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第九章 お喋り その3

     3


 ザックスが左、マギーが右に並んで立った。ワタシは交互に彼らの顔を見る。ひとりは無表情、ひとりは泣き顔。異常なふたりを前にして思うことは、まともなことが通用しないということ。だからワタシはこれ以上の質問をやめ、逃げることだけに、思考を集中させた。

 手首の具合から、固定につかっているのは布テープだと推測される。グイグイ引っ張ってみるけどびくともしない。足首にはテープがない。つまり、走って逃げることは可能なのだ。あとはこの固定されている椅子から解放されればいいだけ。ただし、ここは温室。狭い道なき道を転ばずに走れるかどうか自信がない。それに出口が何所だかわからない。だから走って逃げる作戦は葬り去るのではなく保留(ほりゅう)


 保留……①おさえとどめておくこと ②その場ですぐに決めたり実行しないでおくこと ③たいがい忘れ去ってしまうこと


 ひどいことをされるような雰囲気はない。(手は縛られているけど)とりわけ急いで脱出を企てる必要はないのだけどティルのことが心配でやっぱり急いで解放されなければならないと考えを改める。そうするとまた新たに作戦を練らなければならない。質疑応答を繰り返し、油断したところを一気に駆け抜ける、は、いったん保留しておいて、妖精がいる場所へ案内するから手をほどいて、という妙案を思いついたので実行する。

「それはできません。ご主人様から何があっても解放するなとの仰せですので」

「そうよそうよ危うくだまされるところだったわいつからそんなウソつきになったのかしらああ恐ろしい悲しいうぐうぐ」

 ザックスがマギーに頷いた。それが合図だったのか、マギーは背に隠していたものをひっぱりだした。それを見た瞬間、ただ事ではないと悟り、同時に恐怖が湧き起こった。

 ハサミ、だった。

 刃渡り三十センチほどはあろうか、マギーは手にしたハサミを見下ろしながらジョシン、ジョシンと開いたり閉じたりしている。

「ハサミをどうするつもり?」と、口にしないではいられなかった。

「ハサミって、切るためだけに生まれてきた哀しい存在ね。相手を、どんなに愛しても、切り刻むだけ。だけど、もしハサミが愛を求めていなくて他を傷つけることに生きがいを持っているのならば、完璧な、すばらしい体躯(たいく)をしていると思わないかしら?」


 体躯……①身体 ②からだつき ③女性に対して『いい体躯だね』などと云うと相撲のスカウトですか? と云われること


 ザックスは何も云わず木のように動かない。

 ワタシも恐怖のあまり動けない。

 マギーだけが時を切り刻んでいた。

「わかったわ、すべて白状する。実はワタシは妖精を一度も見ていない。だからくわしくは説明できないのだけど、地下室とワタシたちの部屋に姿を見せたらしいの。逃げた先はどうやら地下室。今もそこに居るんじゃないかしら」

 ジョシンジョシンが止まらない。

「本当よ。ワタシは何も知らないの」

 ここでザックスが、雪の重さに耐えられない枝のように、頭部をワタシのほうに曲げた。

「今、アムール様は、ワタシ『は』と云いましたね? すると、ティル様『は』知っているということになりますが。私の推測は正しいでしょうか?」

《は》ひと文字でここまで読まれるとは思わなかった。いや、異常だと思っていたザックスがここまで頭の切れる人だということに言葉を失った。正常だと云うのなら、これほど恐ろしいことはない。すべての出来事を冷静に判断しての、行動。ワタシは、マギーよりも、ザックスを警戒しなければならないと知った。

「ティルも何も知らない!」

 ザックスは根を地面から引き抜くように足を動かし、身体の向きを変えて、マギーに小さく囁いた。

「ティル様だ」

 そう云ってザックスはワタシの両足も拘束した。動けないことを確認し、マギーを伴いバラの香りが薄い方へと歩き出した。

「待って!」というワタシの悲鳴に近い叫びはバラやチューリップに吸い取られてザックスたちには届かなかった。

 腕に力を入れてなんとか自由を得ようとするけど、むなしく終わった。

「お願い、ワタシも連れて行って!」


つづく

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