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第十章 門

   第十章 (トーア)


 妄想型統合失調症と悪魔憑き――精神疾患と憑依の区別は難しく、そしてよく間違えられる。それを見極める方法というのが、『食べ物も水もとらない』『聖なるシンボルへの拒否反応』『知らないはずのことなのに知ることが出来る能力』などがあるが、それらの判断もまた曖昧で、とても困難なのだ。人間には声帯がふたつあるので、二種類の声で話すのもまたしかり。

 だから悪魔祓いの儀式には医者が同伴されなければならない。医者としての見解(けんかい)が必要となってくるのだ。


 見解……①物事に対する見方や考え方 ②私的なことについては《意見》を用いる場合が多いので使いどころが難しい言葉 ③《考え》のほうが一般的に用いられるが、こちらのほうがかっこよく見えること


 悪魔祓いの最終目標はもちろん悪霊をその肉体から解き放つことなのだが、唯一の方法と云うのが、『悪霊の名を知ること』である。名がわかればその霊体を支配し命ずることが出来るのだ。しかし、相手もそれを知っているのでなかなか答えてはくれない。それからもうひとつ頭を悩ませることが、『悪霊はうそつき』で、悪魔憑きを悪魔憑きと思わせないようにする、ということだ。うまく乗せられ、信じて、疑うと、たちまち悪魔憑きからただの精神疾患へと変貌するのである。そうなると病院へ送られ、悪魔に魂をすみずみまで味わわせる結果となる。

 これらは、講習でイヤになるほど聞かされ、叩き込まれた。

 病かそうでないかの判断は個人にゆだねられるため、慎重にならざるを得ない。


 わたしたちは時間をずらしてカタリーナの家へ入って行った。それは世間の眼をごまかすことであり、怪しまれないようにするためだった。大司教のゲオルクならば問題はないのだが、他の司教や司祭、また、信者に怪しまれるわけにはいかない。少しでも不信感を抱かせれば、たちまち通報されてしまうからだ。

 カタリーナの家の中には相変わらず癒しの香りが充満していた。思わず、ここへ何をしに来たのか忘れてしまいそうだった。

 シャルロッテはますます疲弊(ひへい)しきっていて、まるで彼女自身が悪霊にとり憑かれているかのように見えた。大丈夫ですか? と声をかけると、ええ大丈夫です、と答えるけど、とてもそうは見えない。

 先に入ったわたしは後から来るふたりを待った。十分後、三人は揃った。

 フレデリックのことをシャルロッテに紹介し、エルンストも蒼白な顔をしながらあいさつし、そして、わたしはシャルロッテに質問した。

「カタリーナさんはちゃんと食事をとられているでしょうか?」

「ほんの少しですが、でも、ぜんぜん足りません……」

「信仰を失ってはいませんか?」

 それには顔をくもらせ、「私の口からは云えないことを平然と連呼しております」

「他に変わったことはありましたか?」

「変わったこと……あまりにも多すぎて……」

 ここでフレデリックが間に入り、

「娘さんの声ではない声での会話はありましたか?」

「どうしてそれを?」シャルロッテは怯えの色を浮かべて、「そうですそうですそのとおりです。まるで男の声でカタリーナは私を(ののし)るのです。何故、あの子なのですか? どうしてあんな良い子に恐ろしい試練を与えたのですか? 娘はギリシャ語を幼いころからずっと勉強していて、将来は教師になるんだ、と頑張っていました。だけど夫が亡くなり、父親の跡を継ぐために夢をあきらめて一からお花の勉強を始めたのです。そんな、親想いの娘なのです。ああ、どうか、どうか娘を救ってやってください。お願いします」

 ふらふらと膝から力が抜けて倒れそうになったところをエルンストが支え、

「ゴットフリート神父、フレデリック先生、行きましょう」と云った。

 わたしとフレデリックは視線を交わし、どちらからともなく頷き合った。


つづく

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