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姫様ご乱心

ゼノンが勇者休業宣言をしてから、一週間が経った。ゼノンは持ち前のコミュニケーション力を発揮し、すっかりとクラスに馴染んでいた。俺よりもクラスの奴らと話している。

学校生活にもすっかり慣れたようで、毎日通っているので食堂のおばちゃんともすっかり仲良しになっていた。


 しかし、部活の方は部員が一人増えたからといって、特に何かが変わるというわけもなく、毎日部室に律義に集まっては、ゲームしたり本読んだり勉強したり、たまにマリちゃんの仕事を手伝わされたり(というより脅しという名のお願いをされてだが)まぁ、今までと変わらずダラダラと時間を貪っていたわけだ。ゼノンはあの二人の影響を見事に受け、この一週間でゲームとアニメにかなり詳しくなっていた。よく三人で俺には全く聞き覚え

のない言葉で、何を言っているのかよくわからない会話を繰り広げている。完璧に悪い影響しか受けていない。

そして今も部室に向かう道中、俺の前で零次と昨晩のアニメについて熱く語り合っている。


 「紅君、ゼノンまた明日ね。バイバイ。あ、三上君も。」

 クラスメイトの女子達が、通りすがりにそう言って手を振ってきた。元々、ゼノンは学校は愛染信という名を使っていたわけだが、俺や零次がゼノン、ゼノンと呼んでいるので、周りの連中もそれをあだ名だと思ったらしく、結局皆ゼノンと呼ぶようになった。そして、所詮俺はおまけ扱いっていう。

 「あ、さようなら。」

 「バイバイ」

 ゼノンと零次はその女子達に手を振り返す。俺も申し訳程度に手を振る。が、当然見ていない。大丈夫、俺はその程度ではへこたれない。

女子達が去っていき、二人がアニメトークを再開しながら歩きだすと、校内放送を伝える音がスピーカーから流れた。

 「あ、アーアー・・・えー、2年D組三上幸四郎。2年D組三上幸四郎。至急生徒会室へ来なさい。繰り返す。2年D組三上幸四郎、至急生徒会室まで。以上。」

 会長の声だった。そして、聞き間違いだろうか?なんか俺の名前が呼ばれたような・・・

 「なぁ、なんか今俺の名前呼ばれなかった?」

 俺は前の二人に聞いた。

 「呼ばれたね。ばっちりと。」

 「はい。フルネームで呼ばれてました。」

 二人は揃ってそう言った。その目には同情の色が見て取れた。

 「俺、なんかしたっけ?」

 「さぁ?本人に心当たりないことを僕らがわかるわけないじゃないか。つべこべ考えるより、とっとと行った方が身のためだと思うけど。」

 それもそうだ。あの会長に呼び出されたわけだから、結局行かねばなるまい。俺は二人と別れ、生徒会室へと向かった。途中、売店に寄り、会長の好きそうなお菓子をいくつか調達した。



 「あの、三上ですけど。」

 生徒会室のドアをノックし、中に声をかける。

 「はい、お待ちしていました。こんにちは、三上君。」

 桜井さんがドアを開けて、迎え入れてくれた。

 「どうも、桜井さん。それで、あの、俺が呼ばれたのは・・・」

 「その件については会長の方から何かあるようです。こちらへどうぞ。」

 俺は案内されたとおりに会長の机の前に行く。

 「会長、来ましたけど?」

 「遅い!私が呼んだら10秒で来いと言ったはずよ。」

 また無駄に立派な椅子が回転して、それにすっぽり埋もれた会長が姿を見せた。

 「この馬鹿に広い校舎でそれは無理ですよ。ていうか、そんなの言われた覚えないですし。」

 「うるさい。私が言ったらそれは絶対なのだ。今後は気を付けるように。」

 「はいはい。で、なんですか?俺を呼んだ理由って。」

 「うん。あなた、この学校の敷地内の隅に古い井戸があるのは知ってる?」

 井戸?もしかして、清満が言ってたやつか?ゼノンの言う、異世界の門とかいう。」

 「あ、ああ、ええ。なんとなく。」

 「そう、なら話は早いわね。」

 「その井戸がどうかしたんですか?」

 「まぁ井戸というよりはその周りなんだけどね。最近、学校の隅ということもあってか、その周りにゴミを捨てる不届き者がいるらしいのよ。なんか、同じようなゴミが何個も何個も転がってるの。」

 「なるほど、そりゃイカンですな。」

 「そう、真にイカンのよ。だから掃除して頂戴。」

 「は?」

 「だから、あなた達でそれを片付けて欲しいの。」

 「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺たちが?」

 「だって暇でしょ?」

 「暇じゃないですよ。こっちだっていろいろと・・・」

 「あ、そう言えばこの前の件はどうなったのよ?まだ報告来てないんだけど?ああ、私があんなに頭を下げたのに・・・これって職務放棄よね?あなたは私の依頼を請け負った。なのにやらない。これは契約違反と捉えられても仕方ないわよね。」

 「い、いや・・・それについては色々ありまして・・・」

 「じゃあ、ペナルティとして、お願い聞いてちょうだい。」

 「なんでそう・・・わかりました。やればいいんでしょやれば。」

 俺が折れると、会長はフフンと勝ち誇ったように笑った。

 「始めからそう言えば良かったのよ。」

 「どうせ、俺がやるというまで返さないつもりだったんでしょ。」

 「正解」と会長は小さな手をパチパチと叩いた。

 「それで、結局あの件はどうなったのよ?」

 「ああ、あれは・・・」

 俺は会長に一通り説明した。もちろん嘘の内容だ。

 「なるほど・・・まさかあれが工藤先生の親戚とはね。それで転入の下見であんなことをしていたと・・・」

 「ええ、ホント困った血筋ですね。あの家は。」

 「まぁ、あれくらいの事ならやりそうね。先生の親戚なら。それにしても、似てないわよね。」

 「まぁ親戚っていっても近い遠いありますからね。」

 会長は俺の説明に納得してくれたようだ。マリちゃんの名前を使ったのが良かったのかもしれない。学校では俺ら以外に素を見せないマリちゃんだが、出会いの事もあり会長はマリちゃんの本当の顔を知る数少ない人物なのだ。なので、あの変質的な行いも、マリちゃんの親戚だったらやりかねないと思ってくれたのだろう。まぁ、実際にマリちゃんの親戚だったら普通にやりそうだけどな。

 「ああ、そうそう、これ」

 俺はお土産を持ってきたことを思い出し、売店で買ってきたお菓子の入った袋を会長に渡す。

 「わぁー、お菓子だ。わーい。」

 なんか、予想通りというか、むしろそれ以上に会長は喜んでくれた。売店のお菓子くらいでこんなに喜んでくれて、逆に申し訳なくなった。

 「って、どうしたのよ?突然。気味が悪いわね。」

 会長が訝しげな表情で俺を見る。

 「いや、なんもないですよ。ただ、いつもお世話になっているんで、たまには茶菓子の一つでも、と思いましてね。」

 「そう・・・ふーん。まぁいいわ。ありがとね。」

 会長はそう言うと早速一つお菓子を開けて、嬉しそうに食べ始めた。

 「いえいえ、喜んで貰えてよかったです。じゃあ、俺はこれで。」

 「うん。じゃ、さっきのことよろしくね。」

 会長はパクパクとお菓子を口に運んでいく。俺はそんな子供を横目で見て、桜井さんに会釈をして生徒会室を後にする。



 「というわけで、俺たちで片付けをすることになったから。」

 「○ね」

 「なるほどね、とりあえず土下座してくれる?」

 「すみませんが、今レベル上げで忙しいので。」

 部室に戻り、揃っているメンバーに会長からの依頼を伝えると、そう返ってきた。悲しい。

 「なんでそんなの請け負ってくるんだよ。」

 清満は怒り半分呆れ半分といった様子で俺に文句を言う。

 「別に幸四郎が個人でやる分には何でもやればいいけどさ。それに僕たちを巻き込むのはやめてもらいたいね。」

 「部長はこんな部の部長より、ゲームとかの主人公のが合ってるんじゃないですかね?ああいうのって厄介事を呼び集めるような人じゃないと務まりませんからね。」

 ゼノンにまで皮肉を言われてしまった・・・まぁ、確かに勝手に約束してきた俺も悪いかもしれないが、お前たちだって断れるのか?あの会長相手にと言いたい。

 「とにかく、約束してしまったものは仕方ないだろ。またやらなきゃ会長からない言われるかわかったもんじゃないぞ。」

 俺がそう言うと、零次は何か気にかかったようだった。

 「うーん、掃除とかはやりたくないし、幸四郎だけに任せればいいんだけど、場所がちょっと気になるんだよね。」

 おい、前半部分。俺に押し付ける気満々かよ。

 「気になるって何がだ?」

 清満が零次に尋ねる。

 「だって、そのなんかゴミが散らかってる場所の井戸って、ゼノンが言ってた異世界の門じゃなかったっけ?そんな場所がピンポイントで話題に上がるかな?なんか、ありそうな気がするんだよね。」

 確かに、俺も場所を聞いた時は一瞬あれ?って思った。

 「それはもう、確定だろうな。こいつ絡みだろ。」

 清満がゼノンを指さしながらそう断定した。

 「そうですね。そうかもしれません。もしかしたら、また門が開いたのかも。」

 ゼノンもその可能性を示唆した。が、誰ひとり動こうとしないのはなぜだ?

 「だろ?じゃあそれを確認しに行こうぜ。」

 「そうだな。よし、部長、任せた。」

 「はい、これ。」

 「は?」

 零次が携帯電話を俺に渡してきた。

 「テレビモードにしてあるから、それ持って行ってきてよ。清満の携帯越しに確認するから。」

 俺はそれを受け取り、無言で両手で掴むと、頭上高くに振り上げた。

 「うわっ、幸四郎。冗談冗談っ!ストップ!行く、ちゃんと行くから。」

 

 結局、俺たちは四人で学校隅の井戸へと向かった。ホントはあのままへし折ってやってもよかったのだが、零次が土下座して謝ってきたので今回は許すことにした。まぁ、実際あれ以上やった場合、俺の命が危険にさらされる可能性があったからな。学校中の女子達に命を狙われる学園生活なんて地獄以外の何物でもないだろう。

 それにしても、夕方ということもあるかもしれないが、井戸があるとされる林は薄暗く、異様な空気が漂っていた。こんなところ今まで来たことはないし、恐らく誰も来ようとは思わないだろう。

 「本当にこんなところに井戸なんかあるのか?」

 俺がそう漏らすと、前を行くゼノンが「こっちですよ」と手を招いた。俺と零次と清満は初めてここに来るので、井戸までの道がわからないので、一度来たことのあるゼノンが先頭を行って俺たちを案内することになった。一年以上通っている俺たちが、数週間しか登校していない奴に案内してもらうってのもどうかと思うがな。

 「見えてきました。あれです。」

 ゼノンがそう指さした方には、木々の間にぽつりと井戸が地面から突き出ていた。

 「なんか、ザ・井戸って感じの井戸だね。」

 「うちの境内にも井戸はあるが、それよりも雰囲気は抜群だな。何か出てきてもおかしくない。」

 二人がそう言うように、その井戸は不自然に存在感を振りまいていた。

 俺たちは徐々に井戸に近づいた。そうすると、井戸の周りに何かが散乱していた。

 「会長が言ってたゴミって、これのことか?」

 俺はそのうちの一つを拾った。

 「これは・・・ガチャポンのカプセル?」

 「だね。どう見ても。」

 零次も一つ手に取って眺めている。俺ももう一度手の上にあるカプセルを見る。半分は赤、半分は黒い色をした、どこからどう見てもガチャポンのカプセルだった。

 「でも、なんでこんなところにガチャポンのカプセルが落ちてるんだ?しかも、こんなにたくさん。」

 辺りを見回すと、井戸の周りにはざっと30個くらいそれが落ちていた。

 「でも、捨てたと言うよりかは、落としたとかばら撒かれたと言った方が状況的には合ってるかもね。」

 零次が言う。俺もそれに頷く。清満が一つを足で蹴飛ばしながら言う。

 「そうだな。でも、なんでわざわざこんなところに?てか、これ中入ってるのか?」

 一つ拾い上げ、それを耳元で振る。

 「なんか入ってそうか?」

 俺が尋ねると清満は首を横に振った。

 「いや、何も音しないな。でも、なんとなく重さは感じるんだけどな・・・」

 俺も同じように振って見るが、確かに音は聞こえなかった。

 「あの・・・皆さん。」

 ゼノンが恐る恐る手を上げた。

 「あの・・・これ、うちの世界のやつですわ・・・」

 ゼノンはそう言いながら苦笑いを浮かべていた。

 「え?お前の世界のって、どういうこと?」

 「これは、異世界と簡易的に連絡を取るための道具、アルゴートナルシオンカプセル。略して・・・」

 俺たちは息を飲んだ。

 「略して、アナ・・・」

 「「アナ?」」

 「アナーセルです。」

 俺たちは同時に止めていた息を吐いた。

 「よかったよ。その辺は分別が付いていて。」

 まったくだ。どんな言葉が出てくるかとヒヤヒヤしたぜ。

 「え?どうかしましたか?皆さん。」

 聞いてくるゼノンに零次が首を振る。

 「い、いや、何でもないよ。とにかく、これで連絡が取れるの?」

 「そうです。この中に手紙や物を入れて異世界の門にあるシューターに入れると、向こうの世界の異世界の門に着く、それで世界間で連絡が取れる。と仙人が言ってました。」

 「どうみてもガチャポンにしか見えないけどな。これがなぁ」

 俺たち三人が揃って訝しげにそのアナーセルを眺めた。そうしていると、突然、背後の井戸からパーンという破裂音がしたかと思うと、井戸の中から今まさにアナ―セルが飛び出してきた。

 「うおっ!?」

 俺は驚き、その行方を目で追う。井戸から飛び出たアナ―セルはコロコロとゼノンの足元に転がった。ゼノンはそれを拾い上げると、パカッとカプセルを開く。すると、中には折りたたまれた紙が入っていた。

 「なんだそれ?」

 「手紙見みたいですね。」

 ゼノンはそう言うとその紙を広げ、読み始める。

 「おい、なんて書いてあるんだ?」

 清満が横から覗き込んだ。

 「うわぁ・・・やってしまいました。」

 ゼノンが顔を歪めた。

 「どうしたっていうんだ?誰からの手紙だ?」

 「差出人は仙人ですね。内容的には、近況報告を求める内容と、あと・・・姫がご立腹だから注意しろと・・・」

 「姫がご立腹?なんで姫様がでてくるのさ?」

 零次が尋ねると、ゼノンは苦い顔をして説明した。

 「実は勇者に任命された時、姫様にもお会いする機会があったのですが、その時に喜ばしいことにというかなんというか、どうやら私のことを気にいってくれたらしく、それからたびたび連絡を取り合うようになったんです。それで、私が旅に出てからも街に着くたびに連絡していたのですが、こっちの世界に来ることになってから連絡をしていなかったんです。そしたら姫様は心配して行方を追ってくれたらしく、ついに伝説の仙人に辿りつき、私が異世界へ行ったことを知ったみたいです。で、仙人からアナーセルの事を聞いて連絡したのに、全く返事が無い、と・・・」

 「なんだよ、お前もそっち側の人間だったのか。裏切り者め。」

 話を聞くなり、清満がそう意味のわからない文句を吐き捨てた。それは放っておいて、

 「ということは、つまり・・・」

 俺は辺り一面に転がるアナ―セルを見て言う。

 「これ全部、姫さまからの手紙ってことか?」

 「中には仙人からのもあるかとは思いますが・・・おそらくほとんどは・・・」

 「あ、これは姫様からみたい。」

 零次が近くにあったアナ―セルを開け、中の手紙を読み始めた。

 「えっと、愛しの勇者様お元気でしょうか?世界のために異界の地へ向かったと聞きました。その勇気ある行動に未来のパートナーとして誇らしく思うとともに、少し心配でもあります。しかし、貴方様であればどのような場所でもしっかりと自分の責務を全うして、すぐに戻って来て魔王を倒してくれると信じています。寂しさのあまり、こうしてお手紙を書いてしまいました。忙しいとは思いますが、お返事をいただけたら幸いです。あなただけの姫より。だってさ。甘甘じゃん。」

 「未来のパートナーってなんすか。なった覚えは無いんですけど・・・」

 「まぁまぁ、でも怒ってる様子ないじゃん。」

 俺はそう言いながら足元にあったやつを拾って開けた。それにも姫からの手紙が入っていた。

 「なになに、私の勇者様、そちらの様子はいかがですか?返事も待たずまた手紙を送る不躾な行動をお許しください。あなたのことが心配で夜も眠れません。是非、返事をください。待っています。姫より。とのことです。」

 「こっちも姫からだぞ。異界の地にいる勇者へ。どうして返事をくれないのですが?忙しいとはいえ、一通くらい書いてもいいのではないでしょうか?まさか・・・浮気などはしていないでしょうね?もしそうなら・・・返事ください。仏の姫より。・・・お前疑われてるぞ。」

 清満は手紙を読み終え、心配そうにゼノンを見た。徐々に姫の怒りが上がっているのがわかる。おそらく、ここに転がるほとんどのアナ―セルの中に似たような内容の手紙がいくつも入っているのだろう。

 「お前、どうすんだよ?」

 「どうしましょうか・・・」

 すると、再び井戸の中から破裂音がして、アナ―セルが飛び出した。開けると、中身は姫からの手紙だった。

 〈なぜこうまで返事をくれないのか、その理由を200文字以内にまとめ至急報告せよ。怒りの業火を纏いし姫より〉

 それはもはや手紙というよりも、論述試験の問題だった。そして、姫の怒りはついに炎を発するレベルになったらしい。

 「これは・・・完全にキレてるね。」

 「ざまぁ」

 零次と清満が心配そうにゼノンを見る。いや、清満は喜んでいるか。 

 「ていうかお前、報告もいてなかったのかよ?一度報告くらいした方がいいんじゃないか?何も勇者休みますと言わないでも、今仲間になってもらうべく頑張っていますとでも書いておけば納得するだろうに。」

 「そ、そうですよね。そうします。」

 ゼノンはそう言うと、辺りを見回し、一番綺麗な紙を拾い上げた。

 「あの、どなたかペンを持ってないですか?」

 「あるわけないだろ?鞄も何も持ってないんだから。」

 清満が呆れたように言い、ゼノンもそうですよねと呟いた。

 「ほら。ペンならあるぞ。」

 俺は制服の胸ポケットに入れていたボールペンをゼノンに渡す。

 「って、持ってるのかよ!?」

 「ああ、いつ何があるか分からないからな。実際今、こうやって役にたったじゃねぇか。」

 「さすが幸四郎だね。無駄な部分では真面目で気がきくから。」 

 「それ、褒めてないよな。」

 「出来ました!」

 ゼノンは手紙を書き終えたようで、それを折りたたみアナ―セルに入れた。

 「で、それをどうするんだ?」

 「おそらく、こちらからだったらこの井戸に放り入れれば向こうに着くはずです。」

 そう言ってゼノンは井戸の中にアナ―セルを投げ入れた。これで本当に届くのかは分からないが、まぁとにかく返事を書いたことは確かだ。これで少しはゼノンも気が軽くなっただろう。

 「よし、じゃあ返事の件はオッケーとして、後は会長からの命令を済ませるか。」

 俺はそう言って、辺りに散らばるアナ―セルを持ってきたゴミ袋に拾い入れていく。

 「ゴミ袋まで・・・やっぱり、こう言う時は準備いいね、幸四郎。」

 「うるさい。とっととお前らも拾え。」

 そうして俺たちは周辺にあったアナ―セルを全て回収した。

 「あれ?お前なにやってんだ?」

 清満がそう尋ねた先では、ゼノンが辺りにあった板を集めて井戸に蓋をしていた。

 「これ以上あんな手紙が来ると厄介・・・もとい、学校に迷惑をかけてしまうので。こうして蓋をしておけば、今後散らかることもないでしょう。」

 そう言ってゼノンはせっせと蓋を敷き、上に重しの石まで載せると満足げに頷いた。

 「よし、これでいいでしょう。さぁ、暗くなってきたし戻りましょう。」

 ゼノンに背中を押され、俺たちは来た道を戻った。まぁ、確かに誰が来るとは限らないので、あんな井戸は塞いどいたほうがいだろう。また散らかると会長から命令が飛んできそうなので、俺としてもそっちのほうがありがたい。

 こうして、俺は会長からの依頼を果たし、ゼノンも返事を書いたことすっかり肩の荷が下りたつもりでいた。しかし、まだ俺たちの肩の上にはずっしりと荷物の山が出来ていたことに気づくのは、二日後のことだった。



 朝、いつものように登校すると、クラス中が一つの話題で盛りあがっていた。俺は近くにいた奴に、何があったのか尋ねた。すると、昨日の放課後、学校に幽霊が出たとのことだった。

「なんだそういう話か。夏にはまだ早いぞ。」

俺がそう言うと、そいつは「いいから聞けって」と続きを話した。どうやら、学校の敷地内で遊んでいた生徒が、学校の敷地内の隅にある林の中で、井戸から髪の長い女が這い出してくるのを見たらしい。

 「井戸から這い出してくる女ねぇ。怪談話の典型的なパターンじゃないか。」

 「お前、あんな部の部長やってるのによくそんなこと言えるな。もしかして怖いのか?」

 「違うわボケ。」

 俺はそう言い残し、自分の席へと向かう。

 「襲われても悲鳴あげるなよ。」

 そう笑うクラスメイトに、うるせぇと俺は笑い返す。


 そして放課後、いつものように零次とゼノンと一緒に部室に行くと、清満と遊びに来ていた琴音が何やら楽しげに話をしていた。

 「何の話で盛り上がってんだ?」

 「あ、幸ちゃん。遅かったね。」

 「やっと来たかお前たち。」

 「ホームルームがちょっと長引いちゃったからね。で、何の話をしてたの?」

 「ああ、お前たち知ってるか?なんか井戸から出てくる幽霊を見た奴ってのがいるらしいぞ。」

「その話か。僕もクラスの女の子から聞いたよ。」

「俺も聞いたな。髪の長い女の幽霊みたいだな。」

 「髪の長い女の幽霊って、なんかいかにもって感じだよね。ね?幸ちゃん?」

 「そうだな。それに季節的にまだちょっとフライング気味だしな。」

 俺は琴音の言葉に頷き、窓の外の緑が濃くなってきた木々の葉を見ながらそう言った。まだ梅雨前だというのに、出てくる幽霊なんてゾッとさせるよりイライラさせるものじゃないか。

 「でもさ、出てきた場所が井戸っていうのが、なんとも不気味な感じを与えるよね。特に僕らには、だって一昨日に行ったばかりなのに、その翌日に井戸で幽霊とか、嫌な予感しかしないよね。」

 零次は席に座りながらそう笑った。こいつが言うと冗談にならないから困る。

 「なになに?また幸ちゃん達が何かしたの?教えて、教えて」

 「いや、俺たちは何もしてない。」

 はずだ。

 「えー、なんかしたでしょ?っと・・・」

 そう俺に詰め寄る途中に、琴音の携帯が鳴りだした。

 「うわ、部長からだ。今日は急遽ミーティングやるんだって。」

 そう言って慌てたように琴音は出て言った。一体何のための登場だったのだろうか。

 「数少ない女キャラだからね、場面のむさくるしさを解消するための登場だよ。」

 「そしてこういう一見無意味なことが、後の伏線となってる場合もあるな。」

 零次と清満が相変わらず意味の分からないことを言っている。

 「でもまぁ、幽霊とかおばけって昼間には出ないですよね?なら私たちにはあまり関係のない話じゃないですか?」

 ゼノンが自分用のマグカップに、部室にあるポットからお茶を注ぎながらそう言った。

部室の片隅はすっかりゼノンの生活スペースになっており、ゼノンは部室の備品もすっかり使いこなしている。

 「そうだね。昼間に目の前に現れても別に驚かないかもね。幽霊より怖い格好してる人間だってうようよいるしね。でも、君はここに住んでいるわけだから、夜も学校にいるじゃん。トイレ行くときとか会うかもね。気を付けなよ。」

 「ハッ、そ、そうですね・・・ぶ、部長ーどうしましょ?」

 知らん。元勇者が幽霊くらいにビビってどうするんだよ。俺は軽くあしらいながら窓の外を見る。一瞬、白い影が通るのが見えたような気がしたが、所詮、気がしただけなので気にしないことにした。気がしたのに気にしないとはおかしな言い方だけどな。

 その後は、しばらくいつも通りの活動、すなわち、ダラダラと各々が好きなことをやって過ごしたわけだが、その日常が崩されたのは時刻が17時を回った頃だった。

 「あれ?いま誰かノックしなかった?」

 漫画を呼んでいた零次が不意に顔を上げ、辺りを見回しながらそう言った。

 「いや、俺は何も聞こえなかったけど?」

 俺は教科書から目を上げ、そう返す。

 「私もです。」

 「またそうやって俺たちをビビらせようとする作戦だろ?零次はいやらしいな。」

 ゼノンと清満もゲームを止めてそう言った。

 「いや、ホントに聞こえたんだけどな・・・」

 零次が不思議そうに首を傾げると、小さく「コンコン」という音が確かに聞こえた。

 「ね?聞こえたでしょ?」

 「あ、ああ、確かに聞こえたな。」

 俺は頷く。全員顔を見合わせると、いつものごとく俺に行けと目で促された。仕方なく俺は立ち上がり、ドアを開く。あれ?なんかこの流れデジャブなんだけど。

 そう思いつつも、俺はそーっとドアを開け、隙間から様子を伺った。垂れ流した金色の髪の間からこちらを見る赤い瞳と目が合った。

 「ギャ―――――」

 俺はドアを閉め、ダッシュで皆の元へ駆け寄る。

 「どうしたんだよ?女みたいに叫び声上げて。」

 「で、出た・・・」

 「何がだよ?」

 「幽霊」

 「は?幸四郎、お前周りに感化され過ぎだぞ。なんでうちの部に幽霊が来るんだよ。幽霊ならもっとトイレとか校庭とか、適している場所が山ほどあるだろうに。」

 「そうですよ部長。きっと、さっきの話を聞いててそれが頭に残ってたから、そんな風に見えたんじゃないですか?」

 「じゃ、じゃあお前ら見てこいよ。」

 俺がそう言うと、三人とも慌てたように互いを見合う。

 「さ、最初にノックに気づいた零次が行くべきなんじゃないですか?」

 「いや、相手が幽霊だったら、ここはキヨしかいないでしょ。なんてったって神主の息子なんだから。」

 「馬鹿野郎、神が相手ならまだしも、幽霊は神社の管轄じゃねぇんだよ。そっちは寺だ。よって、ここはモンスターに慣れているであろうお前が行け。」

 「なんで私が・・・いや、やっぱりこういうときは部長が。」

 「なんで俺を巻き込むんだよ。俺はさっき・・・」

 「いた・・・・・・」

 「なんだよ、何がいたっていうんだよ。」

 「見つけた・・・」

 「だから何を見つけたって・・・」

 俺は振り返りながらそう言った。そこには、白いドレスを着た金髪の女が立っていた。

 「う、うわぁ――――」

 俺たちは一斉に後ずさった。その女は一歩一歩ゆっくりと俺たちに迫ってくる。

 「見つけた・・・ようやく見つけたわ・・・」 

 「な、何をですか?こ、ここにはあんたが欲しいそうなものなんて何にもないですよ・・・」

 清満が声を震わせながら言う。しかし、女は足を止めることなく俺たちに迫ってくる。そして、ついに壁際に追い詰められた俺たちは覚悟を決めた。さっきから清満は手を合わせてお経を唱えている。お前が唱えるのは祝詞じゃねぇのかよ。俺たちに後が無くなったのを確認して女は足を止めニヤリと笑った。そして、跳びかかった。

 「見つけたわよ。勇者様。もう、逃がしはしませんわ。」

 「え?」

 女に馬乗りに抑えつけられ、ゼノンは恐怖のあまり目を強く閉じて抵抗していたが、その言葉を聞いてゆっくりと目を開いた。

 「お、お前は・・・リ―シェル姫!」

 「姫ぇ?」

 確かに、白いドレスに神々しくたなびく金髪、それに乗っかるティアラ、それによく見ると整った容姿。言われてみれば、姫と言われてもおかしくない。ということは、こいつが、あの手紙を送り続けてきた・・・

 「いやですわ勇者様、お前、だなんて。照れてしまいますわ。」

 「あ、いや、すみません姫。しかし、なぜ姫がここに?」

 ゼノンは馬乗りになられたまま、身動きの取れない状況でそう聞いた。それが、その状況で聞くにはとても危険な質問であることは、俺を含め周りの三人は気づいていた。あの、既に嫌がらせの域に入っていた怒涛の手紙攻撃、そしてその内容から考えるに、ここに来た目的なんて一つしかないだろうに。

 「なぜって・・・あなたに会いに来たのですわ。勇者様。」

 姫はそう言うとにっこりと笑みを浮かべた。俺はその笑顔に見覚えがあった。マリちゃんや琴音がたまに見せるのと同じ、それはそれは冷たい笑みだった。それを見た俺はそこから二、三歩距離を取った。清満はゼノンに向かって手を合わせている。

 部室内には緊張の糸が張りめぐらされていた。下手なことをすれば瞬時に切れるであろうその糸に、部屋の中の空気が重みを増して言った。

 「わ、私にですか?」

 「ええ、他に誰がいますの?こっちの世界には、私が会いに来たり手紙を送ったりする相手は、勇者様以外いませんわ。」

 手紙というキーワードを聞いて、ゼノンもようやく今置かれている状況を理解したらしい。途端に額から汗が流れ落ちた。

 「あら、勇者様、汗が凄いですわよ。拭いて差し上げますわ。」

 「い、いや、大丈夫。気にしないで。はは・・・」

 「どうしましたの?何をそんなに慌てていらっしゃいますの?」

 その優しい口調がさらにゼノンの身体を震え上がらせる。

 「まさか・・・(わたくし)が来ると何か困ることでもございますの?私に何か隠し事でもしているのではありませんよね?」

 「し、してないよ、何も。」

 もう声が震えてしまっている。

 「そうですか、では、なぜ私の手紙に返事を下さらなかったのですか?」

 「す、すみません。こっちにきて色々ありまして・・・」

 「色々あると言っても、手紙くらいしたためる時間はあったんじゃございませんの?」

 「いや、門に戻るということをしなかったので、手紙が来ていることも知らなかったのです。はい・・・」

 「定期的に報告をするように、あのご老人から言われなかったのですか?確か、連絡用のアナ―セルを渡しておいたとおっしゃっていましたけど。」

 ゼノンはハッと何か思い出した表情をした。どうやら、貰ったことを忘れていたらしい。

 俺たちは、自分たちに関係のないことを察すると、すでにいつもの席に戻ってこの状況を眺めていた。

 「あ、アナ―セルの事はついこの前思い出したばかりで・・・はは・・・それにまさか姫が手紙をくれているとは思わなかったもので。」

 「私が手紙を送るのは当然ですわ。だって、なにも連絡も無しに、まさか別の世界へ行っているなんて。心配するに決まっているでしょう。」

 まぁそりゃそうだろうな。自分の親しくしている人が突然別の世界に行くなんてことになったら心配の一つや二つはするだろう。

 「勇者様は、この世界に来てから私のことを思い出したりはしなかったのですか?会いたいとは思わなかったのですか?こんな、わけのわからない危険な世界に来て・・・」

 「いや申し訳ありません。しかし、この世界は危険な所ではありませんよ。色々と楽しいこともたくさん・・・」

 「たのしい?」

 姫の目の口角がさらに上がった。これは、どうやらゼノンは地雷を踏んでしまったようだ。

 「私が勇者様のことを想っている間、勇者様は私の事などこれっぽッちも考えずに、他の楽しいことにいそしんでいたと?」

 「え、いや、そういうわけじゃ・・・」

 「元々、この世界には私たちの世界を救うための仲間を探しにいらしたのではなかったの?なのに、それを放っておいて、自分は楽しいことをしていた、と?」

 「ちがっ、違います。」

 「何が違うんですの?楽しいことがたくさんで、向こうの世界のことなんて気にしている暇はなかったんじゃありませんの?それに、楽しこととは一体何です?まさか・・・女じゃありませんわよね?」

 「それは、それはちがっ、うっ」

 「私という者がいながら、別の世界だしどうせばれないと思ってのうのうと浮気をしていたということですわね?」

 姫はゼノンの首を胸倉を掴み、ギリギリと首元を締めあげていく。

 「・・・ち、ちがっ、ちがいま・・・す・・・」

 「何が違うんですの?ええ?はっきりとおっしゃいなさいよ。」

 「・・・が、はっ・・・」

 ゼノンが助けてくれと言いたげに俺を見てくる。仕方ない、そろそろ助けてやるか。

 俺は立ちあがり、姫の元へ行き声をかける。

 「あ、あの、姫様。彼はですね、別に浮気とか・・・」

 「うるさい。黙れ愚民。」

 ぐ、愚民・・・?

 「いや、その、彼はなにも・・・」

 「カスは口を閉じろ。帰ってカスらしく部屋の隅にでも溜まっておるがよい。」

 助けに行ったらボコボコにされてしまった。俺は返り討ちに遭い、弱々しく元の席に戻った。

 「なんだ幸四郎。部長の癖に情けねぇな。俺に任せとけ。」

 そう言って、清満が立ちあがった。先に言っておくが、任せとけと言う奴に、任せられることなどない。

 「おい、お前。もういいだろ?そろそろ離してやれ。」

 そう言いながら姫の肩に手をかける。しかし、その手は一瞬で払いのけられた。

 「無礼者。虫けらごときが余に触れるでない。」

 「む、虫けら・・・」

 「ゴミ虫はその辺をのたうち回っていればよい。」

 「ゴミ虫・・・のたうち・・・」

 フラフラになりながら、清満が戻ってきた。

 「駄目だ・・・奴は俺たちにとっては毒が強すぎる。」

 「だな・・・俺たちは相手もされないレベルだよ・・・」

 俺と清満は二人揃ってがっくしと肩を落とした。そして、清満が唯一未だ安全地帯で傍観している優男をそこから引っ張り出そうとする。

 「おい零次。次はお前の番だぞ。」

 「え?なんで僕まで行かなきゃいけないのさ?」

 俺も清満に加勢する。

 「俺やった、清満もやった。次はお前だろ。うちの部は一人だけ無事でいようとすることは許してないんだよ。」

 「いや、そもそも幸四郎達が勝手に助けに行っただけじゃないか。」

 「馬鹿野郎!」

 清満が零次に吠える。

 「まだ日が浅いとはいえ、ゼノンは同じ部の仲間じゃないか。仲間が助けを求めていたら、身を呈してでも救ってやるのが俺たちファンタジー研究部じゃないのかよ?!」

 「確かに彼は部員でもあり、クラスメイトでもあるけど・・・わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば。」

 そういって零次はようやく重い腰を上げた。俺は清満と目を合わせ、二人してニヤリと笑う。ふっ、お前も存分にその毒を受けてくるがいいさ。

 「あ、あの・・・そろそろ一旦手、離さないと彼死んじゃうよ?」

 「うるさいと何度言ったらわかりますの?何度も余に話しかけるおつもり?身分をわきまえなさい、身分・・・を・・・」

 そう怒りながら姫は振り返り、零次と顔を合わせた。

 「そうですよね、僕なんかが姫様に話しかけるなんて、大変なご無礼ですよね。失礼しました。」 

 「い、いえ、全然構わないわ・・・は、話しかけていただいて結構よ。」

 「そう?だったら、そろそろその彼を離してあげてほしいんだけど。」

 「あ、これはつい握りやすかったもので。お見苦しいところをお見せしましたわ。」

 姫は、「おほほほ」と上品に笑いながらゼノンの首元から手を話した。ゼノンはゴホゴホと咽返っている。おい、なんだこの反応の違いは。おかしいだろ。

 「どうもありがとう。でも、もうあまり乱暴なことはしないほうがいいよ。手の皮が厚くなっちゃうからね。」

 「はい。わかりましたわ。それで・・・あの、あなたのお名前は?」

 「え?僕?紅零次だけど?」

 「紅様。なんというすてきなお名前。」

 「え?そう?あ、ありがと。」

 零次が姫の相手をしている間に、ゼノンの元へ駆け寄る。

 「おい、大丈夫か?」

 「は、はい・・・ありがとうございます。」

 「それにしても、あれがあの手紙を送ってきた姫様なのか?」

 「はい。どっからどうみても姫様ですね。」

 「どうやら、噂になってた幽霊ってのはあれの事みたいだな。」

 清満が顎で姫を指しながら言う。ゼノンも頷く。

 「そうだと思います。こっちの世界に来たってことは、異世界の門であるあの井戸から出てきたってことですし。」

 「おい、お前がなんとかしろよな。」

 「えぇ?私がですか?」

 「それはそうだろう。お前の将来のパートナーなんだろ?責任とれよ。」

 「嫌ですよ。そもそもパートナーとかになった気はないですから。」

 「そうはいっても、俺たちはあいつのことを何も分かってないし、ここはお前がどうにかするしかないだろうが。お前もファン研の一員だろ?」

 「わ、わかりました。」

 ゼノンは恐る恐る零次と話をしている姫の元へ寄り、声をかけた。

 「あの姫?私を心配してくださったのは嬉しいのですが、何もご自分で来られ・・・」

 「うるさいわね。今紅様とお話しているのがわからないの?あなたみたいな、肩書だけで、ろくに怪物も倒せないような無能勇者()なんかに使う文字数はないの。わかったらせめて黙っててくれる?別にあなたに世界救えなんていう無茶なお願いなんかしないから、それくらいのお願いは聞いてちょうだい。」

 「は、はい。わかりました・・・」

ゼノンは見事なまでに返り討ちにあってきた。見てるこっちが「もうやめたげて」と言いたくなるほど、言葉の毒を浴びていた。

 「馬鹿、お前なにやってんだよ。逆にやられてるじゃねぇか。」

 清満が、ボロボロにされて帰ってくるゼノンにそう檄を飛ばす。

 「す、すみません。ですが、もう私にはどうしようもないですよ。」

 ゼノンは半泣きで謝る。確かに、あの相手にはもう、我々ではどうしようもなさそうだ。こうなったら、後はあちらの懐にいる奴に手を貸してもらうしかあるまい。

 俺は零次にアイコンタクトを送る。零次とは丁度対面になる位置にいるが、その間に姫がいるのでなかなか目を合わすことができない。姫が身体を動かす度に、長い金髪と無駄にフリフリなドレスが揺れてカーテンを作る。邪魔だ。ちょん切ってやりたい。

 俺が必死に顔を動かし、瞼をパチパチさせていると、ようやく零次が気づいてくれて、僅かな時間だがアイコンタクトをかわすことが出来た。一瞬だったとはいえ、そこはこうして同じ部活でやってきた仲間。俺の言わんとすることを理解してくれたようで、姫にばれないように零次は頷き、そして口を開いた。

 「あのさ、僕も君がこの世界に来た方法とか、色々聞きたいからさ。そこにいるクズ共もこっちに呼んで一緒に話していい?」

 そう零次は提案してくれた。だが、クズってなんだ?後で覚えとけよ。

 「うーん・・・紅様がそうおっしゃるのなら・・・」

 「ありがとう。おーい、幸四郎達、来ていいってさ。」

 零次が手招きする。俺たちはちょっとすんなり感謝することが出来なかったが、ここにいてもこれより話が進まないので、仕方ないので席に着く。

 「ど、どうも。」

 俺たちは申し訳程度にお辞儀をするが、その相手は零次のことしか眼中になく、俺たちのことは完璧スルーだった。おそらく、俺達から話を振っても無視されるだけだろうから、会話の流れは零次に任せることにする。実はこの状況に俺は少し喜びを感じている部分もある。いつも、何かあるたびに進行役や前に出る役にされる身としては、今日は零次がその役目を負ってくれるとなると、だいぶ肩の荷が下りた。

 零次が姫から色々と聞きだしてくれた。まとめると、ゼノンがこっちに来てから、いろんな手でその行方を追った姫は、仙人に経緯を聞き手紙を書くも、全部スル―され、ついに自分でこっちの世界に行くことを決意。仙人にはもちろん止められるが、なんとか説得して門を開けることに成功。で、こっちに来たのはいいけどそれからの行方が分からない。すると、校内で見覚えある顔の勇者らしき姿を発見し、そこから後を付けていたという。

「なるほどね。凄い行動力だ。」 

 これは敵にすると厄介なパターンであるということが確定した。が、今回はそれほど苦労することはなさそうだ。

 「じゃ、じゃあ、姫様はこいつ、ゼノンを連れ戻しに来たということで?」

 俺がそう言うと、姫は汚物を見るような目で俺を見た後、渋々口を開いた。

 「当初の目的はそうなりますわね。ですが、今となってはこんなヘタレ能なしのことなんてどうでもよいのです。」

 「へ、ヘタレ能なし・・・」

 「い、今となってはということは、じゃあ今の目的というのは?」

 「それは・・・」

 俺がそう聞くと、姫は照れたように身をよじらせながら頬を赤らめた。

 「紅様と・・・一緒になることです。やだっもう何を言わせるおつもりですこと。」

 「なるほどなるほど」

 正直、姫の目的はゼノンを連れ戻しに来たということで、それであればゼノンも引き取ってもらえて一石二鳥な解決方法だと思っていたのだが、まさかの目的変更。しかし、簡単なことには変わりなさそうだ。

 「よし、じゃあそういうことなら後は任せたぞ。零次。」

 「え?」

 「姫様がこうおっしゃっているんだから、お前が相手をして差し上げるのが当然だろう?」

 清満もそう零次を説得する。その顔はすっきりとした笑顔だった。今まで、こういう表情を向けられると心の底からイラッとしたものだが、こちら側に立って初めて気づいた。たしかに、自然に顔がほころんでしまうな。

 「ちょ、ちょっとちょっと、二人とも何言いだしてるのさ。」

 俺と清満は零次に首根っこを掴まれて窓際に連れていかれた。

 「いや、だって姫様のご指名だし。」 

 「それなのに俺らが相手をするわけにはいかないだろ?」

 「「なぁ?」」

 俺と清満は頷きあう。

 「なぁ、じゃないよ。僕は嫌だよ。」

 「え?だってお前、前々から姫キャラとかいいなぁ、って言ってたじゃん。」

 「キャラの話ね。あくまで二次元の。あれはもう実際に出てきちゃってるから。三次元には興味ないから。」

 「いやいや、そういうなよ。お前の希望が具現化して出てくれたんだぞ?」

 清満は優しく零次の肩に手をかける。

 「いや、誰も希望してないから。」

 「でも、姫ってことは金、だいぶ持ってるぞ?」

 「お金が全てじゃないよ!」

 「さすが、イケメンはかっこいいこと言うね。なぁ、幸四郎。」

 「いやはやまったくだな。やはり、そういうところが俺たちと違うんだな。やっぱりそういう人じゃないと、姫様の目には留まらないんだな。」

 「いや、だからさぁ・・・」

 零次は若干涙目になりつつある。

 「まぁ俺たちもさすがにお前に向こうの世界に行けとは行かないさ。ちゃんと策を考えるからそれまでの間、相手をしてやってくれってことだよ。」

 俺がそう言うと、零次はうーんと顔を渋らせる。

 「どうかなさいましたの?紅様。」

 「ほら、呼ばれてるぞ?」

 「うー、わかった。分かったから、ちゃんとどうするか考えてよね。」

 「あいあいさ。任せとけ。」

 俺と清満は揃って手を挙げた。



 「さ、ということで、零次には犠牲になってもらったわけだが、どうしようか?」

 俺と清満、ゼノンの三人は、静かになった部室で机を囲んだ。姫は零次にお願いして部室から連れ出してもらった。とりあえず時間稼ぎがてら校内を案内してくるらしい。零次には申し訳ないと少し思うが、何事にも犠牲はつきものなのだ。許してほしい。

 「うーん、どうしましょうかねぇ。おいゼノン、お前何かないのか?」

 清満がゼノンに聞く。

 「ヘタレ能なし・・・」

 「いつまでショック受けてるんだよ。元々お前だってやつに好意持ってたわけじゃないんだろ?ならいいじゃないか。」

 「そうですけど・・・さすがにあんな言い方は無いじゃないですか。」

 「事実だからしょうがないだろ。それよりどうするか考えろよ。元はと言えば、お前が勝手にこっちに来て、手紙も返さなかったのが原因だろ。お前が責任もって考えろよな。」

 「事実って・・・まぁ、元の原因は私かもしれないですけど・・・」

 「じゃあどうするか考えろよ。早く帰ってくれるようにお前が説得しろよ。」

 「私に説得なんて無理ですよ。さっき見たでしょう?あんな感じですよ。何言っても。絶対聞いてもらえませんよ。」

 ゼノンは諦めたように両手をあげた。まぁ、そうだろうな。あの調子じゃ、俺たちゴミカス、クズ虫、ヘタレ無能の言うことなんかに耳を貸してはくれないだろうな。

 「どうするよ、幸四郎。マリア様に見つかる前になんとかしないと、また部員が増えかねないぞ。」

 それは確かにそうだ。マリちゃんに見つかったら、またどんな面倒なことになるかわかったもんじゃない。ここは至急的かつ速やかに、そして隠密に事を済まさなければならない。

 「そうだな。しかし・・・今の俺たちは奴と同じテーブルに着いてもらうことすら困難・・・」

 その時、部室のドアが勢いよく開かれ、姫が飛び込んできた。

 「は、ハァハァ・・・」

 姫はドアを閉め、その場にへたり込むと、肩で大きく息をした。

 「あ、あの・・・どうかなさいましたか?」

 俺が恐る恐る尋ねると、姫は何かに怯えたような表情を向けた。

 「な、なんですのあの暴徒は・・・この学校にはなんであんな軍隊が組織されているのですか?」

 軍隊?そんなのうちの学校にあったか?

 「一体何があったんです?」

 「い、いきなり囲まれて、そのまま追われて・・・命からがらここまで逃げてきたんですの。」

 姫はその時は思い出したように、青ざめた顔で身体を震わせた。

 「追われた?一体誰に?」

 「そういえば・・・」

 清満が思い出したように言う。

 「零次は?」

 「あ、そう言えば・・・」

 「零次は一緒じゃないんですか?」

 「紅様は・・・」

 姫は悲しげに目を伏せた。

 まさか、零次の身に何か・・・って学校内でそれはないか。なんてったってこの学校には、あいつの親衛隊という名のファンクラブが・・・って、そうか、

 「もしかして、その追ってきた奴らって、全員女じゃなかったですか?」

 「え?ええ、そうですわ。全員女性でしたけど。」

 「左腕に赤い腕章付けていませんでした?」

 「そういえば、皆なにか真っ赤なものをつけていたような・・・」

 やはり、そういうことか。零次と二人で行動したとなれば、あれに目をつけられるのも当然か。そして、あれに目を付けられたとなれば、あの猛毒姫がここまで怯えるようになるのも仕方あるまい。

 「それが、どうかしましたの?」

 「あの、姫様。姫様を襲った奴らは、零次のファンクラブです。」

 「ファンクラブ?」

 「はい、親衛隊、近衛師団みたいなものです。」

 「なぜ、私はそれに襲われたのですか?」

 「紅親衛隊は零次の周りを監視していて、零次に変な女が近付かないようにしているのです。恐らく、零冶と二人きりでいたことと今まで見かけない顔ということもあり、姫様は奴らの排除の対象になっちゃたんですよ。」

 「え?排除って・・・?」 

 「つまり、零次から引き離すってことですよ。」

 「引き離すって・・・私が紅様と共にいられなくなるってことですの?」

 姫は「そんな馬鹿な」と目を見開いた。俺が口を開こうとすると、後ろから清満の声が飛んできた。

 「そうです。奴らは親衛隊以外の女が零次に近づくことを異様に嫌がります。そして、それを排除するための手段は選びません。噂では、奴らに逆らった女生徒が親衛隊と遭遇してから行方不明になったという話もあります。」

 「なんということ・・・では、私も行方不明になるということですの?」

 「まぁ、その可能性もありますね。」

 清満は淡々とそう告げ、薄い笑みを浮かべた。

 おや?清満の様子が変わった。姫に乱されたペースを取り戻したかのように、その顔にはいつものムカつく余裕が浮かんでいた。

 「そ、そんな・・・どうにかなさいよ!ねぇ!あなた達、ヘタレとはいえ勇者でしょ?」

 対して、姫は取り乱したように叫び散らした。言っておくが、俺たちは勇者でもない。ましてやヘタレでもない・・・と思う。

 部室内に響く金切り声にうんざりしながら、俺は清満とゼノンを見る。

 「おい、お前とりあえず大人しくさせろ。」

 清満がゼノンに顎で指示する。ゼノンが渋々頷き、発狂する姫の相手をする中、清満が俺に耳打ちした。

 「おい、なんとかなりそうだぞ。」

 「なんとかって、あの姫様のことか?」

 「ああ、そうだ。これは、案外早く事が済みそうだぜ。」

 そう言って清満は親指をグッと立てた。だが、実は俺もどうにかなりそうな方法が浮かんでいなかったことはない。恐らく、清満の案もそれに近いと思う。

 「それって、親衛隊を使うってことか?」

 「そうだ。なんだ、幸四郎も考えてたのか。」

 「まぁな。で、どうする?親衛隊にリークして追い返してもらうか?」

 俺がそう言うと清満はチッチッチと人差し指を振った。こういうしぐさは、やはり漫画やアニメの中でだからこそ映えるらしい。目の前で実際にやられると、その指を掴んで折ってやりたくなるような不快感しか受けない。

 「駄目だな、幸四郎。そんなんだからお前はモテないんだよ。」

 うるせぇ余計な御世話だ。そして、お前がそれを言うな。

 「いいか?それだとただ恐怖心を植え付けるだけだ。確かに、親衛隊に任せれば、恐らく向こうの世界に帰ってくれるだろう。だが、それだけだ。」

 「別に帰ってもらえればそれだけでいいだろ。」

 「まぁ、目的を果たすだけならそれでもいいだろうが、俺の案ではさらにもう一つ、得られるものがある。それは、あいつとのコネクションだ。ただ追い返すだけでは、あいつは我々、というかこちらの世界に悪い印象を持ったままになってしまうだろう。それは、この世界の代表としてあまりに不甲斐無いとは思わないか?しかも、相手はあっちの世界のお姫様だ。これはぜひ友好的な関係を築いておいた方が、後々役に立つかもしれないだろ?」

 そうか?俺としては早々と関係を遮断して、無関係な関係になりたいものだが。

 「馬鹿野郎。世界とか関係無しに敵より味方を増やしておいた方がいいに決まってるだろうが。」

 「まぁ、な。味方は多いにこしたことはないが、あれが味方になってくれるかね?それに、今は零次はいないんだぞ?俺たちだけじゃまた罵倒されるだけじゃ・・・」

 「そう。零次がいないこの状況だからこそ、出来ることがあるんだよ。」

 清満がお得意の悪い笑みを浮かべた。どうやら本調子を取り戻したようだった。俺は、この時点で悪い予感しかしていない。

 「お、おい、どうするつもりだ?」

 「まぁ、任せろ。幸四郎は上手く話を合わせてくれればいいから。」

 そういって清満は、抑えようとしたゼノンに馬乗りになってボコボコにしている姫の元へ行った。

 「姫様、私どもにいい考えがございます。」

 「なんじゃ虫けら。貴様に考えがあるだと?」

 ゼノンに振りかかろうとしていた右拳を止め、姫は清満の方へ顔を向けた。

 「はい。姫様が安全かつ、零次との仲を深めるアイデアでございます。」

 「よかろう。話してみよ。」 

 「はい。まず、姫様の安全を確保するためには、やはり元の世界に戻っていただくのが一番だと思います。姫様を追っている紅親衛隊は、地獄の果てまで追ってくると有名ですが、さすがに世界を跨ぐことはないと思われます。零次と結ばれるにも、その身がご無事であってのことなので、まずは元の世界、自らの地で安全を確保するのが優先事項かと思われます。な?幸四郎。」

 「は、はい、そうでございます。」

 突然の振りに、俺は慌てて頷く。それを見て、清満が続ける。

 「ですが、それでは零次と離ればなれになってしまうので、姫様としてはご不満でしょう。しかし、こちらの世界にはこんな言葉があります。遠く離れる距離が二人の愛を強くするの。遠く離れる時間が二人の絆を強くするの。アイラブユーソー。」

 「素敵な言葉ね。」

 「でも、おそらくそれだけでは納得していただけないでしょう。なので、姫様には一つ、役職に就いていただきます。」 

 「役職?」

 役職?俺は姫と同時に首を傾げた。

 「はい。もし、零次がそちらの世界に行った時、そちらの世界の女性が零次の毒牙にかかり、すっかり魅了された人々が、姫様から零次を奪おうとレジスタンスを起こすかもしれません。そうならないためにも、あらかじめそちらの世界にも紅零次ファンクラブを作っておいた方がよいと思います。そして、その会員ナンバー第1号兼、ファンクラブ会長を姫様に務めていただきたいのです。しかも、そのファンクラブは我々ファン研公認の公式ファンクラブ。つまり、零次公認のものというわけです。こちらの親衛隊は私設の非公式なものですので、規模は負けていてもランク的には上になります。」

 おいおい、そんなものにすんなり納得するはずがないだろ・・・

 「なるほど。よいアイデアですわね。」

 って納得しちゃったし。薄々感じていたが、もしかしてこいつもアホなんじゃないか?

 姫様と言えば、本当に清楚かつ上品、才色兼備なタイプか、もしくは見た目と育ちはいいはずなのになぜか中身が残念なタイプに分かれることが多いが、こいつは間違いなく後者のタイプだよな。なんか、色々と残念過ぎる。だが、俺は特に何もコメントはしない。俺としては早く帰ってくれればいいだけなのだ。たとえそれがどんな方法だとしてもだ。

 「はい、じゃあこれに記入してくれる?」

 清満は一枚の髪を姫に差し出す。なんだ?と思って見てみると、そこには『ファンクラブ入会申請書』と書いてあった。いつの間に準備したことやら。清満が出した紙を受け取ると、姫はさっさと記入すると清満に突き返した。

 「はい、書いたわよ。これでいいんですのよね?」

 「ありがとうございます。どこぞのヘタレと違い、理解が早くて助かります。」

 「へたれって・・・もしかひて・・・わだし・・・の事じゃ、ないですよね?」

 姫に乗っかられたままのゼノンが清満の言葉に反応して、僅かに言葉を発したが、俺は笑顔でそれに返した。大人しくさせるだけだったのに、ボコボコにされ、椅子にされ、しまいには理解力が無いとまで揶揄されるゼノンに、俺はすこしばかり同情した。だが、ヘタレということには俺も異議ないので、あえて言葉で返すような野暮なことはしなかった。

 「では、早速お帰り頂きたいのですが、準備はよろしいですか?」

 「ええ、そうと決まれば早く安全な場所に戻り、ファンクラブ会長としての責務を果たさなければなりませんものね。」

 ゼノンの言葉など聞こえてないかのように、二人は話を進めていく。ていうか、清満の言葉はただ丁寧に言っただけであって、意味としては「早く帰れ」と言ってるのと同じであるのに、よく姫が怒らないものだ。怒らせない状況に持ち込んだ清満が凄いのか。ただ姫がアホなだけなのかはしらないが、「早く帰れ」という言葉に「ええ」と了承したのだ。

 これで厄介者のお帰りは確定した。俺はホッと胸をなでおろす。

 


 その後、俺たちは姫の護衛として付き添い、異世界の門とされるあの井戸まで来た。心配していた親衛隊の姿は無く、特に何かが起きることもなくスムーズに着くことが出来た。ゼノンはまだ先ほどのダメージが残っているのか、フラフラなまま一番後ろを付いてきた。

 井戸の周りには木片が散らばっており、この前ゼノンが打ちつけた蓋は、何か強い力で打ち破かれたように穴が開いていた。この姫は、魔法を使えるのか、それとも特殊訓練でも受けていたのだろうか?結構頑丈にしてあった蓋が、こうも簡単に壊されるとは。俺はそれを見た瞬間、心底姫を怒らせなくて良かったと思った。 

 「では姫様、どうかご無事で。零次から何かありましたら、必ずお伝えいたします。」

 清満が姫にひざまずきながらそう言った。姫は満足げにそれに頷く。

 「うむ。それと、もうここにこんな蓋なんぞしてはなりませんよ?毎日必ず、わらわからの手紙が届いていないか確認すること。いいですわね?」

 「はっ」と返事をする清満。傍から見てるとすっかり家臣である。

 「そうだ姫様、これをお納めください。」 

 清満は懐から何か封筒のようなものを取り出し、姫に渡した。

 「なんですの?これは。」

 「ファンクラブ公式グッズ、第一号です。」

 姫は封筒を開け、中身を取り出す。見た感じ、どうやら写真のようだった。

 「こ、これは!」

 姫は両目をカッと見開き、驚愕の声を上げた。

 「紅零次、激レアプロマイドでございます。」

 俺は回り込み、姫の横から写真を覗く。

 「お、おまっ、これは!」

 その写真には、上半身裸で眠る零次の姿が写されていた。これは、零次の家に泊りに行った時に撮ったもので、家で寝るときはいつも下着しか身につけないという驚愕の事実を突き付けられた俺たちが、これを親衛隊に売ればかなり稼げるのでは?という浅はかな愚考から零次が眠りについた後に隠し撮った写真だ。しかし、撮ったはいいが、良心の呵責にさいなまれ、今まで表に出すことのなかったものだ。

 「別にいいだろ。あの写真一枚で平和になるんだったら安いもんだ。それにデータはまだちゃんと残ってるから安心しろ。」

 いや、そういう問題じゃないんだが。

 「零次にばれたらどうするんだよ?」

 「大丈夫だって。違う世界にいるわけだし、そうそうばれたりしねぇよ。それに写真にしたって、ずっと隠し保管されてるより使われたほうがよっぽど写されがいがあるってもんだろうが。」

 使うってなんだよ・・・

 「とにかく大丈夫。姫もあんなに喜んでくれてるし。」

 姫を見ると、それはもう、国の民衆の前では見せてはいけないような顔をしていた。かなりお気に召したみたいだった。あれだけ嬉しそうにされてしまっては、いまさらやっぱやめたとは言いづらい。下手したら俺もあの蓋みたいになりかねないし。

 「これは大変に良いものですわね。褒めてつかわせましょう。」

 「ありがとうございます。」

 清満は頭を下げる。俺もつられて下げた。

 「では、私は先ほどの暴徒に見つからないうちに帰ることにしますわ。」

 「そうですか。寂しいですが、姫様の身を考えると致し方ないこと。」

 しらじらしい奴め。

 「姫様、今踏み台を用意いたしますので。」

 というと、清満が俺を見てきた。

 「は?」

 「幸四郎、そこに四つん這いになれ。」

 「ほら早く。姫様が井戸に入るための踏み台がないだろ。だから代わりにお前がなってくれ。早く。」

 「なんで俺が?」

 「仕方ないだろ。ゼノンはさっきのでもうフラフラだし、近くに手ごろな物もない。じゃあお前がなるしかないだろうが。」

 「いや、清満がやれよ。」

 「それはだめだ。俺は最後までお見送りしなきゃならんからな。だから頼む。な?早くいつもの部室に戻るためだと思って、グッと飲みこんでくれ。」

 清満はそう言いながら俺の背中を押し、井戸の前でつき飛ばした。

 「お、おいやめっ・・・くっ・・・」

 俺は結局井戸の前で四つん這いにさせられた。

 「さぁ姫様。どうぞ。」

 「うむ」

 清満が手をとり、姫は俺の背中に足をかけた。

 「ぐはっ・・・」

 俺の背中に姫のヒールが突き刺さる。ある方面の方々からしてみればご褒美かもしれないが、生憎俺にはそういう趣味はないので、痛みしか感じない。早く行けよ。

 「あ、そうそう。大事なことを忘れていましたわ。」

 まさに井戸の淵に足をかけようとした姫は、何か思い出したように俺の背中の上で振り返った。

 「勇者アインゼノン。仙人より伝言がございます。」

 「仙人から?」

 「はい。何やら世界を覆う闇の力が増しているようです。今のところ街や民衆への被害はありませんが、魔王が動き出したのは間違いない。気を付けよ。とのことですわ。」

 「魔王が・・・」

 緊迫した雰囲気を醸し出しているなか申し訳ないが、長くなりそうなら一旦降りてはくれないか?新たな快感に目覚めてしまいそうなんだが・・・

 「まぁでも、私としてはあなたなんかにどうにかしてもらおうとは、もう思っていませんからね。あなたは気になさらなくてもかまいませんわ。」

 「え?」

 「久しぶりにあなたの姿を見ましたけど、ずいぶんと雰囲気が変わりましたね。」 

 「そ、そうですか?」

 「ええ、前は勇者として何かしなければという焦りに追われて逆に何も出来ない印象でしたが、今のあなたはのびのびとしているようで、本来のあなたらしさがうかがえます。あなたは、勇者なんかよりこういう生活の方が向いているのかも知れませんね。」

 「姫・・・」

 「まぁ、元からあなたに勇者なんて荷が重すぎたのよ。いい機会だから、自分が何に向いているのかもう一度考えなさいな。じゃあ、私は帰りますわ。ごきげんよう。皆の衆」

 その言葉と同時に、俺の背中が軽くなった。井戸の中からは、底にぶつかるような音などはしなかったため、どうやら無事、門をくぐって向こうの世界に帰ったようだった。

 俺は背中をさすりながら立ち上がる。

 「ふぅ、やっと帰ったか。」

 俺は息を大きく吐いて、膝と手のひらについた泥を払い落す。踏まれ続けていた背中は、まだジンジンと痛みが残っている。

 「でも、まぁなんだかんだ性根はいい奴かもしれないな。最初は本当にうざかったけど。」

 俺がそう言うと、ゼノンは頷いた。


 

 俺たちが部室に戻ると、そこには既に零次が戻って来ていた。

 「あれ?零次、戻ってたのか。」

 「ああ、うん。さっきね。それより、どこ行ってたの?あれ?彼女は?」

 「姫なら帰ったぞ。」

 清満がそう告げると、零次は、それはそれは長―い息を吐いた。

 「そっか。あぁ、疲れた―。」

 「なんか親衛隊に突然襲われたって言ってたけど、お前は何をしてたんだ?」

 「ああ、いきなり出てきてね、彼女を取り囲んだから、とりあえず部室に行くように逃がしたんだよ。そっか、無事逃げられたみたいで良かったよ。え?僕?僕はその後、どうしようかとフラフラしてたら、、マリア先生に捕まっちゃってね。仕事手伝わされてたんだよ。」

 なにやら、零次も色々と大変だったみたいだ。

 「そっかぁ、でもちゃんと帰ってくれてよかったよ。みんなに押し付けられた時は本当にどうなることかと思ったよ。やっぱりあれだね。女の子は二次元に限るよ。いやあ、ほんと実感したね、今回は。」

 そう言って笑う零次に、清満が不意に封筒を渡す。

 「え?なにこれ?」

 「姫からの置き手紙だ。まぁ読んでおけ。」

 清満がそう言うと、零次は封筒から便箋を取り出し広げる。静かに読んでいたかと思うと、急に便箋を放り投げてうなだれた。

 「なん・・・だよ・・・・・・なんだよこれ!」

 俺は床に落ちた便箋を拾い、読む。隣からゼノンも覗きこんできた。手紙にはこう書かれていた。


 〈拝啓 紅様

  紅様、急ではございますが、私はみなの助言通り、元の私の世界へ帰ることに致します。

  しかしこれは、私自身のためではなく、紅様と私の愛のためなのでございます。そこをご理解いただきたく思います。

  遠く離れた距離が二人の愛を強くする。この世界にはそんないい言葉があるとお聞きしました。素敵な言葉ですよね。私たちの愛は、違う世界という遠いどころではない距離を離れてのものとなりますが、その分、きっと愛も計り知れない強さを持つのではと私は思っております。

  また、紅様の公式ファンクラブ会員ナンバー1番として、ファンクラブ活動でも紅様を支えていきたいと強く決心いたしました。私たちを襲うという不届きを行った非公式の者どもとは異なり、公式らしく紅様のご迷惑にならぬよう、紅様の素晴らしさを広めていけたらと思います。

  急なことだったので、まだまだ書きたいことはございますが、取り急ぎ、このような形で済まさせていただきました。向こうに無事着いたら、すぐにお手紙を書きますので是非、お返事をお願いいたします。                        あなたのリ―シェル・プリングより〉


 失笑。そして、読んだ瞬間、零次への同情が湧いた。

 「なんだよこれ?公式ファンクラブってどういうこと?僕は何にもしらないんだけど?!」

 零次が叫ぶ。俺はあったことを一通り説明する。もちろん、姫に上げたプロマイドの話は飛ばしてだ。

「ちょっと・・・勘弁してよ・・・」

 話を聞き終えた零次は、本当に泣きそうになって机に体重を預けた。

 そうして、今回の御姫様来襲事件は幕を閉じた。しかし、俺たちはまだ気づいていなかった。俺たちが望む日常に、危機が迫っていることを。


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