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シャイン樽画・ショートショート集

ショートショート1 『人生万事塞翁が馬太郎』

 それは、西尾馬太郎(にしおうまたろう)が帰りの電車で駅に着いた時のこと。


「もし、そこのお方……」


 ふいにそう声をかけられ、馬太郎が振り向くと、そこには六、七十代の小柄な婆さんが座っていた。婆さんの目の前の席には水晶玉らしき球体が置いてあり、どうやら占い師のようである。


(占いかあ。占いなんて、オレ、あまり信じない方だけど、わざわざ呼びとめるってことは、何かあるんだろうか? そういや、今朝のテレビの星占いは大凶だったなあ。どれ、それじゃあ仕方ないから占ってもらうかな?)


 そんなわけで馬太郎は、占い師の前につかつかと歩み寄ると、掌を見せる。

 水晶占いだろうに、何故手相を見せようとする?

 しかし、占い師は首を横に振ると、眉間にしわを寄せ、渋い顔でこう言うのだ。


「うんにゃ、私が呼び止めたのはあんたじゃない。ああ、そっちのあんただよ!」


 占い師はそう言って、馬太郎の後ろを今まさに通り過ぎようとしている中年男性を指さした。

 だが、その中年男性は、占い師にさされたことにも気づかず、さっさと行こうとするのだ。だから、占い師は慌てて言った。


「ちょっと! 行くんじゃないよ。そこのカツラしている人! あんただよ!」


 中年男性は占い師の「カツラ」という言葉に反応し、びくっとしてから、今度はむっとした目つきで占い師の方を睨みつけた。

 男性の頭にはふさふさと髪があり、一見すると地毛であるように見える。だが、占い師の言葉に反応する男性の態度を見れば、その男がカツラであることは容易に想像できた。

 現に、いつもどこか抜けている馬太郎でさえ……


(へえ、このオジサン、カツラなのか)


 そんなことを心の中で呟いていた程である。

一方、暴かれたくない秘密を暴かれ、男性は怒り心頭である。そそくさと足早にその場を去ろうとするのだ。

 占い師はそれを見て、慌てて立ち上がると、さっきより大きな声で引きとめようとする。


「おーい、何で知らないフリしてんのさ。周りをご覧よ。あんたしかカツラしている人間なんていないじゃないか。悪いこと言わないから占っていきなよ。今日のあんたは何かとんでもない目に遇うって占いで……」


 しかし、もはや男性は振り返らず、早足のまま闇の中に消えて行った。


「ああ、行ってしまった……」


 占い師はガッカリした口調でそう呟いた。


(何なんだ? この人……?)


 その一連のやりとりが気になった馬太郎は、占い師の婆さんに向かって尋ねた。


「さっきのおじさん、どうかしたんですか?」

「は? あんた、まだ居たの?」


 占い師は、そう言ってから馬太郎のことを頭のてっぺんからつま先までじろじろ見ると、うんうん頷きながらこう言うのだ。


「あんた、占っていくかい?」


 占い師はそう言ったが、馬太郎はパタパタと手を振って否定する。


「いえ、それより、あの人の占いの方が気になるんですが。何であんな引きとめてまで占おうとしたのか、教えてください。」

「いや、大したことじゃないよ。それにねえ、他人の占いの結果を無闇に言うものじゃないんだ……。」

「教えて下さい。お金払いますから」


 そう言って馬太郎は、二千円札を机に置いた。


「まったく。最近の若いもんは! 金を払えば何でも許されると思って!」


 占い師はそう言って、手早く二千円札を懐にしまうと、途端に上機嫌になり、ペラペラと言うのだった。


「いやね、あの人、顔に『凶相』が出ているから注意しなさいって言おうと思ったんだ」

「凶相?」

「ああ、今夜あの人の顔には木星ジュピターと秘数字の『11』が浮かんでいた。木星も、『11』も、何かが明るみに出る暗示でね。要するにあの人、近い将来、人にバラされたくないことが曝露されるようなんだ。それが何なのかはわからなかったから、ちゃんと占ってあげたかったんだけど……」


 そりゃ、あれだけ大きな声でカツラカツラと騒いでいれば、あの人にとっては厄日だろう。だって、バラされたくないだろうカツラの秘密をバラされたのだから。


(でも、このおばあさん、自分で気づかなかったとはいえ、あんなに自然だったカツラを言い当てたのは確かだ。もしかしたら、ちょっとボケているだけで、実は相当実力のある人なんじゃないか?)


 そんなことを考えていると、次に気になって来るのは、もしもこの婆さんに自分を占わせたら、一体どんなことを言うだろうかということだ。

 そんなわけで、馬太郎は内心ドキドキしながら笑顔でこう言った。


「あ、やっぱりオレの運勢も占ってくれませんか?」

「え? 占うの? じゃあ、さっきのとは別にお金貰うよ」

「うひゃあ、おばあさん、しっかりしてるなあ……」


 そんなことを言いながらも馬太郎は二千円札を占い師に支払った。

 占い師はその二千円札を受け取ると、馬太郎の手相をつぶさに観察し、やがてこんなことを言い始めた。


「へぇ、あんたは稀にみる幸運の持ち主だね!」

「え? そうなんですか?」


 馬太郎はつい嬉しくなって顔がほころんだ。

 占い師は話を続ける。


「あんたの未来は順風満帆。バラ色の人生だよ。ホント羨ましいぐらいの幸運さ。実はもう現れているんじゃないかい? もしかしたら最近良いことあったろ?」


 すると、馬太郎は、ぽかんと口を開けながらあらぬ方向を見上げて考え始める。


「うーん、どうだったかなあ? いやあ、良いことなんて特になかったなあ……。むしろ今朝は近所の犬に吠えられるし、電車では痴漢に間違われそうになるし、会社のトイレで実はパンツに穴が開いてたことに気づくし……」


 そう言って馬太郎は今日一日を振り返って鬱に入った。

 占い師は、馬太郎の肩を叩きながら慰めるようにこう言うのだ。


「じゃあ、これからだよ。これから良いことがあるんだよ。まず、近いうちに運命の相手に巡り合うよ。とびきりの美人さ。あんたはその人と結婚するんだ」

「え? そうなんですか」


 生まれてこの方、女性との縁なんてまったくなかった馬太郎にとって、これ以上ない朗報だった。馬太郎は頬を緩ませ、にやにやと笑った。


「ああ、そうともさ。あんたはその美人と結婚する。ただ、ちょっと手先が不器用だね。料理とかやらせない方がいいかも? ドヂってボヤ騒ぎでも起こしそうな気配だから。まあ、あんたが炊事洗濯頑張ればいいんだよ」

「え?」

「あと、その後の結婚生活において、彼女にはしっかり尻に敷かれることになるだろうけど、気立てのいい娘さんだよ。大事にしな」

「え? は、はい……。」

「ああ……、何度か離婚騒ぎになりそうだね。でも安心しな。絶対別れたりしないから。というのも、その彼女に一途なあんたは、どんなことがあっても、どれだけ相手に非があっても、最後には自分の方から折れて、泣いて土下座しながら『別れないでくれッ』って頼むんだよ」

「へ、へぇ……」

「いやあ、良かったね。だから絶対離婚はないよ。結婚生活は安泰さ。それから、仕事の方でも良いことがありそうだ。会社であんたは凄い出世をするようだよ。良かったね」

「や、やったあ。」

「出世のチャンスはこれから十回ほどある」

「十回も? すごい!」

「ああ、そうだとも。あんたは恵まれている。でも、そのうち九回まではライバル達に蹴落とされ、しかもあろうことか、そいつらに、あることないことデマ情報を流され、一時、あんたの地位はどん底まで落とされる。思わず目を覆いたくなるようなひどいデマでね。後ろ指さされて生きていくしかなくなる。いや、これはひどい」


 水晶玉を覗いていた占い師はそう言って、思わずそれから眼を背けた。


「え……」


 そして、占い師のあまりの渋い表情に、馬太郎は、それほどまでひどい人生を歩むというのかと段々不安になって来た。

 しかし、馬太郎がそんなことを考えているとも知らずに、占い師は話を続ける。


「それでもあんたはしぶとく生き残る。頑張って頑張って頑張って、ストレスで頭は白髪だらけ、顔はシワでいっぱい、身も心もボロボロになるぐらい苦労するけど、最後のチャンスであんたはやっと日の目を見る。大きく出世する。もしかしたら、社長になるかもね。奇跡の大逆転ってやつさ。使いきれないぐらいの大金が転がり込むのだもの。いやあ、あんたは本当に幸運だ。あやかりたいね、まったく」

「そうですか……。いやあ、良かった、良かった」


 そして馬太郎は、お婆さんに占いのお礼を述べてから、帰宅の途に着いた。

フラフラとアパートに着いた馬太郎は、夕食をとり、風呂に入り、布団を敷く。しかし、布団に入って五分ぐらい過ぎた頃、馬太郎はぱちりと目を開け、低い天井に向かって呟くのだった。


「あれ? それって『大凶』じゃね?」


初投稿です。よろしくお願いします。

400字詰めで11枚程度の話なので、軽く読んでいただけたら幸いです。


ええっと、あと何書いたらいいでしょうか……?

ああ、一点だけ、わかりにくそうなところを補足しますと、婆さんは結果だけ見て馬太郎のことを「幸運だ」と言っていますが、これから散々な目に遭うことを宣告された馬太郎にとっては「それって大凶じゃね?」ってことです。

言うなれば「塞翁が馬」とは言うけれど、見方によっては、いくら終わりがよくても不運なものは不運だってことですね。

ええ、蛇足でしたね。


ありがとうございました。


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異世界ものの連載書いてます。

よければ見てやってください。


『異世界の女子どもが俺のぱんつを狙っている』

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