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何かを忘れているモノ


「やっぱ、強いよな、そりゃ」



「これを食い止められるのは、あ…あたししかいないんだよ!」



「カイ姉!カイ姉!」

助け舟を待っていたカイネにとって、その声はノアの方舟も同然だっただろう。彼女は深く安堵のため息をついた。


インコのごとく同じ言葉を連呼する王子、アルダシール。少年とはいえその純粋無垢な瞳と幼い体つきは、ある種の人間の本能を覚醒させてしまうこともある。

そしてそれはカイネも同じだ。可愛いとかっこいいが一つになったような性格なので、異性の目は勿論、同性まで引き寄せてしまうこともあってしまう。

今カイネの左腕にひっついて離れない第三小隊隊長のマーズリー=サナが、後者の例だ。つまり、レイがいなくなってから (彼がいるときも近くにいたが) 、カイネは同性にずっとくっつかれているという状態だ。日常茶飯事なのでもう慣れてはいるが、だからといって疲れないわけでもないのだ。


「どうしたの?」

最高級のスマイルでアルダシールを迎えたカイネ。あの可愛らしい王子をみると、図らずしも満面の笑みが零れてしまう。今回はそれに感謝の気持ちも上乗せされたので、この上なくいい笑顔となったと思われる。

だが、その状況をよく思わない人間が一人。

「私とお姉様の美談に水をさすなんて……。流石王子様大胆不敵豪胆無比生命覚悟ぉ!」

「わー!サナストーーップ!」

サナと呼ばれた女が人差し指をたてた右腕を振りかざしたのを、 カイネが羽交い締めで制する。今止めていなかったら、アルダシールは味方の魔法で殺されていたかもしれない。

キョトンとしている王子に、カイネがちょっと待っててねーと言い残す。そしてフーフーと怨念むき出しに唸り、短い黒髪を揺らすサナを抑える態勢を保ちつつ、少し離れた場所に移動し、あとはいつも通りの……


「だからいつもアタシと喋るの少し中断されるだけで攻撃すんなって言ってんでしょーが!しかも王子様相手に!」

「『だけ』とは失笑!お姉様のような高等護衛兵にあんな下等ショタ王子が関わり、その上お姉様を馬鹿にしたようなあの呼び方!万死の外に何が値しましょう!」

「アンタのその人目の前でけなせる度胸と口の悪さに盛大な拍手を贈るわ!」

「あら。お姉様からお褒めの言葉を頂けるなんて。サナは光栄…」

「誰も褒めてないわよー!!!もぉー!!」


……いつも通りの説教と、カイネの敗北。


「あっはっは!いつ見ても楽しいっスね、先輩方のやり取りは」

「あんたまで敵に回らないでよ最後の砦!」

「それもそうですね…。じゃあ見ておくだけにします……『見ておくだけ』に……」

「アタシに味方はいないのー!?うわぁーん!!」


カイネにダメ押しの一撃をお見舞いしたその男の名前はトレイト。座っているイスをガタガタゆらし、腕組みをしながら先輩を馬鹿にする態度は、傲慢という言葉が一番合っているだろう。グレーの髪のところどころにピンクが混じっている、何とも異質な外見だ。そして……ドS。


「大丈夫だよカイ姉!ボクがいるよ!」

本題をすっかり忘れたアルダシールが楽しそうに会話に混ざる。

「わー。優しいねーアルは。ぎゅーしちゃうぎゅー」

「ぎゅギュっギゅぎュぎゅッッぎゅーギュギゅギゅぎューギぎゅぎゅぎゃギャぎャァぁあァァあァァぁぁぁァ!!!!!!!!!!!」

「あ、サナ先輩が壊れた」


王室にはいつもの風景が広がっている。レイは普段おとなしいので、基本的にこういった会話にも参加することはない(但し、稀に参加するときに発する言葉は、誰より最凶最悪だと言われている)。よってレイがいてもいなくても、いつもの雰囲気に変わりはないのだ。

しかし、彼がいないことは同時にこういった会話を止める人がいないということだ。


カイネとアルダシールの命懸けの逃走劇が始まったのは言うまでもない。



そのレイは今、一度休憩してから再び出発して3分経過の末、ようやく恐竜の姿を捉えたところだ。レイは恐竜に詳しくもないのでその種類を特定することもできない。だが、低い身長(と言っても恐竜の中での話で、レイよりも数倍大きいだろう)と、頭に生えた巨大な二本の角が見えると、彼も少し見覚えがある気がした。

何を思っているのか、街がある方角に突進している。その左からレイがダッシュでそれを止めようと走っている。

さっきまで草原と砂が入り混じっていた地面は、すっかり赤土のみのそれに変わった。『白い力』で圧倒的な速さをほこっているレイが異常なまでの砂ぼこりをあげながら、右手にもつ白く輝く愛剣を目一杯後ろに引く。だが、切っ先はまっすぐに目標を捉えている。


彼の剣の構えは、決まってこうなのだ。


恐竜はようやく彼に気づき、前進をやめて彼のいる方向に向き直した。だが、彼はもうすでに間合いを詰めていた。もはや手遅れ。

相手が人語を話せないのを承知の上、彼は呟いた。



「残念でした」

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