の任は臨時です。短期間だけ、一度の戦いだけ統率力を発揮できれば良い訳です。ここまでは宜しいですか?」
「う? うん」
「怪しい反応ですが……続けますよ。ここで問題になるのが人種差別ですね。カティア殿は人族ですから、この急場に下手に出ても良い結果を生まないのは分かりますね?」
「何となーく予想つくにゃ……調子に乗って、絶対に言うこと聞かないにゃ?」
長い期間を掛けて相手に理解して貰うならそれもありだが、今回は時間との勝負だ。
「どうか短い期間だけでも指示に従って下さい!」などと言っても聞くとは思えない。
だから、ああいう手段になる。
ガルシアの時の様に、兵の一人一人と向き合っている時間は無い。
「ですから、上から力づくで抑えつけて制御する、という方法を取りました。カティア殿の御人柄は丸過ぎるので、少しでも威圧する為に尊大な口調を使うということにして頂きました。幸い容姿とは噛み合っている筈ですから、それにオーラと魔法剣、殺気を少々ブレンドすれば完成です」
何で料理の様な言い方をするんだ? と思ったが空気を読んで黙っておく。
「納得したニャ。私も闘武会の時のカティアを思い出して、恐くてちょっと漏れ――モガッ!?」
「……」
失言の気配を察し、私は静かにミナーシャの口を塞いだ。
女性としてどうなんだ、その発言は。
ミディールさんは呆れた顔をしたので恐らくアウト。
リクさんは首を傾げているので多分セーフだと思われる。
「はあー……皆さん、色々考えてるんすねえ」
そして茫漠とした発言の後、ゆっくりとお茶を啜った。
うん、気づいてないな!
……リクさんのミナーシャに対する淡い思いを守れただけ良しとしようか。
「ぷはっ! 何するニャ、カティア!」
「自分の発言を省みましょうよ。少しは慎みを持ちやがって下さい」
(お兄ちゃん、口調口調)
いかん、余りにも蛮行が過ぎるので言葉が乱れた……。
しかし当のミナーシャは、めげずにハイハイと手を挙げながらミディールさんに迫る。
どうやら、まだ聞きたいことがあるらしい。
ミディールさんは鬱陶しそうな顔をしたが、一応まだ答える気はあるようだ。
「カティアが命を懸けても良いとか言ってたけど、あれはガルシア的には大丈夫なの? それ以前に勝算あって言ってるの?」
「勝算なんてありませんよ。確実に勝てる方法があるなら私が教えて頂きたいものです」
「ええー。じゃあ、負けたらどうすんニャ? カティア死んじゃうじゃん……」
ミナーシャの耳と尻尾がペタンと垂れる。
こんな調子でも一応、私の心配をしていてくれたらしい。
若干あざとい仕草だが、計算でそれが出来るタイプでないのは既に知っている。
悪い意味でそれが天然なのだ。
一部の男にとってはプラスかもだが。
私はそんな彼女の頭を軽くポンポンと叩くと、自分から説明するべく口を開いた。
「ミナーシャは今回の戦い、今後にとってどれくらい重要なものだと思っていますか?」
「うーん。大事な砦だって言うのは知ってるけど……取れなかったらまた攻め直せばいいんじゃない? 兵の数を増やして、ガルシアの援軍も待って」
「その認識は大外れですよ。この戦いに敗れると、獣人国は滅亡します」
「え!? 何で砦一つ取れないだけで国が滅びるにゃ!?」
ミナーシャは非常に驚いているが、何もおかしな話ではない。
今の獣人国を取り巻く状況を考えれば分かることだ。
「レオ王が亡くなり、大量に王都から逃げ出す民衆が出ました。新しい国王が即位したものの、直後に砦が陥落。その上、砦を取り返しに行って負けたとあれば民はどう思いますかね?」
「……あ、そっか! もうこの国は駄目だー、ガルシアに逃げよう! ってなるにゃ」
ガルシアは常に移民を受け入れている。
故に難民の逃げ場としては最適、という事になってしまう可能性が高い。
そして獣人国が既に傾いているのは国民の誰もが感じていることだ。
「正解。ガルシアという逃げ場があり、尚且つ食料の配給をしましたから……前回の国王暗殺の時に逃げる体力の無かった民も、こぞって逃げ出す筈ですよ」
そうなれば獣人国の人口は急激に減り、更には多数の難民を受け入れなければならないガルシアの情勢も悪くなるだろう。
四国同盟の合算兵力によって拮抗している戦線も、果たして獣人国無しで維持できるものかどうか分からない。
私に続いて、ミディールさんが情報を補足するように言葉を紡ぐ。
「国民は新国王の試金石として、アリト砦がどうなるかを注視しています。食料配給によって逃げる体力こそ得ましたが、それに恩を感じて少しの間は様子を見ようという向きもありますから……功罪相半ば、といったところですか」
その通りだが、戦いに勝てば逃げる必要性も無くなるのだから食料配給も全て「功」に転じるだろう。
全ては明日以降、砦の攻略戦がどうなるかに懸かっている。
「何にせよ、勝てばいいのです。私はこんな所で死ぬ気は更々ありませんから」
獣人達を動かすには首を賭けるなどと言うしか無かった訳だが、実際に勝てなかった場合は約束を履行する。
自分達と同じように命を懸けない者の指示に従うほど、獣人達の誇りは安くないと踏んだからだ。
要は命を懸けた上で勝つ、それが出来れば何も問題ない。
(お兄ちゃん、信じてるからね!)
アカネの言葉は何時だって力強い。
私の命は、この子に貰った命だ。
誰にも渡すつもりは無い。
私の言葉にミディールさんが重々しく頷いた。
「ガルシアとしても、私個人としても貴女には生き残って頂かないと困ります。副官として、人事を尽くすことをお約束します」
ここに至って彼の能力を疑う気は無いし、信頼もしている。
私も一つ頷きを返した。
「とにかく、大事な戦いだから勝てばいいってことだよね? 勝てばカティアも死なないし獣人国も残る。孤児院も安泰なんだから、私も頑張るニャ!」
ミナーシャが元気良く宣言した。
説明の要点以外は見事に伝わっていない気もしたが……彼女はこれで良いのだろう、きっと。
「俺も精一杯サポートしますよ、おじょー。三人とも第一小隊に居るんで、必要な時は呼んで下さい」
リクさんものんびりした声で励ましてくれる。
三人の能力がどの程度なのか知らないが、その気遣いが有り難い。
そう言えば、残りの二人は何処に行ったんだ?
「お姉さま、私はお姉さまの為なら死ねます! というか、お姉さまが死んだら私も死にます!」
ドアが勢い良く開かれ、クーさんが入ってきた。
どうやらドアの外で話を聞いていたらしい。
その割には奇矯さが目立つ発言だったが……本気かどうかワカラナイ。
よく見ると鎌を持っていない方の手で、ボロボロになったカイさんを引き摺っている。
「お、お嬢……俺は今すぐに死にそうです……」
そう呟いたカイさんの首が力無く垂れた。
戦う前から既に負傷者が出ているように感じるのは、私の気のせいだろうか……?