カラプサとの出会い
季節は夏、あたり一面に広がる麦畑。ここカラプサの国では麦の生産が盛んで、名物である。高く大きなカラプサ山に、そこから雄大に流れるカラプサ川、のんびりとした印象をあたえる草原地帯、まさに草の国とよばれるにふさわしい国である。l
「すげーな、あたり一面麦畑だ。うわさに違わぬ景色だな。」
ゼバックス- 羚羊の魔物、2本の角と河原毛一色の体だが目の部分だけが黒いのが特徴 -のルアに乗りながら、旅人であるソウタは首都に向かっていた。数時間前、カラプサ山を越え、荒地を抜けた彼の目には緑一色のやわらかな景色が広がっている。息を吸い込むと麦のおおらかな香りがひろがる。ルアの獣臭さから解き放たれた感覚だ。
「ああ、いい香りだ。お前の臭い匂いから開放された気分だ。」
「マァアア!!」
「うおっ、暴れるな、落ちる!」
マァアアという独特な鳴き声を放つゼバックスをたしなめる。魔物であるルアは知能が高く、人の感情と表情を読み取るのが得意だ。そこそこ人語も解すようで、特にこちらが馬鹿にするときには鋭く反応する。
「悪かったって、女に対する口のききかたじゃないな。」
女性に対して臭いなどと正面からいうのはひどい、そう反省しうっかり人にまで言わないように戒める。ゼバックスを駆けさせ、麦畑の間のあぜ道を進む。ゼバックス特有の少し跳ねるような走り方は、腰に悪い。腰を痛めないよう柔らかなくらをつけているが、それでも何日も乗り続けていると腰が痛む。ルア自体は人を背に乗せるのが好きなようだが。
しばらくしてふと歩むのを止め、ルアから降りる。メモ帳を取り出し簡素な地図と、ここの土地の気候、植物、感想を書いていく。これは彼が異世界に転移して旅を始めたころからしていることで、すでにメモ帳一冊を使いきりそうだった。
「樹木が少ない平原が続いていて……イネ科の植物が多いな。だが別段熱いわけじゃないし、乾燥もそれほどしていないからステップ- 平らな乾燥した土地、植生 -ではないな。難しいもんだ。」
ひとりぶつぶつと呟きながらメモしていく。これらのメモは後々宿などで、大きな紙に書いてまとめる。そうして少しづつ地図を作っていくのが彼の趣味であり、旅の目的の一つである。
「もう少しあっちの世界で勉強してればよかったな。まぁいまさら言っても仕方ない、とりあえず日が傾く前に街について宿とらないとな。……そうだ、さっきもらったニンジンでも食うか?ルア。」
「マァアン」
数時間前助けた少女の父親からもらったニンジンをルアに食べさせる。元いた世界に比べて質はあまりよくないが、ルアはこのニンジンを気に入ったらしく、何本かもらったニンジンをすでに4本も食べている。ポリポリと音を立てながらニンジンに食らいつくルアは、見ていると愛でたくなってくる動物特有のかわいらしさがあった。
「よしよし……いいこだ。しかし、さっきの女の子には悪いことしたな。」
少女を助けた後、かっこよく去ろうとしたら、少女は自分もついていくといって聞かなかったのだ。無論彼も父親もこまるわけで、君はまだ小さいからとか、また今度いっしょに、などという守りもしない口約束でごまかそうとしたら、ついには泣き出してしまった。わんわんと泣きわめく少女に対しどうすることもできず、とりあえず背を向けて親指を立て、なんとなく雰囲気をだして逃げるように下山した。もしかしたらまだ泣いているかもしれない。彼は子供の扱い方をあまり知らないのだ。
「まぁいいか、過ぎたことは気にしてはいられない。一期一会ってやつだ。」
旅先の人と再び会うことはほぼ無いに等しい。彼もこの異世界の最初の街で良くしてくれた人と別れるのは辛かった。しかしたった数十分しか関わっていない人にいちいちそういった感情を持っていては、旅などできない。特にこの異世界においては。
「よし、こんなもんだろ、そろそろいくぞルア!」
「マア」
メモ帳をしまい、ルアに乗り、しっかりと手綱を握る。軽く腹を蹴るとルアは再び跳ねるように走り始めた。日はすでに西に傾きかけている。彼は太陽に手をかざし、日が落ちるまで大体どのくらいか把握し、近くの街で宿をとると決めた。
数時間後、彼は街の門の前にいた。途中、いくつも農村のようなものはあったが、小さい村ばかりであまりいい宿は期待できないので、このへんで一番大きい街を目指したのだ。その結果、空は夕焼けを通り越し紫がかっており、門はすでに出入りを禁じていた。
「なぁ、どうしてもだめかな?」
「悪いな、これも決まりでね。ここに来る途中、村がいくつかあったろ。一番近い村には安宿があったはずだ。今晩はそこに泊めてもらいな。」
そういうと門番は窓口を閉めてしまい、後にはポツン……と、一人と一匹が取り残されていた。彼は木製の大きな門を睨み、しかたなくいまきた道を引き返した。
と、見せかけ門番の死角から門に近寄り、木製の柵をつたって左に走り始めた。
「ふふふ、悪いね門番のおっさん。俺は虫がはいずり回る農村の安宿だけはごめんなんだ、勝手に入らせてもらうよ。」
彼は虫がさほど苦手というわけではないが、以前ベッドに寝転がり、ふと目線を腹に向けた瞬間、Gがシャツに張り付いていた時にはさすがに旋律した。元の世界だと発狂する人間すらいそうだ。
数分後、柵が低くなっている所をみつけると、ルアに助走をつけさせ、柵を飛び越える。柵は3m近かったが、ゼバックスは元々岩山に住む魔物で、飛び跳ねることは得意だ。着地した場所は裏路地で、人一人いないじめじめした所だ。ただ、路地を出た所は明るく騒がしいのがわかる。ルアから降りて、見つかりにくい所に手綱を結びルアを隠す。
「じゃあ、俺は宿をとってくるからお前はここで見つからないようにしてろ。いいか?」
「マァ」
この異世界では商人以外は動物を連れて街へ入れない、という所がよくあるので、まずルアを隠し、街の様子を見てみないことには始まらなかった。路地裏から出てみると、そこにはいままでの農村とはまるで違う世界が広がっていた。大通りには屋台がならび、そこらに置かれたテーブルには農夫らしき人物や、がたいのよい鉱夫、中には大剣を背負った冒険者までもが所狭しと座り、酒を飲んだり野次をとばしたりしている。街を見渡してもさすがにこの時間に商人や馬を引き連れた人はいなく、やはり聞いてみる以外には、ルアをどうすればいいかが分からない。とりあえず今屋台で地鶏を串に刺して焼いたもの、元の世界の焼き鳥に酷似したものを買った男に声をかけた。
「やぁ、それ、うまいかい?」
「ん?ああ、うめぇぜ!やっぱここの鳥焼きが一番だな。酒によく合うんだよ。」
「へぇ、それはいいな。どれ、俺も一つもらおうかな。おじさん、鳥焼き1つ。」
「あいよ、銅貨4枚だ。」
汗をたらしながら鳥を焼く親父に、銅貨4枚を出し、鳥焼きをもらう。一口かじると、炭火焼特有の香りと旨みがひろがる。塩加減もほどよく、中々にうまい。確かに酒に合うだろうが、残念ながらソウタは下戸なので酒は飲まない。
「なるほど、これはうまいな。」
「へへヘ、だろ?」
目の前の男ははふはふと鳥焼きを頬張る。鳥焼きと呼ばれたものは、元の世界の焼き鳥と比べるとボリュームが一回りも違うので、食べごたえがありそうだ。
「なぁ、あんたこの街に詳しいのかい?」
「ん、この街で育ったからな。そういうあんたはその格好から見るに、旅のもんだな。」
「そうさ、俺はこの街に来るのは初めてで、勝手がよくわからなくてな。少しでいいから、この街のこと教えてもらえるかな?一杯おごるからさ。」
「ほんとか?へへへ、いいぜ、なんでも聞きなよ」
彼らは数少ない空いているテーブルに付き、話を始めた。
本当はもっと長くなるはずでした