第四章 運命
第四章 運命
カタリーナの母親は、娘に会わせないように、適当な言い訳を並べ立ててわたしたちを追い払おうとした。だけどわたしはのらりくらりと、それからエルンストは必死に説得を繰り返し、十五分を費やしてようやく中に入ることを許された。
中流階級の一般的な木造家屋で、入口のすぐそばに二階への階段がある。カタリーナは上にいるらしい。上へ行く前にカタリーナの母親を呼び止めた。
「カタリーナさんと会う前に、ぜひあなたのお話をお聞きしたいのですが」
わかりました、とわたしたちはリビングへ通された。
薔薇の香り――上質な紅茶の芳香、上品な甘さ、夜の匂い……。
リラックス効果があるのか、薔薇の香りをかいでいると興奮気味のわたしたちを幾分落ち着かせてくれた。
リビングを囲む色とりどりの薔薇たち。それは家屋中を踊り回り、いたるところに自分たちの痕跡を残していく。カタリーナや母親が外へ出ても、それらは衣服に残り、肌に残り、外へと運ばれるのだろう。甘く、優しく、切ない、薔薇の痕跡。
壁に掛けられた十字架からも香りが漂っていた。わたしは眼をつぶり十字を切る。
カタリーナの母親の名はシャルロッテと云い、四十ほどらしいのだがとてもそうは見えない。溶けたろうそくのように肌がたるんでいる。雪溶けし始めた雑草のような髪をしている。乾燥した柿のような口がモニュモニュと動いて、彼女はこう云った。
「娘はただの病気なのです。それをぜったいに忘れないでいただきたいのです」
「元からそのつもりでここへ来ました。心配しないでください」
「そうです、こちらのゴットフリート神父は私が一番信頼を寄せている方ですので、どうぞ警戒なさらず、安心してください」と、エルンストが付け加える。
そこでシャルロッテは無理に笑顔をつくってみせた。ろうが、デロリと動く。
「娘が初めて奇妙なことを口にしたのは、今から三週間ほど前のことでしょうか。夫と娘のふたりは街へお花の種を買いに行っていました。夕食を終え、宿泊先のホテルへ戻ろうとしていたそのとき、事故に遭ったのです。車に撥ねられ夫は即死、娘は、夫が無意識のうちに助けたのか、頭を少し打っただけで、無事でした。
葬儀が終わり、親類知人が帰ったあと、娘が夫にお別れの挨拶をして腰を上げたとき、振り返って私にこう云いました。
『お父さんが、フランツの元へ先に行ってるよ、と云ってどこか遠くへ行ってしまったわ。お母さんに伝えてくれって。なんのことかわかんないんだけど』
私はそれを聞いて身体の震えがとまりませんでした。何故ならば、フランツというのはカタリーナの兄で、彼女が生まれる一年前に病気で亡くなっていたのです。カタリーナに兄の存在を打ち明けたことはありません。写真の類も残していません。どこかで耳にしたのか、それとも本当に、夫が伝えたのか、私にはわかりません。カタリーナに訊ねたこともありません。今でも謎のままなのです」
ここでシャルロッテは体力を使い果たしたのか、シダレヤナギの葉のように全身の力が抜けた。
エルンストがわたしの顔をうっとりとした眼つきで見つめているので仕方なく次の言葉を云った。
「これも何かの縁でしょう。わかりました、カタリーナさんの《病状》を調べてみたいと思います。いろいろと準備もありますので、今日は帰りますが、ひと眼だけ、彼女に会っておきたいのですが、よろしいでしょうか?」
病状という言葉に安心したのか、シャルロッテは笑顔を浮かべて頷いた。何故か隣でエルンストも頷いている。
とんでもないことに巻き込まれてしまった、と、今さらながらわたしは後悔していた。
つづく




