異能力
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「その力は(……ザザ…ザ)と引き換え(ザ……ザザザ………)」
☆
「大丈夫。きっと(ザザ……ザ…ザザ)助けてみ(ザ…ザザザ……ザザ………)」
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グリステン王城のほとりにある巨大な湖。この岸からみると、 あの国で一番大きい建物の城が、まるで少し派手なだけの普通の一軒家だ。そう思いながらカイネはアルダシールと一緒に、同じく湖のほとりにある、国で一番大きい巨大樹に座りもたれかかっていた。ちなみに湖の周りは七割が森で、開けている場所は二人がいるここと王城付近だけだ。しかも残り三割を占めているのは殆ど王城の方であり、こちらは開けているというよりはぽっかり穴が空いている感じだ。端から端まで歩いても、十歩とかからないだろう。
すっかり夜の色に染まった湖面には、揺れる部分や波紋がどこにも見当たらない。代わりにその無表情の闇に対抗するのは、空に浮かぶ星と月。夜空のほんの一部を埋めているに過ぎないが、その存在は巨大で、確かなものだ。
だがその森羅万象は、今のカイネにはまるで気にならないものだった。さっきまでの全力ダッシュの疲れは想像以上で、とてもその落ち着いた雰囲気とマッチする気分ではなかった。なんとなくむしゃくしゃした彼女は、静かなる湖に投石を喰らわした。生まれた波紋の数だけ、彼女は愚痴った。
「ふぅ〜。アタシのこととなるとほんと見境ないんだから…てかサナはだいたい…!」
あーだこーだうんたらかんたら。
「でもさすがカイ姉!あんな猛攻から逃げるなんて!しかもボクをおんぶしながらだったし!」
「う…人間何でも死ぬ気でやればなるようになるものなのよ…」
狂気のサナから逃げるのは毎度のことだが、今回はうっかりアルダシールに抱きついたのが爆薬となってしまったようで、いつも以上にハイレベルな逃走となってしまったらしい。
言いながらグッと親指を立ててみせると、アルダシールは目をますますキラキラさせた。しかしカイネとしてはただ必死に逃げていただけなので、それで尊敬の眼差しを向けられるのはどこかむず痒いところがあった。互いの顔を照らしてくれるものは月と星の明かりだけで、表情が読まれにくいのが救いだった。
会話をそらそうと何処だ何処だと話を探していたら、この一連の出来事の発端を思い出したので、問うた。
「そういえばアル、あのときアタシになんて言おうとしたの?」
「んと、ワンダホーエスケープ」
「そっちじゃなくてですねー」
ずてーっと大袈裟に前のめりになると、すぐに態勢を戻し、あくまで普通の声で言った。
「王室で最初にアタシに話しかけたときのあれ。ほら、それでサナが怒ったってやつ」
「あー、そーいえばそーだったね!」
案の定本人も忘れていたことが確認された。するとアルダシールは少し俯き、上目遣いで答えた。その仕草にどういった意味があるのかはカイネにはわからなかった。
「えと、カイ姉のあの能力のことなんだけど……」
「あの、って……これのこと?」
口で説明しようと思ったが、実践してみることにした。この妙な不快感を、全開の能力で吹き飛ばそうと試みようとしたのだ。
言いながらカイネはすっと立ち上がり、右手を後ろにひき、そこに握りこぶしを作った。目を瞑り、全神経を右手一本に集中させた。そうすると……
前兆もなく、辺りの風が急に強くなった。
否、こぶしに渦巻くように、風が「集まってきた」のだ。
彼女の傍らにいる少年は何度も吹き飛ばされそうになりながらも、その秀麗な姿を、幼くくっきりとした瞳にインプットしていた。何か未知の不思議を見るかのような、期待に満ち溢れた瞳に。
半身のカイネは一層強く力を込め、大きく左脚を前に踏み込むと……
「セヤァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
凄まじい掛け声とともに、右手のこぶしを前に突き出し、同時に限界まで手を大きく開いた。方向は湖面。
突き出されたその手から、螺旋状の爆風が放たれた。つまるところ「竜巻」を手から解き放ったのだ。
水面がえぐられるように高々と打ち上げられた。それに同調し、上がった水が勢いよく水面に叩きつけられる。
辺りの木々がミシミシと悲鳴をあげる。
風の音が木々の音、水の轟音をも相殺する。
力は横にいたアルダシールにも大きく及んだ。踏ん張っていた両足が持ち上げられ、のけぞる形で地面に倒された。これ以上吹き飛ばされないようにと、雑草剥き出しの地面を精一杯の力で掴んだ。だがそれでも、決して彼女の姿から目をそらさなかった。
湖の半分を削った竜巻はやがて力を失い、消えていった。同時に、カイネは右手をダラっと下げ、肩でゼーハー息をし始める。アルダシールの方を一瞥し、あくまで笑顔で話しかける。
「こ、これのこと……?」
ただ、どれだけ悲惨な顔になっているか、彼女は怖くて想像できなかった。
「う、うん。それだけど……」
おぞましい笑みを向けられたその少年は、引きつった笑顔のままそう答えた。王子に軽くひかれたことで、彼女は渇いた笑いしかだすことができなかった。
さっきまでのもやもやは吹き飛ばしたが、別種のそれに再び苦しめられるはめになった。
アルダシールはコホンと咳払いをして、再度真面目な表情で質問をする。
「その能力ってさ、どうやって手に入れたの?生まれつきとか?」
「ん?そりゃあわかんないよ」
「???」
カイネの返答に首を傾け、疑問符を浮かべるアルダシール。それを見たカイネも一瞬疑問に感じたが、すぐに悟った。悟った瞬間、乱れていた息はひとりでに整った。
この子には、まだ真実を伝えていなかったのだと。
そしてこの真実を知る者はサナ、王、王女だけだったと。
どうする?真実を伝えるべきか?この子が知ったらどう思うだろう?知ったら今後どういった行動をするだろう?
随分長く迷った挙句、やはり伝えることにした。きっとこの王子はそのことよりも、自分に隠し事をしていることの方が傷つくだろう。そんな結論に辿り着いたから。
カイネはアルダシールから視線を背けるように手を後ろに組み、夜空に浮かぶ月を見上げる。どうかこの子が悲しみませんようにと、願いを込めながら、口を開く。
「そっか……。アルには言ってないのね……」
言い終わって三秒程経ったところで、覚悟を決めて口を開いた。
「アタシね、記憶喪失なの」
☆
レイは突き出した剣から猛烈な量の電撃を放つ。そしてそれに見合った爆音が拡散する。電撃はレイの意思に従順に恐竜の体の上を走る 。殆ど一瞬の攻撃だったが、恐竜は叫ぶこともできずに、あっさりと地面に横向きに倒れた。
力を入れすぎず気絶させる程度の力加減はしたが、もしかしたらやり過ぎたかもしれない。そんな考えが彼の頭によぎったが、もうやってしまったから考えても遅いとやや強引な納得をした。
ちなみに手加減をしたのは、勝手に動物を殺したりしたらきっと王あたりからうるさい説教がとんでくるだろうという危険予知をしたからだ。無論そんな能力がある訳ではない。
剣をぐさりと地面に刺すと、小さくため息をつく。
「さて。この恐竜どうするかな」
やはり倒すことしか考えていなかったレイは、とりあえず恐竜を放置しておくことにした。恐らく五時間くらいは起きないだろうし、それまでには王族の誰かが処理してくれるだろうという、とにかくいつも通りの推測・希望だらけの思考ロジックからの判断だ。
王城を飛び出して今までの時間が十分と少しだ。そうなると今帰ったら、ゆっくり行ってもパーティー会場に着いてしまう。それだけは阻止したい。となると……。
そう考えた護衛兵は、ある場所に寄り道をすることにした。そこで一夜を明かすつもりらしい。
最後に横になって気絶(?)している恐竜を一瞥し、心の中で別れを告げると、小さく『白い力』を使ってやや足早にその場所へ向かった。