勇者様エンカウント
小さい頃、俺はテレビの中で戦う正義の味方に憧れていた。ロボットに乗って宇宙人と戦うパイロットを目指した。そして、剣と魔法と大事な仲間とともに、世界を救う勇者になりたかった。だけど、多くの人はいつからか、そういうものにはなれないということに気付き始める。成長して、現実が見えてくることで、今の世界では正義のために鉄拳を振るえばそれが悪になり、人型の戦闘ロボットなんかまだしばらく出来上がりそうにない。そういうことを知っていくにつれて、皆それを目指そうとはしなくなる。それは、悪いことではなく、日々成長していく過程の中では当たり前のことなのだ。
当然、俺も今では正義を気取って戦うつもりは無いし、ロボットに乗って自ら死地に向かうような熱血漢に溢れているわけもない。日々平和に静かに穏やかに、暮らしていたいと思う、ただ普通の高校生になった。
だが、稀にそういった現実を受け入れない奴らもいる。そいつらは、中二病という、一度発症するとなかなか完治することが出来ない、しかも病院で診てもらうことすらできない厄介な病気にかかっている。らしい。
そう教えてくれたのは、俺の向かいの席に座り、イケメン爽やかフェイスでアニメ雑誌をパラパラとめくっている紅零次である。
そして、その例として挙げられたのが、俺の右隣で一生懸命に携帯ゲーム機を操作している新宮寺清満である。こいつは常日頃から「俺には神の力が宿っている。だから何人も俺を止めることはできない。」と事あるごとに言っており、周りから白い目で見られている。しかし、清満の場合、神主の息子であるということと、学年トップ3に入る学力を持っているからあながち間違いとは言い切れないのが難しいところである。
「ねぇ、さっきっから何を難しい顔してうんうん唸っているのさ?」
零次が顔を上げずに、呆れたような口調でそう言った。
「え?声出てた?」
「出てたも出てた。俺んちのじいさんかってくらい唸ってた。」
横から清満もそう言ってきた。相変わらず目と指先はゲームに集中していた。
「そうか、それは悪かった。」
「で、一体何をそんなに悩んでいたのさ?」
「いや、零次。幸四郎の場合、悩んでいたんじゃなくて妄想してただけだろ。」
「違うわ。それに悩んでいたわけでもないしな。ただちょっと振り返っていただけだ。」
「なにを?」
「旅の軌跡」
「え?」
「『レジェンドファンタジー3』。昨日やっとクリアした。」
「ああ、レジェファンかぁ。」
「遅っ!やっとかよ。持っていったの何カ月前だよ。俺なんか二日でクリアしたぞ。」
「二日間学校休んでまで、寝ずにゲーム出来るお前とは違うんだよ。」
「いや、俺からしてみれば逆に、なんで物語の途中でやめられるのかがわからん。冒険ていうのはそんなもんじゃないだろ?実際にはセーブポイントなんて無いんだぞ?やり直しなんかできないんだよ。一度その世界を救うと決めた以上、それを成し遂げるまで他の事なんかに構ってる暇はないだろ。幸四郎はすぐ横で苦しんでいる人達に、「ちょっと用事あるからそれ終わったら助けてやるから。」とかそんなむごいこと言えるのか?俺は言えないね。」
「いや、俺はゲームの話をしているのであって、実際の話をしているんじゃ・・・」
「馬っ鹿、幸四郎。何度言えば分ってくれるんだよ。確かにゲームは作られたものかもしれない。だけど、それをプレイしたらもう、それは現実になるんだよ。主人公はもうお前自身。お前が世界を救わないで、誰が世界を救うっていうんだ。そんな中途半端な覚悟だといつか死ぬぞ。」
「あ、ああ、だから、ゲームはあくまで娯楽・・・」
「まぁまぁまぁまぁ、でさ、幸四郎的評価はどうだった?面白かった?」
俺と清満の延々に終わりそうになかったやり取りを、零次が穏やかな口調で止めてくれ
た。まぁ、これはいつもの流れだ。清満はゲームのことになると熱くなるからな。という
より、部活中だけ饒舌になると言った方がいいか。普段、教室にいるときの清満は口数少
なくクールで大人しい印象を周りに与えているが、部活になって俺たちの前になると、や
けに感情表現が豊かになる。清満いわく、うるさい中でわざわざ声を張ってまで話すこと
など、体力の無駄使いにも程がある。とのことだが、いやなに、ただ単に人見知りなだけ
だ。特に女子相手だと顔すらもまともに見れないシャイボーイなのだ、彼は。
「評価ねぇ・・・ストーリ―、システム、グラフィックはまぁ王道RPGを謳っているだけあって、なかなかだったと思う。前作のいい部分が改悪されてなくてよかったってとこかな。ただ・・・」
「ただ?」
「勇者がくそ過ぎる。能力的にもキャラクター的にも。こいついなければもっと楽に進められたはずなのに、主人公だからパーティーから外せないし、言動もヘタレだし、存在価値が見出せなかったわ。」
「ああ・・・あれはね・・・」
「確かに、あれには俺もイラついたわ。自分自身の無能さに腹が立ったね。」
俺の評価に、零次と清満も頷いた。
「まぁ、レジェファンシリーズは勇者の扱いひどいからね。ていうか、そもそも最近のゲームで勇者っていう設定がまず少ないよね。」
「まず、よく考えると勇者っていうポジション自体が微妙だよな。戦士とか魔法使いとか、役割はっきりしてないし、能力的にもどっちつかずだしな。てか、言葉だけ聞いても何する人なのかわからんしな。戦士なら戦う人だってわかるし、魔法使いならそのまま魔法を使うんだなって分かる。踊り子だって、ああ踊り子さんなんだなって。」
「そうだな・・・辞書の勇者の欄には〈勇気のある人〉と書かれている。そうなると、一緒に魔王を倒しにいく戦士だって踊り子だって商人だって勇気があるわけで、つまり全員が勇者ということになるな。」
清満がいつの間にか辞書を広げて言葉を調べていた。その清満の説明を受け、俺はある
ことに気付いた。いや、気づいてしまった。
「ん?ということは、だ。皆が勇者である以上、能力的に普通の勇者は、その各々が秀でた能力と特徴を持つ勇者の中で自らの役割を見出せるのか?実は勇者っていらな・・・」
「「スト――ップ」」
「どした?二人とも。」
「幸四郎、それは思っていても、決して言ってはいけないセリフだよ。」
「やめろ。その言葉は多くの人の人生を否定することになる・・・」
なんか結構深刻な表情で二人に止められてしまった。どうやらそれは本当に言ってはい
けない言葉のようだ。
「す、スマン・・・」
俺はなんとなく二人に謝ると、鞄からレジェファンのソフトを取りだし、ゲームソフト
が並ぶ棚の前にいき、所定の場所にしまった。左隣はもちろん『レジェンドファンタジー
2』だ。
「でもまぁ、最近では「勇者」ってしないで、初期設定は「主人公」っていうだけのゲームが増えたよね。」
零次がいつも通りのにこやかフェイスに戻ると、再びアニメ雑誌を広げながらそう言っ
た。
「だな。まぁそれのほうが後々色々なバリエーション増やせるし、後々展開させるのに便利なんじゃないか?それに、「勇者」って言われるよりも、「主人公・ごく普通の高校生」とか書かれていた方が、すんなり感情移入出来る気がするしな。」
清満も再びゲーム画面に目を落としながら言った。俺も席に戻り、数学の参考書を広げ
る。すると、零次が退屈そうに伸びをした。
「それにしても、暇だねぇ。」
「暇で平和なのはいいことだよ。」
「一応部活中なのに暇っていうのもおかしな話だけどね。幸四郎はまた勉強?よくやるね。成績悪いわけじゃないのにさ。」
「どこかの誰かみたいに、ゲームしてトップ3に入れるほどいい頭は持ってないからな。暇な時くらい勉強しても罰は当たらんだろ。」
「俺には八百万の神がついてる、いや、憑いてるからな。ゲームしながらテストでいい点取るくらい簡単だ。」
「キヨ、いつも思うけどカンニングとかしてないよね?」
「当たり前だ。リアルな話、逆にあれくらいの内容全て覚えられない方が信じられないぞ。あんな公式よりも、モンスターの個体値とか属性値の算出方法のほうがよっぽどめんどくさいわ。零次だって、アニメキャラの経歴とか詳細設定覚えるなら、英語の単語くらい簡単に覚えられるだろうに。」
「うーん、それはただ好きな女の子のことを知りたいというごく普通の感情からくる記憶だからなぁ。別に英語とか覚えなくてもいいかなって思うと、全く頭に入ってこないんだよね。」
「お前ら・・・ずいぶんもったいない頭の使い方しているな・・・」
俺はそんな二人を、残念な反面ちょっと羨ましくも思った。この二人と出会って約半年
以上、そう感じたことはたびたびあった。
そもそも、この二人と仲良くなったのは、このファンタジー研究部に入部してからであ
る。俺が部長を務めるこのファンタジー研究部、略してファン研は、世にあるファンタジ
ーでドリーミングで、エキサイティングな事の研究を一応の目的としている。あらかじめ
言っておく。今のアホみたいな言葉は俺が言ったわけではない。この部の顧問であり、俺
たちを勧誘、というよりも引きずり込んだ全ての元凶である、工藤麻理亜先生、まぁ俺はマリちゃんと呼んでいるが、その人が言った言葉である。
去年の夏前、どこの部にも入らず、ただだらだらと高校生活を過ごしていた俺は、担任だったマリちゃんに新しく部活を作るから入ってくれと頼まれ、やや色々あって俺はそれを了承することになった。そして、同じく勧誘にあった他のクラスだった零次と清満と出会い、三人でこの部を立ち上げるこ
とになったのだ。ちなみにマリちゃんの強引な推薦で部長は俺に決まった。
で、マリちゃんの言うとおり部活申請書にはさっきのよくわからないふんわりとした活
動目的を書いたわけだが(あれでよく通ったものだと今でも驚いている)、実際に何をして
いるかと言えば、アニメを見たり漫画を読んだりゲームをしたり、まぁぶっちゃけ何もし
ていないに等しい。よそから見れば、ただのオタクの集まりだ。そのため、部室には漫画
とアニメのDVDやらゲームやらがかなり大量にある。これらは部費で購入したものだけ
でなく、マリちゃんの私物や零次と清満の私物も含まれている。
元々、零次は二次元美少女好きで、清満はかなりのゲーマーかつ中二病者ということも
あり、彼らはすんなりとこの部を受け入れられたみたいだが、それまでの生活であまりそ
ういうものに関心の無かった俺は、当然戸惑った。そんな戸惑っている俺に、マリちゃん
零次、清満は教育と称し、それぞれのお勧めアニメ、漫画、ゲームを全て堪能することを
命じられ、毎日部活中は観賞会を開かれ、帰ってからはゲームをやり続ける日々が続いた。
そのおかげで、俺もすっかりそういうものに抵抗が無くなり、今ではそれなりの知識も身
についてしまったのだ。あまり嬉しいことではないがな。
「そういえばさ、知ってる?」
零次が思い出したように、聞いてきた。
「なにを?」
「不審者の話。最近この学校に出没するっていう。」
「いや、知らないな。」
「ああ、あれだろ?変な格好した奴が、放課後突然現れて話しかけてくるってやつ。それで、無視したりすると襲いかかってくるんだろ?」
「そうそう、昨日も一年生が何人か遭遇したらしいよ。」
「え、なにそれ?怖っ。教師や警備員は一体なにをしてるんだよ。とっとと捕まえろよ。警察呼ぶとかさ。」
「それが、逃げ足がものすごく早いらしくて、なかなか捕まえられないんだって。」
「おいおい、ホントに人間なんだろうな?それ。」
「実際に遭遇した人の話によると、人間みたいだよ。で、今日聞いた話なんだけど、そろそろ生徒会がその犯人探しに動き出すって話だよ。」
「へー、マジか。そりゃご苦労なことだな。」
「あれ?幸四郎、あんまり興味ない感じ?」
「ああ、生徒会が動き出したんじゃ、すぐ解決するだろうさ。それに、そんな変な奴には関わりたくないな。絶対に厄介なことになるに決まっている。」
「まぁ・・・何も無くはないだろうね。」
「触らぬ神に祟りなし。ま、俺たちの生活には関係のないことだな。余計なことに首を突っ込むほど俺たちは愚かではないさ。な、幸四郎?」
「そうそう。そんなことより、俺は今非常に眠い。さすがに夜中ずっと並んでたからな。」
「ああ、マリア様のお遣いか。」
「そういや頼まれてたね、幸四郎。今日だったっけ?『エンパニ』BD‐BOXの予約開始。」
「ああ、アニマニアは今日の7時からだった。」
「で、ミッションはコンプリート出来たの?」
「なんとかな。昨日学校から帰ってレジェファンクリアして、それからすぐ並びに行ったからな。だいたい22時くらいか。それでも48番目。店舗特典付きの50個にはギリギリだったぜ・・・」
「そ、それはお疲れ様・・・てか、ゲームしてから並ぶって、なかなかハードな時間を過ごしたね。」
零次が苦笑いを浮かべながら俺をねぎらってくれた。俺も苦く口角を上げた。
「まぁな・・・失敗したらどうなることか・・・分かるだろ?」
「う、うん・・・幸四郎はよくやったよね。ね、キヨ?」
「正直、頼まれたのが俺じゃなくて良かったと心からホッとしてる。」
「薄情者め。」
清満は心の底から本当に良かったと思っているように、安堵の表情を浮かべていた。
「でも、その割には幸四郎。授業中はまったくそんな眠たそうにして無かったよね?」
1年の時は三人ともばらばらのクラスだったが、2年になってからは俺と零次は同じク
ラスになった。そのため、授業中の様子もモロばれなのだ。
「幸四郎はなんだかんだで真面目だからな。」
「そういうわけじゃないけどさ。」
清満の言葉を素直に受け取れない俺がいた。俺としては真面目にしているつもりはない
んだけどなぁ。
「ま、受けてる教育がいいんだろうね。」
「だな。」
「教育?」
零次と清満がお互い納得したように頷いた。だが、俺には意味がわからなかった。
「そ、幸四郎には立派な保護者がいるじゃん。」
「え?保護者って?うちの親は両親とも今海外だけど。」
「だから、その代わりの保護者がいるじゃん。」
「わけわからん。」
俺が零次の言葉に首を傾げていると、突然ドアをノックする音が聞こえ、ゆっくりと部
室のドアが開いた。
「やっほ、おっじゃましまーす。」
そう言って入ってきたのは、橘琴音。俺の幼馴染だ。
「おっと、噂をすればなんとやらだね。」
零次が面白そうにそう言った。
「え?何の話?教えて教えて。」
「いやね、今零次がなんだかんだ真面目なのは、橘さんの教育がいいおかげだっていう話をしていたところなんだよ。」
「ばっ、お前零次、そういうことだったのかよ。」
「えー、そうかなぁ。うふふ、そうかもねぇ。」
「そんなわけあるかよ。」
「いや、実際、幸四郎がそう規則正しく生活出来てるのは橘さんのおかげの部分があることは間違いないぞ。素直に感謝しとけ。」
まぁ確かに、両親と妹が海外にいることで家に一人の俺は、なんだかんだ琴音に世話に
なることはあるが、それの感謝をこうして人前で表せられるほど、生憎おれは素直じゃな
い。
「もういい。で、なんの用だよ、琴音。」
「別に用は無いよ。暇だったからこの前の漫画の続き読みに来たの。」
「お前、ここを漫喫か何かと勘違いしてるんじゃないか?ここは俺たちファン研の神聖な部室なんだけど。部員以外は遠慮してもらいたい。」
「あれ?このまえマリア先生から名誉部員の称号与えられてなかったっけ?橘さん」
「うん、そうよ。だから、別にいつ来てもいいのよ。工藤先生のお墨付きね。」
そ、そうだった―――そういや、琴音はマリちゃんにかなり気に入られており、ついに
先日、名誉部員の称号が与えられたんだった。・・・って、名誉部員てなんだよ。そんなの
いつのまに作られたんだよ。
「というわけで、早速続き続き。」
琴音はそう言うと、部室の片隅にある大きなビーズクッションに身体を預けた。そのビ
ーズクッションは琴音が持ってきたものであり、その周りにはお菓子が何種類も入った箱
や、小型の卓上加湿器など、琴音の私物が置かれていた。もうその一角は琴音の専用スペ
ースとなっている。琴音は、本当は新体操部に所属しているが、練習がない時や合間など、
フラっとやって来てはそのスペースでまったりとくつろいでいる。
まぁ、いつものことだし、零次と清満ともすっかりと打ち解けているので、別に来られ
て困るということはない。もう慣れてしまった。
クッションに埋もれながら本棚から取り出した漫画を読み始める琴音を見て、俺は一度
演技っぽくため息を吐くと、自分の席に戻った。
「あっ、そうそう、そう言えばさ。」
琴音が何かを思い出したように、俺の方を向いた。
「なんだ?」
「そう言えばさっき、例の不審者が捕まったらしいよ。」
「え?橘さん、それって変な格好してるやつのこと?」
「うんそうだよ。なんか生徒会の人達がバタバタしてたからちょっと話聞いてみたら、また下校しようとしてた生徒が絡まれたみたいで、それを見張っていた生徒会の人が捕まえたんだってさ。」
「へー、やっぱり生徒会は仕事が早いね。」
「だから言ったろ?すぐ解決するって。」
「それで橘さん、犯人はどんな奴だったの?」
清満が琴音に尋ねた。琴音は「えっとね」とそれに答える。
「実際には見れなかったんだよね。でも、なんか私たちと同じくらいの年齢みたいって話だったよ。」
「そうなんだ。同い年くらいってことは、他校の生徒か。まさか、うちの生徒ってことはないだろうからな。でも、他校の生徒だったらそれはそれで学校のセキュリティの問題が問われるな。どう思う?幸四郎。」
「んー、そうだな・・・」
「どうなの?幸ちゃん。」
「幸四郎・・・」
「まぁ・・・ぶっちゃけどうでもいい。」
「ですよね。」
「だよね。」
「もう、幸ちゃん。少しは色んなことに関心持ってよ。」
「どんな面白い奴がいようが、どんなに危ない奴がいようが、俺に関わりなければどうでもいいよ。俺のこの安定した毎日に干渉しなければ、誰がなにしようが構わないさ。」
「まぁ、それが俺たちファン研だよな。」
「うん、そうだね。平和が一番だしね。」
「まったくもう、あなた達は・・・」
呆れたように琴音はため息を吐いた。すると、
―――コンコンコン―――
再びドアがノックされた。こんな部室に用がある奇特な奴なんて滅多にいないので、当
然ドアがノックされることなんて、琴音以外あり得ないのだが、琴音が既にここにいる以
上、誰かこのファン研に用がある奴が来たということになる。
俺たちは瞬時に顔を見合わせた。零次と清満が顎で俺に行って来いと促す。俺は渋々立
ちあがり、部室のドアを開けた。そこには女子生徒が一人立っていた。
「あ、あの、何か御用でしょうか?」
俺が恐る恐る聞くと、女子生徒は申し訳なさそうに言った。
「あ、私、生徒会のものなんですが・・・」
そう言いながら彼女は左腕に着いた生徒会の腕章を見せた。なるほど、確かに生徒会の
人みたいだ。
「生徒会がこんな部活に何か?」
「あ、はい、あの・・・先ほど、本校の敷地内に出没していた不審者を捉えまして、で、その参考人として皆さんにお話を伺いたいので、生徒会室まで来て頂きたいのですが・・・」
「え、えっと・・・なんで俺たちが?」
全く意味がわからない。なぜ不審者捕まえたら俺たちが参考人として呼ばれなきゃなら
んのだ?俺は後ろを振り向くと、零次と清満も首を横に振っていた。
「あ、あの・・・詳しいことは来てから話すから、とりあえず連れて来いと会長が・・・」
女子生徒は本当に申し訳なさそうにそう言った。
「ああ、あの会長さんがね・・・」
「は、はい・・・あの、来ていただけますか?」
俺は再び後ろを向いた。二人とも「仕方ない」と言わんばかりに小さく一度頷いた。
「わかりました。行きます。」
俺がそう伝えると、女子生徒は深々と頭を下げた。
「よし、じゃあ行くぞ。」
俺は後ろの二人に声をかける。
「え?俺たちも行くの?」
「当然だろ。お前らもファン研なんだから。」
「代表して部長が行けよ。」
「じゃあ部長命令で全員行くぞ。はい決定。」
「まぁ、仕方ないよキヨ。三人で行こうか。」
そう言いながら、零次達は渋々立ちあがった。
「じゃあ行ってくる。琴音、部室頼むぞ。」
「はいはーい、行ってらっしゃい。」
のんきに手を振る琴音を置いて、俺たちは生徒会室へ向かった。
「まーったく、なんで俺たちが呼ばれるんだよ。」
「ホント不思議だよね。僕たちは遭遇したことすらないっていうのに。ねえ、キヨ。」
「ああ、うん。」
どうやら清満は部室から出たためか、人見知りモードに突入したようだった。そしてもう一つ、嫌なことが。さっきから、女子達の黄色い声が飛び交っている。零次に向けて。
何やら噂に聞いたところ、零次のファンクラブというものが存在するらしく、会員数はかなりの数いるらしい。で、零次と歩くとだいたい色々なところから女子達の視線と歓声を受ける羽目になるのだ。何が悲しくて、自分宛てではない歓声を聞かされなければならないのか。零次はイケメンながら社交性もあり、女子男子問わず人気がある。そりゃモテるのも仕方ないことだ。だが、残念ながら、零次は二次元の女の子にしか興味がないので、ファンクラブの方たちの思いが届くことはない。可哀想に。まぁ、普段から二次元美少女好きを公言しているのに、それでも好きになってくれるんだから、イケメンってのは得な生き物だな。
そんなこんなで、無駄に広い校舎内を俺たちはずらずらと列をなって、生徒会室を目指した。
「申し訳ありません。部活中にわざわざ・・・」
長い廊下を歩いていると、不意に前を歩いていた生徒会の女子生徒が俺に声をかけてきた。俺はまさか彼女が話しかけてくるとは思わなかったので、完全に気を抜いており、なんでいきなり謝るのか一瞬分からなかった。
「え?あ、ああ、いやいや別にあなたのせいじゃないよ。あの会長が呼んで来いって言ったんでしょ?なら、行くしかないでしょう。」
俺は半ばやけくそ気味でそう答えた。すると、女子生徒は恐る恐る尋ねてきた。
「あ、あの、会長とは、お知合いなんですか?」
「知り合い・・・まぁ、知らなくはない・・・かな。」
女子生徒は、なんでこんな色物集団が?と言いたそうな目で俺たちを見た。うん、まぁ
そう思うのも仕方ないだろうな。普通に生活していたら、俺たちみたいな冴えないもさえ
ない、教室の隅でひっそりと、かろうじで高校生をやっているような奴には縁のない人だ
もんな。
「あ、去年の年末にちょっとありまして・・・」
「そ、そうなんですか。まぁいいんですが。」
「ハハハ・・・」
女子生徒はまだ訝しげな表情を浮かべていたが、また前を向き直って歩きだした。俺は
ホッと胸をなでおろす。詳しく聞かれたらどうしようかと心配だった。絶対に誰にも話す
なと会長から念をおされているからな。その約束破ったら何されるかわかったもんじゃな
い。
そうこうして、ようやく俺たちは生徒会室の前まで来た。生徒会室には初めて来るが、
なんかもうすでにドアが他の教室と異彩を放っている。重々しい感じがする。そのドアを、
案内してきてくれた女子生徒がノックする。
「桜井です。ファンタジー研究部の方々をお連れしました。」
すると、ガチャリと鍵の外れる音がして、ゆっくりとドアが開かれた。俺たちは生徒会
室の中に足を踏み入れる。なんか、職員室に入るのとはまた違う緊張感が体に走る。
「御苦労さま。変な所に迎えに行かせちゃってごめんなさいね。」
桜井を労う言葉が、生徒会室の中でひときわ目立つ大きく立派な椅子の向こうから聞こ
えた。そして、椅子がくるりと回転し、金髪ツインテの小学生が姿を現した。こいつこそ
が、このクリスファルト学園生徒会会長の西宮千絵である。ものすごく小柄で一見小学生にしか見えないが、まぎれもなくこの学園の三年生で俺たちの先輩。ついでに、この学園
全体を管理する生徒会の会長様なのである。
「変な所ってうちの部室のことかよ?」
「よく来たわね、イケメン、インテリ、あと・・・変態。」
「おい、俺だけちょっとおかしくね?酷くないか?」
会長は俺たちを見まわして、そう言った。
「あら、だってあなた、私を無理やり人前で抱きかかえてあんなことして・・・変態以外の何だっていうのよ?」
「ば、馬鹿お前、そういう言い方は・・・」
周りの生徒会メンバーから冷たい視線が刺さる。
「・・・っく、で、俺らを呼び出した理由は?」
「あのね、あなた何を勘違いしているか分からないけど、私は三年なのよ。先輩にはそれなりの言葉使いってものがあるでしょうが。」
「・・・、あの、会長殿、我々を呼び出した理由はなんでしょうか?どうかお聞かせください。」
俺は溢れるいらつきをグッと飲みこんで頭を下げる。会長はそれをみてニヤリと満足そ
うに笑った。
「ぎこちないけどまぁいいわ。あなた達、最近学園内で発生していた不審者事件については知ってるわよね?」
「はい、まぁだいたいのことは。」
零次が答える。会長はそれを聞くと、「うん」と頷いた。
「率直に言うわ。あなた達、何か関わってるでしょ?」
「は?俺たちが?まさか、だって俺はさっき零次に教えてもらうまで全然知らなかったし。なあ?」
「こんな学園中が知ってることを知らないっていうのも、それはそれでどうかと思うけどね。」
「さっき、ついにその犯人を捕まえたわ。」
会長が椅子から立ち上がり、俺たちの前に出てきた。相変わらず身長は伸びていないみ
たいだ。
「それはよかったじゃないか。で、なんでそれが俺たちと関係あるんだよ。」
「で、そいつの口からファン研って言葉が出てきたのよ。それに見た目だってあなた達と関係あるとしか思えない感じだし。」
「おいおい、見た目で判断するのは良くないんじゃ、ないですか?」
「いいわ、実際に見てもらった方が早そうね。ちょっと連れて来て。」
会長がそう言うと、部屋の奥から生徒会メンバーが両手両足をロープで縛られ、口をガ
ムテープで塞がれた男を運んできた。
そいつの姿を見た瞬間、「ああ、これはうちと関係あると思っても仕方ないな」と納得し
てしまった。というよりも、うち以外と結びつけるほうが大変だろうと思った。零次と清
満もそう思ったらしく、二人とも俺と同じような表情を浮かべていた。
「こいつが、そうか。」
「そう。こいつが犯人。どう?分かってくれた?」
その男は、鎧に兜、背中に剣、腕には盾と、さながらゲームに出てくる勇者のような格
好をしていた。うん、これは誰がどう見ても、真っ先にうちの部を思い浮かべるよな。マ
リちゃんにしょっちゅうこういう格好させられてるしなぁ。主に零次が。
「まぁ、これはそう思われても仕方ない・・・な。」
「仕方ないじゃないでしょ。あなた達の知り合いなんでしょうが。」
「いやいや、俺たちはこんな変な奴とは一切知り合いじゃないですよ。なぁ?」
後ろの零次と清満が頷く。
「でも、ファン研を探してるって言ってたわよ。ちょっと口、剥がしていいわよ。」
会長の言葉を受け、生徒会の一人が横たわる男の口を塞いでいたガムテープを剥がした。
「プハッ・・・ハァハァハァハァ・・・・」
「ちょっとあんた、さっきファン研を探してるって言ってたわよね?」
会長が男に聞く、男はコクコクと頷いて口を開いた。
「は、はい。私はファンケンに会うためにやってきました。」
会長が「ほらね」と言いたげに俺を見てくる。
「どう?この格好にファン研という言葉。どう考えてもあなた達の関係者でしょうが?」
「いや、待て、今そいつ、俺たちに会うために来たって言ってたよな。つまり、まだ俺たちとは何も関係ないんだって。」
「はぁ・・・やっぱり認めてくれないか。まぁそうよね、そりゃ関係ないのに関係ありますとは言わないわよね。さすがに。」
「え?あれ?なんかやけに物分かりいいですね。」
「ああ、うん。だってこっちだって元からあんた達が関わっているとは思っていなかったからね。学校中に顔が割れているあんた達が校内でこんなことしようと思わないでしょうし。だから、あわよくば万が一の可能性で認めてくれたら楽だなぁと思って、試してみたのよ。」
え?えーと、つまり・・・
「は、はめやがったな!」
「はめてないわよ!もしかしたらな、って思っただけよ。冗談よ冗談。からかっただけよ。それに、引っかからなかったんだからいいでしょ。」
俺と会長は周りを置いておいてにらみ合う。プく―っとむくれる会長の顔がみるみる赤
くなっていくのがわかる。目じりも心なしか潤いが増してきたような気がする。
「ま、まあ、冗談なら、いいか。」
折れた。いや、そりゃ折れざるを得ないだろ。
「わ、分かってくれたならいいわ。悪かったわね、からかったりして。」
会長がプイッと背中を向けた。さりげなく手で目をこすったのが見えた。
「で、まさかその冗談のために俺たちを呼んだんじゃ・・・ないですよね?」
「う、うん、それはもちろん。本当の要件は別にあるわ。」
「じゃあ、その要件ってなんですか?」
「えっとね・・・」
会長はコホンと一度咳払いをして言った。
「彼を引き取って頂戴。そして、なんであんなことしたのか聞きだして、報告して欲しいの。」
「お断りします。」
若干被せ気味に言った。それはもう、フライング気味に言葉が飛び出た。
「ちょっと、せめて理由くらい聞いてよ。」
「じゃあ聞きましょう。なんで、我々なんです?」
「ほら、やっぱり同じような趣味を持った人同士の方が、話が通じるじゃない?それに、正直私たちじゃ手におえないのよ。というよりも言ってることがいまいち理解できなくて・・・あなた達なら分かるんじゃないかと思って。」
「嫌ですよ。うちだってこんな意味の分からない奴に関わりたくないですもん。なぁ?」
後ろに同意を求めると、二人は即座に頭を縦に振った。
「それだったら、とっとと警察にお願いした方が早くないですか?不法侵入くらいにはなるでしょうに。」
「警察に頼むまで大げさにしたくないのよ。出来るだけ静かに事を付けたいの。だから、そいつの目的がはっきりしても、よほどのことじゃない限りどうこうするつもりはないわ。ね?引きうけてくれる?」
「それならもう、いっそのこと開放しちゃえばいいんじゃないですか?もう二度としないって約束させて、帰しちゃえばいいでしょう?」
「そういうわけにもいかないのよ。色々とね。ね?お願い」
会長は顔の前で手のひらを合わせた。
「はぁ・・・てか、そもそもこいつは何なんですか?こんな格好してますけど。見た感じ俺たちと同じくらいの年齢ですよね。どこかの学校の生徒だったらそこに連絡して引き取りに来てもらいましょうよ。」
「だから、それが聞き出せないのよ。何聞いてもへんてこなことしか言わないし。挙句に自分は勇者だって言いだして。」
会長が困ったような目で、手足を縛られ横たわる男を見下ろす。男はその視線に気づき、
口を開く。
「そうです。私は勇者です。世界を救う、勇者なんですよ。」
「・・・」
俺は会長を見る。会長は「ほらね」と苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、うちの部にも自称『神の遣い』はいますけどね。」
もちろん、清満の事だ。
「幸四郎、違う。俺は春休みの修行で、新たな境地へとたどり着いた。そう、俺は神を従えし者、『神遣い(ゴッドマスター)』だ。」
なるほど、そりゃすごいな。凄いからちょっと黙っていてくれ、友よ。
「・・・ね?」
「お、同じレベルね・・・」
会長と俺は苦い笑みをかわした。
「い、いや、私は自称とかそんなんじゃないですって、ちゃんと選ばれて、国王に任命された勇者なんですよ。世界を征服しようとする魔王を倒すという立派な任務も受けているのです。そのために私は、異世界の門をくぐり、この世界にやってきたのですから。」
横たわる男は焦ったように急に体を動かしながらそう言いだした。それはもう、見事な
までに、陸に上げられた魚のようにピクピクと跳ねまわった。
・・・アチャー、こいつ、相当キテるっぽいわ。
俺はもう、隠すことなく白い目でそいつを見下ろした。会長も、生徒会メンバーも、零
次も清満も、皆同じような目で見ていた。いや、清満、お前はこいつと同じようなものだ
からな。
会長は深くため息をつき、俺に近づいて言った。
「で、引き受けてくれる?ほら、勇者とかって興味湧いたでしょ?研究したいと思ったでしょ?あなた達の部活は何だっけ?こういうの、好きでしょ?ものすごいファンタジーじゃない。ね?ほら、こういうの受け入れないで、一体何する部活なのよ。ほら、さっさと引きうけなさいよ。ほら、お願いしてるんだから。」
「あ、あの・・・それはお願いというより、脅しなんですけど・・・」
傍から見たら今のこの状況、美少女にくっつかれてお願いされるという夢のある羨ましい光景に見えるかもしれない。だがそれは間違いだ。今、俺の全身からは冷や汗が吹き出ている。近づいてきた会長の右足は、しっかりと俺の右足と左足の間、つまり股の間にポジショニングされており、会長は俺の表情を伺いながら動かす素振りを見せる。会長の顔を見ると、その表情は不敵に笑っていた。つまり、「お前の返答次第ではいつでも打ちぬけるぞ。」と言っているようなものである。俺はこの会長の右足が振り上がる場面を目の前で見せられており、その時の映像が脳裏を駆けまわり、恐怖で冷や汗が止まらない。俺たちはこの技を『ジャッジメント・スタンス』と呼んでおり、この『ジャッジメント・スタンス』が発動された時、男たちは会長の言葉に首を縦にしか振れなくなるという。
俺はすがる思いで零次達のほうを見た。顔背けてやがった、二人とも。こいつら・・・もう俺を犠牲にする気満々じゃねぇか・・・くそっ・・・
「あ、あの、会長?」
俺は精一杯の笑顔と穏やかな口調で、誠意一杯で語りかけた。
「なに?」
め、目が怖い・・・
「いや、その、お、俺は一応ファン研の部長という肩書ですけど、うちの部の実質的最高権力者は別にいるので・・・あの、つまり顧問の許可を取らないことには・・・」
「取れました。」
「え?」
さっき俺たちをここまで案内してくれた桜井さんが、携帯電話を持ち、片手でマイク部分を覆いながらそう言った。
「今、職員室に電話して聞いたところ、工藤先生の許可、取りました。」
「さすが、彩菜ちゃん、仕事が早いわ。」
「ちょ、ちょっと待って桜井さん、ちょっと電話貸して。」
俺は桜井さんの元へ駆け寄り、通話中の電話を渡してもらう。
「もしもし、マリちゃん?ちょっとなん・・・え?それだけ?ちょ・・・マリちゃ・・・」
俺は切れた電話を桜井さんに返す。
「フフン、許可は降りたみたいね。」
がっくりと肩を落とす俺を見て、会長は勝ち誇った顔になった。
「幸四郎、マリア先生なんだって?」
「うちで引き取れって・・・」
「マジかよ?マリア様なんでそんなことを・・・」
「さぁな。大方、あの人の事だから、面白そうだからっていうのが理由じゃないのか。」
俺たちは三人そろって深いため息を吐いた。
「ねぇ、決まったならとっとと連れていってくれる?邪魔だから。」
偉そうに命令する会長。マリちゃんが許可したのであれば、それにはもう従うしかない
のだ。
「この縛ってるロープどうする?切る?それともこのまま連れてく?」
子供のようにハサミを持ってはしゃぐ会長に、俺はとりあえず足だけ切るようにお願い
する。こんな重そうな装備を付けた男を、部室まで運べるような体力は、この三人にはな
いのだ。ていうか、それ言ったらさっき運んでいた生徒会のメンバーってすごいな。
「さ、立ちなさい。」
ハサミでロープを切り、両足が自由になった男に会長は言った。男は言われたとおり、
身体をくねらせて立ちあがった。
「言っておくけど、逃げようとしたらどうなるか、よく考えることね。」
「は、はい・・・」
会長が釘を刺すと、男は素直に頷いた。
「じゃあ、行こうか。」
俺がそう告げ、身を翻すと、会長が引きとめてきた。
「ねぇ、これ貸してあげるわ。」
会長の手には、生徒会メンバーから渡されたであろう麻袋が握られていた。
「麻袋・・・ですよね、それ?なんでそれ?っていうか、よくそんなものありましたねこの教室に。」
「あんたね、一つ言っておくけど、そんな格好の奴と一緒に歩いているところ見つかったら、ますますファン研の評価は下がるでしょうね。」
「確かに・・・」
俺はアインの全身を眺めて、会長の言葉に同意した。これは、間違いなく変な奴がまた
ファン研に入ったと噂が広まるに決まっている。全くの無関係だっていうのに。ま、ここ
は会長の気づかいに感謝したいと思う。
「零次、清満」
俺は二人に袋の端を持たせた。
「悪いな、少し辛抱してくれ。」
「え?な、な?」
―――バサッ―――
俺たちは三人で一気に、ゼノンの体を麻袋ですっぽりと覆った。足だけちょこんと出て
いる格好だ。
「大丈夫、僕達が両側から支えていくから。」
零次が麻袋にそう話しかける。清満も仕方なくと言った様子で、零次の反対側を掴んで
歩きだした。
「じゃ、そういうことで、言われたとおり話聞いてみます。」
俺がそう言って零次達の後を追おうとすると、右腕が引っ張られる感じがした。振り返
ると、会長が俺に右ひじをキュっと握っていた。なんか俯き加減にもじもじしている。こ
れが、他の人で別のシチュエーションだったら、顔が赤くなる展開なんだけど、残念なが
ら相手が会長では、逆に青くなる一方だ。
「なんですか?これから会長に頼まれた厄介な尋問をしなけりゃいけないんですけど。」
「言った?」
「え?」
「言ってないわよね?彩菜ちゃんに。」
「桜井さんに?だからなんのこ・・・ああ。」
合点がいった。俺は少し腰を曲げ、会長の耳元で小声で言った。
「大丈夫です。言ってないですよ。会長が、実は魔法少女だってことは。」
俺はさっと顔を離す。
「なっ、あ、あんたね!」
「あんまり大声出すと、役員の人達が何事かと思いますよ。では失礼します。」
そう言って、俺は零次達の後を追う。後ろから会長の怒号が飛んでくるが、手だけで返
事をして先に進む。後が怖いが、今度お菓子でも差し入れしておけば機嫌直してくれるだ
ろう。食べ物の好みも見た目通りだからな。
会長が隠したがっているのは、俺たちと会長が知り合った出来事だ。なぁに、大したこ
とではないんだが、昨年末のコミケで、マリちゃんのファンネルとして飛ばされていた俺
が、厄介そうな奴に絡まれているコスプレイヤーを助けた。それが、同じ学校の生徒会長
だったってことだ。助けた時に、この魔法少女、どこかでみたことあるなと思ったら、そ
の数カ月前に生徒会役員選挙のポスターやら演説で見たばかりの顔だった。向こうは俺の
ことを当然知っているわけは無かったが、皆と合流した時にマリちゃんの姿を見て全てを
悟ったらしい。でも、見つかったのが俺たちでよかったと思う。これがもし他の奴らだっ
たら、もうとっくに広まっていることだろう。そして、様々なコスプレ衣装が生徒会室に
届くようになっていたと思う。いや、ホントよかった。みつかったのが、口が堅いと評判
の俺たちで。会長はまだそうとは思っていないらしいが、いずれその事実に気づき、俺た
ちに頭を下げに来る日がくるだろうさ。いや、やっぱり来なさそうかも。
幸いなことに、不審な歩く麻袋を従えている姿を誰かに見られることなく、部室にたど
り着くことが出来た。
「ただいま。」
「あ、幸ちゃんお帰りー。って、何それ?まさか、誰か拉致って来たの?」
「違うよ。こいつが例の犯人だってさ。」
「例のって、あの変質者?なんでその犯人を幸ちゃん達が連れてきたの?」
「いや、幸四郎があの会長さんにお願いされて、デレデレしちゃって二つ返事でOKしちゃったんだよ。ね?キヨ?」
「幸四郎の安請け合い癖は周りの俺たちも巻き込むからな、困った癖だ。」
零次と清満言葉に、琴音の目がキッと鋭くなって俺を睨む。
「お、おい、お前ら、嘘言うんじゃねぇ。いや、琴音、これはな・・・え?いやだから会長が・・・」
そこから弁解すること約5分。なんとか琴音を納得させることが出来た。
「あ、あの・・・そろそろ、これ、とってもらえませんか?」
麻袋が喋り出した。ごめん、琴音への説明ですっかり忘れていた。零次と清満も、あま
りにも俺の弁解が長かったので、自分の席に戻ってくつろいでいた。
「あ、悪い悪い。ちょっと待てよ・・・よっと。」
俺は麻袋を上から一気に引きぬいた。
「プハッ・・・はぁはぁ、苦しかった。」
「うわっ、なにその格好。」
琴音が麻袋の中身を見て驚きの声を上げた。そりゃ驚くよな。剣とか盾を持っているよ
うな奴はいないからな。
そう思いながら視線を動かしたら、部室の隅のスーツラックに吊るされたコスプレ衣装
たちが視界に入ったので、視線を戻して見なかったことにした。
「これは、確かに幸ちゃん達が呼ばれるわけね。」
琴音もその姿を見て、俺たちが会長に呼ばれたことを納得してしまった。うん、まぁそ
ういうイメージだよな。
しかし、まぁ、これからどうしたものか。とりあえず、椅子に座らせることにした。相
変わらず、念のため手は縛ったままだ。
「えっと、とりあえず、自己紹介、してもらえる?」
俺たちは、そいつの向かいに椅子を並べ、部室がまるで面接会場のようになった。
「あ、はい、私・・・いや、コホン・・・」
そいつは、下を向いて一度咳払いすると、キリッとした表情で顔を上げた。
「わが名はアイン・ゼノン。魔王の手から世界を救うため、クリスファルト国王よりその討伐を命じられた勇者。右手には宝剣クリサリス。左手にはいかなる技からもわが身を守る盾、ミラジオン。そして、纏いしは精霊ユーフォニアの加護を受けた聖鎧、セイクラクト。それらわが身の一部として戦うことを許された勇者。そう、わが名は勇者、アイン・ゼノン!」
どうしよう。この空気。なんか、彼、立ちあがって凄いドヤ顔でこっち見てくるんです
けど。でも、両手縛られながらのドヤ顔が凄い滑稽なんですけど。おいおい、どうするよ?
俺は助けを求めるようにとなりを見た。すると、清満が冷静な声で言った。
「はい、そういうのいいから座って。」
そしてボールペンでカリカリと、ノートに何かを書き込む。よく見ると、零次もボール
ペンで手に持つクリップボードに挟んだ紙に何かを書いている。あれ?よく見ると、琴音
までなんかクリップボード持ってるし。って、なんで清満だけじゃなく、お前らもメガネ
かけているだよ。いつの間に用意しやがった。なんか、三人はすっかり面接官になりきっ
ていた。相変わらず何かになりきるのだけは早い連中だ。
「じゃあ、なぜ我が部を探していたのか、その理由を教えてもらえるかな?」
零次がいつもより低めの声で質問した。まぁ、なりきってこいつらが進めてくれるのな
ら、文句は言うまい。
「我の右腕、そして左腕と成りし者を求め、運命に導かれるままに・・・」
「だからそういうのいいから、とりあえず座れ。」
「は、はい・・・」
清満に睨まれ、しゅんとして大人しくゼノンは席に着いた。
「じゃあ、気を取り直してもう一度説明してもらえる?」
零次が促すと、ゼノンはビクビクしながら話しだした。それを聞いて、零次がメモを眺
めながら繰り返す。
「なるほど、つまり、魔王を倒すのに君一人じゃ百パーセント力足らずだから、一緒に戦ってくれる強い仲間を探しに来たと。それで、その強い奴の名前がファン研であると教えられたと?」
「はい、その通りです。」
「で、そのために君は別の世界からやってきたと?」
「はい、異界の門を通ってやってきました。」
「なるほど・・・」
零次達は、三人顔を寄せて何やらコソコソ話しあっている。俺は完全に蚊帳の外だ。
「分かりました。では、次に君の趣味は・・・」
「おい、ちょっと待て!」
しれっと話を進めた零次に、思わず俺は口を挟んだ。
「なに?幸四郎。何か質問でもあった?」
「いや、そりゃありまくりでしょ?分かっちゃったのかよ?逆になんでそんなあっさり流せるのかを君たちに問いたいわ。」
「そんなに引っかかるところあった?ねえ、キヨ?」
「ああ、別に問題は無かったと思うが。」
「そうだよ幸ちゃん。別に普通じゃない?」
「いやいやいや、何が?どこが普通なの?なに、皆普通に別の世界に行ったり来たりしてるの?この世界に引きこもってるの俺だけなの?」
「はぁ・・・まぁ落ち着きなよ、幸四郎。いい?魔王を倒す勇者、仲間を探す旅、別の世界へ続く門。よくある設定じゃん。」
「設定?」
「そうだよ。アニメ、ゲーム、漫画、小説、もう出尽くした感がある設定じゃん。」
確かに。
「で、それがどういう・・・」
「だからさ、結局、彼の言ってることは設定でしょ?そこにいちいち反応してたら日が暮れちゃうよ。」
「そうそう、軽く流して終わりにしようぜ。」
なんだ、そうだったのか。真面目に考えていた俺が馬鹿みたいだな。うん。確かにどう
見てもただのコスプレイヤーだからな。こいつも勇者に成りきっているんだろう。ここは
ひとつ、相手に合わせてやるのが得策か。
「わかった。じゃあ俺たちもその設定に合わせよう。」
「いやいや、設定とかじゃないですから!」
俺たちが姿勢を正して続きを始めようとしたら、ゼノンが立ちあがってギャーギャー言
いだした。
「だから、私は本当に別の世界からやってきたんですって。そして、ファンケンと呼ばれる人。すなわちあなた方を仲間にしに来たんです。」
「っていう設定だろ?」
「だから設定とかじゃないです。」
零次が言う。
「でもさ、僕達がいまどんな意味で「設定」って言葉使ったか分かってるよね?別の世界でも今の僕たちと同じような感じで使うかな?」
「使いますよ。だって同じ言葉なんですから。」
「じゃあ、ちょっと今僕達が使った「設定」について説明してみてよ。」
「えっと、今の感じだと、「どうしよう、明日田舎から両親が彼女の顔を見に来るらしい。」
「あら、よかったじゃない。あれ?あなたっていつの間に彼女出来たの?」「いや、あまりに彼女作れってうるさいから、思わず出来たって言っちゃったんだ。」「あらら、どうするのよ?」「どうしよう・・・あっ、あのさ、悪いんだけど、明日一日俺の彼女って言う設定でうちの両親と会ってくれないか?」「も、もう仕方ないわね。明日だけ、だからね・・・」と同じ使い方ですよね?」
「あ・・・うん。そうだね。」
まさか答えられるとは思わなかったのか、零次は呆気にとられたように認めた。
うん、まぁゼノンの言ったことは合っていることは合っているが・・・あの例えはどう
なんだろうか。
「これで、私が別の世界から来た勇者だって信じてもらえましたか?」
俺たちは顔を見合わせる。零次も清満も同じような表情をしている。恐らく、俺も同じ様な表情をしていたに違いない。
「あー・・・分かった。とりあえず、信じるわ。」
「あ、あれ?いいんですか?」
「なんだ?こっちが信じるって言ってるんだから、それでいいだろうが。」
「ですが、なんかさっきまであんなに疑っていたのに、こうもすんなり信じられてしまうとなんか気持が悪くて・・・」
「ああ、面倒くさいからね。」
「面倒臭いから・・・ですか?」
「うん。めんどい。さっきの僕の質問の返しもめんどくさかったし、これ以上疑って話が先に進まないのも面倒。僕たちは早くこんなこと終わらせたいからね。」
零次が気だるそうにそう告げる。さっきまでの面接官モードは既に解除されていた。
「良かったな、俺たちが理解ある人で。というわけだ、じゃあとっとと話を進めようか。」
なんかいまいち納得の言っていなさそうなゼノンを無視して、俺は話を先に進める。ち
なみにさっきまでノリノリだった琴音はというと、もう飽きたのか部室の隅の定位置に戻
って漫画を読み始めていた。
「さて、とりあえずお前は勇者で、別の世界から来たってことだけど、なんで俺たちを探していたんだ?一緒に戦う強い仲間を探していたんだろ?言っておくけど、俺たちなんかこっちの世界の中でも最弱な部類に入ると思うけど。」
「眠る力が覚醒されていない今の状態では、な。」
「争い事が嫌いな平和主義者の集まりだしね、僕たちは。」
「最初から俺たち、ファン研を探していたみたいだけど、一体どこのどいつが俺たちを仲間にしろなんて、愚かなことを吹きこんだんだ?」
「ああ、それは、伝説の仙人です。」
「そうか。なるほど。じゃあどうやって・・・」
「ちょ、ちょっとちょっと。」
「なに?」
「いや、それだけですか?誰が言ったのか気になったんじゃないんですか?」
「だって・・・なぁ?」
俺は零次に振る。零次も頷く。
「うん。仙人がそう言ったんじゃ、仕方ないよね。」
「しかも『伝説』のだしな。そりゃ信じるしかないだろう。」
「え?え?いや、そんなんでいいんですか?どういう流れでそう教えられたかとか知らなくていいんですか?興味ないですか?」
「いや別に。キヨは?」
「あえて時間を割いてまで聞きたくは無いな。なぁ?幸四郎。」
「興味は無いのかって、元からお前に関しての興味なんて皆無だしな。」
「いやいや、そう言わずに聞いてくださいよ。ていうか、尋問するならもう少し私に興味持ってくださいよ」
ゼノンは若干涙目に成りながら訴えてくる。だが、残念ながら俺の心に何か訴えるもの
は感じられなかった。俺の中のめんどくさい指数が一気に上がっただけだ。
「はぁ・・・じゃあどうぞ。その仙人から俺たちの名前が出てくるまでの流れを存分に語ってくれ。」
俺は頭の中の引き出しを開け、こういう奴に有効な対処法を探した。その結果、早い段階でこちらが折れることが一番手っ取り早そうだった。
俺がそう言うと、ゼノンは意気揚々と語り出した。
「そう、あれは旅に出て訪れた三つめの街でのこと。道中、襲い来る魔王の手下との戦いの中で私は、一人で戦うことのしんどさを感じていました。」
「三つ目って、まだ序盤じゃん。」
「いや、それより三つ目の街でまだ一人っていうのがこいつの人徳のなさを物語っている。普通だったら二つ目の街くらいで、一人くらいパーティー加入イベントが発生してもおかしくないだろ。」
隣で零次と清満が小声でごちゃごちゃ言っている。
「それで私は誰か仲間に成ってくれる人を探すことにしました。手始めに私は、宿の主人に誰か心当たりのある戦士、または魔法使いなどはいないか尋ねました。あいにく、主人にはこころ辺りは無いとのことでしたが、一つ有益な情報を得ることが出来ました。その街から東に行ったところにある、聖の森というところに住む伝説の仙人ならば、力になってくれるのではないかと。翌日、私は早速その森に向かいました。幸い、敵に遭遇することもなく、無事森の奥でその伝説の仙人と会うことが出来ました。」
「なんですんなり会えちゃってるんだよ。お前の世界のプログラマー手抜きしすぎだろ。」
「まぁ、普通だったらちょっと強めの敵が出てきたり、何か会うための条件みたいなのがあるはずだよね。」
もうこいつら小声で話すこともやめて、直接ゼノンに文句を言いだし始めた。どうやら
こいつら、ゲームか何かと混合して考えているみたいだ。まぁ、そう思いたくなる気持ち
もわからなくはないけどな。
ゼノンはその二人の突っ込み、というより野次に戸惑いながらも話を先に進める。
「で、私は伝説の仙人に言いました。魔王を倒すために力を貸して欲しいと。すると、伝説の仙人は、魔王を倒すためにはある者の力が必要だと。で、その人物はこの世界にはおらず、別の世界にいると。それから、伝説の仙人は別の世界についての話をしてくれました。いくつもの世界は実は繋がっていて、その世界を行き来するための門がるということを。そして、自分この世界にある異界への門の門番であると言いました。私は実は、凄い衝撃を受けました。今までこの自分の見ている世界が世界の全てだと思っていたのに、まさか他にも、しかも、一つではなくいくつも世界があるなんて思いもよりませんでした。そんなショックを受けている私に、伝説の仙人は言いました。今から門を開いてやるから、お前は異界へと飛び、この世界を救うために頼れる仲間を連れてこい、と。そうして私は、異界への門をくぐり、こうしてこの世界にやってきたのです。」
話を終えたゼノンは、どうですか?と言わんばかりの表情で俺たちの顔を順に見た。ど
うですかって言われてもな・・・どうですか?お二人さん。
「上手いね。」
「伊達に仙人やってないってことだな。」
「え?どういうことですか?」
ゼノンはまったくわからないと言った様子で、零次達に尋ねる。これに関しては、零次
達がどういう意味で言っているのか俺でも分かった。
「どうやら、普段は鈍感な幸四郎ですらも気づいているみたいだよ。」
「失礼な。普段から俺のアンテナは冴えわたっているわ。」
零次が俺を見て笑う。失礼な野郎だ。それだと俺が普段は何にも気づかずに何にも関心
を持たずに、のうのうと生きているみたいじゃないか。いや、何だろう、胸を張って否定
できない自分がいるな。そんあ様子を見て清満が言う。
「じゃあアンテナ圏外野郎の幸四郎君に教えてもらおうじゃないか。」
「え?ああ、つまりだ。」
俺はゼノンを見た。
「逃げられたんだよ。仙人にな。」
「え?」
きょとんとしてしまったゼノンに、零次が説明する。
「その異界と繋がる門の開け閉めを出来るくらいの仙人でしょ?ならばきっと、それなりの魔法なり技なりを使えるはずなんだよ。だったら、その人を仲間にした方がてっとり早いじゃないか。こんな風に別の世界に行って、フラフラと探しまわるよりかはずっと効率的だよ。」
「うむ、だいたい序盤で仲間になるのは魔法使いっていうのが定番だからな。本来ならばそこで仙人を仲間にするのが、セオリーだったな。」
清満の言葉に零次も頷く。
「だけど、その仙人は別の世界にもっと強い奴が居るからと言葉巧みに君を誘導して、自分が戦わずに済むようにしたってことだよ。本当だったらそこで君が、仙人に仲間になってもらえるように説得するべきだったんだ。でも君はそれに気付かずに見事に仙人の言葉に乗って、のこのことこっちの世界に来たわけだ。今頃、伝説の仙人は向こうでほくそ笑んでいることだろうね。」
「まぁ伝説の仙人だって、余命短いただの老人だ。そんな自ら死地に飛び込むようなことはしたくないだろうさ。今回は、まんまとのせられたお前が悪いってことだな。」
「そんな・・・そう言われると、話をしている時の仙人はどこかよそよそしかったというか、目が泳いでいたような・・・。それに、私が門に入った瞬間にすぐ閉じようとしていたし。」
零次と清満の言葉を受け、ゼノンは当時の様子を思い出しているようだった。
「そりゃほぼ確定したようなもんだな。てか、普通だったら気づくもんだけどな。」
「まぁ、君の場合簡単に引っ掛かりそうだもんね。ドンマイとしか言いようがないな。」
二人揃って、容赦なくゼノンを追い詰めている。その口撃をうけ若干涙目になっている
ゼノンに助け船を出すべく、俺は話を先に進める。
「と、とにかく、そうやってこっちの世界にやってきたことは分かったが、ファン研って言葉はどこから出てきたんだ?その伝説の仙人が言ってた強い奴ってのがファン研のことなのか?」
「あ、はい。それは伝説の仙人に教えていただきました。門が開いて、入る前に尋ねたんです。その強いとおっしゃっている方についての情報はありませんか、と。そうしたら、その人の名はファルケン・シュタインという・・・」
「ファルケンじゃねぇか!!」
思わず声を張り上げてしまった。
「あー、うちじゃないね、それ。」
「はい、解決しました。お帰りください。」
「え?え?何かいいましたか?私。」
「はぁ・・・お前、さっきの仙人から教えてもらった名前、もう一度言ってみろ。」
「えっと、ファルケン・シュタイン、ですか?」
「そう、ファルケン。で、ここはファンタジー研究部、略してファン研。わかったか?」
「あっ・・・」
ようやくゼノンは間違いに気付いたようで、やっちまった顔を浮かべていた。
「と、いうことだ。全てはお前の勘違い、残念ながらここにはファルケンなんていう強い奴はいないし、お前の仲間になってくれる奴もいないってことだ。」
俺はそう、事実を告げてやった。
「まぁ君がちゃんと覚えていなかったのが悪いんだから、自業自得だよね。」
「自分のステータスの低さを悔やむんだな。もう少し知能あげとけば間違えることも、仙人にかわされることもなかったのにな。」
二人から傷口をえぐるようなジャブが二発飛ぶ。
「そ、そんな・・・じゃあ、私は一体どうしたら・・・」
ゼノンはがっくりとその場に崩れ落ちた。両手が縛られているため手をつくことが出来
ず、直で膝から床に着いたのでかなり痛そうだった。
それから五分後、じっと崩れ落ちて絶望的な表情を浮かべたままのゼノンにいたたまれ
なくなった俺は、部室に置かれた小型冷蔵庫からコーラを取り出し、ゼノンの前に置き、
手を縛っていたロープをほどいてやった。
「ま、まぁ、話し続けてのど乾いただろ?これでも飲んで落ち着けよ。」
ゼノンは、蚊の鳴くような声でありがとうございますと俺に頭を下げた。
「あ、幸ちゃん。私にも頂戴。」
琴音がそう言うので、俺はもう一本取り出し放り投げてやった。
「あ、馬鹿。なんで投げるのよ。もう、これじゃすぐ飲めないじゃない。」
「あ、幸四郎、僕にも取ってくれる?」
「俺にもな。」
「はいはい。」
俺はコーラを持って席に戻る。隣の二人は勢いよく蓋を開け、プシュ―という音を響か
せた。琴音はハンカチを敷き、吹き出さないように慎重に開けようとしていた。俺もプル
タブを引き、冷えたコーラを流し込む。渇いた喉に炭酸が心地よく沁み渡った。清満はオ
ヤジ臭く唸った。
「カァ―――、冷えたコーラは美味いな。ゴフぅ。」
「もう、新宮寺君汚いよ。」
「あ、ごめんごめん。」
「まったく、キヨは下品だな。」
笑い声が生まれ、教室内の空気が少し軽くなった気がした。
「どうした?飲まないのか?」
俺はコーラに手をつけようとしないゼノンに言った。
「あ、はい、頂きます。」
ゼノンは缶を手に持ち、俺たちの様子を伺いながらプルタブを引き、ゆっくりと口に運
んだ。
「!?・・・な、なんですかこれは?!う、美味っ!美味すぎです。こんな飲み物初めて飲みました。」
「お・・・そ、そうか。それは良かった。」
「ヒャー喉がしびれるぅ。これはなんていう飲みものなんですか?」
「え?あ、ああ、コーラだけど。」
「コーラ!こーら美味い飲みものだ。」
・・・・・・な、なんだこいつ?急にテンション上げやがった。
「幸四郎、彼のこのテンションの上がり具合どうしたの?」
「どうやらコーラに感激したみたいだ。」
「なんか、ずっと凹まれてるのもうっとうしかったけど、こうやってテンション上げられるのもうざいね。」
確かに。うっかり同情してコーラを与えてしまったが、失敗だったんではないかと思い
始めた。ゼノンは目を輝かせながら、一口一口ゆっくりと味わっては、毎回感激の声を上
げている。
「なぁ、そう感激しているところ悪いけどさ・・・」
そんな様子を見て、清満が口を開く。
「お前、これからどうすんの?」
「あ・・・」
ゼノンの顔が一気に青くなった。
「もう、俺たちとは関係ないんだから、正直とっとと帰って貰いたいんだけど。なぁ?」
「まぁ確かに。一応会長からの依頼も果たしたわけだしな。部長としては、余計なものを背負っていたくないってのが本音だな。」
「そうだね。なんか、君から厄介な臭いが漂ってるしね。」
「そ、そんなぁ・・・」
「まぁ選択肢としては、大人しく元の世界に帰るか、もう一度初めからそのファルケンってやつを探すかだろうな。」
ゼノンは再び崩れ落ちた。手にしっかりとコーラを握ったまま。
「そうだね。この学校には用は無いはずだから、後はもうその二つくらいだよね。やることといったら。」
「帰るか、留まるかってことですよね・・・」
「まぁ留まるって言っても、ここではないどこかでだがな。」
ここに留まられても困る。
「まぁ、仲間を探さないといけないんだったら、こっちの世界でそのファルケンを探すのがいいんじゃないか?」
「そうですよね。このままのこのこ帰ったら皆からいい笑い物にされますしね。でもなぁ・・・」
「でもなんだよ?」
「本当にファルケンなんていう人、この世界にいるんですかね?」
「いや、そんなの聞かれても知らんよ。伝説の仙人がそう言ったんだろ?じゃあ信じればいいんじゃないか?」
なんか知らんが、ゼノンは仙人の言葉に疑いを持ち始めているみたいだ。
「そうなんですけど、さっきの皆さんの話を聞いていたら、仙人はただ僕を早く別の世界に送り出したかっただけのような気がしてきました。」
「まぁ、全部とはいかないまでも、8割くらいはそうだったんじゃないかな?」
「そうだな。お前がいなくなったことで向こうの世界が平和になる可能性もあったしな。」
「え?どういうことですか?」
清満の言葉にゼノンが反応する。俺も、今の清満の言葉は気になった。
「清満、こいつがいなくなれば平和になるってどういうことだ?」
「あ?、ああ、まぁ確実に平和になるわけじゃないけど、平和になる可能性はおおいにあったってことだよ。幸四郎、探偵漫画とか推理小説の原理と一緒さ。事件が起こったから探偵が行くのか、探偵がいたから事件が起こったのかってことだ。つまり、魔王がいるから勇者もいるのか、勇者がいるから魔王もでてきたのかってことだ。だから、この勇者様が世界からいなくなれば、魔王も別に悪さして悪人にならなくてもよくなるんじゃないかって話。仙人もその可能性にかけて、嘘をついてこいつを向こうの世界から追いだしたかもしれないってこと。まぁあくまで可能性の話だから、本当にファルケンを仲間にしろって期待した可能性も」
「キヨ。」
「清満!」
「ん?」
俺と零次は同じものを指さした。清満は「あちゃー」と頭をかいた。俺たちが指を指し
た先には、清満の話を聞いて涙目になり小さく縮こまるゼノンがいた。清満は珍しく慌て
てフォローを入れた。
「ま、まぁあくまで可能性の話だから。可能性。」
「可能性を信じぬものに、未来は無いと祖父が言っていました・・・」
「い、いいこと言うなぁ、お前のじいちゃん・・・」
やばい、かける言葉が見つからない。俺と零次、清満は顔を見合わせアイコンタクトを
試みたが、全員苦笑いだ。
「と、とにかく、それで世界が平和になるならいいんじゃないか?勇者の役割果たしたことになるだろ。」
「そんなの全然だめですよ。ちゃんとこの手で魔王を倒さなければ勇者としての務めを果たしたことになりません。それに、王様からの報酬も貰えないですし。」
「あ、案外しっかりしてるな。」
うーん、面倒くさいことになった。いや、面倒くさいことにはとっくになっていたのだ
が、こいつ個人の面倒くささが浮き彫りになってきた。さて、どうしたものか。
「ねぇ幸ちゃん?」
俺たちが三人そろって唸っていると、不意に琴音が話しかけてきた。
「どうした?」
「あのさ、さっきから思っていたんだけど・・・」
お?もしや琴音、ずっと漫画読んでた振りして、実は色々と考えていてくれたのか?も
しや、琴音がこの状況を打破するアイデアを?!よし、来い、カモングッドアイデア。
「おう!なんだ?何を思いついたんだ?」
「うん、あのね・・・私さ・・・・・・」
「うん、うん。」
俺は期待を込めた目で琴音の顔を見た。こんなにまじまじと琴音の顔を見たのは、どれ
くらいぶりだろうか。
「ここにいる意味無いよね?」
「はあ?」
「だって、自分で言うのも何だけど、さっきから何も喋ってないし。幸ちゃん達の話に入ってもいないしさ。さっきの設定云々の話じゃないけど、私がこの部室に居るっていう状況って、いると思う?」
「は?居るのがいるっていうのも意味わかんねぇし。ていうかお前、真剣な表情で何考えてるのかと思えば、そんなこと考えていたのかよ?てっきり俺は今のこの面倒くさい状況を変えてくれるようなアイデアが出たのかと思ったぜ。」
「幸ちゃん達が楽しそうに話しているのを見ていて、ふとそう感じたのよ。私ここに居る意味ないなって。ね?どう思う?」
「どう思うって聞かれたら、そりゃ意味ないね、としか言えないな。実際意味ないし。コーラのんで漫画読んでくつろいでいるだけだったしな。ていうか、お前、部活行けよ。」
「部活は今日はお休みよ。うーん、やっぱりそうだよね。」
「馬鹿か?幸四郎!」
「わかっていねぇ。わかっちゃいねぇな幸四郎。」
突然二人が会話に飛び込んできた。しかも、どこか憤っている。
「は?なんだ?俺が何を分かってないって?」
「はぁ・・・あのね、言っておくけど幸四郎。この状況、橘さんが居てくれなかったらと思うと、かなりゾッとする状況なんだよ、実は。」
「は?なんで?別に琴音がいなくても話は進んでいたと思うけど。」
「だからさ、初っ端から男四人が淡々と話をしている画を見て、誰が得するのさ。ていうかそんな画、とてもじゃないけど見れたもんじゃないよ。でも、そんな中に、見切れているだけだろうと、なんだろうと女の子がいるだけであら不思議、その画はとても華やかな場面になるのさ。」
隣で清満も深く頷いている。こいつら、一体何の話をしているんだ?
「なぁ、つまりどういうことだ?」
「だから、橘さんはこの部室に居る意味があったってことだよ。」
「え?私居てよかったの?」
「もちろん。ていうか居てくれてありがとうと僕らが言うべきだよ。ね?幸四郎?」
「え?いや、えーと、なんかそうみたいだな。」
「そっかぁ、ならよかった。」
琴音はホッとしたように笑顔を見せると、再び漫画の世界に入って行った。
あれ?今のやりとり何だったの?それこそ必要だったか?今の一連の流れ。
「あ、ごめんね。じゃあ四人でのお話の続きをどうぞ。」
琴音が一瞬漫画から顔を上げてそう言った。続きをどうぞって言われてもな。結局琴音
もいいアイデアを持っていたわけではなかったしな。てか、やっぱり完全にただの時間の
無駄だったな、今の。
「はぁ・・・まぁいいや。で、お前は結局どうしたいんだよ?」
俺は一旦仕切り直して、ゼノンに尋ねた。ゼノンは少し考え、口を開いた。
「どうしたいんでしょうか?私は。」
「いや、それを俺らに聞かれても・・・お前がどうしたいか聞いてるんだから。」
ゼノンは「ですよね」と再び考える素振りを見せた。うーん、話が先に進まないな。テ
ンポ悪すぎだろ。
「多分、君がいくら考えたところで、すぐには出てこないと思うから、いっそ別の事聞くけどさ。」
これ以上、ゼノンに尋ねても何も出てこないと感じたのか、零次が別の質問を投げかけ
た。
「君がこの世界に来た門ってどこにあるの?君はこの世界のどこから出てきたのさ?」
「ああ、そう言えば、それ聞いてなかったな。」
「この世界の門の場所、ですか・・・」
「そう、それくらい覚えているよね?いくら馬鹿な君でも。」
最後にぼそりと呟いた辛らつな言葉は聞かなかったことにしておこう。
「は、はい!もちろんですとも。伊達に数々のダンジョンをくぐりぬけてきたわけではありません。方向感覚には自信があるのです。」
「いや、君まだ三つ目の街までしか行ってなかったよね。」
「ですが、その道中一度たりとも迷っていません。」
ゼノンは胸を張って答えた。
「そこで迷ってたらその年齢の人としてどうかと思うよ。」
「それで、この世界の門はどこにあるんだ?」
「それはですね、えっと・・・・・・」
「どうした?まさか覚えてないとか言うなよ?」
「いや、覚えているんですが、いかんせんまだ建物の位置関係などがよくわかっていないもので、どう説明していいやら。」
「ああ、そういうことか。じゃあ、何か分かるところから道を案内するような感じで説明してくれよ。何かしら覚えているものあるだろ?」
「そうですね・・・あ、じゃあ噴水からでいいでしょうか?」
校門を入ってすぐ正面に構える噴水のことか。それならわかりやすくていいだろう。
「オッケー、じゃあそこから説明してくれ。」
「はい。では参ります。えっと、なんかアーチ状の門を背中に噴水を見て・・・」
なるほど、校門を背中にして噴水を見るってことだな。
「そこから右に進みます。ある程度、恐らく敷地を囲むように植えられた木の横を進むと、その中になぜか人形の刺さった木があるので、そこを左に曲がります。」
ふむふむ、右に曲がってまっすぐ進み、人形の刺さった木を左に曲がると。ん?人形の
刺さった木?隣で清満がぼそっと何か呟いたのが気になるが。
「で、恐らくこの建物の裏を通ることになると思うのですが、そのまま建物に沿って進んでいくと、右手に何か煙突の付いた小さな小屋のようなものがありますよね?」
煙突の付いた小屋のようなもの?はて、あっただろうか?
「焼却炉の事じゃないの?」
「ああ、焼却炉か。そういやあったな。」
零次の言葉に俺は焼却炉の存在を思い出した。環境問題に世間が過敏になってゴミはす
べて業者に処理してもらうようになり、もう今では学校で何か燃やすことは無くなったの
で、すっかりその存在を忘れていた。
「で、その焼却炉からどうするんだ?」
「はい。その小屋の壁に小さく、傘のような記号の下に「紅」とかすれていたのでよくわからなかったのですが、もうひとつなんか文字が書かれているところがあるので、今度はそれを背中にしてまっすぐ進みます。」
焼却炉の壁にそんなものがねぇ。落書きか何かか?今度、気が向いたら確認しておこう。
俺がちょっと意外な事実に驚いている横から、「またか」という零次の声が聞こえてきた。
「で、後はひたすらまっすぐ進むと、突き当たりに今度はちゃんと手入れされた木じゃ無く、ただ色んな木が鬱蒼と生い茂っている場所があると思うのですが、そこで私は気がついたんです。」
確かに、校舎のホントの端に、日当たりが悪くて昼間でも薄気味悪い林があったはずだ
けど・・・そこが門?
俺が首を傾げていると、清満が何か思いついたようにハッとした表情を浮かべた。
「あっ、確かあそこには井戸があるな。」
「井戸?そんなものあったっけ?」
どうやら零次はそんな井戸の存在は知らないみたいだった。もちろん、俺もこの学校に
井戸があることなんて全く知らなかった。
「確かあったはずだ。入学してすぐのガイダンスの時、配られた校内図の隅っこに小さく書かれていた気がする。それに、去年クラスの奴らがこの学校のどこかに幽霊が出る井戸があるとかないとか、そんな話をしていたのを聞いた覚えがある。」
「へぇー、僕は全然知らなかったよ。さすが学年三位。物覚えがいいね。」
「たまたま記憶の隅にあっただけだよ。」と感心した零次の言葉に、清満は照れたようにそう言った。
「じゃあ、やっぱり井戸が別の世界と繋がる門なのか?」
「多分、そうだと思います。いや、そうでしょう。」
「んー、井戸かぁ。なんか、ありきたりといっちゃありきたりだね。」
「顔面蒼白の女も出てくるしなぁ。まぁ、昔から井戸とか水のある場所はそういう不思議なものが集まるってよく言うからな。おかしくはないな。」
「でもなぁ、井戸って結構深いんじゃないのか?」
「そうだよね。井戸の底が門なのか。はたまた井戸の穴に入った瞬間世界を移動するのか。それによって色々と変わってくるよね。」
俺たちがうーんうーんと唸っていると、ゼノンは何か閃いた様子で目を輝かせて提案し
てきた。
「あれ?みなさん。やっぱり門について興味あります?あっ、そうだ。そんなに気になるなら、今から見に行きませんか?皆で。私が案内しますよ。実際に門の存在を見れば、色々と私に対する疑惑も晴れるでしょうし。ね?ささ、行きましょう。」
「いや別に。」
「僕はいいかな。」
「やめとくわ。」
「あ、あれ?どうしてですか?異界の門の存在を確かめなくていいんですか?」
断られるのが意外だったのか、ゼノンは「なぜ?」と言った様子で俺たちの説得を始めた。
「学校の端にある井戸がお前の世界と繋がる門で、お前はそこから出てきたんだろ?信じるよ。よかったな、俺たちが人一倍人を信じることに長けていて。今のご時世、こんなに人の話をすんなり信じてくれる奴は滅多にいないぞ。」
「そうだねぇ。疑うことがデフォの世の中だもんね。」
「いやいやいや、さっきまで色々とあんなに疑って、信じてもらうまであれだけ苦労したのに。今回はこんなにすんなり信じちゃうんですか?もっと疑った方がいいんじゃないですか?私がふざけているだけかもしれないですよ?」
「いやいや、俺はお前を信じるよ。」
「疑っても、何も始まらないしね。」
「疑うほうが、信じて裏切られるよりも苦しいからな。」
「なにちょっと格好よく言ってるんですか!行きましょうよ。なんで行きたがらないんですか?」
ゼノンが激昂する。
「いや、だって遠いし。」
「疲れるし。」
「めんどくさいし。」
「三拍子揃っちゃてるじゃないですか・・・そんなの、どうやったって連れ出すこと出来ないですよ・・・。」
わかってるじゃん。こいつ、短時間で色々吸収してきたような気がする。
「そういうことだ。諦めろ。」
「もう、いいですよ。」
俺がそう言うと、ゼノンはがっくりと肩を落として元の席に戻って行った。
力なく椅子に腰かけ、ため息を吐くゼノンを見て、零次が尋ねた。
「ていうかさ、そもそもなんで勇者なんかやってるの?」
「え?勇者をやっている理由ですか?」
「そう。言っちゃ悪いけど、見ている感じ君って、勇者には向いていないと思うんだけど。ねぇ?幸四郎。」
「まぁ・・・な。正直、よくなれたなって感じだな。まず、勇者に成る方法ってのを知らないけどな。どうやってなるんだ?」
「勇者になるには、国営の職業養成学校のブレイブ科に入学する必要があります。そして、なおかつそこを首席で卒業しなければなりません。」
「え?勇者になる学校があるのか?」
「はい。ただし、その学校に入ることが既に大変なんです。特にブレイブ科は、毎年競争率が約200倍。さらに、そのなかでトップにならなければならないんですから、それはそれは大変な事なんですよ。」
「へぇー、そしたらお前も、なかなか凄いんじゃないか?」
「そうですよ。私は勇者になるために血のにじむような努力を重ねてきたのに、さっきから「向いていない」とか「よくなれたな」とか、全然報われないですよ。」
「いや、そんな風になるものだとは思いもよらなかったからな。悪かったな。」
「でも、学校卒業しただけでなれるの?それだと、毎年勇者が生まれてるってことだよね?」
「いえ、それだけじゃないんです。学校を首席で卒業しても、それだけだと〈勇者資格保有者〉として勇者候補名簿に載るだけで・・・どうかしました?なんか寒そうですけど?」
「勇者資格保有者って、それギャグ?」
「え?なんですか?」
「いや、なんでもない。続けて。」
俺は先を促す。無意識のものをギャグとして捉えてしまった自分が妙に情けなく感じた。
「で、その勇者候補名簿の中から、勇者が選ばれるんです。」
「それって、やっぱり勇者は何人もいるってこと?」
零次が尋ねる。
「いえ、勇者は一人だけです。その人が無くなったり、または勇者を辞めると申請した時に、新たに一人、その名簿の中からくじで選出されるんです。」
「くじで?」
「はい。勇者には能力だけでなく、劇的な運命をたどれる幸運も必要とのことで、そういう決まりになっているようです。」
「へぇーそりゃ大変だな。」
「その大変な道のりを経てまで、よくもまぁ君は勇者になろうと思ったもんだね。」
「馬鹿としか思えないな。」
勇者になる方法を知って、零次と清満はさらに呆れたようだった。
「いや、だって勇者と言ったら世界の平和を守る英雄ですよ?皆のあこがれの的なんですよ?」
「それは実際に平和を守れたらの話だからな。」
清満の言葉に零次が頷く。
「ほとんどの場合、そうやってあこがれの的になることは無いだろうね。」
「え?どういうことですか?」
「だってさ、そんなしょっちゅう勇者に平和を取り戻してもらうような世界の危機なんて、そうそう訪れるものじゃないでしょ。そんなに頻繁に魔王やら宇宙人やらがやってくるような世界なら、一般市民だって勇者に頼らなくても戦えるくらいの兵器や技を準備してるだろうし。」
「そうだな。それだったら国がそういった脅威用に軍隊などを設立したほうが、勇者一人に頼むよりよほど効率的だろうしな。たとえば、そのブレイブ科を卒業したけど勇者候補になれなかったやつとかさ。それなりの能力はあるわけだろうし。そういうやつら集めればすぐ勇者一人よりも遥かに強い部隊が出来るだろうな。」
俺は零次の言葉に同意した。清満もうんうん言っている。
「一般市民としてもそうしてもらった方が安心だろう。現に今、こうやって魔王を倒すための仲間集めとか言って、別の世界に来ちゃってる勇者がいるんだから。じゃあ今向こうの世界は誰が守ってるんだって話だよ。」
「ぐっ・・・それは確かに・・・でもそれは、確実に世界の平和を取り戻すためにですね・・・」
「でも、今実際に被害を受けている住民からしてみたら、そんなことより早く戦えよって思ってるだろうね。」
「そ、それを言ってしまったら、もう冒険も仲間集めも、修行だって出来ないじゃないですか。」
「まぁ今のは極論だからさ。でも、勇者の代わりはいくらでもいるわけだし、とりあえず当たって行けばいいんじゃない?それで砕けたらまた次の勇者が当たりに行ってさ。そしたら中には砕いちゃう奴も出てくるんじゃない?」
「相性ってのもあるだろうしな。」
「確かに、さっきの説明だと、今の勇者よりも優秀な奴が資格保有者止まりで無駄になる可能性もあるわけだからな。」
俺たちがそう話していると、ゼノンはじとっと睨んできた。
「それは私に早く死んでこいと言っているんですか?」
「誰もそんなことは言ってないよ。ただ、無能な奴は早く次の奴に順番回してやれよって思っただけ。あ、多分これは候補名簿に載って順番待っている人達も同じこと思っていると思うよ。」
「ていうか、勇者になってそうやって平和を守るとか言ってもさ、普段なにやっているんだ?給料はいくら貰えるんだ?それで食っていけるのか?」
清満がずいぶんと現実的なことを言いだした。いや、まぁ現実なことだからそれはとて
も重要ではあるけどさ。
でも確かに、勇者って職業なのか?だとすればそれは自営業なのか?はたまた国お抱え
の公務員なのか?俺の知識だと、人の家のタンスとか漁って小銭を失敬したり、後は道中
魔物倒しても貰ったりしか、勇者が金を稼ぐ方法を知らないんだが。
「お金は勇者に任命された時に少し、国王様から頂けます。後は、毎年契約更新時に少し貰えますね。まぁ年俸みたいなものです。」
「へぇ。じゃあお金に困ることはないのか。」
「いえ、貰える額は少ないので、それだけではやっていけません。基本家にいることは少ないので、そのための宿代ですとか食事代、交通費、その他装備や道具を整えたりでお金がバンバン飛んでいくので・・・なので、後は旅の途中で見つけた宝を売ったりしますね。」
「苦労してるんだな。勇者も。」
俺はしみじみそう思った。
「でも、さすがに人の家の壺壊したりはしないのかぁ。」
「そりゃそうだろ、零次。あんなの泥棒と一緒だろ。」
「だよね。家の中でやられたら相手が勇者だろうが怒るよね。」
俺たちはそんな冗談を言って笑ったが、なぜかゼノンは驚きの表情を浮かべていた。
「な、なんで知ってるんですか?」
「は?何のこと?」
零次がそう返すと、ゼノンはゴソゴソと鞄を漁ると、中からカードのようなものを一枚
取り出し、俺たちに見せてきた。
「え?何これ?」
「何って、今皆さんが話していたものですよ。」
「話していたって・・・え?壺割ったりとかのこと?」
「はい。これがその許可証です?」
「許可証?」
俺たちは三人とも頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「ええ、勇者になるとこれが国王より授与されるんです。これを持っていると、公共物、個人の私物問わず、壊してその中にあったものを自分のものに出来るという権利が与えられるんです。なので、人の家で壺こわして中からお金が出来来てそれを奪っても、罪に問われることはありません。」
「おい、マジか・・・」
「おまわりさんこっちです。」
「よくもまぁ、神職者の前でそんなことを言えたもんだ。」
ゲームとかで見るあの行動の裏には、そんな免罪符があったのか。そりゃ、一軒一軒回
って片っぱしからぶっ壊すわけだ。
「でも、そんな許可証だすくらいだったら、交通機関の利用料を無料にしたり、宿代を負担してくれる方がよくないか?お前にとっても、市民にとってもさ。」
「それはもちろんです。許可されているとはいえ、何の関係もない一般市民の私物を頂くわけですからね。勇者としてはふさわしくない行いです。私も毎回心を痛めながら剣を振るっております。」
あ、でもやることはしっかりやるのか。
「そういうのはさ、もうそっちの政府がおかしいんだよ。とりあえず許可だけ与えて、実害を受けるのは民間。あれでしょ?被害を受けた民間人に対しては何も保障とか無いんでしょ?ほらね、とりあえず国は、皆のために幸言うことやってますよって色んな制度を定めたりするけど、実際に負担を受けるのは国民。舐めてるとしか思えないよね。僕らにはまだ選挙権は無いからどうすることもできないけど、こんな腐った政治やる国に未来は無いよ。」
えっと、一体君はなんの話をしているんだい?零次君。
「どうせ、魔王が現れなくても、そのうち勝手に滅んでいたと思うよ、君の世界は。」
突如豹変した零次の姿に、ゼノンはビクビク怯えていた。それは俺と清満も同じだ。一
年くらい一緒に活動してきて、ここまで興奮した零次の姿は数えるほどしか見たことがな
い。
「ま、まぁとりあえず落ち着け。な?」
俺がなだめると、零次は我に返り、恥ずかしそうに反省していた。
「でも、零次の話じゃないけど、そんな国民に負担を押し付けるような、いずれ勝手に滅ぶであろう世界を守るために勇者なんか続ける意味あるのか?言っておくけど、許可証があるとか関係無しに、それを行使したらお前だって国民を踏み台にして勇者やってることになるんだからな。世界を救うためという言葉を大義名分にしてさ。それは、果たして勇者としてどうなんだ?」
どうやらバトンは清満に渡ったみたいだ。清満の質問にゼノンはあたふたとしている。
「ほら、そうやってすぐに答えられないだろ?じゃあさ、別に必要ないんじゃないか?勇者なんて。とっととやめた方がお前のためだと思うけどな。」
零次も隣で頷いている。ゼノンがどうしたものかと、俺に視線を向けてくる。
「あの・・・なんか皆さん、勇者を辞めさせたがっていません?何かしました?」
「ああ、言ってしまえばタイミングが悪かったんだよ。さっき生徒会室に呼ばれる前、俺たちは勇者について話してたからな。」
まぁ、実際に勇者をやってるやつに聞かせられるような話ではないけどな。
「そう、俺たちは勇者について色々と話し合った。そのうえでお前に聞くわけだけど、お前、勇者やりたいか?」
「え?そ、それはもちろんです。苦労して勇者になったんですから、世界の平和のために頑張りたいですよ。」
「でもさ、世界の平和のためとか言ってるけど、実は女にモテたいとか、人から崇められたいとか思ったからじゃないのか?」
「・・・」
ゼノンはあからさまにギクりといった表情を浮かべた。なんとまぁ、わかりやすいこと。
「まぁそう隠すなよ。誰もそれが悪いだなんて言ってないだろ。むしろ、そういった理由の方が好感が持てる。世界平和のためとか本気で考えてるやつの方が、途中で挫折したり、周りに自分の考え押し付けたりするやつが多いからな。それよりも、そうやって個人的な利益のために成りましたってほうが、目標もはっきりしてるし、何より自分のためにやってるわけだから、モチベーションも高いだろう。だから俺はその点はお前を評価してやる。俺だってモテたいからな。」
「そうだね。こっちの世界でだって、世界平和とか環境保全とか謳って活動してる人が、高い肉やら高級食品を喰いあさったり、堂々と排気量抜群の高級車とか乗り回してるわけだからね。そんなことするなら、その金でもっと貧困で苦しんでる国に食べ物大量に送ったり出来るだろうにと僕はいつも疑問に思ってるよ。でも、そんなにモテたい?三次元の女に付きまとわれても厄介なだけだよ?画面の中の彼女と会う時間を取られちゃうし。」
「「「お前はそこでくたばっとけ。」」」
見事なシンクロ具合だった。やはり共通の敵というものがあると、人はまとまることが
出来るみたいだ。
「まぁ、そこのイケメン野郎には俺たちの気持ちが理解できていないようだが、言っていることは正しい。でだ、お前の根底にあるそのモテたいという理由だが、それを実現するには、別に勇者じゃなくてもいいんじゃないか?他にもたくさんモテる仕事はあるだろう?お前はまぁ、男の俺から見た感じそう顔の作りだって悪い方じゃない。ちゃんと身なりに気を配っていれば、何もしなくて女に困るようなことにはならないだろうに。」
「え?へへへ、そうですか?へへへ」
ゼノンは清満にそう言われ頬を緩くした。そんなゼノンに対して清満は続ける。
「だから勇者、やめちまえ。」
おっと話が飛んだな。モテたいから勇者→実はちゃんとすればモテるんじゃね?→だか
らやめちまえ。うん、繋がっていると言えばそう思えるが、若干無理があると感じなくも
ない。
ていうか、ちょっと待てよ。俺たちは一体なんでこんな話をしてるんだっけ?元は会長
から、なんで校内であんなことをしていたのか理由を聞けと言われただけでは?それだっ
たらさっきもう分かったことだ。世界を救うためにこの世界にいるとファルケン・シュタ
インという人物を仲間にするべく来たが、その人物と俺たちファン研を間違えていた。だ
よな?確か。あれ?もう頼まれたことは完遂してないか?うん・・・報告できるかぁ――
こんなの会長に報告したところで、絶対に罵倒されるに決まってるわ。まずい、まずい
ぞ・・・どうするか。零次と清満はどうするつもりなんだろうか?
「ちょ、ちょっと待った。お前ら集合。」
俺は席を立ち、部室の隅に二人を呼ぶ。
「おい、お前らなんかどんどん関係無い方向に話進めてないか?会長から頼まれたのはなんで校内をうろついていたのか理由を聞きだすことだぞ?一体どうするつもりだよ。」
「いや、それは分かってるよ幸四郎。でも、なんて言うの?世界を救うために来たみたいですって報告する?なんか間違えて僕らを仲間にしに来たみたいですって言うつもり?確実にそんなので納得する人じゃないよね。むしろ、さっさと仲間になって世界でもなんでも救って来いって言われかねないよ。」
「言いそうだ・・・」
あの会長なら嬉々として言うだろうな。
「だろ?それに本物の勇者でしたなんて言ったら俺たちがまた変人扱いされるだけだ。認めたくなかったけど、どうやらあいつは本当に勇者みたいだからな。」
「あれ?お前本気であいつが勇者だって認めてるのか?俺はてっきり話を進めるために表面上だけかと・・・」
「幸四郎、女にモテたいからって勇者の格好する奴がこっちの世界にいるか?そんなのは逆効果だって誰でもわかることだろ?」
確かに、まぁどんなに痛い奴でも、モテたいからってそんなことはしないよな。
「なのに、あいつはモテたいがために勇者になったらしい。同じ境遇の者としては正真正銘の漢だと言ってやりたいが、一般の目から見れば正真正銘の馬鹿だ。」
「だからって、どうすればいいんだ?」
「だから今やってるんじゃないか。僕たちが、一生懸命さ。」
「え?何かやってたのか?」
今までの素振りからはまったく汲み取れなかったのだが。
「おいおい、今までの流れから何も気づかなかったのかよ、幸四郎。」
「ス、スマン。一体何をしようとしてるんだ?」
「ああ、やめさせる。」
「やめさせる?何を?」
「勇者を、さ。」
「え?なんで?」
「だって、彼が勇者だから会長に報告できないわけでしょ?ならば、勇者じゃ無くしてしまえばいいわけだ。そうすれば、僕たちが彼の手伝いをしなくて済むわけだし。それに、そうすることで恐らく何千何万の人を助けることになる。」
「何千何万?そんな人数を助ける?なぜそうなるんだ?」
「だって、彼が勇者の世界なんて、結末が見えてるじゃないか。」
「・・・見えてる、な・・・・」
「でしょ?だったら、彼に勇者辞めさせて、他の人が勇者になった方が、遥かに世界のためになるよ。」
それは・・・間違いないな。
「わかった。じゃあ、まずはあいつに勇者をやめさせることを考えればいいんだな?」
「そうだね。とりあえずは、それでいいんじゃないかな。」
「オーケー、じゃあそれで行こう。」
その後、二人からだいたいの作戦を聞き、俺たちは席へと戻った。
「悪いな、待たせてしまって。」
「いえ、大丈夫です。一体何をお話されていたんです?」
「ああ、なんでもないよ。ちょっと明日の授業の事をな。」
俺が笑ってごまかすと、隣で清満が咳払いをして口を開いた。
「ところで・・・お前、勇者やめろ。」
えぇ――――?!ちょっと清満、お前何言ってんの?どストレートすぎるだろ。おいお
い、マジか?!確かにさっきの作戦では、このままだらだら話ししても埒が明かないから
一気に行こうとは言っていたけども、一気に攻め込みすぎだろ。
「え?な、何を突然いっているのですか?」
ほら、ゼノンも戸惑ってやがる。そりゃそうだろ、突然今の職をやめろなんて言われた
ら誰でも戸惑うわ。
しかし、そんな俺の心配をよそに、今度は零次が仕掛けていった。
「あのね、もう正直に言うけど、君、勇者には向いてないよ。」
おい、それ言っちゃダメなやつ。それはやめさせる言葉じゃなくて、怒らせる言葉です。
こいつらはもっと、オブラートに包んだ表現をしなくちゃだめだ。
「な、なんでですか?私が勇者に向いていないって?どういうことです?」
ゼノンは顔を赤くして立ちあがり、零次に詰め寄った。まぁそりゃ怒るわな。だが、零
次はまったく臆する様子もなく、いつものようにへらへらと笑みを浮かべている。
「なんで?って。そんなの見てれば分かるよ。もし僕が、君が勇者のロープレやるんだったら、真っ先にパーティーから外すね。まぁ、勇者だから外せないようになってると思うけど。そうなったら壁役にして、皆の犠牲になってもらうことくらいかな。使い道としては。」
「同じく。真っ先に首切りたいけど、ゲームの進行上それが出来ないからな。パワーも中途半端。魔法も微妙なのしか覚えない。その割に、いい装備は勇者しか付けられない物が多い。マジでいらね。」
清満の言っていることは完璧にゲームの話なのだけれど、ゼノンはどうやら馬鹿にされ
ていることは感じとったらしい。さらに顔を真っ赤にして、二人を睨みつける。今にも飛
びかかりそうな雰囲気だ。俺は慌てて間に入る。
「ま、まぁまぁ、こいつらが言っているのはあくまでゲームの話だから。な?とりあえず落ち着け。一旦席座ろうか?な?」
俺はゼノンの肩を掴み、無理やり椅子に座らせる。ゼノンも少し冷静さを取り戻したの
か、ぺこりと俺に頭を下げた。いや、一時はどうなることかと・・・
「いや、幸四郎。僕たちはこれまでの経験と記憶から、彼は勇者に向いていないという結論に至ったんだよ。」
「そうそう、幸四郎だって、実際にそいつが主人公のゲームがあったら絶対文句言うだろ?いや、幸四郎の場合途中でキレて辞める可能性のが高いか。」
清満と零次が笑う。ムカつくけど、本当にこいつが主人公のゲームだったとしたら途中で
分投げるだろうなと、自分でも思ったので何も言い返せない。俺が言い返せずにいると、
再びゼノンが肩を震わせながら立ちあがろうとした。俺は慌てて肩を掴み、椅子に抑え込
む。ていうか、馬鹿かお前ら。せっかく俺が一旦場をなだめたのに、再びガソリンぶちま
けるような真似しやがって。
俺に抑え込まれながらゼノンが二人に向かって言う。
「あなた達は一体何を知っているって言うんですか?勇者を馬鹿にしてるんですか?」
「いや、馬鹿にしているというよりかは、勇者というものに疑問をかんじているというか・・・」
「少なくとも、今馬鹿にしてるのは勇者じゃなくてお前の事だから安心しろ。」
ゼノンは俺の手を振り払うと、背中の剣に手をかけた。これはまずい。
「そこまでいうのなら、私の力を見せましょう・・・」
そう言いながらゼノンが鞘から剣を抜く。おい、部室で流血騒ぎだけは勘弁してくれ。
俺が止めに入ろうとする中、なぜか清満達は余裕ある表情をしていた。
「おい、お前ら謝れ。やられる・・・殺られるぞ。逃げろ。」
「大丈夫だよ、幸四郎。」
慌てる俺をよそに、零次は冷静にそう言った。
「こいつのパターンなんか読めてるからな。」
清満があくびをしながら言う。
「何を根拠に!私の攻撃が読めるだと?」
「ああ、じゃあお前がどんな技使うかあててやろうか?」
「そうだなぁ。だいたいレベルとしては10くらいかな。見た感じ。まぁ武器とかはかなり上等なものを使ってるみたいだけど、最近では金さえ払えば最初から強い武器をダウンロードして使えるしなぁ。」
「だとすると、まぁオーソドックスなところだと、連撃からの切り上げ、回転切り、斬撃を飛ばす疾風斬、あとは・・・魔法と組み合わせたフレイムスラッシュとか、雷神切り辺りを覚えていれば上出来なんじゃないか?どうだ?間違ってるか?」
零次と清満はそう分析すると、ゼノンに尋ねた。
「・・・くっ、なぜわかる・・・」
ゼノンは悔しそうに、抜きかけた剣を鞘に戻した。どうやら、清満達の読みは正解して
いたようだ。
「まぁ、それくらい覚えて入ればまだマシな方だよ。」
零次が褒めているのか馬鹿にしているのか分からない言葉をかけ、ゼノンの肩をポンと
叩いた。
「なぜ?なぜ私の持っている技がわかるんですか?」
「そりゃだって、キャリアが違うもの。キヨなんて、もう何個世界を救ったか数えられないからね。」
「まぁな。」
あくまで、お前らが救ったのはゲームの中での話だがな。
「その俺たちが言う。お前は勇者をやめた方がいい。これは意地悪でも何でもなく、お前のためを思って言ってるんだからな。」
それでもゼノンは、まだ清満のその言葉を受け入れることが出来ないようだった。
「私のため?・・・いやいや、それでもなんでやめなきゃならないんです?私は救わなければならないんです。世界を。みんなを。」
「で、救った後はどうするつもりだ?」
清満が静かに尋ねた。
「え?救った後?」
「そう。世界を救ってから、君はどうするつもり?もう世界を脅かすものはいなくなるわけでしょ?じゃあ君が勇者をやる目的も無くなるわけだし。その後はどうやって生活するつもりなの?」
「そ、それは・・・」
口ごもるゼノンに、零次がたたみかける。
「君は、もう少し知った方がいい。勇者がどんな運命をたどるのかをね。」
「勇者の・・・運命・・・」
「そう。それを知れば、君は勇者になったことを後悔し、僕たちの助言に感謝することになるだろうね。」
「でも、どうやって?こちらの世界には勇者はいないのでは?」
「なんでこっちの世界に勇者がいないのか、その理由はわかる?それは、既に勇者についての研究がかなり進んで、ほとんどの勇者がどんな結末を迎えるのかが既に世間一般にまで知れ渡っているからなんだよ。みんなその研究結果を見て、そんな馬鹿げたことをやるなんて時間の無駄だと気付いたんだ。」
「そ、そんなことが・・・」
いやいや、俺はまったくそんなこと知らないですけど?研究結果とか、いつの間に世間
に広まったんですか?
「だから、お前にもそれを見せてやる。そうすれば、お前もれたちの言っていることに納得してくれるはずだ。」
清満は自信満々の顔でそう言うと、ゼノンの前にそっと何かを差し出した。どうやら、
それはディスクメディアのようで、ケースの表と側面にタイトルのようなものが書かれて
いた。そのタイトルに俺は見覚えがあった。ケースのパッケージに描かれた画や文字も、
俺は一度見たことあった。ていうか、
「レジェファンじゃねぇか!何が研究結果だよ。昨日俺がようやくクリアした初代のやつじゃねぇか。」
ゼノンに渡されたのは、まぎれもなく有名RPG『レジェンドファンタジー』だった。
「そうだよ幸四郎。何か不満?」
「不満も何も、ゲームじゃねぇか。こんなので勇者についてなん・・・て・・・・わかるはす・・・・・・」
あるな。これクリアすれば、勇者について十分に理解できる気がしてきた。
「でしょ?これやればだいたいわかるよ。それに、この後にはまだ2と3も残ってるわけだしね。全部やれば、絶対勇者をやめたくなるよ、彼。」
おい、2も3もやらせるつもりかよ・・・それは、下手したら勇者を目指して一生懸命
やってきたゼノンの心を崩壊させかねないぞ。ずいぶんと恐ろしいことを考えやがる。
「これに勇者についてが記されているんですか?」
渡されたものを眺め、ゼノンは清満に聞いた。
「ああ、それはゲームっていって、勇者の冒険を疑似体験できるやつだ。今からお前にはそれをやってもらう。そうすれば、お前も世界を救うためにどんなことをして、どんな困難が訪れ、どんな結末を迎えるのかを先に知ることが出来るだろう。それでもまだ、世界のために勇者を続けるというのなら、俺たちはもう何もいうまいさ。」
「・・・わかりました。私が世界を救うためにも、他の勇者について知っておく必要があります。ぜひ、やらせてください。」
「よし、いい心がけだ。じゃあ今から準備するから待ってろ。」
結局なにがどうなったのか、俺たちは校内不審者事件の犯人の尋問のはずが、なぜか一
緒にゲームをすることになった。これから俺たちは勇者と一緒に、勇者の旅を辿る。




