親友
カウントダウンを始めて5分、待ちかねていた予鈴が鳴り響く。
長かった一日も終り、ゆうきのクラスは放課の時間へと突入した。
ゆうきが勉強道具を鞄に詰めていると、一人の人物が歩み寄ってきた。
「ゆうきくん、清掃が終わったら生徒玄関で待ってるよ」
彼の名前は武田たかしという。ゆうきのたった一人の親友だった。そして、話を打ち明けてももよさそうな人物候補の一人でもあった。
「わかったよ、たかしくん。僕も清掃が終わり次第、生徒玄関へ向うよ」
ゆうきの返事を聞き、たかしは自らの担当掃除区域へと向った。ゆうき自身も勉強道具を詰め終えると、担当の掃除区域へと向った。
ゆうきの担当区域は、かおりの担当区域でもあった。ゆうきが集合場所に訪れると、そこには既にかおりの姿があった。
清掃時間に入り、清掃がはじまる。
ゆうきはかおりに対し、例の件についての返事を期待していたが、当のかおりは目さえ合わそうとせず、結局は清掃終了まで、かおりがゆうきに一言も口を利くことはなかった。
ゆうきは返事をあきらめて、生徒玄関へ向った。
生徒玄関では、既にたかしが待機していた。
「たかしくんおまたせ。じゃあ帰ろうか」
二人は並んで、自宅への帰路を歩き出した。
道すがら、ゆうきは思い切って、例の件をたかしに打ち明けてみることにした。
「たかしくん。実は僕、相談したいことがあるんだ」
「なんだい? ゆうきくん」
「でもその前に、二つだけ言っておきたい事があるんだ。一つは、これから僕の話すことを、驚かずに聞いてほしい。もう一つは、僕が話すことが事実だと信じてほしい。いいかい?」
「……わかった。僕は決して驚かない。そして、君の話を信じるよ」
「ありがとう。実は、今日の1時限目、僕の前に天使が現れたんだ」
「え?」
「えっ」
「あぁごめん、あまりに現実離れしていたもんで。話を戻すけど、その天使ってのは、翼が生えてるあの天使かい?」
「いや、翼は生えてないんだ。おまけにスーツを着ていて、兎のマスクを被ってる」
「……それは本当に天使なのかい?」
「自分で名乗ったんだ、天使って。それに、宙に浮いていた」
「ふむ……本人がそういうからには天使なんだろうね。でも、天使が一体君に何のようだったの?」
「それがね、詳しいことは長くなるから省くけど、なんだか、僕の死んだ兄を生き返らせてくれるって話らしいんだ」
「兄って、去年交通事故で亡くなったこうきさんかい?」
「うん。でもそれには条件っていうのがあるらしくて、それがまたややこしいんだ」
「なるほど。それで、その条件というのは?」
「うん、その条件っていうのが、命を提供者を用意するっていう物なんだ」
「命の提供者……具体的には?」
「蘇生の為に、自分の命を差し出しても良いという人物らしい。でも、心の底からそう思える人じゃないと駄目みたい」
「なるほどね。それには期日みたいなものはあるの?」
「明日の朝にまた来るって。その時までに用意できてなければ駄目みたい」
「そうか。それで君はどうすることにしたの? 天使に何か返事はしたの?」
「僕が返事をする間も無く、天使は消えちゃったんだ。それで僕の出した結論だけど、とりあえず命を提供してくれそうな人物に、駄目もとで声を掛けてみることにしたんだ」
「既に誰かに話した?」
「委員長に話したよ。でも多分駄目だと思う。さっき清掃のときあったんだけど、了承してくれそうな雰囲気じゃなかった」
「そっか。ねえ、もしかして僕にも、命を提供してくれるか聞いてみようと考えた?」
「……ごめん」
ゆうきはたかしに考えが見透かされていたようで、居た堪れない気持ちになった。
「謝ることはないよ。君の気持ちは良く分かる。でも考えてごらん。仮に僕と君の立場が逆だとして、そんな話をされたらどう思うか」
ゆうきは考えた。もしも逆の立場だった場合の事を。
ゆうきは自分の情けなさに何も答えることができず、ただ俯いていた。
たかしが静かに呟く。
「でも、僕が君の立場だったら、君と同じ行動にでるかもしれない。……それで考えた結果、僕は君のお兄さんに命を提供したいと思う」
ゆうきはたかしの言葉に驚き、顔を上げた。
たかしは続ける。
「ゆうきくん、僕は君の事を親友だと思ってる。命を提供することが君の為になるなら、僕は命を提供することを厭わない」
その一言に、ゆうきの頬を一筋の涙が伝った。
たかしはこんな話をされても尚、ゆうきを親友といってくれたのだった。
ゆうきは気付いた。自らの過ちに。
「ありがとう、たかしくん。僕にとっても、君はたったひとりの親友だ。でも、そう考えたら、やっぱり君から命を奪うことはできないよ。いや、誰かに命を提供してもらうなんて考え、初めから間違っていたんだ。僕は人間失格だ」
「ゆうきくん……」
気付けば、二人はゆうきの家の前まで来ていた。
「たかしくん、今僕の話したことは全部嘘だと思って忘れてほしい。委員長には明日謝ろうと思う。それと、こんなこと言っておいて虫のいい話なんだけど、できればこれからもずっと親友でいてほしいんだ……。最後に、謝って許されるようなことではないけど、今日は本当にごめんなさい」
ゆうきはもう許してもらえないものだろうと覚悟した。
しかし、たかしから発せられたのは、思いもかけずやさしさに溢れた言葉だった。
「ゆうきくん、僕の方こそ力になれなくてごめんよ。色々言ってしまったけど、僕は君が思うようにするのが一番だと思う。君が信じた道を進めばいい。もし気が変わったなら僕に電話をくれ。僕はいつでも心の準備はできているから。そして、僕達はこれからもずっと親友だ。また相談事があったら、遠慮なく話して欲しい。それじゃあまた明日、学校で」
たかしは言い終えると、道の向うへと去っていった。
西日に照らされた彼の後姿は、他の何よりも輝いて見えた。
ゆうきはたかしの後姿を、その姿が見えなくなるまでずっと見守っていた。




