あきら君は今日も通常運転でお送りいたします3
こちらシリーズ短編になっております。
何の話!? とお思いになられたら、前作をご覧下さい。
小学生の時、通知表で家庭科と図画工作だけがオール5だった。
そのことに担任の教師は困ったような笑顔を浮かべて…
――『昭君はとても創意工夫が上手だけど…その意欲と探究心を何か1つで良いから、他のことにも向けてみましょう?』
調理実習で作ったレモンパイの焼き加減が気になって、聞き流した小6の冬。
あきら君は今日も通常運転でお送りいたします3
街角を、細い身体を躍動させて1人の少女が疾駆する。
全体的に華やかなその姿は、可憐の一言。
真っ直ぐにさらさらと流れ落ちる髪は、黒絹の反物の如く。
足の殆どが露出する上、ふわりと膨らんでめくれそうなミニスカートも、白のニーハイソックスも、潤艶な黒髪の下でむしろ愛らしいと言うより艶やかな印象となる。
ピンクと藤色で統一された衣装は、背伸びするような作られた大人っぽさを感じ、色合いの愛らしさと合わせてアンバランスな少女期の色香を際立たせるようだ。
少女の姿は、よく似合っていた。
例えその衣装が、日常的に着用するには難のあるものだとしても。
彼女の姿に効果音をつけるとしたら、こうだろう。
きゅるるるん☆
しゃらららん♪
非日常を具現化したような姿で街を疾駆する少女の名は、三倉 明。
またの名を、プリティ☆ライムベリー。
少女は、 魔 法 ☆ 少 女 だった。
そんな魔法少女は、現在ちょっとこそこそしていた。
場所は狭い路地裏の、とある民家の勝手口側。
身を隠すように息を潜め、魔法少女がくいっと至近の相手に合図を送る。
「良いわ、清和。行って!」
「了解でちー」
「ママはパートに行っていないはずだけど…異変があったら戻ってね?」
「合点でち!」
ぴょんと飛び降りたのは、魔法少女には定番のマスコット的物体。
栗鼠の形をしたあざとい妖☆精の清和(本名:ランスロット)。
その小さく身軽な身体が、窓から民家に忍び込む。
次いで、がちゃんという重く硬質的な音がした。
勝手口の鍵が、内側から開く音である。
家の鍵は持っているものの、正面から入ると目立ちすぎる。
それでなくとも魔法少女は、嫌でも人目を引く姿をしているのだから。
ここは三倉家。他ならぬ少女の家。
そして母親の不在時を狙っての、妙に手馴れた勝手口からの侵入手口。
言ってしまえば少女とマスコットは、常習犯であった。
それもこれも全ては、目立ちすぎる魔法少女の姿を家族に見られないためのものだった。
認識疎外の魔法がかかっているので、この格好をしている限り『明本人』だと露見する恐れはない。
だが、それでは逆に何故魔法少女が三倉家に入ってくるのかと言う話になってしまう。
だからといって、どこに人の目のあるかわからない野外で、迂闊に変身を解く気は少女には一切無かった。魔法少女に変身するときだとて、わざわざこっそり隠れてやっているのだ。
結果として、家族の不在を狙って家の中で変身を解くというややこしい状況を作り出さねばならなくなったのだが………
殆ど連日のことで、彼女は油断していた。
油断していたとしか、言い様がなかった。
「ただいまぁ…」
「おかえり」
「!?」
油断して室内の状況を確認せず、勝手口から入った明。
習慣から返る返事のない帰参の言葉を口にして、何故か返事がくる。
ぎょっとして、明は立ちすくんだ。
魔法少女の姿のまま。
うっかり状況も忘れて叫んでしまう。
「おっおっお、お兄ちゃん!? なにやってるの!」
そこには、明の3番目の兄。
スローマイペースが売りの、昭君がそこにいた。
絶賛中学校で勉学に励んでいるはずの時間帯である。
そして魔法少女の衣装に付与された認識阻害効果で正体不明のはず。
だというのにうっかり昭君を兄と呼んでしまった妹に、兄から普通に返事が戻ってきた。
「バウムクーヘンとナッツタルト作ってる」
「そうじゃなくって学校はー!?」
「今、考査期間中で半ドン」
「は、半ドンってなに…!?」
「テスト以外学校ですることないから、お昼で家に帰って勉強しろって日程のこと」
「だったら勉強しようよ、部屋に篭って大人しく!」
「補給物資の準備が終わったらね」
補給物資…それは間違いなく、昭君が今準備しているお菓子のこと。
手元には何故かカラメルソースやデコレーション用のトッピングまで用意されている。
明ちゃんは、一瞬で状況を悟った。
きっと兄の部屋では、教科書すら鞄から出されていないに違いない
「何でこんな時にそんないつも以上に手間のかかるモノ作ってるの!」
「明、腹が減っては戦ができぬって言葉知ってる?」
「そんな手間のかかるもの作ってる場合じゃないよね!?」
「でも実際にお腹が空いていたら、ボス戦に集中できないし」
「しかも勉強する気すら端からなかった!? 戦ってそっち? そっちなの!?」
「この絶好の機会に攻略進める以外に何かすることあるの?」
「当然の如く言い切ってるけど、勉強しないといけないんじゃなかったっけ…」
「明、勉強っていうのは普段から授業でやることだよ」
「え…お兄ちゃん? 家でお勉強しないの?」
「家で教科書開いたこともないけど」
「それで良いの、中学生って! 成績大丈夫、お兄ちゃん!?」
「授業の間だけ頑張ってるよ。授業時間以外で勉強したくないから」
「宿題は!?」
「提出系だけ学校の休み時間にやってる。サボってお説教で時間潰されたくないし」
「私、お兄ちゃんにはもっと有効的に時間を使う余地があると思うんだ…」
「ところで明、随分と凝った格好だけど動き辛くないの。それ?」
「え………あ、ああっ!?」
妹が魔法少女の姿をしているというのに、何の違和感も無く会話をしていた昭君。
むしろ認識阻害の魔法はどうしたという勢いで、日常会話を繰り広げていた昭君。
そもそも彼は最初から魔法少女な妹のことを名前呼びだ。どうした、認識阻害の魔法。
相変わらず、意図せずして対処しづらい変化球を織り込んでくる、昭君。
そのペースにすっかり巻き込まれ、動揺を掻き消す勢いで更なる動揺に叩き込まれる。
本来であれば自分がツッコミを喰らう立場であったはずなのに、気付いてみれば何故か明ちゃんの方がツッコミを入れていた。
だけど勉学は大事だと思うよ、うん。
しかし己の状況をうっかり忘却していた妹は、兄の言葉に現実へと引き戻され。
一気に、兄の学習事情を気にする段階ではなくなった。
己の未来への悲観で、顔が急激に青褪める。
お医者様に余命宣告(1ヶ月)を受けた企業戦士のような顔だ。
「お、おにい、ちゃん…念の為に聞くけど、私が明だって……」
「何言いたいの?」
「お兄ちゃん、なんで私が明だってわかったの…!!」
お兄ちゃんはその一瞬、妹に対して「こいつ大丈夫か」という顔をした。
「妹の顔を忘れるほど薄情だと思ってたんだ、明」
「認識阻害の魔法、欠片も効いてない…っ?」
「へー。あ、そこのバニラビーンズ取ってくれない?」
「あ、やめて! そんな頭のおかしい奴を見る目で見ないで!」
「明、それ被害妄想。それよりカスタードクリーム作るの手伝って」
「それよりカスタードクリーム!?」
「はい、エプロン。その服高そうだし、汚しちゃマズイよね」
「この衣装を見て感想がそれしかないの、お兄ちゃん…!」
「動き難そうだなって思うけど」
「もっと他にも注目しようよ、お兄ちゃーん!!」
いきなり魔法少女と化した妹が目の前に現れても、この反応。
兄がわからないままに、うっかりボウルと泡だて器を受け取ってしまった。
そのまま頭を混乱させたまま、明ちゃんは材料をかき混ぜ始めた。
かき混ぜながら、絶望に頭を抱えて蹲る。
「も、もう駄目………完全にアウトだよぅ…!」
「いま何回裏?」
「心理状況的に言うなら9回裏だよお兄ちゃん!」
「あ、そろそろ加熱した方が良いから。この鍋使って」
「私の話聞いてくれないの!?」
「聞かせたいなら話せば? 幸い、僕の耳は暇してるけど」
「う、うぅ…おにいちゃんのせいなんだからね!」
「何が?」
「私の正体! ばれちゃったじゃ……あ、でも。お兄ちゃんが『魔法少女』を知らなかったらセーフ…なの?」
魔法少女にお約束の、絶対に破ってはいけない厳しい制約。
それはつまり『魔法少女=自分』だと露見してはならないということ。
それがバレてしまった時、魔法少女である明ちゃんには罰則が科せられる。
だからこそ、兄の普通対応に明ちゃんは焦りまくっていたのだけれど。
ふと、儚い夢を見た。
もしかしたら、まだ挽回できるのではないかと。
兄にこの格好でも妹だと認識はされてしまった。
けれど、もし。
兄がまだ妹=魔法少女と気付いていなければ…
その時は、露見したことにはならないんじゃないかと。
だけどそれは、儚い夢想だ。
「ああ、確か斧璃帝? 雷武超だっけ」
「しっかり露見してるーっ!!? しかもひた隠しにしたかった正表記の方!?」
「凄いセンスだよね、明。どの漫画の影響? 薄く昭和のヤンキー臭さも感じるけど」
「止めて、そんな目で見ないで! わ、私が考えたんじゃないもん……っ」
「へー」
「思いっきり無関心!? この名前は清和が……って、そうだ清和は!?」
今の今まで家に帰って以来ずっと存在を忘れ果てられていたげっ歯類。
己のマスコットの不在に今気付いたとばかり、明ちゃんが栗鼠の姿を目で探す。
そもそも異変があったら戻るように言っていたのに、あの栗鼠が戻ってこないから明ちゃんは何の警戒も無く家に入ってしまったのだ。
いっそ恨みすら捜索の目には篭ってしまう。
「清和ならここにいるけど?」
ドンッ
栗鼠を探す妹の目の前に、お兄ちゃんが置いた物。
大きなジャムの空瓶が、作業台の上に現れた。
中には、普通の栗鼠よりも一回り大きなげっ歯類が……
「せ、清和……お兄ちゃん、こいつどうしたの?」
「ナッツタルト用に準備しておいたナッツを盗もうとしたから」
「清和ーっ!!」
「空気穴は一応開けてあるけど」
「く、うぅ……この栗鼠のせいで私は苦労してるのに! この栗鼠のせいで!」
うわぁぁあん、と。
明ちゃんはボウルを横において作業台の上に突っ伏した。
まるで泥酔した30代OL(未婚)のような悲哀がその姿には漂っている。
「明、どうしたの」
「半分はお兄ちゃんのせいなんだからね!」
「いきなり言い掛かりをつけるんならタルト完成しても分けてあげないけど」
「妹の一大事に、それでもタルトなの……!?」
「だって訳分からないし」
「私……魔法少女だってバレたら清和と結婚させられちゃうんだよ!!」
「明、日本の法律上、結婚出来るのは16歳からって知ってる?」
「それでも将来的に結婚を迫られるんだよ!? わぁあんっ私の青春終わったー!!」
「晩婚化が叫ばれる昨今、婚活にひぃひぃ言わずに済んで良かったね」
「栗鼠に付き纏われる一生なんて嫌ぁ!!」
正体が知られたら自分と結婚しろと迫ってきた栗鼠の下種顔を思い出し、明ちゃんはさめざめと泣き出した。何が悲しくてロリコン栗鼠と添い遂げなくてはいけないのかと、人生に悲観しか見出せない。
そんな妹を見下ろし、流石に思うところがあったのだろうか。
昭くんが、明ちゃんの肩に優しく手を置いた。
「カスタードクリームが完成したんなら、明。そっちのタルト生地に敷いてくれない?」
「お兄ちゃんには兄心ってものはないの!? 薄情者ー!!」
「じゃあ、清和をジャム瓶諸共みずやにでも沈める? 悩みも解決するよ」
「いきなり抹殺一択!? 解決法が極端すぎるけど何でだろう! 頷きたい!」
『ま、待つでちーっ!!』
「あ、喋った」
話の流れはいつの間にやら栗鼠の抹殺コース。
それに堪ったものではないと、当の栗鼠が待ったをかける。
ジャム瓶越しのくぐもった声音は、それでも昭くんの耳にしっかり届いた。
初めて聞く栗鼠の話し声にも、しかし昭くんは動じなかったけれど。
「栗鼠って喋るとこんな感じなんだ。うん、不気味だね」
『なっなんで驚かないんでちか……っ?』
「むしろ僕の驚くような話をしてほしいかな」
「お、お兄ちゃんって本当になんていうか……鋼の心臓だよね」
「それで清和、待ってほしいってナニか言い残すことが?」
『遺言の方向で話を進めないでほしいでち! 明ちゃんは魔法少女になる時、制約込みで契約してるでちよ! 約定違反はもっと重い罰則対象でち』
「えっ 清和、それ初耳なんだけど……!」
『言ったら怖がると思って黙ってたでち。正体がばれたら結婚するのは間違いないんでちから、制約違反の説明は必要ないと思ったでち』
「……自分の命が惜しいから、即興でデタラメ言ってるんじゃ……」
『そんなわけないでちよ?』
「お、お兄ちゃぁん……どうしよう」
「どうしようって?」
「たすけて……」
「…………面倒だけど、頼まれたら仕方ないかな。いま家にいるの、僕だけだし」
頼まれないと動き出さない、物臭少年昭くん。
しかしそんな彼でも、妹を無碍には出来ないようで……
「ちょっと待ってて」
そう言って、何故かエプロンのポケットから携帯電話を取り出した。
首を傾げ、不安そうに兄を見上げる妹。
なんでもないような顔で、昭くんはどこかに電話をかけ始めた。
やがて繋がった通話先は……
「――あ、康則?」
彼が秘密を知る、とある友人の元だった。
ご町内の平和を守る魔法少女、プリティ☆ライムベリー。
平和を守ると言うからには、勿論敵対する存在もいる。
犯罪者の捕縛は警察のお仕事。
では魔法少女は?
魔法少女のお仕事は、世界制覇を目論む悪の組織との敵対・殲滅である。
そして彼らの住む町には、都合のよいことにお手頃な『悪の組織』があった。
それこそまさに、プリティ☆ライムベリーが日常的に戦う相手。
その名も痛い【暗黒組織ダークダイヤ】である。
ちなみにご町内の3割ほどの住民が、組織名を【ダークタイヤ】と勘違いしている。
ご町内に完全なる平和が戻ってこない限り魔法少女を引退できない明ちゃんや、明ちゃんに指示を出しているマスコット(邪)にとっては、最も注目し、その有効な情報を欲している相手であるのだが……昭くんはちょっとした個人的な伝手から、【暗黒組織ダークダイヤ】の重要情報を知っていた。
そのことを、明ちゃんは知らなかったのだけれど……
「康則。ちょっと確認したいんだけど、いま時間大丈夫かな」
『――……』
「直ぐに済むよ。この前の放課後、誓約書を書いた件に関してなんだけど」
『――!』
「紅蓮で闇な貴神な人の情報については黙秘し続けるって誓約したよね」
『――』
「うん、そう。それで確認なんだけど、
それ以外の情報については、特に秘匿する約束なんてしてないよね? 」
『――!! ――……!!?』
「それじゃあ用件は以上だから。また明日」
『――……っ』
電話口の向こうで、通話の相手は尚も何かを必死に喚いていた。
しかし昭くんは既に用は済んだとばかり。
慈悲らしい心の動きもなく、通話終了のボタンを躊躇無く押した。
途端、静けさに満ちた三倉家の台所で。
固唾を呑んで兄の動向を見守っていた妹と栗鼠に、昭くんは何気なさ過ぎる口調で言った。
「【暗黒組織ダークダイヤ】の本部アジトに直通のワープポイントの場所知ってるんだけど……この情報売ってほしい?」
間。
あまりの出来事に、魔法少女と栗鼠は数秒固まり……
やがて再起動するや否や、同時に叫んでいた。
「なんでそんなもの知ってるのお兄ちゃーんっ!?」
『そ、そんなものを知ってるんなら是非教えてほしいでちーっ!!』
「それじゃあ情報の対価は明の……そうだね、家族限定で正体露見の罰則を解除してくれたら教えても良いけど?」
「お、おにいちゃん……っ」
『――……ちっ』
昭くんが保持していた秘密兵器的な情報。
そのお陰で、小学生の妹は栗鼠(妖精)の元へ嫁ぐ事態を免れた。
ただし赤の他人に正体がバレた時には、その時こそ異類婚姻譚の主演を勤める羽目になる可能性が残されていたのだが。
何にしろこの一件で、妹の中で直ぐ上の兄への評価が上がった。
なんといっても、栗鼠に嫁ぐ事態を防いでくれた功労者だ。
ポイント、鰻上りである。
より一層兄を信頼するようになった妹の歩み寄りで、三倉家の兄弟は今日も仲が良い。
そして3日後。
アジトを魔法少女に襲撃された暗黒組織の幹部の頭はアフロになった。
4日後の朝、学校の教室にて。
アフロ頭にイメチェンしてきたクラスメイトによって、パイナップルのように髪を鷲掴みにされる昭くんの姿が見られたという。
魔法少女
→ 妖精の国から派遣されてきたマスコット(栗鼠型妖精)に見初められ、戦いを強要されているかわいそうな女の子。
半ば詐欺じみた手法で、いたいけな小学生なのに気付いたら契約を結ばされていたと言う理不尽。
今日も栗鼠と結婚したくない一心で悪に立ち向かい、野望を阻んでいる。
マスコット(栗鼠型妖精)
→ 本名:ランスロット
しかし横文字の名前に馴染みのない三倉家では通用しない。
先に三倉家で飼われていた犬の「源氏」に合わせて、「清和」と名付けられる。
妖精の国から派遣されてきた愛と平和の使者(自称)。
好きな女性のタイプは黒髪ストレートの和風美少女。