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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第二章 ラザの町
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ラザの町と兵士ギルド

 馬の休憩も十分。

 そろそろ出発だ。


「ニールさん、そろそろ行きましょうか」


「はい、わかりまし――うっ」


 ニールさんが立ち上がろうとしてよろめいた。


「あ、足が痺れて」


 慣れない正座で足が痺れたらしい。

 手をついてうずくまっている。


「……治るまで待ってますから大丈夫ですよ」


 しかし無防備な姿だ。

 いたずら心がうずく。


「ふふ」


「なんですかカティアさん、その邪悪な笑みは」


 足が痺れた人を見るとつつきたくならない?

 私だけ?


「それそれ」


「や、やめ――!!」


 手で庇っていたふくらはぎ辺りを攻撃した。

 実に良い反応だった、とだけ言っておこう。

 いじられキャラだな、この人。




「さあ、改めて出発しますよニールさん」


「酷いですよ、カティアさん……」


 少しやり過ぎた気もするが、空気が和らいだので結果オーライだ。

 馬に乗ってラザの町に向かう。

 日が昇りきる前には着くだろう。




 ラザ領は国の東端にある。

 ラザの町は開拓の中心拠点で、周辺の村から農作物を集積して運搬する物流の拠点になっている。

 開拓には魔物を退ける兵力が必要であり、傭兵や他領から援軍に回される兵も多い。

 よって兵士ギルドの規模もそれなり、とここまでがニールさんの説明だ。


「見えましたよカティアさん。ラザの町です」


 街道の先に、町の周囲に立つ石壁が見えてくる。

 幸いなことに、道中魔物に会うことはなかった。


「石壁なんですね。カイサ村は土壁でしたけど」


「石壁の方が丈夫ですし、景観も良くなりますから。近くに石山があるので、そこから持ってきています」


 なるほど、資材の問題もあるか。

 魔法も無から有を作れる訳ではないし。

 土魔法なら土やら岩やらに魔力を流しこまなければならない。

 他の三属性は空気があれば大体発動するらしいけど。

 魔法があっても物理法則は前世と近い、のかな?

 前世も理系ではなかったから、詳しいことはさっぱりだ。


「坊っちゃん! 里帰りですか? そっちの美人はどちら様で?」


 考え事の間に門前に着いていた。

 二人いた門番の内、年かさの男性兵士がニールさんに声を掛けている。

 坊っちゃん?

 顔見知りらしい。

 おっと、馬に乗ったままだと失礼だね。

 降りよう。


「坊っちゃんはしてくれ。こちらはカイサ村からの客人だ。通って良いか?」


「どうぞ――開門!」


 鉄製の落とし格子が開く。

 馬車が余裕を持って通れるであろう大きさの門だ。

 さて、まずは馬を預けないと。


 入口近くにあった厩舎に馬を預けた。

 先程の坊っちゃん呼びについて聞いておこう。

 予想はつくけど。


「ニールさんってやっぱりここの領主の息子なんですか?」


「はい、そうですよ。二男ですから、王都で騎士をやっている訳です」


 まあ、そうだよね。

 ニール・ラザって名乗ったもんね。

 最初の態度がアレだったから聞きそびれていたけど。


「ですから、今日は領主邸に泊まって下さい。家族も紹介しますよ」


 領主邸に?

 今日の宿泊場所に関しては初耳だ。


「てっきり兵舎とかに泊まるものだと思っていたのですが」


「是非我が家に。せっかくですから」


 あ、これちょっと前に見た村長さんと同じ顔だ。

 爺さまが住む場所の話をした時の。


「じゃあ、お願いします……」


 抵抗は無意味だと悟った。

 しかし領主か。

 貴族だし、政治家だよね要は。

 前世では縁が無かった人種だなぁ。

 少し緊張する。

 後々王族にも会うのだから今さらだけどね。


 次は兵士ギルドへ。

 ラザの町を見回しながら向かう。

 作物を集積する倉庫のような建物や、軽食の屋台も何軒か出ている。

 そこかしこで商人達が買い付けを行っており、なかなかの活気だ。

 昼食用にライ麦パンが安かったので買って齧った。

 ギルドはどこだ?


「着きましたよ、カティアさん。ここが兵士ギルドです」


 盾と二本の剣がクロスする、ありがちな紋章が入口の上に付いている。

 わかりやすくて良いね。

 石製の建物で、結構大きい。


 中に入ると掲示板と受付、待合室がある。

 残りは職員が作業する机が受付の奥に並んでいるのが見える。

 思っていたよりも大分、お役所チックだ。

 魔法世界なのに、現実的でファンタジー感が――


「おう、ニールじゃないか」


 ファンタジー感溢れる狼? 犬? の耳が頭の上に付いた、四十代前半くらいに見える黒髪の女性が受付に座っていた。

 多分、狼。

 男前な口調でいらっしゃる。

 村には狼系の獣人は居なかったな。


「……支部長、何をしているのですか」 


 ニールさんが戸惑った様な表情で返事をする。

 受付がギルド支部長だった。

 何それ。


「人手不足なんだよ、本職の奴らがパタパタ風邪で倒れやがって。臨時だ。で、用はなんだ?」


「王都からの手紙を預かっています。これを読めば分かるかと」


 ニールさんが手紙を懐から取り出し、支部長に渡す。


「王都から?……ここで開く訳にもいかんな。お前たち、ちょっと着いてきな。そこのお嬢ちゃんも関係者なんだろう」


 支部長が椅子から立った。

 杖をついて――

 杖?

 カウンターごしで見えなかった下半身。

 そこに本来あるべき右足が、支部長には無かった。


「何を驚いてるんだい? あんた、兵士ギルドは初めてだね。ここはそんな奴ばっかりだよ」


 その言葉に職員の方の様子を窺うと、隻腕だったり、片目に傷のある者、普通に見えても足を引き摺って歩いている者などが見える。

 考えられる推論としては、


「怪我をした兵士が主な職員なのですか?」


「ご明答。お嬢ちゃん、なかなか良い勘してるじゃないか。あわれみの表情を浮かべなかったのも好評価だ」


 予想外の光景で驚きが勝ったという部分もあるが。

 暗い顔をしている職員もいないし、戦いに誇りを持っていた証なのだろう。

 結果がどうであれ、憐みを向けられる謂れはないということらしい。


 支部長の執務室と思われる個室に通された。

 そこで支部長が手紙を開き、ざっと目を通す。


「――フン、成程ね。しかしこんなに近くに、あの剣聖が住んでいたなんてね」


 顔を上げ、手紙をひょいと投げた。

 腕を組んでからこちらを向きつつ言う。

 いちいち所作が格好良いな支部長。

 姉御って呼んでもいいですか?


「で、要はお嬢ちゃんを登録すればいいんだね。それから、なるべく派手で目立つ仕事か、普通は嫌がる面倒な仕事を任せろと」


「私の所属について何か書かれていましたか?」


 前に疑問に思ったことだ。


「いや、無いな。予想はつくが、話そうか?」


「お願いします」


「単純な話さ。王都に着くまでに上手く名声が挙がれば姫の近衛なり重役に、失敗したら一般兵から功績を積んで貰うって所だろう」


 失敗のリスクを考えた上で決めてあるようだ。

 政治的には正しい……のかな。


「だから登録後のアンタは形の上では王国軍一般兵の扱いだね。ただ、元王の使いであるニールが一緒に居るし、特殊ではある。他領に行っても軽んじられることはないさ」


 微妙な立場だな。

 頑張らないと、後々苦労しそうだ。


「さて、登録はこっちでやっておくとしてランク審査だね。訓練場に行くよ。ニール、案内してやりな。私は後から行く」


「了解です。支部長が自ら見るのですか?」


「当たり前だろう。私だって元は戦士だ、剣聖の弟子の実力は見たい」


 物凄く期待されている。

 緊張してきた。


 訓練場は厚めの土壁で出来た広場のような場所だった。

 屋根は無い。

 何組かの兵士が木製の武器を手に模擬訓練をしている。

 少年兵から老兵まで、種族も性別もバラバラで賑やかだ。


「お、居た居た。お譲ちゃんの赤い頭は見つけやすくて良いね」


 支部長が来た。

 目印にされていたらしい。

 やっぱり目立つかな、この髪。

 訓練場に入ってからも、視線をかなり集めてしまっている。


「じゃあ、始めるか。まずはオーラを見せてくれ」


 支部長が例のスピードガン的な魔力測定機を構える


「はい」


 模擬戦とかではないようだ。

 体の内側に流れる魔力を掴み、全身を包むように纏う。

 武器を持っていないので若干の違和感。


「綺麗で力強いオーラだな……素晴らしい」


 支部長がつぶやいた。

 オーラや発動待機中の魔力は可視化状態となる。

 

「――おおっ!」


 測定が終わったらしい。

 どうかな?


「恐れ入ったぞ、国内に数人しかいない極級使いだとは! さすがは剣聖の弟子だ!」


 聞き耳を立てていたギャラリーがざわめく。

 は、恥ずかしい。


「支部長、なんでそんな大声で――」


 支部長が松葉杖に似た杖をついてこちらに寄ってくる。

 首に手を回され、小声で声を掛けられた。


「半分はワザとだ。これから目立たないといけないんだ、これぐらい慣れておけ。実際、極級オーラ使いというだけで十分お釣りがくるぐらい話題になるぞ」


 確かに、仰る通りとしか言えない。

 でも、半分って。


「もう半分は何ですか?」


「いや、素で驚いた。普通一生のうちで会うかどうかだぞ、極級なんて」


 素かい。

 まあいいや。


「次は何です? 魔法ですか?」


「うん? お嬢ちゃん魔法もイケるのかい?」


「火のシングルで中級までなら」


「じゃあ、一応見ておこう。と言いたいところだが」


 周りを見る支部長。

 うん、言いたいことは分かる。


「極級オーラを見せた後じゃあインパクトが薄いね」


 当然そうなる。

 逆順なら良かったんだけど。

 人目があるからね。


「そうですよね――では、オリジナル技を見せますよ。見た目も派手ですよ」


 一つ手がある。


「ほう、興味あるね。的は要るかい?」


「では、木製の的を」


 と、いうわけで木製の案山子のような的を用意して貰った。

 借りた木剣を構える。


「ふーっ……」


 剣に魔力を込める。

 オーラと一緒に、もう一つの魔力を混ぜる。

 二つは反発することなく、溶けて混ざり合い――


「はっ!」


 木剣で案山子を両断する。

 火花を散らしながら二つに分かれた案山子は次の瞬間――

 派手に発火した。


「おー、さすが木製。よく燃える」


「……」


 周りの沈黙が怖い。

 あれ、なにか失敗した?


「あの、支部長」


「な、なんだ今のは! いや、理解は出来る。オーラと火の二つの魔力を混ぜた技だと。だが、かといって実際にできるかどうかは別の話だろう!」


 凄い早口で捲し立てられた。

 そんなに凄いのか、今の?


「でも、魔法書に理論上は可能だって――」


「理論上と言っているだろ! 普通は無理だ! 何の為に前衛の戦士と魔法使いに区別すると思っているんだ! 魔法とオーラが同時に出せないのは常識だぞ!」


 古い魔法指南書だったからもう実現されていると思った。

 何故異常だと教えてくれなかったんだ、爺さま。

 普通と違うというのなら、二つの魔力を同時に扱える理由に関しては心当たりがありすぎる。


「で、でも目立ったから良いじゃありませんか」


 支部長が長めの溜息をついた。


「確かにこの上なく目立ったが……はあ。取り敢えずギルドに戻るぞ。ランクを登録する」


 疲れたように投げ遣りに言った。

 何か、こう、ごめんなさい。

 驚いて固まっていたニールさんを引き摺りつつ、ざわめきの残る訓練場を後にした。

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