第五章 復活 その3
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とっておきの秘策を思いついた。その作戦を実行するために、ワタシはリヒャルトおじさんたちが寝付くのを待った。
左にはリヒャルトおじさんたちの、右にはハンナの寝室。今なら大丈夫。起きているはずはない。さあ、おじさんたちの秘密から? それとも謎の元凶であろうハンナから? よし、まずはハンナから、と意を決し、ドアノブに触れようとした。
「お姉ちゃん、コンラートが来たよ」
というヒソヒソ声に遮られた。
ああ、そうだったわ、と約束していたことを思い出す。
ほっとする気持ちと残念に思う気持ちが同時にわき起こった。
外壁をよじのぼってきたコンラートが息を切らしてワタシたちの部屋で腰を下ろしていた。ワタシは呆れぎみに云った。
「そんなに冒険したかったの?」
コンラートは顔を上気させながら、
「そりゃあそうさ、退屈な村で生活していたらこんなチャンスは見逃せないよ」
「もう、遊びじゃないのよ」
「コンラートお兄ちゃんはこどもだね」
ティルの言葉にワタシとコンラートはお互い顔を見合せて、声を殺して笑った。
☆
ワタシたち三人が地下室へと続く扉の前までやってくると、コンラートはランタンの灯かりの中に無邪気な笑顔を浮かべ、小さくて細い棒をポケットから取り出した。
「それは何?」というワタシの問いに、
「鍵がかかっているんだろ? だからコレの出番なのさ」と云ってコンラートは鍵穴に細い棒を差し込んだ。
「見ちゃダメよ」と、ティルの眼を覆う。数秒後、カチリ、と乾いた音が広いリビングに響いた。
「それじゃ、入ろうか。いよいよ真相究明だね」
ワタシはコンラートの言葉に、何故か、云い知れぬ不安を、感じた。
眼の前に階段が伸びていた。いくつもの豆電球が設置されていたのでランタンは階段の上に置く。さすがに身内の者しか通らないような場所なので、絨毯は敷かれておらず、一段降りるたびに、ギヒギヒ、という音を発するけれどそれほど大きくはなかったので気づかれるかもしれないという不安はなかった。階段は中ほどで左に折れて、すぐに、地下室が視界に広がった。広がった、と云っても、思ったより狭かった。どうやら地下の用途は物置のようで、掃除用具やら使われなくなった家具類が乱雑に積まれていた。
乱雑……①入り混じること ②入り乱れて秩序のないこと ③仕事場で見せると、かなりの確率で、家でもこうなんだろうな~と思われるので要注意
ほこりっぽくないのでたびたび誰かが訪れているのだろう。空気もときどき入れ替えられているようで、淀んでいない。そして、ひんやりとしている。
ぶるっ、と一度、身震いして、コンラートは云った。
「まずはここから見てみようか」
地下室には右手にふたつの扉が並んでおり、コンラートは手前、右側のドアを指差した。
「さすがにもうカギはかけてないよね?」とうれしそうに云いながら、ティルがノブを回した。コラ! と咎めるが、すでに遅い。扉は音もなく開いた。
部屋の中は、晩秋の海岸のほうが暖かいと感じるほど、冷え冷えとしていた。それもそのはず、この部屋はワインセラーとなっていたのだ。日本の戦国時代のように、無機質な銃口のようなビンの口がいっせいにこちらを向いている。バローロやらシャトーなんとかやらオバス・ワンという名前の物もある。だけどワタシはワインを飲まないのでそれらが名品なのか高級なのか安物かはわからない。わからないからただのお酒なのだ。コンラートもティルも同じく、この部屋にはワイン以外なにもないので興味をなくしてすぐに出た。寒いのだから仕方がない。続いて隣の部屋の扉の前へ。こちらもティルは前に出てノブを回す。カキカキ。あれ? どれどれ。とティルに代わってコンラートが前へ。ワタシは再びティルの眼を覆った。数秒後、チチリコキン。解錠された。しかし、すぐに開けようとしない。コンラートは動けずに、全身から緊張感を発散させている。それが、ワタシにも伝わった。
それもそうだ。何故ワインセラーにはカギがかかっていなくてこちらにはカギをかけていたのか。地下室への扉とこの部屋の扉の違い。何故ここだけ、二重にカギをかけていたのか。厳重にした意味は?
地下室の灯かりが部屋の闇に呑み込まれる。その中にワタシたちも巻き込まれる。突然、盲目になる病気に侵されたのかと不安になる。一番後方にいたティルの身体が消えたとき、視界いっぱいに光がともった。コンラートが部屋の電気をつけたのだ。
眼が白い闇に慣れると、空き部屋だと知ることが出来た。部屋の中央に台座があるだけの無機質な部屋。バス、トイレ、家具類、窓もない。牢獄のような部屋だった。
「なんだ、やっぱり妖精なんていないじゃないか。つまんないの」
コンラートのぼやきにティルもつまらなさそうに続く。
「僕は小人でもいるのかなと期待していたんだけどな」「森に居たんだよね?」というコンラートに対し、「うん。だからここに居て、ミカエルとマギーにいたずらしたのは小人だと思っていたんだ」「ミカエル?」「黒猫だよ。頭がおかしくなったらしいんだ」「らしい?」ここでワタシはミカエルとマギーのいきさつをコンラートに話して訊かせた。
「そんなことがあったんだ」
そう云ってコンラートは、部屋の中央に移動し、床から突き出している細長い台座に近づいた。
台座……①物をのせておく台 ②像を安置する台 ③こんなのを家に設置する人の人間性を疑ってしまう
台座の上には木製の鳥かごが置かれている。しかし、何もない。からっぽ。コンラートは鳥かごを親指で示しながら後ろを振り返った。
「おそらく、ここに小人が囚われていたんだ。ところが僕たちの作戦を察知したリヒャルトさんが、先回りして、小人を別の場所に移した、とまあ、これが真相かな」
「うん、きっとそうだよ」と、眼を輝かせるティルを無視してワタシはコンラートの隣に並んだ。
明らかにあやしさ爆発の鳥かご。簡単なことだ、触れてみればいい。今なら意識を失ったとしてもコンラートとティルがいる。部屋まで運んでくれる。云いかえれば、今しかない。だからワタシはそっと手を伸ばした。どんな過去と鳥かごの《想い》が見えるのだろうか。大丈夫だと思っていても、恐怖はある。何故なら、キンスキー家にある《物》たちに宿っている想いは、強すぎるのだ。平穏に過ごしていたワタシには信じられないほど、濃い。だから伸ばす手が震える。オオエンマハンミョウのように手が震える。あと数瞬後には、謎が解明する、というところで、ティルが手を止めさせた。
「ちょっと待って、どこからか、声が聞こえる」
ワタシとコンラートが小さくて好奇心旺盛な少年を見つめた。ティルは眼をつぶり、耳を澄ませている。
「なんて、云ってるんだい?」
焦れたようにコンラートが問いただすと、ティルは左手を上げて彼を静止した。コンラートは口をハの字に曲げるけど、大人しく従った。
「早口だからよく聞き取れない……でも……何か同じ言葉を繰り返している――『……して……してやる』『お……ここ……傷……』――ダメだよ、早すぎる。もっとゆっくりしゃべって?」
泣きそうになっているティルに対し、
「何も焦ることはない。己の運命に必要なことであれば、向こうの方からティルに近づいてくるんだから」などと哲学者ぶって何を云っているのかわからないコンラート。
「もういいわよ、ティル。とにかく小人はどこかに連れ去られた。ここにはもう用はない、ということよ。そろそろ戻りましょう?」
コンラートが頷きながら、
「そうだね。焦っても仕方ないから、明日、なにか進展があったら連絡してくれよ。そのときはよろこんで協力する。今日はこの辺で終わりにしよう」
先に立ってコンラートが外に出て、ワタシもそれに続こうとしたそのとき、ティルが小さくつぶやいた。
「妖精…………?」
☆
朝食と夕食のときだけ、全員が顔をそろえる。それ以外の時間は誰がどこで何をやっているのかは知らない。だからワタシは今しかないと判断し、リヒャルトおじさんが怖かったのだけど、思い切って訊いてみた。
「マギーは大丈夫ですか?」
予想していた通り、リヒャルトおじさんがギロリとワタシをにらむ。その眼は、食事の時間に無駄口をたたくな、首を突っ込むな、だった。だけどワタシは負けない。
「フランシスカおばさんが大丈夫と云っていたのですが、やっぱり心配で。お見舞いに行ってもよろしいでしょうか?」
リヒャルトおじさんはここでフォークを置いた。生後十か月未満の仔牛の肉が手つかずに残っている。シュニッツェルはリヒャルトおじさんも大好物なのだ、その邪魔をしたのだ、さぞかし怒っていることだろう。それでも口を開かずだまったままだ。無言の威圧感に恐怖心が増大し、ワタシは顔を伏せた、代わりに言葉を発したのは、フランシスカおばさんだった。
「エヒヒ。アムールは心配症ね。マギーなら大丈夫だと云ったじゃない。ザックス!」
数歩下がって食卓を見守っていたザックスは、名前を呼ばれて主人の元へ進んだ。
フランシスカが何事かをザックスに耳打ちすると、すぐに彼はダイニングを出て行った。一、二分後、再び姿を現したザックスは、ドアを開けたまま背後を振り返った。すると、
「ごめんなさい、ごめんなさい、共生できずに破滅へと向かってしまいました。すべては神のみぞ知ることなのでしょうね。大好きで混乱してしまいました。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と、泣きじゃくるマギーが立っていた。
「エヒヒ、エヒヒ、ね? 大丈夫だと云ったでしょ? 問題ないでしょ? マギーは心配ないのよ。エッヒャッヒャ」
リヒャルトはそこで視線を下ろし、フォークを手にし、肉を、モギャッと突き刺した。
ザックスはテーブルから距離を取って、セイヨウハコヤナギのように動きを止め、全体を俯瞰した。
フランシスカはボロボロとマッシュ・ポテトを口端から落とす。
マギーはダラダラと涙を流し、ティルはこういう状況に慣れたのか……もくもくとシュニッツェルを食べている。
ワタシは、日常が侵食されて行く感覚に陥り、自然と、膝が震えだしていた。
つづく




