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我が友、ジークハルトは英雄だった

作者: 羊少納言

鍋の中でソラマメがグツグツと煮えている。


町外れの宿屋兼酒場『酔いどれランタン』の店主ジャックは鍋の火加減を見ながら、今宵も酒に飲まれるカモ達―――もとい常連客を相手に適当に話を聞いては相槌を打ち、酒と摘まみの御代りをさり気無く勧めていた。ジャックは今年で35である。今の所は低空飛行ではあるものの黒字経営で借金も無い。客足もそれなりに維持している。まあ、領主の気紛れで酒や宿屋の税金が上げられる事が一番の恐怖だが、今の領主の評判は悪くないので代替わりするまでは杞憂だろう。


「ちょっとジャック。豆が切れたから運んで来ておくれよ。」


高音だが太みのある声がする。ジャックの妻、ペーチェである。ソバカス顔で垂れ目、くすんだ肌。決して美人ではない。しかし、ペーチェは働き者だ。ジャックにはそれで充分である。二人の元気いっぱいな息子を含めて家族に不満は無い。ジャックは貯蔵庫に降りて豆の入った袋を抱え上げながら、自分は上手くやっている方だと考えた。


ジャックがカウンターに戻って来た丁度その時、酒場の扉を開いて一人の男が入ってきた。男はジャックを見つけると右手を上げて挨拶する。ジャックが返事を返すと男はカウンターまでツカツカやってきてドサリと腰かけた。


「久しぶりだな。ジークハルト。3ヶ月くらい会って無い気がするが。」

「3ヶ月か。そうだな。それくらいになるはずだ。」


ジークハルトは指折りして頭の中で計算した。広い肩幅に、筋肉質な腕、鋭利な眼光、丈夫そうなマント―――緑の生地に所々黒い布を縫い付けて修繕してある様はソラマメの腹を彷彿とさせる―――、腰に佩いた大きな剣。冒険者の典型的な雰囲気を醸し出している。ただし、声音はそのゴツゴツした体格に反して柔らかいものだった。ジャックは注文も聞かずにリンゴ酒と薄く味付けした煮豆を出す。ジークハルトも特に文句を言う事も無くそれを当たり前の如く受け取った。


「また、ドラゴンを狩っていたのか?」

「ああ。今回はマゥッタ山脈の北まで討伐隊を組んでな。報告では大赤龍が一匹だけだったのに、2匹現れた時は流石に血の気が引いたとも。」


ジークハルトは眉を顰める。ジャックは冒険者稼業なんて一度もやった事は無い。だから、感覚としてゴブリン相手に戦うのと大赤龍相手に戦うのと、どれくらい違いがあるのかさっぱり分からない。ただなんとなくドラゴンは硬くて強いという話だから大変そうだなと理解出来る程度である。勿論敵が想定の二倍になったら困惑する事も理解できるが、それがどの程度『血の気が引く』ことなのかは想像の範疇に無い。


「でも、倒して来たんだろう。2匹とも。報酬も倍に増えたんじゃないのか?」

「倒したさ。僕が逃げたら討伐隊は全滅してたろうよ。報酬は良かったが、あんな仕事は御免だ。2匹いるならいるで人数を増やして行くべきなんだから。仲間も何人か死んじまったよ。で、今は責任もって遺族に報奨金の分け前を渡しに行く途中ってわけさ。」

「おいおい。それじゃ大金を持ち歩いてるってわけかい。大丈夫なのか?一人なんだろう?」

「いや、他の場所に連れがいるし、俺は強いから大丈夫だ。」


特に気負う所も無く、自分を強いと言い切るジークハルト。竜を倒せる奴だしな。姿恰好自体は貧乏旅行者に見えるので商人よりは襲われる可能性は低いだろう。とジャックも考えて本気で心配する気は起こらなかった。


「おいおい。ちっと聞き耳たててみれば、面白い話してるじゃねーか。もしかして、あんたは、あの竜殺しの大英雄ジークハルト様って野郎かい?」


近くで飲んでいた酔っ払いが会話に割り込んできた。


「ああ、確かに僕がジークハルトだ。」

「いやー、まさかこんなしみったれた酒場で有名人に出会えるとはね。」

「しみったれた酒場で悪かったな。リカード。」


ジャックが鼻息を鳴らすと、リカードはバツが悪そうに頭を掻きながら、まあまあとジャックを宥めるような仕草をする。リカードは最近になってジャックの酒場の常連になった客だ。


「ジャックさんはジークハルトの旦那とお知り合いなんで?」

「腐れ縁だ。幼馴染とも言うがな。昔、一緒に旅してまわった間柄だ。」

「へぇ、こりゃ以外だね。ジャックさん、あんた昔は冒険者だったんですかい?」

「まさか。俺には冒険者なんて仕事向かないよ。俺は行商をやって、荷馬車を引きながら街から街へと回る。そんでこいつは荷馬車に相乗りして、俺が露店を開いたり仕入れをしたりする間に、その街の募集している冒険者稼業に勤しむって寸法だったわけさ。要は俺は英雄様を運ぶ為の足だったってわけさ。」


ほほぅと納得の声を漏らすリカード。一方、ジークハルトは煮豆に向けていたフォークを中空で停止させて眉を顰める。


「その言い方だとまるで僕が君の事をただの乗り物扱いしていたように聞こえるんだが。」

「冗談さ。」


ジャックは肩を竦める。

その後、リカードは色々とジャックとジークハルトの過去話を聞いていたが、急に立ち上がると「やべ、今晩は早く帰らないとかかあに殺されるんだった」と言って御代を放り投げるようにしてカウンターに置くと、血相を変えて帰っていった。ジークハルトはその後ろ姿をボンヤリと見送りながら、煮込まれて柔らかくなったソラマメにフォークを突き刺して口に放り込んだ。


「そう言えば、君が最初に僕と行商に出た時の積荷は豆だったな。」

「ああ、そう言えばそうだな。」


ジークハルトはリンゴ酒をチビチビ飲みながら、ソラマメを咀嚼する。


「以前はもっと濃い味付けの煮豆が好きだったんだが、いつからだったかな、薄味が良いと思うようになったのは。」

「さあな。確か、アルタナの街で別れるまでは濃い味が好きっだったように記憶しているが。まあなんだ、普通は大人になれば味覚は変わるもんだろ。」

「そりゃそうだろうけどさ・・・・・。アルタナの街か。あそこで僕らは別行動するようになったんだよな。」

「アルタナでお前はドラコンを倒しちまって他の冒険者たちから引っ張りだこだったし、俺も商品を豆から酒類に変えて商隊を組む事に決めてたからな。必然的な流れだった・・・。やれやれ、リカードのせいで随分昔の事を思い出させられちまったな。あの頃は未来は無限で、金の袋はスカスカだったが夢はパンパンに詰まっていたもんだが。・・・ああ、お前は今でも夢を追い掛ける冒険者か。なんたってドラゴン退治なんかやってるんだから。」


ジークハルトはジャックの言葉を聞いて苦笑しながら、ゆっくりと頭を左右に振る。


「ドラゴン退治なんて言うが、泥臭い仕事だよ。最初は夢溢れる冒険も、慣れてくれば唯の作業だ。しかも嫌にハイリスクハイリターン。駆け出しの頃の、世間に名を売って有名な冒険者になってみせるっていう夢も既に叶えちまっているしな。正直、今はそこまで好きでやっているわけじゃない。」


ジークハルトは暫し瞑目して、思考の海に沈む。


ドラゴン退治は決して楽じゃない。下手をすれば死ぬかもしれない危険な仕事だ。ドラゴンが好んで住む地域は大抵硫黄の腐乱臭に満ちているし、ドラゴンが食べ散らかした動物の死骸の腐った匂い、ドラゴンの排泄物の悪臭の中を進んでいかないといけない。巣に至るまでが既に一苦労なのである。しかも、だいたいは奇襲をかけるまでドラゴンに気取られないように、わざわざ雨の日を選んで腹ばいで山道を進んでいく為、服の中まで泥水が侵入してくる。泥と悪臭に塗れながらの『冒険』なのである。危険で、臭くて、汚い見事に3Kな仕事であった。


しかし、そんな中を互いに励まし合って冒険者の仲間達の心は一つになって行く。いざドラゴンと対峙した時、彼らは抜群の連携を発揮する。お互いに命を賭して、互いの背中を任せ合い、互いの危うきを救い合い、互いの意図を汲み合う。そうして皆ずたぼろになり、何名かが深手を負い、何名かが死んで仕事は完了する。終われば、領主から村民に至るまでの心からの感謝と礼金が待っている。やりがいはある。ただ、駆け出しの頃に感じていた感動は無い。


「なら酒場の店員でもやってみるか?」


ジャックは笑いながら問いかける。英雄ジークハルトが酒場の店員なんて、とんだミスマッチだ。当然、ジークハルトからは苦笑しながら遠慮しておく等と言った否定の言葉が返って来るだろうと思っていた。しかし、ジャックの予想に反してジークハルトは深いため息をつく。


「実はやってみた事があるんだ。」

「何を?」

「だから、酒場の店員だよ。」

「は?」


ジャックの思考が停止する。それでも右手は無意識に豆の入った鍋を掻き混ぜ続けているのは商売人の性だろう。ジークハルトはそんな幼馴染の様子に気を留めず、物憂げに話を続ける。


「まあ、三日でクビになったんだが。他にも色々ある。露店の販売もやってみたが4日間で一つも売れなかった。靴職人の所に弟子入りしてみたが5日後に追い出されたな。菓子屋で働いた時は自分ではいけると思ったんだが6日目に解雇されてしまった。鍛冶を習った時も一週間で諦めてしまったよ。新人冒険者の教官は自分の天職だと初めは思ったんだが、新人たちのダメっプリにやる気を削がれて、結局一カ月で辞める事になった。」

「そんな話は初耳だな。・・・しかし、俺としてはやっぱりお前にはドラゴン退治が似合っているように思うが。」

「そうなのかもしれないが。しかし僕はいいかげん安定した職を得たいんだよ。」

「それじゃ、他にやってみたい事でもあるのか?」

「無い。」


ジークハルトの簡潔かつ、断定的で確定的な返答はジャックを呆れさせた。思えば、ジークハルトは昔から手先は不器用だった。剣を握れば鬼神の如く美しい剣線を描きだし、矢を放てば飛ぶ鳥をも落とせるというのに、なぜか包丁を握れば手を血だらけにするし、針の穴に糸を通すことが出来なかった。業とやってるんじゃないかと思った事もあったが、釘を打とうとして左手に青痣を作って泣きながら金槌をふるっているジークハルトの姿を見てからは疑っていない。愛想は決して良い方ではないし、押しにも弱いときているから商売なんてさせられない。だから、冒険者になるというジークハルトの決意を聞いた時は、それくらいしか道は無いだろうなと思ってジャックは生活力皆無なこの友人の為に一緒に村を出る事に決めたのだ。


「なあ、ジーク。もう一度言うが、お前にはドラゴン退治が似合っているんだ。お前には英雄が似合っている。・・・もっと言うとお前は英雄以外には為れない変チクリンなんだよ。」


変チクリンの部分もジャックは真面目一徹の表情で語る。ジークハルトもちゃかされていると受け取らず、変チクリンか・・・とボソリと呟いた。何時の間にやら、ジークハルトの豆の皿は空っぽになっていた。


「なあ、ジャック。今晩は久しぶりに濃い味の豆が食べたい気分だ。」

「はいよ。」


ジャックはジークハルトの注文と同時に予想していたかのような早さで煮豆の皿を出す。ジークハルトが訝しげな表情でジャックを見詰める。ジャックはやや得意げに種明かしをした。


「リカードのせいで昔話を始めた時にな。なんとなく濃いのを頼まれる気がしていたから、濃厚なスープで今まで煮込んでいたんだよ。」

「ジャック。君はこの仕事が向いているね。」

「ああ。俺もそう思う。」


その後も二人は取りとめのない話を続けた。こんなにも昔話に花を咲かせたのはいつ以来だろうか。アルタナで別れてからも時々会っていたが、近況報告のようなものをするだけだったように思う。


ジークハルトが席を立って、御代を払うとふと疑問を口にする。


「なぜ、僕は英雄にしかなれない変チクリンなんだろうな?辞めたくて仕方が無いというのに。」

「そういう星の下に生まれついているんじゃないのか?」

「だとしたら諦めるほかないわけだね。」

「まあ、なんだ。だたのジークハルトに為りたい時はいつでも来いよ。リンゴ酒と煮豆を用意して待っていてやるからよ。」

「ああ。また来るさ。でも次はちゃんと英雄を辞めているかもしれないけどな。」


そう言ってジークハルトは去っていった。

それがジャックがジークハルトから聞いた最後の言葉だった。




~~~~~~~




「英雄ジークハルト様が亡くなられたそうよ。」

「おや、一体全体どうしてだい?」

「なんでも、侯爵様の御屋敷のあるアルタナの街にでっかいドラゴンが7匹も同時に襲ってきたそうよ。」

「それで、それで?」

「ジークハルト様が懸命に街を守られて。6匹倒したのだけれど、最後は7匹目と相討ちになったそうよ。」

「そいつはまたとんでもない伝説を作ったもんだなぁ。」

「ええ、本当に。」

「お二方は葬儀に参列なさるの?」

「さてさて、喪主は誰なんだい?」

「九人の領主様が共同で。」

「そいつはお土産がたんまり出そうだ。駆けつけなきゃな。」

「お土産だなんて、全くそんな事ばかり。あたしは一度英雄のご尊顔を拝したいわ。」

「あら、一般参加は葬列の脇に並べるだけよ。きっと棺桶に近づく事も出来ないわ。」

「あら残念。」




~~~~~~~




「ジャック様は、ジークハルト様の親友だったと聞き及んでおりますので、こちらにおいでになって下さい。」


黒服の美麗な紳士がジャックを案内する。彼は棺の側にまで通された。

棺の中は様々な美しい花で色彩豊かに飾られている。棺の主の周りには生前愛用していたものだろうか、それとも参列した冒険者仲間が最後に贈ったものだろうか、短刀や、大剣、弓、水筒、盾、ナイフ等が所狭しと並べられている。


「結局、お前は最後まで英雄だったってわけだ。ジーク。まあ、俺に取っちゃ唯の不器用な幼馴染に過ぎないんだけどな。」


ジャックは持ってきた袋からソラマメを幾つか取りだすと棺に入れる。緑色のそれはケバケバしい花々の中にあってはひどく地味に見えた。それでもソラマメは棺の中ではっきりと自己主張している。ジャックが花屋で目立つ花を買ってきたとしても、この棺の中では他の花々の中に埋もれてしまっていただろう。


「さてと。店を閉じて来ちまったからな。帰ったらその分稼がなきゃいけねえ。英雄ジークハルトの通っていた店とでも書いた看板でも吊るしてみるか。あとは、あいつが小さい頃持ってた小物なんかも店頭に並べて客寄せに使ってみるか。」


ジャックは自らの店へと帰って行くのであった。




ジークハルトの魂に安寧を。

そして、例え彼が輪廻に乗り上げようとも、現代社会にだけは生まれて来ずに済むように。

天地神明に願い奉る。

ネット小説の処女作です。


連載小説を投稿する前に短編でちょっと練習してみようと思い書いてみました。

なかなか一つの作品を書き切るのって難しいですね。


ファンタジーのキーワードを入れておきましたが、当作品では殆どファンタジー的なものは出て来ないという・・・・・。でも、世界観はファンタジーじゃないとジークハルトみたいな人は生活保護受給者まっしぐらだと思うんですよね。


ということで、ご感想等お待ちしております。




これって、童話っぽいなと思いなおして、冬童話祭にかこつけてしれっと童話ジャンル化。

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