第十四章 覚醒
第十四章 覚醒
訃報を耳にして、病院へと急ぎ、カタリーナの病室に入ったとき、窓際に立つシャルロッテと眼が合った。
「愚か者」
それが彼女の最後の言葉だった。
窓をまたぎ、姿を消す。
病室は七階。もちろんシャルロッテは即死だった。
外へ出たわたしに、病院の関係者たちが彼女のために祈ってください、とお願いするが、わたしには出来なかった。
カタリーナとシャルロッテの葬儀が行われ、参列者の中にはエルンストとフレデリックの姿があった。
エルンストと眼が合うが、彼はその視線に気づいた瞬間、顔をそらした。
フレデリックと視線が交差すると、彼は軽く会釈をした。わたしもそれに軽く頭を下げた。
やがて厳粛な葬儀が終わり、フレデリックがわたしの元へやってきた。
セイヨウハコヤナギの枝が風にあおられ、哀しげな音を立てる。その音と、フレデリックの声が重なった。
「あなたは間違っていない。私はそう断言します」
「ありがとう……でも、経過ではなく、結果がすべてですから」
「どんな手を施しても、彼女は亡くなる運命だったのです。それは誰にも変えられないことなのです」
「そうだとしても、わたしの、敗北です」
カタリーナの死因は脳髄の損傷、と外科医師が云った。
父親が死んだ日、あの事故で、カタリーナも脳に傷を負っていたらしい。
脳の損傷によって、幻聴を聞いたり幻覚を見たり、はたまた、手を触れずに物を動かす能力が備わったりといった妙な症状が出るケースが多いという。カタリーナもまた、そういった例のひとつだと云われた。
フレデリックが去り、わたしの元に今度はエルンストが近づいてきた。彼の顔には悲しみとも怒りとも取れる迷いが浮かんでいる。
わたしは殴られる覚悟をしたが、エルンストはこぶしを握るだけだった。
「いろいろと……本当にいろいろと……聞きました。それから導かれることは、あなたは間違っていない、という答えでした」
エルンストの頭がプルプルと震えているのに気づいた。
「だけど! だけどですよ! あのまま悪魔祓いを続けていれば、カタリーナの命を救えたと、私は、自分の信念のほうを信じます。
あなたはふたつの過ちを犯しました。
まずひとつ、悪魔は本当に内にいて、最後のひとりだけが名乗らなかった。あなたはそいつの存在を、見落としたのです。
もうひとつは、カタリーナが語った悪魔の名前を思い出してください。そうすると、あなたと、フレデリック医師の間違いに気づくはずです。
あなたたちは、悪魔に負けたのです」
そう云い残し、エルンストは懐かしい法衣を風になびかせて去って行った。
彼の姿が消えたあと、わたしはその場にとどまり、エルンストの云った《間違い》に想いを巡らせた。しかし、わからない。わたしは悪魔のみならず、エルンストにも敗北したのだ。
街を出る前に、恩師であるゲオルク大司教にあいさつをするため、教会へ行った。
彼は礼拝堂で祈りを捧げており、その背を見て、自然と涙が浮かんできた。いろんな感情が込み上げてくる。云いたいことはいっぱいあったのだけど、言葉をついたのは、たったの一言だった。
「ゲオルク大司教。いろいろと、ありがとうございます」
大司教は顔を上げ、ゆっくりと振り返った。
「あなたを、本当の息子のように育ててきました。こんなことになって、非常に残念です」
わたしは頭を下げた。
「教会は騒然となっていますよ。訴訟問題に発展することはないでしょうが、しばらくこの騒動は続きそうです」
「わたしといっしょに居るところを見られると、大司教にご迷惑をおかけしますので、そろそろ――」
「ゴットフリート神父」ここで大司教は少しだけ声を大きくした。「これから先、悪魔祓いは衰退して行くでしょう。少なくとも、この国では。だけどそれはあなたの責任ではありません。それだけは、忘れないでください。それからあなたの取った行動は、決して、批判されるものではありません。天に居ります神も、神の御使いも、それから、私も、ゴットフリート神父、あなたを誇りに思っています」
わたしは、涙をこらえることが出来なかった。次から次へとあふれ出る涙。それはとても熱かった。
「おとうさん……」
何故か、さようなら、という言葉は云えなかった。
わたしは思う。
真実や真相などは、人生にとって、とても些細なことなのではないのか。
わたしは思う。
真実や真相を追い求めるその姿勢……熱意……情熱……それらが、人生にとって一番大切なことなのではないか。
ロマン。
それがすべてだと思う。
わたしは思う。
経過も、結果と同じくらい、大切なのだと……。
ロマン……①夢や冒険への憧れを満たす事柄 ②フランスの作家 ③ちょっとくさいのであまり口にしないほうがいい言葉、ただし、使いどころによってはかなり強力な言葉
つづく




