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第五章 復活 その2

     2


 長方形の巨大テーブルのはしに、わたしとティルが並んで座り、ワタシの向かいにフランシスカおばさんが草食動物のようにクチャクチャ音を鳴らしながら口を動かしている。無駄だと知りながらも、ワタシは声をかけた。すべてを知るには今しかない。夜になるとリヒャルトの出現で沈黙がおとずれるからだ。

「フランシスカおばさん、ちょっと訊きたいことがあるの」

 彼女は歯をむき出しにして、ワタシの眼を覗き込んだ。その瞳も草食動物のごとく、後方も見渡せるかのように大きく見開かれている。ぞっとしながらもワタシは続けた。

「マギーの容体はどう?」

 返事のかわりに彼女は喉をごぎゅりとさせて再び視線を落とした。手を止めていたティルも食事を続ける。それでもワタシは食い下がった。

「マギーは部屋にまだいるんでしょ? 医者に来てもらったほうがいいんじゃないかしら」

「ぐっすり眠っているわ。冬眠に入った動物のようにね」視線はそのままだけど、やっと答えてくれた。このチャンスを逃すつもりはない。

「このまま医者は呼ばないつもりなの?」

「眠りからさめればマギーよ」

「ハンナも眠ったままなの?」

新緑(しんりょく)に出会ったトムソンガゼルのようにはしゃぎまわっているわ」

「え? ハンナは元気なの?」

「深い深い眠りについたらハンナよ」

 チャムチャムと口から漏れ出る音がやけに大きく鼓膜を振動させる。ティルの吐く息が耳たぶのすぐ下から響いてくる。太陽の光が屋敷を焼いている。風が屋敷を逃がさないように包む。虫たちが一匹一匹死んで行く。小鳥たちが死んだ虫を食べる。ドグン! ドグン! という唾を飲む音が爆発する。

「最後にもうひとついいかしら。フランシスカおばさんは、妖精の存在を信じる?」

 次の瞬間、時間の流れが加速した。

 フランシスカは眼の前にある白い大きなお皿を横に弾き飛ばした。鋭い音が響きわたる。椅子がバコンと倒され、フランシスカは跳躍しテーブルの上で四つん這いになった。ワタシの眼にはカエルのように映った。これっぽっちも、人間には見えなかった。

 ティルをかばうようにして後方に下がりワタシは、フランシスカおばさん! と叫んだ。

 彼女は首を縦にコクンと下げ、フヒヒ、と笑った。それからまた下げて、フヒヒ、また下げて、フヒヒ。

 フランシスカおばさん! ともう一度叫んだ。すると、彼女の眼の焦点がしっかりしたのがわかった。

「ハイ、ごちそうさまね。どうだったかしら? 久し振りに自分で料理を作ったのよ。ウィンナー・シュニッツェルはハンナの大好物でね、作りながらイロイロと過去のことを思いだしちゃったわ」

 フランシスカは四つん這いのままにっこりとほほ笑んだ。

「ええ、とても美味しかったわ」と答えると、フランシスカはコクンコクンと頭を上下させてヒキキキキと大声で笑い出した。

 ワタシはティルの手を引いて、静かにダイニングルームを後にした。


     ☆


 午後六時半。

 リヒャルトとザックスは、マギーの事件があったにもかかわらず、まるで何事もなかったかのように表情ひとつ変わっていなかった。フランシスカはというと、こちらもこちらでチチャチチャと音を立てながらご飯を食べている。

 ティルの教育のため、それから自分自身のために、世界を正常に戻さなければならない。今こそ、母親のチカラを手に入れなければならない。

 リヒャルトおじさんに、マギー・フランシスカ事件のことや妖精の存在を問いただそうと思い、勇気を振り絞って頭を彼に向けた。だけど、リヒャルトおじさんの血走った眼を見て、考えを取りやめた、いや……何も云えなかった。


つづく

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