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魔王様襲来

 ミツバチが花に引かれるように、リンゴが地面に引かれるように、男が女に、女が男に魅かれるように、ものにはそれぞれ、様々な何かを引きつける力があるとされる。零次は女を、清満は神を、俺は・・・そうだな、厄介ごとを、かな。いいこと悪いこと差はあるけども、皆何かを呼びよせているのだ。それは当然、勇者でもだ。

 前にも零次達と話したが、勇者がいるから世界がピンチになるのか、世界がピンチになるから勇者が生み出されるのか。そのどちらが正しいのかは分からないが、一つははっきりしていることがある。


 勇者は魔王を引きよせるということだ。


 勇者が冒険をする目的として、最後には倒さなければならない敵がいる。逆を言えば、敵は勇者に倒されなければならないのかもしれない。そうしなければ、世界の因果律は崩れ、あらゆるものが混沌に飲まれることになる。かは分からないが、なんとなーく、世の中の常識的な感じで、そうなってしまっているのである。

 まぁ、そんなこと普通に生活している分には気にすることもないし、ましてや考える意味もあまりないことだろう。つまり、時間の無駄である。そんなこと考えるなら、今夜の晩飯のメニューを考えたり、週末のデートのプランを考えた方がよっぽど有意義なのは間違いない。

 だが生憎、というか非常に残念ながら、どうやら俺は普通の生活を送っていたようではなかったみたいだ。だから、そんな本来別に大した意味のないことを、こうして考えなくてはならない。俺だって、出来ることならそんなことを考えないで一生を終えたかったが、いかんせんそうも言ってられない状況なのである。そりゃあ、目の前に魔王がいたら、誰だってそう考えるでしょうよ。


 そう、うっかりしていたことに、なんと、俺が無理やり部長を務めさせられている部には、それはそれは立派な勇者様がいたのだった。ええ、あまりに立派すぎて、全くそのことを感じさせないくらいの勇者がね。

 本人は勇者休業宣言を出し、「元」勇者であると主張していたが、それが当然に元の世界にまで通用するはずがなかったのだ。ましてや、こちらに来るようにしたあの仙人にすらまったく連絡をしていなかったのである。なのに向こうの世界でも、「諸事情により勇者はしばらくの間休ませていただきます。」ということには当然ならないのだ。

 勇者本人はそれでいいのかもしれない。こちらで、今までと違う生活を満喫しているのだから。

 しかし、あちらさんとしてはそうはいかない。色々と準備してきたこともあるだろうし、なにより、勇者が来なくては話にならない職業である。よって、結果として自ら勇者の方に赴く形をとるしかなかった。


 ということだが、どうだ?どうするつもりだこの状況を。え?ゼノンさんよ。

 魔王と対峙してからずいぶんと経った気がするが、ゼノンは一言も言葉を発していない。というより、今のところ魔王の、「会いたかったぞ、勇者よ」しか聞いていない。俺はと言えば、見た感じ既に俺の知っているもの以外である生き物を目の前にして、すぐに何か上手いこと言えるようには残念ながら人間が仕上がっていない。

 だが、さすがにずっとこのままというわけにはいくまい。しかし、俺には今の状況をどうにか出来る力はないし、それ以前に情報が何もない。唯一情報を持っているゼノンもフリーズしたままだし・・・とにかく、一旦情報を得なければどうしようもない。

 「た、タイム!」

 伝わるかも、認められるかもわからないが、俺は魔王に対してタイムを宣言し、ゼノンを引っ張って少し距離を取った。

 「おい、ゼノン。なんだあいつは?どっからどうみても、お前の世界の生き物だよな?」

 「あ、あれは魔王・・・魔王バルバンザビです。私が本来倒すべきだった相手です。」

 やはり魔王だったか。まぁあの姿形で、一般人とか言われたら、俺はお前の世界の感性に完全についていけなくなるところだったからな。そうか・・・やっぱり魔王だよな、安心安心・・・出来るわけはない。

 「なんでこんなところにその魔王がいるんだよ?!どういうことだよ?」

 俺が尋ねてもゼノンは何も言わず首を振るだけだった。どうやらゼノンも突然の出来事に戸惑っているようだった。

 「わかりません。そもそも、魔王の居場所はまだ特定されていなかったのに・・・」

 まぁストーリーを進めていくうちに魔王の居場所が特定されていくパターンが王道だからな。なのに、魔王の方から出向いてくれるなんて、なんて親切な設定なんだろうか。こんな状況じゃなければな。

 「おい、お前達、何をしている。」

 我々の様子に痺れを切らした魔王が、まるで地の底から響くような重い声でそう言ってきた。

 「あ、すみません。今行きます。・・・・・・とにかく、まずはなんでここにいるのかを聞きだすぞ。」 

 ゼノンは頷き、俺たちは魔王の前に戻る。俺は肘でゼノンを突く。

 「ま、魔王よ。なぜお前がここに?」

 「なぜここに、だと?」  

 魔王の表情がキッと鋭くなった。ような気がした。いかんせん人間の顔じゃないので、いまいちその変化に確証がもてない。

 「それは、貴様のせいだろうが!勇者よ!」

 「え?私のせい?」

 「ど、どういうことです?」

 俺が魔王に問うと、魔王はその禍々しい形の双肩をがっくしと落とした。

 「こいつがいつになっても来ないから、私は手持ちぶさたなんだよ。」

 「ちょ、ちょっとまってください・・・」

 おやおや、なんか様子が変わってきたぞ。なんだこの感じは。

 俺が戸惑っていると、遠くからなんか話声が聞こえてきた。さすがにこの状況を見られるのはまずい。ということで、俺は魔王を連れて場所を移動することにした。


 「で、なんでここに連れてくるんだ?」

 俺たちが結局向かったのは、ご存じ、ファン研の部室である。

 「仕方ないだろ?まさか他の奴らにこの姿を見られたらどんなことになるかわかったもんじゃないぞ。」

 連れていくなり、清満の文句が俺を襲う。だが、仕方ないことだ。逆の立場だったら俺だって散々文句を言っただろう。だがしかし、他に連れていける場所などないのだから仕方ない。

 「そんなのはゼノンに任せて、放っておけばいいんだよ。別に俺たちが別の世界の奴  の相手をしなきゃいけないなんて決まりは無いんだから。」

 「まぁそうだけど・・・」

 「す、すみません、ご迷惑をおかけします・・・」

 地を揺らす低音で、魔王が謝った。魔王のサイズに合う椅子が、生憎部室には無かったので、仕方なくパイプ椅子を三つ並べて座ってもらったのだが、狭いのに文句も言わず、大人しく座ってくれる姿は、とても好感が持てるものだった。

 「まぁまぁ、キヨ。下手に誰かに見つかって騒ぎになるよりはいいじゃん。何かあったらどうせまた僕たちの仕業にされるんだからさ。それだったら、先に自分たちでどうにかしちゃった方が楽だと思うよ。」

 俺は零次の言葉にうんうん頷いた。清満も、「まぁ、それもそうか」と納得してくれた。

 「でも、正直僕たちには関係のない話だからさ、とりあえず君たちで話進めてよ。一応僕たちも聞いてるからさ。それでいいよね?幸四郎、キヨ?」

 「ああ、そうだな。」

 「できるだけ手短にな。」

 ゼノンはぐだぐだと文句を言っていたが、俺たち三人が全スルーしていたら、渋々と言った様子で魔王に話しかけた。

 「あ、あの・・・私を探していたようですが、な、なにかご用で?」

 恐る恐る聞くゼノンに、魔王が答える。

 「なにかって、そりゃ決まっている。いつになったら我を倒しにくるのだ?」

 「え?いつになったらって、旅立ってからまだそんなに日数経ってないはずなんだけど・・・」

 「確かにそうかもしれないが、一向に世界を救う様子もないと情報が入って来ている。それどころか、ここ数日、その姿を見た者すらいないとでた。」

 「え?もしかして、それでここまで追ってきたわけ?」

 「そうだ。本来なら我は待っている立場なのだが、仕方なく情報を辿っていくと、あの森の仙人にぶつかったわけだ。それで、話を聞いてみたら、別の世界に行ったっきり帰ってくる様子はないときた。だから我は、もう自らお前の前に現れることにしたのだ。」

 「な、なるほど。でもなんでここまで追ってくる必要があった?別に、倒しに行かないことはあなたにとってもいいことじゃないですか?世界を好き勝手侵略出来るじゃないですか。ね?」

 というゼノンに、魔王は深いため息を返した。

 「あのな、お前、自分の立場考えてみろ。」

 「え?えーっと、クリムファクト学園に2年生・・・かな?」

 「違うわ。向こうの世界での立場はなんだったよ?」

 「向こうの話ですか。向こうだと、勇者やっていました。」

 「そう!お前は勇者だ。」

  答えるゼノンに、魔王は人差し指をビシッと突き付けた。

 「勇者の仕事はなんだ?」

 「平和な世界を守るため、ですか?」

 「そうだ。じゃあお前が依頼された内容はなんだ?」

 「魔王を倒し、世界の平和を取り戻すため。ですね。

 「そういうことだ。つまり、お前は我を倒すようにと言われている。なのに、お前は我を倒そうとする気合いもなく、別の世界でのうのうと生活しているのだ。依頼されてからにはちゃんとしてくれ。」

 「だから、さっきも言ったけど、別に私がどうでもいいと言っているのだから、そっちだって自由にしていればいいじゃん。私、こちらの世界で生活してみて気づいたが、余計な血が流れるのをみるのも、流すのも好きじゃないんだ。やっり平和が一番だよ。」

 「いや、平和が一番なのはわかりますけどもね、そうとは行かないんですよ。」

 魔王は本当に困っているようだった。しかし、世界を襲う魔王が、平和が一番と口にするのもおかしな話だな。

 「なんでさ?別に私たちが戦う必要はないでしょうに?」

 「そうはいかないんですよ。あなたの職業は?そう勇者。私は魔王。それだけで、もう戦わなくてはいけないんです。」

 そういう決まりなんですと、魔王は悲しげに語った。

 そこで俺は思わず口を挟む。どちらにも本当は戦う気がないのなら戦わないのが一番両者のためになるはずなのに、なんでそこまで魔王は勇者と戦わなくてはならないと強く言うのだろうか。いまいち納得がいかない。

 「それは、あれです。パン屋がパンを売らずにお金がもらえますか?殺し屋が人を殺さずに報酬を貰えますか?そういうことです。」

 わかったような、よくわからなかったような。つまり・・・

 「お前も、魔王をこなさなければ食っていけないということか?」

 魔王は頷いた。その姿もだいぶ見なれてきたせいか、幾分表情の変化も分かるようになってきた。魔王は心底困り果てた顔で言った。

 「私だって、こんな職についていなければ、むやみに戦いたくないですよ。」

 「魔王も職業なんだ・・・」

 「てか、魔王の仕事ってなんだよ?」

 清満が聞くと、魔王は丁寧に答えてくれた。

 「そうですね、まぁざっくり言ってしまうと、世界を征服することです。まぁ、正確には征服するフリをするだけですけど。」

 「フリだけ?」

 「ええ、最終的には勇者に倒されて、ようやく仕事が完了ですから。」

 「倒されるの前提で、世界征服なんて宣言するんだ。なんか、むなしいね。」

 「ええ、とんだピエロですよ。」

 魔王はしみじみと言った。

 「しかも、私が倒されない限り、下の者にも報酬は払われませんからね。」

 「下の者って言うと、魔王配下の幹部とか?」

 「幹部ももちろんのこと、その下の一般兵やらモンスターもそうですね。まぁ、ごく稀に墓地の近くなどでは名簿に載っている以外のモンスターなども出てくるそうで、一般兵たちが怖がってなかなかその辺りでの任務を受けてくれないんですよ。」

 「へぇー、全部が全部魔王の手下って言うわけじゃないんだね。でもさ、そういうのって魔王が自分で雇うの?」

 「いえ、私が雇い主ではありません。そういう派遣所みたいなのがありまして、魔王に依頼があるときにだいたいの予算を言われるので、その中で収まるように魔王が幹部何人、一般兵何人、モンスター何匹といった感じで申請すると、それにしたがって属性などバランスよく派遣してくれるんです。」

 「そっちの世界でも派遣業者が成り立っているのか。俺はてっきり、魔王が社長の会社みたいなもんかと思ってたんだが、ずいぶんちがうんだな。」

 俺もそういうものだと思っていた。それじゃあまるで立ち場的には中間管理職だな。

 「まさしくそうなんですよ。上からは派手にやれと言われれば、下からは街を襲うのは良心が痛むので勘弁してくださいと懇願され、下からもう少し治療設備を整えてくれと言われれば、上からはもう少し経費削減しろと言われる。もう板挟みですよ。」

 「た、大変だな・・・魔王も。」

 俺と零次、清満は三人そろって魔王に同情をした。まさか、あんなに堂々と世界中に征服を公言していた魔王が、そんな状況に置かれていたなんて、滑稽すぎるだろ。

 「じゃあ、こいつと戦って負けないと、お前はおろかお前の下に配属されている奴らの給料も払われないってことか。だから、お前は一向にくる気配のない勇者を、仕方なく自分から探しに来たってことだな。」

 「はい・・・」

 清満はそう言うと、ゼノンに向き直ってこう言った。

 「じゃあゼノン、とっとと戦ってやれよ。」

 「そうだね。君が戦ってあげないと多くの人、いや魔物の生活が大変なことになっちゃうんだから。」

 「え?そ、そう言われても・・・今の話を聞いたらなおさら戦いたくないですよ。」

 「馬鹿っ、話聞いてただろ?お前が倒さないと、こいつは大変なの。」

 清満がぐだぐだいうゼノンに怒る。でもまぁ、ゼノンの気持ちも分からなくはない。さっきの話を聞いている限り、魔王の苦労が手に取るように感じられ、そんな奴に戦意を持てと言われても難しい話である。

 「どうか、お願いします。ひと思いに、ばっさりやってくれればいいので。」

 魔王もゼノンに懇願した。自分から、敵に向かって切ってくれなんていうのは並みの覚悟では出来ないはずだ。それなのに、仕事上とはいえ対立するはずの相手に土下座なんていう屈辱的なことを、しかも人前でできるなんて、この魔王、(おとこ)である。

 ゼノンは魔王に土下座され、助けを求めるように俺たちを見た。

 「おい、ゼノン、魔王はここまでの覚悟でお前にお願いしてるんだ。受けてやるのが筋ってもんじゃないか。」

 俺はゼノンに言う。

 「そうだよ。第一、君がこっちに来てのんびりたらたらしていたのが原因なんだから、それくらいやってあげなきゃ。自分のまいた種だよ。」

 零次の言葉に、清満も頷く。俺たちはもう、すっかり魔王の味方である。

 「そ、そんなぁ。」

 それでも渋るゼノンに痺れを切らした清満は、部室の隅に置かれたゼノンの私物の山から、背中に背負っていた剣を取り出し、無理やりゼノンに持たせた。

 「ほら、ひと思いに振りおろしてやれよ。」

 「い、いやいや、そんな。」

 それでも首を横に振るゼノン。

 「お願いします。これで、みんな救われるんです。」

 魔王も、覚悟を決めた優しい顔でそう言った。

 「ほら、ゼノン。彼はもう覚悟を決めたんだ。君も覚悟を決めなよ。勇者としての最後の務めを果たさなきゃ。」

 「勇者としての・・・最後の務め・・・?」

 「そうだな。これをやれば、勇者の目的であった世界の平和を取り戻せる。そうすれば、もう堂々と勇者をやめることが出来るんじゃないか?」

 「だな。ちゃんと責務を果たしたわけだし、やめても文句言う奴なんかいないだろうな。」

 「う、そ、そうでしょうか・・・」

 ゼノンは少し考えるようにして、その後、ついに剣を振り上げた。

 「おおっー」

 「ありがとうございます。これで、皆救われます。」

 魔王が最後に、小さく礼を言った。

 「ゼ・ノ・ン!ゼ・ノ・ン!」

 俺たちは手拍子でゼノンの景気を付ける。

 「くっ・・・」

 ゼノンは覚悟を決めたのか、目を瞑り、そして、剣を振り下ろした。

 ガキーン

 「やっぱりできません!!」

 ゼノンの振り下ろした剣はまっすぐに魔王に向かわず斜めに逸れ、部室の床を傷つけただけだった。

 「私には、そんなことできないですよぉ!」

 ゼノンはその場にへたり込んだ。

 「ちっ、やっぱり使えねぇ勇者だな。」 

 「いやはや、まさかここまでのヘタレだとは。」

 「やっぱり、勇者はいらないんだな。実感したわ。」

 俺たちは容赦なくゼノンに罵声を浴びせた。すっかり魔王側になった俺たちは、魔王の覚悟をないがしろにしたゼノンにひどく呆れてしまった。魔王も、どこか残念そうな表情だった。

 「ていうかな、そういう土壇場で斬れないとか撃てないとかっていうシーンはな、本当は相手を斬ったり撃ったりする覚悟があって、その実力もあるんだけど、それよりも相手を思う気持ちが上回って傷つけられない、という奴がするから格好良くて感動的なシーンになるんだからな。お前みたいな真正のヘタレが同じことやってもただのヘタレとしか思われないからな、その辺よく理解した方がいいぞ、ヘタレ君。」

 清満が追い打ちをかける。ゼノンは肩をプルプルと震わせていた。

 「い、言わせておけばぁ!キヨさん、今日という今日はもう我慢の限度を超えましたよ!いつも人のことをヘタレヘタレって・・・」

 ゼノンが咆哮した。俺はてっきり不甲斐無さに泣いてでもいたのかと思ったが、どうやら震えていたのは怒っていたかららしい。

 「だって本当のことなんだもんなぁ?」

 しかし、清満は少しも動じることなく、俺たちに笑いながら同意を求める。

 「それでも言い過ぎなんですよ!私にだってプライドというものがあるんですからね。あまり私を舐めないでください。」

 「なら見せてみろよ。」

 清満の悪い癖だ。すぐ相手を挑発する。零次が苦笑いでこっちを見てくる。俺だって同じ顔だよこんちくしょう。魔王は状況がわかっておらず、ただ事の成り行きを見守っていた。

 「い、いいですよ。私の力を見せてあげます。」

 そう言うと、ゼノンは床に転がる剣を掴み、清満に向かって構えた。

 「え?お前・・・?ふんっ、残念だけど、俺には神がついてるからな。お前の攻撃なんてくらわねぇよ。」

 「神なんて、ついていないんですよ。それを今日気づかせてあげます。」

 「おいゼノン!」

 ゼノンの目は本気みたいだった。俺は声をかけるが、ゼノンの耳には届いていないようだった。じりじりと近づくにつれ、余裕をこいていた清満の顔にも、徐々に焦りの色が見えてきた。

 「お、おいおい、お前マジかよ?」

 「泣きつくなら今のうちですよ、キヨさん。あなたに神はついていません。」

 対してゼノンは余裕ある表情で清満を追い詰める。

 「くっ、くそっ!」

 ゼノンが後ずさる。足がぶつかり、机が倒れた。その拍子に机に載っていた俺の鞄が落ち、中身がぶちまけられた。

 「ちょ、俺の荷物・・・」

 「自分の言動を悔やんでくださいね。たぁぁぁ!」

 俺の言葉も届かず、ゼノンは剣を振り上げ踏み込んだ。

 「喰らえ!って、おうふっ・・・」

 手で頭を覆い、目を強く瞑っていた清満は、何も起こらないのを不思議に思い、ゆっくりと目を開け、その光景に驚いた。

 目を瞑っていた清満とは違い、俺たちはしっかりとその場面を目撃していた。何が起こったのかというと、剣を振り上げ清満に向かって踏み込んだゼノンは、さっき机が倒れた時に散らばった俺のノートに足を取られ後ろに転倒。剣は俺の鞄に突き刺さっていた。

 清満は立ち上がり状況を把握すると、俺のカバンごと剣を蹴飛ばし部室の隅に転がすと、ゼノンの顔もとで浮かれ躍った。

 「ざまぁざまぁ、だ―れが神はついていなんですって?いるんだよな。残念ながら。プッ・・・クククっ・・・ざまぁねぇなぁ、おい。」

 確かに清満には神がついているのだ。これまでも、幸運としか思えないような危機回避の場面を何回か見てきた。だから、神がついているのは認めるけど・・・いいかげん調子に乗り過ぎだ。

 「おい、清満。その辺にしておけ。」

 「そうだよキヨ。ちょっと悪ノリし過ぎ。」

 俺と零次が注意すると、清満は不機嫌そうに頷いた。

 「チッ、分かったよ。ほら・・・」

 清満がゼノンに手を差し出し、引っ張って起き上がらせる。

 「あ、ありがとうございます・・・」

 ゼノンは少々バツが悪そうに礼を言った。魔王は実際に血が流れなかったことに純粋にホッとしたらしい。なんて優しい魔王なんだこと。

 「よしっ、分かったよ。」

 椅子に腰かけた清満は何かを思い切ったようにそう叫んだ。

 「分かったって、何がだよ?」

 「そこのヘタレのせいで、魔王が困ってるって話だよ。」

 「おい、清満。」

 「はいはい。そこの休業中の勇者様のおかげで困ってる魔王たちを救う方法だよ。まぁ、方法って呼ぶほどのことでもないか。」

 「ほ、本当ですか?」

 魔王が清満に聞く。

 「それは、どんな方法だ?」

 俺が聞くと、清満は鼻を鳴らして言った。

 「もっと単純に、簡単に考えれば良かったんだよ。魔王も勇者もこっちの世界にいるんだ。何も本当に魔王を倒さなくても、別に誰にもばれないだろ。だったら、魔王は勇者に倒されたってことにしちゃえばいいだけだろ。」

 「倒したことにするって一体?」

 ゼノンが清満に尋ねる。横から零次が答える。

 「写真を合成するなり、最悪、魔王を討伐しました的な文書を書くってことじゃないの?どっちにしろ向こうの世界に人達には確認のしようがないもんね。」

 でしょ?と零次が振ると、清満は頷いた。

 「そういうことだ。事実をねつ造しちまえばいいんだよ。」

 「ねつ造って・・・あまりいい言い方ではないが、まぁそれが手っ取り早いだろうな。」

 俺は散らばった荷物を、穴のあいた鞄に集めながら同意する。勇者と魔王が出会ったことは俺達しか知らないわけだから、そこでそういうふうにしてしまえばいいだけの話なのだ。あとはそれを、向こう側に伝えればいいだけ。なんだ、思ったより簡単じゃないか。

 「そ、それじゃあ、私たちは何をすれば?」

 勇者と魔王が声をそろえて聞く。二人の目からは、僅かな希望を見つけたかのような必死さがうかがえた。

 「じゃあそうと決まればとっとと済ませちまうか。幸四郎、デジカメ持ってきて。」

 椅子にふんぞり返りながら俺に命令する清満。しかし、寛大な心を持つ俺は、文句の一つも言わずに棚からデジカメを取り出す。

 「どうする?外に撮りにいくか?さすがに室内じゃまずいだろ。」

 「馬鹿か幸四郎。お前は外にいて他の奴らに魔王の事ばれるのが嫌だったからここに連れてきたんだろうが。」

 「す、すみません・・・」

 「ここでいいよ。」

 そう言うと清満は立ち上がり、ゼノンと魔王に指示を出し始めた。

 「じゃあ、魔王はここにこう、仰向けで横たわって。そう。そしたらお前はここでこう構えろ。そうそう。オッケー。じゃあそのままにしててくれ。よし、幸四郎。撮れ。」

 「あいよ。じゃあいくぞ。」

 言われたとおりに俺はシャッターを切る。そして、デジカメを清満に渡す。清満はそれをパソコンに繋げデータを取り出すと、その画像を広げた。俺たちは後ろからモニターを見る。清満は、画像編集ソフトを立ち上げ、その中に今の画像を取り込む。そして、手なれた手つきでいなにやらいじくると、魔王の身体に血を流したり、勇者の格好を傷ついてる風に見せるため色を変えたりと、どんどん画像を加工していった。

 「うーん、やっぱりバックがこの部室だと雰囲気が出てないかもね。」

 「そうかもな。」

 零次がそう告げると、清満はウェブブラウザを開き、ネット上からいくつかそれっぽい風景写真を落とした。そして、それぞれをさっきのバックに合成していく。

 「おお、これなんか雰囲気出てるね。」

 三枚目の合成で、ようやくそれっぽい雰囲気が出ている写真が出来た。

 「これは、倒されていますね。」

 「これは、倒していますね。」

 魔王とゼノンもその写真を見て驚いていた。

 「これを送っておけば、なんとか納得してくれそうだな。」

 俺がそう言うと、二人は頷いた。

 「はい、これを見てもらえればきっと、納得してもらえるとおもいます。」

 ゼノンは目を輝かせてそう言った。

 「じゃあ、お前さんはどうするんだ?向こうに帰るんだろ?」

 清満は今の画像を印刷しながら魔王に言う。

 「そうですね。じゃあ、帰る時についでにその写真を持って行きますよ。」

 「それがいいな。じゃあゼノン、ちょっと手紙書け。倒しましたよっていう。」

 ゼノンは分かりましたといい、そそくさと手紙をしたためた。それと、さっきの手紙を一応アナ―セルに入れて魔王に渡す。

 「じゃあくれぐれも見つからないようにな。こっちでも、向こうでも。」

 俺は魔王に言う。せっかくいい写真が出来ても、向こうで誰かに見られてしまっては台無しである。

 「わかりました。では、皆さん本当にお世話になりました。」

 魔王は深々と頭を下げた。

 「おう。またな。」

 「じゃあね。」

 「気を付けてな。」

 俺たちはそれぞれ別れの言葉を告げる。そして、ゼノンはゆっくりと魔王と握手を交わした。

 「私のせいでとんだ迷惑をかけたみたいで申し訳ない。しかし、君みたいな魔王と血を流しあうことが無くて、本当に良かったと思っている。」

 「そうだな。我も同じだ。もしかして、我らは就く仕事を間違えたのかも知れないな。」

 「そうかも知れない。」

 「出来ることなら今度は違う立場で会いたいものだな。」

 「ああ」 

 「じゃあ、我は先に戻っている。いずれまた会おう。勇者よ。」

 そう言って魔王は窓から飛び立っていった。すっかり外も暗くなっているし、時間も時間で学校に残っている人も少ないだろうから、まぁばれることは無いだろう。

 「あー、疲れた―。」

 どっと疲れが押し寄せた。

 「そもそもお前が連れてくるのが悪いんだ。こっちは完全に巻き込まれただけだ。」

 そう言われてしまうと、俺は何も言い返せない。が、もしお前らが俺と同じ立場になったら、同じようにしたんじゃないか?・・・いや、しないか。こいつらなら何事もなかったかのようにスル―するか、もしくはその場で言いくるめて追い返すくらいのことはしそうだからな。俺も、そろそろそういうスキルを身につけた方がいいのかもしれない。これ以上面倒事に関わるのも、また、周りの奴らを巻き込むのも嫌だしな。気をつけよう。

 「でもさ、あの魔王はなかなかいい奴だったよね。」

 俺が反省と決意を新たにしていると、零次が漫画を開きながらそう言った。それを受け、清満も今日の事を振り返るように宙をみつめ、「そうだな」と頷いた。

 「なんか魔王の印象変わっちゃったよ。僕、今度からレベル限界まで上げて挑んで魔法も道具も使わずに通常攻撃だけで倒すのやめるわ。ちゃんと魔王としての威厳を保てるくらいに、ダメージ受けてから必殺技で倒すようにするよ。」

 「いや、零次。そこは逆だろ。あれだけの覚悟でいるんだから、最高レベルまで上げて完膚なきまでに通常攻撃で叩きのめすのが礼儀だろ。なぁ幸四郎?」

 知らん。そこは各々のプレイスタイルにお任せします。しかし、魔王の印象が変わったのは俺も同じだ。本当に、あいつは魔王には向いていないやつだったな。もし、今回のことが上手くいったならば、魔王なんかやめて別の道に進んでもらいたいものだ。

 俺は教室内を見渡す。そんな魔王を倒したということになったゼノンは、清満と一緒にコントローラーを握っていた。とりあえず、こいつに鞄を弁償させるとするか。

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