第九章 お喋り その2
2
「さあティル、妖精はなんて云ってるのだ?」
天井にぶら下がっているライトは点けられていない。蠟燭数本分の灯かりは、ティル、リヒャルト、フランシスカ三人の顔を半分しか闇の中に浮かび上がらせてはいなかった。
ただし、部屋の中央にある台座――その上にうやうやしく祀られている鳥かごだけは、リヒャルトが手にしている強いハンドライトが当てられていて、その存在感を強調していた。もちろん鳥かごの中には何もいない。空、だ。
大人ふたりが空の鳥かごを囲み、かわいらしい少年に迫る光景は、とても異様だった。
部屋を満たす空気はピリピリと緊張感を含んでおり、後ろ手に縛られたティルは椅子に縛られてはいないが、緊迫感、威圧感により動けずにいた。
だからかどうかはわからないが、ティルは、リヒャルトの口真似をするフランシスカの言葉に素直に従った。
「ここから出して欲しいって」
手にしていたライトをティルの顔に向けるリヒャルト。言葉を発するのはフランシスカ。
「ティルには妖精が見えているのか?」
「………………」
ふう、とひとつため息をつくリヒャルト。その『ふう』も言葉にして、フランシスカは続ける。
「じゃあ、ティルは妖精と会話が出来るのか? 何か語りかけてみろ」
ティルは小さく頷いて唾をゴクリと飲み込み、フランシスカ、リヒャルトの顔を交互に見まわして、それから口を開いた。
「君の名前は?」「どこから来たの?」「ケガはしてない?」「……………」
しばらくの間があり、焦れたようにリヒャルトが眼を吊り上げる。
「なぜ黙っている! で、答えは?」
「なにも答えてくれないんだ」
ここでリヒャルトがライトを放り投げて、ティルへと詰め寄った。少年の細い腕を両手でつかみ、前後に揺さぶる。
リヒャルトの背後からフランシスカが叫ぶ。
「ハンナをこんなにしたのはお前だ! だから責任を持って治せ、と云うんだ」
「痛いよ、だってなにも云わないんだから仕方ないじゃないか。痛い、やめて」
リヒャルトはここで手を離し、鳥かごへと向きなおった。
ズンズンと部屋の中央へ移動するリヒャルト。
それを見守るフランシスカの顔には和紙に広がる色彩のように笑顔が戻って行く。
「ならば別の妖精を、見つけるしかないな」
「なにするの、リヒャルトおじさん! どうしてフランシスカおばさんがしゃべっているの? もうやめて! お姉ちゃん。助けて、お姉ちゃん!」
ティルの視線は、中央から、部屋の出口へと、移動した。
つづく




