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トンカツの揚げ方

作者: タカシ

登場人物


白石ツグミ〔しらいし つぐみ〕 次女 高校2年生


白石浩二〔しらいし こうじ〕  父 


白石洋子〔しらいし ようこ〕  母 


進藤直弥〔しんどう なおや〕  長女の元婚約者 父の上司


野村秀平〔のむら しゅうへい〕 ツグミの幼馴染 霊感少年



グラサン  グラサン


ハゲ    ハゲ


覆面    覆面



白石ハツネ 長女 二年前に死亡


ハツネ「その日は、私が死んで二回目の命日だった」



食卓に座る三人の親子。


食卓の上には無骨なキャベツの千切り、揚げすぎて茶色いトンカツ。


ぎこちない空気の中、両親の会話がむなしく響く。


そんな三人を仏壇から見守るハツネ(幽霊)。



ツグミ「お父さん、ソースとって」


浩二 「あ、ああ。ウスターかい、中濃かい? それともトンカツソースかい?」


洋子 「もうあなたったら。トンカツを食べてるんだからトンカツソースに決まって……」


ツグミ「ソイソース」


父&母「「え・・・・?」」


ツグミ「ソイソース」


浩二 「あ、ああ」


洋子 「ツ、ツグミ、トンカツに醤油なんてかけるものじゃ在りません」


ツグミ「大丈夫よ。ご飯にかけるから」


浩二 「そ、そうか……」


ツグミ「早く取ってよ。お父さんはホンッとどんくさいんだから」


洋子 「ツグミ、あんたお父さんになんて口の利き方を……」


浩二 「す、すまん。いま取るよ」


洋子 「あなた……」



黙って食事をする三人。



ツグミ「ねぇお母さん?」


洋子 「なあに?」


ツグミ「このトンカツ、すっごく不味いんだけど」


洋子 「え!?」


浩二 「なんてことを言うんだツグミ。せっかくお母さんが作ってくれたのに」


ツグミ「衣はコゲコゲだし、中まで火が通ってない。なんか胃がムカムカしてくるのよね」


洋子 「……ごめんなさい」


ツグミ「お母さん、料理一から練習しなおしたら?」


浩二 「ツグミ! おまえ母さんになんてこと……」


ツグミ「お父さんだってそう思うでしょう」


浩二 「…………」


洋子 「あなた?」



再び沈黙。


しばらくして、来客を知らせるチャイムが鳴る。



洋子 「誰かしら、こんな時間に」


ツグミ「さあね」


浩二 「と、とにかく出てくるよ……(はける)」


ツグミ「お母さん」


洋子 「なあに?」


ツグミ「なんであんな人と結婚したの? お父さんのどこが良かったの?」


洋子 「……お父さんはね、昔はもっとかっこ良かったのよ」


ツグミ「じゃあいつからああなっちゃったの? ……ごめん。どうかしてるね、今日の私」


洋子 「ツグミ……」


浩二 「いや~、よく来てくれたね」


進藤 「すいません。こんな時間にお邪魔しちゃって」



浩二に連れられ、進藤直弥が入ってくる。



ツグミ「!?」


洋子 「あらあらあらあら、進藤さん。お久しぶり~」


進藤 「これは奥様。ご無沙汰しております。相変わらずお元気そうで」


ツグミ「……(睨みつけてる)」


進藤 「こんばんは、ツグミちゃん」


ツグミ「……フン」


浩二 「そ、それにしても、ウチに来るのは二年ぶり……になるのかな?」


進藤 「そうですね。ハツネさんの葬儀の日以来だと。……すいません」


浩二 「いやいや、気にすることは無いよ。きっとハツネも喜んでくれるだろう」


進藤 「……そうだといいんですが」


洋子 「どうかしました?」


進藤 「い、いえ。大丈夫です」


ツグミ「ごちそうさま……」


浩二 「ツグミ?」


洋子 「まだご飯残ってるわよ?」


ツグミ「いらない。もうお腹いっぱい」


進藤 「ツグミちゃん、ご飯は残さず食べないと……」


ツグミ「いらないって言ってるでしょ!」



ツグミ荒い足取りではける」



進藤 「嫌われてるのでしょうか……僕は」


浩二 「そ、そんなことは無いさ」


洋子 「そうよ。気にしないでね。まったくあの子は」


進藤 「そうだといいんですが……」


洋子 「ほらほら。せっかく来てくれたのに、そんな辛気臭い顔してちゃ、ハツネも悲しむよ」


進藤 「……ですね。まったく、僕ってば何してるんだろう」


洋子 「うんうん、そのいきだよ」


浩二 「ささ、進藤君。座って一杯どうだい?」


進藤 「あ、いいですね! でもその前に」



進藤、仏壇の前まで行き、座って手を合わせる。


後ろから見守る二人。


進藤、ひとしきり拝んだあとテーブルへ移る。



進藤 「お酒臭いとハツネさんに怒られちゃいますから」


洋子 「ええ。きっとそうね。あの子、お酒があまり好きじゃなまったから」


浩二 「私もよく怒られてたな~」


進藤 「ははは。ハツネさんは……怒ると怖いですからね」


浩二 「あぁ……。ああ見えてあの子は……。洋子、すまないが酒を持ってきてくれ」


洋子 「はいはい。ふふふ。あの子の命日だからお酒は控えるんじゃなかったんですか?」 


 

洋子、いったんはけ、酒を持ってくる。


酒盛りを始める男二人。



進藤 「ところで、先程から気になっていたんですが、このトンカツはもしかして……」


浩二 「洋子の作ったものだが、それがどうかしたのかい?」


進藤 「いえ、以前ハツネさんが、洋子さんの作ったトンカツは世界一だ。と言っていたのを思い出しまして」


洋子 「あらやだ。あの子ったらそんなことを」


進藤 「ええ。とても嬉しそうに話していました」


浩二 「そうかそうか。あの子がねぇ……」


進藤 「あの! もし宜しければ、僕にもそのトンカツを食べさせてもらえないでしょうか?」


洋子 「もちろんよ。たくさん作ってあるから、お腹いっぱい食べてちょうだいね」


進藤 「ありがとうございます」


洋子 「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ持ってくるから(はける)」


進藤 「はい」


浩二 「進藤君、あの子は他に何か言っていなかったかい?」


進藤 「えっと……確かあの時、僕も食べてみたいと言ったら、まだ早いかもって言われましたね」


浩二 「まだ早い? 一体どういうことなんだ?」


進藤 「さあ、そこは教えてくれませんでしたから」


浩二 「そうか」


進藤 「でもそのあと、「だったら早く結婚しなくちゃね」とも言われました」


浩二 「ははは。まったくこれだから若い者は。まあそれくらいでなくては、この時代は乗り越えられないだろうがな」


進藤 「そうですね」


二人 「「ははははは」」


洋子 「お待たせー。白石家特製のトンカツでーす」


浩二 「よっ! 待ってましたー!」


洋子 「あなたにじゃないわよ。はい、進藤君」


進藤 「ありがとうございます」


洋子 「市販のソースで召し上がれ」


進藤 「はい」


洋子 「遠慮しないでじゃんじゃん食べてね」


進藤 「それじゃあ……いただきます! もぐもぐ……」


浩二 「どうだね、洋子のトンカツは?」


進藤 「うーん、外はザックザクで中はしっとり。口の中に広がる豚肉の血の風味がソースと混ざって今までに味わったことの無いハーモニーをかもし出してブヘラバグボッ!」



進藤、奇声をあげ倒れる。



洋子 「キャアァァァァアア!」


浩二 「し、進藤君!? いったいどうしたんだ!」



浩二、進藤の様子を見る。



浩二 「……そんなバカな!」


洋子 「あなた?」


浩二 「し、死んでる……」


洋子 「ゑ?」


浩二 「進藤君は……死んでいる」


洋子 「嘘よ! そんなことあるはず無いじゃない!!」


浩二 「だが本当なんだ! 現に今、彼の心臓は止まっている! 呼吸だってしていない!」 


洋子 「トンカツ食べたら死にました~なんて、いまどき漫画でもありえないわよ! あなたお願い! 本当のことを言って!!」


浩二 「進藤君は死んだ。君のトンカツを食べてね」


洋子 「本当……なのね?」


浩二 「ああ。だ、だが、諦めるにはまだ早い! 洋子は急いで救急車を呼んでくれ! 私は到着まで人工呼吸と心臓マッサージをする! 人間、少し心臓が止まったくらいで死にはしないさ!」


洋子 「…………」


浩二 「洋子?」


洋子 「あは、あははははははははははははははは!!!」


浩二 「ど、どうしたんだ洋子!? しっかりするんだ!」


洋子 「あははははははははははははははは!!!」


浩二 「洋子……。くっ! とにかく今は進藤君だ。ハツネのためにも、彼を死なせるわけにはいかん!」



浩二、倒れた進藤に心配蘇生法を行う。


その隣では、洋子が不気味に笑っていた。




暗転




ツグミ、自室にて電話中。


相手は幼馴染の野村秀平。


野村、家(定食屋)の手伝いで忙しく、空返事ばかり。



ツグミ「ホンット信じらんない! 二年間顔も見せなかったくせに、いまさら何しに来たのよって感じ!」


秀平 「はいはい。はい! しょうが焼き定食お待ち!」


ツグミ「お父さんもお母さんも甘いのよ。いくらお姉ちゃんの元婚約者だからって、あんなに馴れ馴れしくしてもいいわけ?」


秀平 「はいはい。あ、いらっしゃいませ!」


ツグミ「そりゃあ進藤さんは、お父さんの勤め先の会社の次期社長で、お金も人望もある人格者だよ?」


秀平 「はいはい。ありがとうございましたー!」


ツグミ「でもだからって、あんなにヘコヘコしないでさぁ、もっとこう……年長者の威厳って奴を見せて欲しいわけですよ!」


秀平 「はいはい。あ、お客さーん! ケータイ忘れてますよー!(はける)」


ツグミ「ちょっと秀平! 聞いてるの!」


秀平 「はいはい。いらっしゃいませー!」


ツグミ「聞いてないでしょアンタ……」


秀平 「聞いてるよ。ただ返事をする余裕が無いだけ。こちとら仕事中なんだからしょうがないだろ」


ツグミ「フン。分かってるわよそんなこと」


秀平 「分かってんのかよ! あ、はい。すぐお持ちしまーす!」


ツグミ「はぁ」


秀平 「ツグミさあ、進藤さんのこと嫌いなの?」


ツグミ「そんなんじゃないわよ」


秀平 「じゃあ好きなの?」


ツグミ「ブッ! ど、どうしてそうなるの!」


秀平 「『嫌よ嫌よも好きのうち』って言うじゃん?」


ツグミ「…………」


秀平 「沈黙は肯定とみなしマース」


ツグミ「…………」


秀平 「もしもーし、ツグミー?」


ツグミ「…………」


秀平 「え、もしかしてマジ?」


ツグミ「う、うるさいわね! アンタには関係ないでしょ!」


秀平 「関係あるんだなぁこれが……」


ツグミ「え? なんか言った?」


秀平 「いえいえ何も。だけどツグミ、進藤さんはハツネさんの……」


ツグミ「分かってるわよそんなこと! この気持ちが、本当は抱いちゃいけない物だってこともね」


秀平 「……ツグミ」



暫しの沈黙のあと、ツグミ、勤めて明るい口調で話す。



ツグミ「てゆーわけで、私は進藤さんのことは「ちょっと気になる男の人」くらいにしか思っていないの。安心した?」


秀平 「ななななんでそんなことで俺が安心しなきゃいけないんだよ! べべべ別に俺お前のことなんてなんとも思ってないし!」


ツグミ「はいはい。そーゆーことにしておきましょうか」


秀平 「だ、だからっ! てか、何が「てゆーわけで」なんだよ!」


ツグミ「まあまあ。ところで秀平。一つお願いがあるんだけど」


秀平 「な、何だよ急に」


ツグミ「あのね……」


秀平 「お、おう」


ツグミ「出前お願い。トンカツ定食四人前。大至急!」



ずっこける秀平。



秀平 「で、出前!?」


ツグミ「あら、嫌とは言わせないわよ。アンタの家食堂でしょ? 断る理由なんかどこにも無いじゃない」


秀平 「食堂じゃない。定食屋だ」


ツグミ「同じようなもんじゃん」


秀平 「だ、だけどよツグミ。お前だって知ってるだろ? 俺、夜の配達はダメなんだよ……」


ツグミ「別に断っても構わないわよ。でも、もしそれがアンタのおじさんにばれたら、後でどんな目にあうのか……。うふふ、楽しみね」


秀平 「くぅ……。この鬼!」


ツグミ「じゃあそういうことで~」


秀平 「はぁ。トンカツ定食四つだな?」


ツグミ「うん。なるだけ早く持ってきてね」


秀平 「はいはい」


ツグミ「もちろん秀平のおごりでね?」


秀平 「はいはい……てちょっと待て! なんで俺のおごりになってるん……」


ツグミ「じゃ、そういうことで~」



ツグミ、一方的に電話を切る。


 

秀平 「……切れた。ったくよぉ。ツグミの奴、分っててやってるんだからタチ悪いよな。はぁ、しょうがない。行ってやるとするか。オヤジ! 出前! ツグミんとこ! トンカツ定食四つだとー。え? なんだよオヤジ。そんなんじゃねぇって!」



秀平、喋りながらはける。



ツグミ「さーてと。秀平が来るまでまだ時間が掛かるだろうから……。とりあえず下の様子でも見に行こうかなー」



ツグミ、はける。




暗転。




リビングに戻ってきたツグミ。


リビングには、包丁を持って呆然と立ち尽くす洋子。


テーブルの前では進藤が倒れており、浩二が人工呼吸をしている。


ツグミにはそれが、浩二が進藤を押し倒して襲っているように見えた模様。



ツグミ「きゃああああああ!」


浩二 「ハア、ハア。さあ立て……立つんだ進藤君……」


ツグミ「そんな……お父さんが……お父さんが攻めだったなんて! 総受けだと思ってたのに!」


浩二 「おおツグミ! いいところに! ちょっと手伝ってくれ!」


ツグミ「な、何!? 何をしようっていうの!? ……3P!? だ、だめだよお父さん! お父さんにはお母さんがいるのに、娘とだなんて!」


浩二 「ツグミ! QEDを、QEDを持ってきなさい!」


ツグミ「きゅ、QED?」


浩二 「そうだQEDだQED。早くQEDを! 急いでQEDを! とにかくQEDを! 今すぐQEDを!!!!」


ツグミ「お、お父さん落ち着いて! そんなにQEDQEDって連呼したら推理劇になっちゃうよ! それにこの状況で証明終了しちゃったら、確実にお母さんが犯人だからっ!」


洋子 「あははははははははははははははは!!!」


浩二 「QED~!」


ツグミ「何だって~みたいに言わない! QEDじゃなくてAEDでしょ!」


浩二 「何でもいいから早く!」


ツグミ「分かったわよ!(はける)」


洋子 「あははははははははははははははは!!!」



浩二、進藤の服を脱がせ始める。


AEDを手に戻ってくるツグミ。



ツグミ「きゃあああああ!」


浩二 「おおツグミ。それをこっちに。早く!」


ツグミ「お父さんって、やっぱり攻めだったのね……」


浩二 「わけの分からんこと言ってないで、早くAEDを!」


ツグミ「あ、うん」


浩二 「これをこうして……ぽちっとな」



浩二、進藤にAEDを使用。



進藤 「あばばばばばばばばばば!」


浩二 「おお!」


ツグミ「おお! じゃ無いでしょ! 進藤さん、大丈夫?」


浩二 「ぽちっとな」


進藤 「あばばばばばばばばばば!」


ツグミ「お父さん!」


浩二 「いやあ、つい」



進藤、復活。



進藤 「…………」


ツグミ「し、進藤さん、大丈夫?」


進藤 「お花畑……おばあちゃん……小船と赤鬼とオ―ル……」


ツグミ「し、進藤さん?」


進藤 「そそそそんな! 自分は悪事など・・・・・・・・・・ヒィ・・・・・・閻魔様・・・・・・・・・嫌・・・・助けて・・・・・・たすけて・・・・・・・タスケ」


浩二 「ぽちっとな」


進藤 「あばばばばばばばばばば!」


ツグミ「お父さん!」


進藤 「はあ、はあ、はあ」


ツグミ「進藤さん大丈夫!?」


進藤 「あ、危なかった……もう少しで舌を引っこ抜かれるところだった……」


浩二 「目が覚めたかい進藤君」


進藤 「白石さん……。僕は、一体……?」


浩二 「どうやら覚えていないようだね……」


ツグミ「お父さん、一体何があったの?」


浩二 「説明しよう」




暗転。




所変わって夜の道を一人で歩く秀平。その手にはオカモチが握られている。


どうやら白石家へと向っているようだ。



秀平 「ったくつぐみの奴、俺が夜は出歩きたくないって知ってるくせにどうしてわざわざ出前頼むかなぁ……」



オバケA登場。



秀平 「うわっ! ……き、気のせいだよな気のせい」



オバケB登場。



秀平 「ひっ! ……見てない……見てない……俺は何も見てな……………………うわあああああ! 来るな来るな来るな来るなあ! 来るなって言ってんだろどっかいけぇぇええ! はぁ、はぁ、はぁ、次から次に、一体今日はどうなってんだ……げっ」



柄の悪い三人組と目が合う秀平。


秀平、走り去る。




暗転。




浩二 「というわけなんだ」


ツグミ「どういうわけよ……」


進藤 「あぁ、思い出した。思い出した!」


ツグミ「進藤さん?」


進藤 「僕は、僕はあのトンカツを食べて意識を失ったんですね?」


浩二 「そうだ」


進藤 「なんて事だ。ハツネの愛したトンカツが食べられないなんて……。こんなことじゃぁ婚約者失格だ……」


ツグミ「し、進藤さん。そこまで落ち込むこと無いと思うけど」


進藤 「いや、違うよツグミちゃん。これは由々しき事態だ。大きな問題だ。僕がハツネを愛しているのならなおさらね」


ツグミ「はぁ……」


進藤 「ハツネが愛したトンカツを、ハツネを愛する僕が食べられないなんて、そんなこと、あってはならないんだ!!」


ツグミ「ちょ、進藤さん!?」


浩二 「止めるんだ進藤君!」


進藤 「僕だって……食べて見せるんだぁぁああ! (パクッ)もぐもぐ……」


ツグミ「ダメ! 進藤さん! 食べ慣れてない人がお母さんのトンカツを食べたら……」


進藤 「ブヘラバグボッ!」



進藤、奇声を上げて倒れる。



ツグミ「あああ! だからダメだって言ったのに! お父さん!」


浩二 「ぽちっとな」


進藤 「あばばばばばばばばばば!」



進藤、復活。



ツグミ「進藤さん、大丈夫?」


進藤 「はあ、はあ、はあ。な、なんとか……」


浩二 「まったく。そんなに無理して食べなくてもいいじゃないか」


進藤  でも……」


ツグミ「誰にだって食べれるものとそうでないものが在るの。だからそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」


進藤 「ツグミちゃん……」


ツグミ「心配しなくても、お母さんのトンカツを食べても平気なのって私とお父さんくらいなんだから。進藤さんが食べられなかったとしても、それがお姉ちゃんを愛せてないってことにはならないと思うわ」


浩二 「そうだよ進藤君。気に病むことは無いさ。むしろ、キミの反応のほうが正解なんだ」


進藤 「そう……ですね」


浩二 「きっとハツネも、こうなることが分かっていたからあんなことを言ったんじゃないかな」


ツグミ「あんなこと?」


進藤 「……ハツネ。そうならそうと言ってくれればよかったのに。キミって人は……」



《SE》チャイムの音



浩二 「こんな時間に、いったい誰だ?」

ツグミ「あ、きっと秀平だ。私が出る。お父さん、今のうちにお母さんを起こしてあげて。進藤さんはちゃんと服を着て」



ツグミ、玄関へ向けてはける。


しばらくすると玄関のほうから話し声が。



浩二 「洋子、洋子、お客さんだよ」


洋子 「どうせ、どうせ私の料理なんて」


浩二 「なにを言ってるんだ洋子。お前の料理は世界のどんな料理よりもおいしいよ」


洋子 「……本当?」


浩二 「ああ本当さ。だから早く機嫌を直してはくれないか。お客さんが来たんだ」


洋子 「分かったわ。じゃあその人にも、トンカツをご馳走しないといけないわね」


浩二 「あ、あぁ、そうだな。とりあえずテーブルを片付けよう。ずいぶん散らかってしまったからね」


洋子 「あらホント。一体何があったの?」


浩二 「あ、ああ。まあなんというか……いろいろあったんだよ」


洋子 「ふーん」


浩二 「ほら、進藤君も。いいかげんちゃんと服を着なさい」


進藤 「……はい」


洋子 「ほんと、何があったのかしら?」



テーブルを片付けていると、ツグミが秀平を連れて戻ってくる。



秀平 「おじさん、おばさん、こんばんは」


浩二 「おお、秀平君。久しぶ――」


洋子 「あらあら秀ちゃん! 久しぶりね~。元気してた?」


秀平 「は、はい」


洋子 「あら? 背ちょっと伸びたんじゃない?」


秀平 「そ、そうですか? 自分じゃあんまり分かんないんですけど」


洋子 「絶対に伸びてるわよ。いやー会う度に男らしくなっていってるわねー。まあそれでも、うちの浩二さんには敵わないけどね」


浩二 「こら洋子。お客さんの前でなにを言ってるんだ」


洋子 「またまた~。浩二さんったら本当は嬉しいくせに~」


ツグミ「お、お母さん! ちょっと落ち着いてってば!」


秀平 「お前の母ちゃん、相変わらずスゲェな」


ツグミ「ホントだよ。私、お母さんのこういう所が嫌いなの。だいたいお母さんはいつもいつも――」


秀平 「あ、進藤さん。ご無沙汰してます」


進藤 「やあ野村君。久しぶり」


ツグミ「無視すんなー!」


秀平 「まあまあ。それよりホラ。ご注文の品だ」



秀平、おかもちの中からトンカツ定食を取り出す。



秀平 「国産の豚肉をパン屋で仕入れたパン粉で包んで揚げた、ウチの看板メニュューです。秘伝のソースをかけてお召し上がりください」


進藤 「おお! これはまたおいしそうなトンカツだ!」


ツグミ「ありがとう秀平。そこに並べといて」


秀平 「へいへい」


ツグミ「お母さん! お父さん! いつまでいちゃついてるの!」


浩二 「すまんすまん。だが洋子が」


洋子 「そんなこと無いですよ。浩二さんだってノリノリだったくせに」


浩二 「そうだったか?」


洋子 「それはもう」


浩二 「そうか。ツグミ、前・言・撤・回だ!」


ツグミ「とにかく座ってよ! もう!」


秀平 「ツグミも大変っすね」


進藤 「ああ」


ツグミ「ちょっとなにしてるの秀平! さっさと並べなさいよ!」


秀平 「へいただいま!」



秀平、慌しく皿を並べ始める。



ツグミ「ふふふふ……。お母さん、本当のトンカツを教えてあげようじゃないの」




暗転




全員 「「「「ごちそうさまでした」」」」



明かりが点くと、洋子以外全員食べ終わっており、机の上には空になった皿が置かれている。



ツグミ「あー、おいしかった」


浩二 「久しぶりに食べたが、相変わらず絶品だ」


秀平 「ありがとうございます」


進藤 「秀平君、お店の場所を教えてくれないか? 年末の忘年会でぜひお邪魔したい」


浩二 「いいですなー。あそこ、見た目のわりに結構広いですし。かなり入るだろうね」


進藤 「さすがに社員全員とはいかないでしょうけど」



忘年会の話で盛り上がる浩二と進藤。


ツグミ、壁側で立っていた秀平のところへ。



ツグミ「さりげなく酷いこと言われてるわよ?」


秀平 「気にしてねーよ。全部事実だし」


ツグミ「まあ確かに」



そんな会話をよそに、洋子はトンカツをじっと見つめている。


ツグミ、洋子の様子を見てにやりと笑い、一言。



ツグミ「お母さん。これが本当のトンカツよ」


洋子 「これが……トンカツ本来の味……」


ツグミ「どう? お母さんのトンカツと比べて全っ然おいしいでしょ?」


洋子 「……(コクリ)」


ツグミ「私、お母さんはこれを機に、もっと料理の練習をしたほうがいいと思うの。そのトンカツとまでは言わないけど、せめてもう少しマシなトンカツを作れるようになって欲しい。トンカツだけじゃない。もっといろんな料理を作れるようになって欲しいのよ」


秀平 「だから出前を頼んだのか」


ツグミ「荒療治だけど、こうでもしないとお母さん、すぐに現実逃避しちゃうんだもん」


秀平 「なるほどね」


ツグミ「秀平には迷惑かけちゃったかもしれないね。ごめん」


秀平 「いいって。迷惑だったのは確かだけど」


ツグミ「やっぱり、今日も視えたの?」


秀平 「夜は昼間の倍以上出るからななぁ……。あ、視たといえば、変な三人組を視たぜ」


ツグミ「三人組?」


秀平 「ああ。グラサン掛けた奴と、ハゲと、覆面被った奴」


ツグミ「確かに変な奴らね。てか覆面って……。なんか見てみたいかも」


秀平 「止めとけって。きっとろくな奴らじゃねえよ。……覆面だし」



???「それは!」


???「俺たちの!」


???「ことかぁ!」



窓の割れる音と共に、覆面、グラサン、ハゲ登場。


ツグミと洋子を人質に取る。



女二人「「きゃああ!」」


グラサン「動くなぁ!」


覆面 「動くとこいつ等がどうなるか、」


ハゲ 「分かってんだろうな! アアァ!」


男三人「「「くっ……」」」


ツグミ「ちょっと! 放しなさいよ!」


グラサン「おぉっと譲ちゃん。暴れるとかわいいお顔に傷が付くぜぇ」


ツグミ「くっ!」


浩二 「ふ、二人を放せ!」


グラサン「ふははは。おっさんよぉ。そんなへっぴり腰で何するつもりだ?」


悪三人「「「がははははは!」」」


浩二 「くうぅ」


洋子 「あなた……」


進藤 「お前たち! いったい何の目的でこんなことを!」


浩二 「そ、そうだそうだ!」


秀平 「人の居る家に強盗に入るとか何考えてるんだ。バカなの?」


グラサン「いやなに。近くを歩いてたらよぉ、」


覆面 「なにやらい~匂いが漂ってきたもんだから、」


ハゲ 「ちょーっとおすそ分けしてもらおうと思ってなぁ!」


秀平 「お前ら、そんなに腹が減ってたのか……」


浩二 「な、なら飯屋に行けばいいじゃないか! 何だって家に上がってきたんだ!」


悪三人「「「金が無いんだよ!」」


浩二 「ひぃぃ!」


洋子 「あなた……」


グラサン「つーわけで、」


覆面 「食いもんと金目のものを、」


ハゲ 「もってこいやゴラァ!」


浩二 「ひぃぃ!」


秀平 「進藤さん、どうするんです!?」


進藤 「不用意に刺激するわけには行かない。ここはひとまず、彼らの言うとおりに。白石さん」


浩二 「は、はい(はける)」


グラサン「おうおう。話の分かる奴が居るじゃねぇか」


覆面 「おいそこの坊主! ぼさっとしてねぇで、とっとと飯でも用意しろい」


秀平 「なにをっ!」


進藤 「野村君」


秀平 「……わかったよ! くそっ!(はける)」


ツグミ「秀平……」


覆面 「オラオラそこの優男! オマエも行くんだよ!」


進藤 「あぁ。ただし、彼女たちには手を出さないと約束してくれ」


ハゲ 「ヴァカかお前! 自分の立場わがってねぇのか!」


グラサン「早くしないと女共から食べちまうかもなぁ!」


女二人「「ひっ!」」


悪三人 「「「ぐわっははははは!」


グラサン「分かったならトットト行け」


進藤 「くっ。(はける)」


グラサン「物分りのいい奴は好きだぜ。ぐははは!」


ツグミ「誰もアンタなんかに好かれたくは無いわよ」


洋子 「ツグミ!」


グラサン「あぁ? なんか言ったか?」


ツグミ「いいえ、別に」


進藤 「おーい、お前ら!」


グラサン「なんだ? 早く食いもんもってこい」


進藤 「わかってる。だが料理が出来るまでもう少しかかる。それまでその机の上の酒でも飲んでいてくれないか?」


グラサン「ああこれか。なら遠慮なくいただくぜ。おう、おめぇら。飲むぞ!」


悪二人「「おう!」」



悪三人、テーブルに置いてある酒を飲もうとしたとき、浩二が戻ってくる。その手には小さな金庫が抱えられている。



浩二 「お、お待たせ、し、しました~」


洋子 「あなた!」


ハゲ 「おう、思ったより早かったな」


浩二 「ゼェ、ゼェ。ど、どうも」


ツグミ「いや、褒めてないから」


覆面 「で、金目のもんはどうした?」


浩二 「で、ですからほら。金庫です」


グラサン「お前もしかして、こいつを持って帰れと?」


浩二 「はい」


ハゲ 「バカかおめぇ! こんな重いもん、持って帰るのにどれだけ苦労すると思ってんだ!」


浩二 「えぇ!? でも金めの物といったらやっぱり金庫じゃ……」


ハゲ 「そうだけど! ごと持ってくるなっつってるの!」


浩二 「あぁ。なるほど」


覆面 「分かったんならさっさと空けやがれ!」


浩二 「いや~、それが……」


悪三人「「「それが?」」」


浩二 「暗証番号……忘れちゃいました」


悪三人「「「このバカ!」」」


ツグミ「お母さん、お父さんってホントに昔はすごかったの?」


洋子 「その筈なんだけど……」


浩二 「い、いや、違うんです! 忘れたわけじゃないんです! もう少しで思い出せそうなんです! もう喉まで出掛かってるんです! 本当に、あと少しなんです!」


グラサン「はぁ。分かったわかった。じゃあ思い出したらすぐに開けろよな」


浩二 「わ、わかりました。


グラサン「ったくよぉ、しっかりしてくれよおっさん。仮にも一家の大黒柱だろ?」


覆面 「そんなんで家族を守れるのかよ……って、」


ハゲ 「人質に取ってる俺らが言う台詞じゃねえよな!」


悪三人「がはははは!」


ツグミ「お母さん……ホントになんでお父さんと結婚したの?」


洋子 「……言わないでツグミ。私だって、今不思議に思ってるんだから」


グラサン「じゃああらためて……」


悪三人「「「カンパー」」」


秀平 「お待たせしましたー」


悪三人「「「イっておめぇタイミング悪すぎんだよ!」


覆面 「気持ちよく酒が飲めねえじゃねぇか!」


ハゲ 「俺たちをヴァカにしてんのか? ああ?」


ツグミ「なんでアンタ達に気持ちよくお酒飲ませなきゃいけないのよ」


秀平 「まあまあ」


進藤 「そんなことより。料理ができましたんで、さめないうちにどうぞ」



机の上に置かれた皿には、トンカツが三人前乗っている。



覆面 「トンカツ?」


秀平 「ええ。台所にたくさん作ってあったので、暖め直したんです」


グラサン「ほう、なかなか旨そうじゃねぇか。どれどれ……」


浩二 「あ、それは……」


ツグミ「あれって、お母さんが作ったやつじゃ……」


グラサン「ふむ、外はザクザクで中はしっとり。口の中に広がる豚肉の血の風味がソースと混ざって今までに味わったことの無いハーモニーをかもし出してブヘラバグボッ!」


悪二人「「アニキーーーーーー!」」


ツグミ「やっぱり」


進藤 「フッ、計画どおり」


秀平 「進藤さんの言ったとおりだ……!」


ハゲ 「テメェら! アニキにいったい何を食わせた!」


進&秀「「殺人トンカツ」


洋子 「ああぁ…………ガクッ」


ツグミ「お、お母さん! しっかりして!」



崩れ落ちる洋子。



浩二 「貴様らぁ!!」


秀平 「え、おじさん?」


浩二 「私の妻に……洋子に何をしたぁぁああ!」


悪二人「「何もしてねえし!」」


浩二 「下手に出ればいい気になりやがってぇぇえ!」


ツグミ「お、お父さん!?」


進藤 「白石さん落ち着いて!」


浩二 「うおおおおおお!」


洋子 「あなた!」


グラサン「おぉっとそこまでだ」


全員 「「「「「「!?」」」」」」」


ハゲ 「アニキ!」


覆面 「大丈夫なんですかい!?」


グラサン「あぁ、何とかな」


進藤 「そんなバカな!」


グラサン「ったく、とんでもない物食わせやがって。おかげでえらいめに遭ったぜ」


進藤 「くっ。僕なんて心停止したのに……!」


秀平 「……あれ、トンカツだよな?」


グラサン「あ~あ。やっぱり今日は厄日だぜ」


覆面 「元気出してくださいよアニキ。生きてりゃそういう日も在りますって」


ハゲ 「そうですぜアニキ。トンカツ食ったくらいでそこまで落ち込まなくてもいいじゃねぇですかい」


グラサン「お前ら、あのトンカツを食ってないからそんなことが言えるんだ。そこまで言うなら自分で食べてみろ。ほれ、ほれ」


進藤 「白石さん、秀平君。とりあえず奴らとの会話を長引かせるんだ。きっとどこかで隙が出来る。そのときに一気に二人を取り返して、あわよくば奴らを撃退しましょう」


浩&秀分「「わかりました」」


覆面 「おい、何こそこそと喋ってやがんだ」


ハゲ 「逃げ出す算段でも話し合ってたんじゃねぇのかぁ?」


秀平 「そんなわけないだろ!」


浩二 「そ、そうだ! 愛する家族を置いて逃げるなんて出来るものか!」


グラサン「ほう、おっさん。お前には守るべきものが残ってるみてぇだな」


浩二 「あ、当たり前だ」


グラサン「当たり前……か。おい知ってるか? 世の中には守るべきものを失っちまった人間だっているんだぜ。例えば俺みたいにな」


進藤 「守るべきものを、失う? いったいどういうことだ?」


覆面 「アニキはなあ、去年まで社長だったんだよ」


悪以外「「「「「は?」」」」」


グラサン「社長っていっても、本当に小さな会社の社長でなぁ。社長も社員と一緒になって、汗水たらして働いてるような、そんな会社だった」


ツグミ「なんか語りだした!?」


グラサン「社員一丸となって働きに働き、ようやく軌道に乗ったと思った矢先の出来事だ。二年前の今日、オレは一人の人を殺めてしまった」


進藤 「二年前……」


グラサン「あの日は雨が振っててなぁ。視界の利かない中、疲れていたせいもあってウトウトしながら運転していたのさ」


洋子 「居眠り運転……」


グラサン「そして気が付いたら、目の前に傘を差した女がいたんだ。とっさにブレーキを踏んだが間に合わず、俺はそいつを……。俺は怖かった。俺が捕まったらやっと軌道に乗った会社がダメになっちまうんじゃないかってよぉ。だから俺は、そのままアクセルを目一杯踏んで逃げ出したのさ」


浩二 「そんなことが」


グラサン「だけど会社は潰れちまった。それが去年の今日。あの日から何もかもが上手くいかなくなって、仕事も全然入ってこなくなった。借金が残らなかったのが不幸中の幸いだ。社員もみんな離れちまって、こいつらだけが俺の元に残ってくれた。俺なんかとっとと見限っちまえばいいものをよ」


覆面 「そんなことできるわけ無いじゃないっすか」


ハゲ 「そうっすよアニキ。俺たちはどこまでもアニキに着いて行きます!」


グラサン「お前たち……」


ツグミ「苦労したのね、アンタたち」


グラサン「ふん。別に同情されたくて喋ったんじゃねえよ。おっさん。守るものがあるうちは、しっかり守ってやんな」


浩二 「お、お前に言われるまでもない。私の目の黒いうちは、誰にも家族を傷付けさせやしないさ」


洋子 「あなた……」


浩二 「というわけで二人を放せ!」


グラサン「それとこれとは話が別だ」


覆面 「人質放して欲しかったら、」


ハゲ 「さっさとこの金庫を開けやがれ!」


秀平 「こいつら……」


ツグミ「不覚にも感動した私がバカだったわ……」


グラサン「だから言ったろ嬢ちゃん。同情して欲しくて喋ったんじゃ――」


進藤 「……おい」


グラサン「あぁ? どうした優男のにーちゃん?」


覆面 「オメーもアニキの話に感動したのか?」


ハゲ 「感動のあまり仲間にして欲しくなったってかぁ。がはははは」


進藤 「お前が事故を起こした場所は……もしかして商店街近くの公園だったりしないか?」


グラサン「!? おいにーちゃん、」


覆面 「どうしてその事を、」


ハゲ 「知ってるんだ!? ああん?」


進藤 「お前が轢いた女性は……赤い傘を差していなかったか?」


グラサン「だ、だったら何だってんだ!」


進藤 「……が……」


グラサン「あぁん? なんだって?」


進藤 「…前が……」


ツグミ「進藤……さん?」


進藤 「お前がっ、お前がっ、お前がハツネを殺したのかあああああ!!!」


白石親子「「「え!?」」」


進藤 「うおぉぉぉぉおおおおおおお!」


グラサン「ちょっ、てめっ、ぐはあ!」



グラサンに殴りかかる進藤。


他のみんなは事態についていけず唖然としている。



進藤 「お前が! お前が! お前が!」


グラサン「ぐは! がは! ごほ!」


洋子 「う、うそ、そんなことって……」


進藤 「お前が! お前が! お前が!」


ハゲ 「アニキ!」


覆面 「や、やややめろにーちゃん! 女共がどうなってもいいのか!」


女二人「「きゃああ!」」


進藤 「はっ! ツグミちゃん! 洋子さん!」


浩二 「私の家族に……手を出すなあああああ!」


洋子 「あなた!」


浩二 「うおおおおおおおおおおお!」



浩二、覆面とハゲに特攻。



覆面 「な、なに!? ぐは!」


ハゲ 「なんだこのおっさん! げふ!」


浩二 「はぁ、はぁ、はぁ、家族は、私の宝だ! 誰にも傷付けさせるものか!」


ツグミ「お父さん……」


洋子 「ね、言ったでしょう、お父さんは凄いのよ!」


進藤 「ツグミちゃん! 危ない!」


ハゲ 「死ぃぃぃねやあああああ! ぐばぁ!?」


秀平 「ツグミ!」


ツグミ「秀平!?」


秀平 「へ、へへっ。ど、どうよ、俺の超ファインプレー!」



《SE》ファンファーレ 



秀平 「ん? なんだ今の?」


進藤 「よくやったぞ秀平君。さあグラサン、これで邪魔者は居なくなった。さっきの続きといこうじゃないか」


グラサン「ぐうぅぅ……」


進藤 「知ってるか? 箸だって立派な凶器になるんだぜ?」


浩二 「止めるんだ進藤君! そんな事をしたらキミは」


進藤 「分かってますよそんなこと。こいつを殺して、僕も死ぬ! これで事件は解決だ。すべてに決着がつく!」


洋子 「バカな考えは止めて! あなたが死んだらハツネだって――」


進藤 「うおおおぉぉ!!!!」


ハツネ「やめてーーーーー!」


秀平 「うわっ!」 




突然響く声。しかし声に気が付いたのは秀平だけで、後は誰一人として気が付かない。



秀平 「こ、今度はなんだぁ!?」



秀平、仏壇のほうを見る。



秀平 「ああああ!! あああ、あなたは!」


ツグミ「うるさいわよ秀平! 一体どうたの!?」


秀平 「え?」


進藤 「秀平君。興をそぐような真似は止めてくれないか?」


秀平 「え? え?」


ハツネ「キミ! キミ!!」


秀平 「は、はい!」


ハツネ「私の声が聞こえてるの!? 私の姿が見えてるの!?」


秀平 「は、はい! あ、あの、あなたはもしかして……」


ハツネ「お願い! 力を貸して! あの人を、直弥さんを止めたいの!」


秀平 「わ、分かりました! よくわかんないけど分かりました!」



ガタンと明かりが落ちる。



ツグミ「きゃっ!? なに、停電?」


洋子 「あ、あなた、早くブレーカーを!」


浩二 「わ、分かってるよ。ええっと、ブレーカーは……」



明かりがつく。


グラサン、恐怖のあまり気絶している。


そして秀平の立っていた場所に女性の姿が。



浩二 「あ、点いた。ってえぇえぇぇぇ!?」


洋子 「あ、ああ……!」


ツグミ「んもう、二人ともうるさい! 一体どうしたの……よ……?」


進藤 「どうしたんですか皆さん。これからこいつを八つ裂きにしてやるんだから、これ以上興をそぐような真似は止めていただきたい」


ハツネ「直弥さん」


進藤 「静かにしていてくれませんか。僕は今すぐこいつを……」


ハツネ「直哉さん!!」


進藤 「!!!  ハツ……ネ?」


ハツネ「はい」


ツグミ「お姉ちゃん……なの?」


ハツネ「酷い妹ね。お姉ちゃんの顔忘れちゃったの?」


ツグミ「そんなわけ……そんなわけないじゃない!!」


ハツネ「ふふふ。ありがとうツグミ」


ツグミ「お姉ちゃん!」



ハツネに抱きつくツグミ。


他の面々は呆然とそれを眺めている。



洋子 「ハツネ……本当に、あなたなの?」


ハツネ「うんそうだよ。久しぶり。お父さん、お母さん。元気してた?」


浩二 「は、ははは。死んだ娘に、元気かどうか聞かれるとは」


洋子 「もちろん元気ですよ。ね、あなた?」


浩二 「ああ。ピンピンしとるぞ」


ツグミ「どうしてお爺ちゃん口調なのよ」


四人 「「「「あはははははは!」」」」



しばしの間、すべてのことを忘れて家族の団欒を楽しむ白石一家。


そんな中、いまだ状況に追いつけない進藤。



進藤 「ハ、ハツネ……? そんなバカな……。一体、これは……」

ハツネ「久しぶり、直弥さん。少しやつれたんじゃない?」


進藤 「ははは。これは夢だ。そうに違いない。ハツネはもうこの世には居ないんだ。こいつが殺したんだからな!」


ツグミ「お、落ち着いて進藤さん!」


洋子 「そうよ。いったん気を静めて、今起こってることを受け入れるのよ!」


進藤 「僕は冷静だ! いつもどおりだ!」


浩二 「いいや違う。今の君は冷静さを欠いている」


進藤 「うるさい! 話しかけるな! これ以上僕の邪魔をするな!」


ハツネ「いいかげんにしなさい!!!」



ハツネ、進藤の顔をひっぱたく。



進藤 「いっ……!?」


ハツネ「どう? 目が覚めた?」


進藤 「ハ……ツネ?」


ハツネ「直弥さん、とりあえず私の話を聞いて」


進藤 「どうして……」


ハツネ「え?」


進藤 「どうして止めるんだ!」


ツグミ「進藤さん……」


進藤 「こいつはキミを殺したんだぞ! 死ぬのは当然の報いだ! 僕だってそうだ! あの時、あと少しでも早くキミの元へ行っていれば、ハツネ、キミは死なずにすんだかもしれないんだ! だから僕が死ぬのも当然の事なんだ! なのになんで!」


ハツネ「私が死んじゃったのは、誰のせいでもないの」


進藤 「そ、そんなわけあるか! 君が死んだのは、こいつと、僕のせいだ!」


ハツネ「直弥さん,もう一度だけ言うわ。私が死んじゃったのは、誰のせいでもない。誰も悪くないの。悪かったとしたら、そうね、間が悪かったのかしら」


ツグミ「お姉ちゃん……」


ハツネ「だから直弥さん、自分を責めないで。そしてどうか、その人を許してあげて。彼はもう十分に罰を受けたわ」


進藤 「……本当に……恨んだりしていないんだね?」


ハツネ「今まで私が誰かを恨んだことあった?」


進藤 「………………そうだったな。すまない」



進藤、グラサンから離れ、椅子へ座る。


一同ほっと胸を撫で下ろす。

    


ツグミ「ところでお姉ちゃん。お母さんのトンカツのどこが好きだったの?」


ハツネ「どこって……お母さん、初めてトンカツを作ってくれた日のこと覚えてる?」


洋子 「もちろん覚えてるわ。昔テレビでトンカツの特番があったの」


ハツネ「今思うとすごく変な番組だったわ」


洋子 「それを見たハツネが、食べたい食べたいって言い出したのよね」


ハツネ「そうそう。それであんまりにもうるさかったから、「作ってやりなさい」ってお父さんが言って」


浩二 「そ、そうだったか?」


洋子 「ええ。わがままを言うハツネがまたかわいくて。お母さん頑張っちゃった」


ハツネ「本当は料理得意じゃないのにね」


ツグミ「も~、そんな話はいいから! ねえねえ、どこが好きなの?」


ハツネ「今のを聞いても分からない?」


ツグミ「え?」


ハツネ「私のために作ってくれたのよ? 好きにならないわけ無いじゃない。たとえそれがおいしく無かったとしても」


ツグミ「え?」


ハツネ「ふふふ。ツグミにはまだ早かったかな? いえ。遅かったのかしら?」


ツグミ「もー。もうちょっと分かりやすく教えてよ」


浩二 「これ以上に分かりやすい説明は無いと思うんだが……」


洋子 「浩二さん!? 今の話理解できたの!?」


浩二 「洋子、おまえ……」


進藤 「つまり、料理は気持ちが大事だということだよ」


ツグミ「進藤さん! ……そうなの?」


ハツネ「ふふふ。まあそんなとことかな。うっ……」



ハツネ、頭を抑えて座り込む。



進藤 「ハツネ!?」


ツグミ「お姉ちゃん!?」


ハツネ「は、ははっ。そろそろ時間みたい」


ツグミ「時間って何!? どういうことなの!?」


浩二 「もう、行ってしまうのか?」


ハツネ「うん。残念だけど……」


洋子 「名残惜しいわね」


ハツネ「うん」


ツグミ「そんな! 嫌だよ! 行かないでよ!」


ハツネ「私だって嫌だけど、こればっかりはどうしようもないのよ」


ツグミ「でも……でも!」


ハツネ「ツグミ。生きていればいつかまた会えるわ。大丈夫。一生懸命生きて、皺くちゃになった顔を私に見せて頂戴。それまでちゃんと待っててあげるから」


進藤 「ハツネ……」


ハツネ「直弥さん、さっきは叩いたりしてごめんなさい。痛かったでしょう?」


進藤 「なに、ぜんぜん平気さ。こう見えて僕、けっこう鍛えてるからね」


ハツネ「それでも一応謝らせて。あなたに触れるの二年ぶりだから、つい嬉しくて……。思いっきりやっちゃった」


進藤 「かまわないよ。何ならもっとぶってくれてもいい」


ハツネ「直弥さん……」



ハツネ、進藤に抱きつく。



ハツネ「お願い。最後までこのままで……。直弥さん……」


進藤 「ああ。ああ。ハツネ……」


ツグミ「お姉ちゃん……」


ハツネ「またね、みんな」




暗転。




ハツネ「きっとまた会えるから」



明かりが点く。

 

ハツネが立っていた場所には秀平が。


結果、秀平と進藤が抱き合っている。



野村 「……はっ! って……なんなんだこの状況!」 


進藤 「ハツネ……ハツネ……」


野村 「ちょっ、進藤さん! は、離してください!」


ツグミ「……秀平?」


野村 「ツグミ! 頼む! 助けてくれ!」


進藤 「ハツネ……ハツネ……ハツネ……」


秀平 「うわああああ! おいツグミ! 見てないで何とかしてくれええぇぇ!」


ツグミ「これはこれで……アリだわ!」


秀平 「ねえよ! うわああぁぁ!」




暗転。




玄関。


帰り支度を整えた進藤を、見送る白石家の三人。



進藤 「皆さん、今日は色々とご迷惑をおかけしました」


洋子 「そんなこと無いわよ進藤さん。とっても楽しかったわ。ね、浩二さん」


浩二 「そのとおりだ。迷惑だなんてとんでもない。すばらしい夜だったよ」


秀平 「そうですよ。迷惑かけたっていうなら、それは進藤さんじゃなくて俺のほうです」


ツグミ「秀平の言う通りよ。全部秀平が悪いんだから」


秀平 「おいおい……」


進藤 「と、とにかく、今日はいろんな事に区切りを付けることが出来ました。僕はこれからも、ずっとハツネのことを思って生きていきます。そう決めました」


ツグミ「でも、区切りがついたのなら新しい出会いを探したっていいんじゃないの?」


進藤 「ごめんねツグミちゃん。でも、もう決めたことだから」


ツグミ「でも、でも!」


洋子 「よしなさいツグミ」


ツグミ「お、お母さん……」


洋子 「私たちだって、あなたと同じことを思っているわ。まだ若いんだから、どんどん新しい恋をしていって欲しいの。だけど親として、娘のことを思ってくれているのがとても嬉しいのよ」


浩二 「進藤君、君の進む道はつらいものになるかもしれない。それでもまだ、ハツネを愛し続けてくれるかい?」


進藤 「はい」


浩二 「それを聞いて安心したよ。ありがとう」


進藤 「では、僕はこれからこいつ等を警察に送り届けてきます。それでは」



進藤、グラサンたちを引き連れてはけてる。


グラサン、振り返り深々とお辞儀をしてはける。



洋子 「さ、私たちはリビングの後片付けよ~」


浩二 「ああ。そうだな」



二人がはけ、玄関にはツグミと秀平が残される。



秀平 「さーてと、俺も帰るか」


ツグミ「今日はごめんね秀平」


秀平 「ん?」


ツグミ「家のごたごたに巻き込んじゃって」


秀平 「いいって別に。気にすんなよ」


ツグミ「うん……。ホントにごめん」


秀平 「だーかーら、謝らなくていいって。そんなしおらしくされるとなんか不気味でしょうがない」


ツグミ「ぶ……不気味ってなによ不気味って! こっちは本当に申し訳なく思ってるのに!!」


秀平 「ははは! 悪い悪い。でも今のほうがツグミらしくて好きだぜ」


ツグミ「ふんっ! どうせ私はガサツな女ですよーだ」


秀平 「……あのさぁ、ツグミ。俺、まだ言ってもらってないんだけど……」


ツグミ「はぁ? 私がなにを言ってないって?」


秀平 「お礼」


ツグミ「お礼? 何の?」


秀平 「ほ、ほら、あのチンピラからお前を助けたときの……」


ツグミ「はぁ……」


秀平 「な、なんだよ……」


ツグミ「いい秀平、そういうことは自分から求めちゃダメなの。そんながめつい男は嫌われちゃうわよ」


秀平 「そ、そうなのか!?」


ツグミ「そういうもんよ。少なくとも私はそう。あーあ。秀平が言い出さなかったら、帰り際にほっぺにチューしてあげようと思ってたのにな~」


秀平 「ほ、ほっぺに……」


ツグミ「残念だったわね」


秀平 「……まったくだ」


ツグミ「でも、かっこ良かったよ秀平。ありがと」


秀平 「……え?」


ツグミ「い、いいい今のはあれよあれ。トンカツ定食のお礼の分を使ってあげたのよ!」


秀平 「ツグミ……。お、俺!」


ツグミ「待って! ……私ね、やっぱり進藤さんのこと好きみたいなの」


秀平 「……そうか」


ツグミ「でもね、進藤さんはまだお姉ちゃんのこと忘れられないみたい。だからね。私、いつかお姉ちゃんよりいい女になって、進藤さんを振り向かせて見せるわ!」


秀平 「あぁ、がんばれよ」


ツグミ「うん……ってバカ!」


秀平 「うぇ!?」


ツグミ「あんたねぇ、これくらいのことで諦めてどうするのよ」


秀平 「ツグミ……」


ツグミ「アンタだって男でしょ? 男なら、力ずくで奪い取る! くらい言えないわけ?」


秀平 「……そうだよな。よし! なら俺は、進藤さんよりいい男になって、絶対にお前を振り向かせてやる!」


ツグミ「そうそう。そうでなくっちゃ。それじゃあどっちが先に相手をものにするか、勝負といこうじゃない!」


秀平 「望むところだ!」 


ツグミ「でもいいの? これはアンタにとって物凄く不利な条件よ?」


秀平 「あいにく、分の悪い賭けは嫌いじゃないんでね。てか、自分から発破かけといて何言ってんだよ」


ツグミ「ま、それもそうね」


秀平 「だろ?」


二人 「「あははははは!!」」


秀平 「じゃ、また明日な」


ツグミ「うん。また明日」



秀平はける。



ツグミ「さて……。とりあえず、おいしいトンカツでも作れるようになろっと」






《 完 》



最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました。よろしければ、ご意見、ご感想などございましたら、どしどしお書きください。

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