使者現る
ある日の学校、ゆうきは朝のHRを終え、一時限目の授業を迎えていた。
先生の声だけが響く今日室内。ゆうきが先生の話に耳を傾けていると、不意に、誰かの自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
(ゆうきくん……ゆうきくん……)
誰だろうと見渡してみるが、皆一様に顔を先生の方に向け、こちらを気にしている生徒はいなかった。
(上だよ……上)
ゆうきは上を仰いだ。するとそこには、“兎の被り物を被った何か”がいた。いや、浮かんでいた。
(こんにちは、ゆうきくん)
どうやらそいつは、ゆうきの意識に直接語りかけてきているらしかった。
ゆうきはどうしてよいかわからず、周りをきょろきょろと窺った。
(大丈夫。ぼくの声は誰にも聞こえてないし、ぼくの姿は誰にも見えてない)
確かにこれだけはっきりと認識できる声なのに、誰も気付いている様子はなかった。姿にしても同じだ。教室のど真ん中にこれだけ堂々と、しかも宙に浮いているのに、誰も気付きやしない。それは、ゆうき意外には見えていないということの裏づけだった。
(頭の中でぼくに話しかけてみて)
ゆうきは試しに話しかけてみる。
(……聞こえますか?)
(聞こえるよ)
通じた。どうやら頭の中で思ったことが直接伝わるらしい。まるで漫画か小説の世界だと思った。
ゆうきは兎の人について聞いてみることにした。
(あなたは何者ですか?)
(ぼくは天使です)
(えっ)
(え?)
ゆうきは夢だと思い、自分の腕を力強くつねってみた。激しい痛みが襲った。どうやら現実らしい。
(天使が僕に何の用ですか?)
(うん、ぼくは君にある話をするためにやってきたんだ)
一体天使がゆうきになんの話があるのだろう。あまりにも非現実的な事態に、ゆうきは頭を抱えた。
(話とは一体なんでしょう?)
(うん、その話っていうのは、君の双子のお兄さん、こうき君に関係することなんだ)
やっと気持ちの整理ができたというのに、よりにもよって、この天使はこうきの話題を持ち出してきた。
ゆうきはいささか怒気を孕んだ声で尋ねた。
(その兄さんに関係する話というのは、一体なんですか?)
(うん、でもその前に知っておいてもらいたいことがあるんだ。すごく簡潔に話すから、理解してほしい。まず人の死というものは、あらかじめ神によって決められている。生まれた瞬間、その人の死ぬ日、時間、死に方などが全て決まってしまうんだ。勿論君のお兄さんだって例外ではない。あの事故死だって、生まれた瞬間から決まっていたことの“はず”だった。そしてここからが本題。実は、一年前の死亡者リスト確認していたら、こちらに手違いがあった事が発覚した。つまり、君のお兄さんは死ぬはずじゃないのに死んでしまったんだ。本当に申し訳ないことをした。そこで、ある条件付だけど、君のお兄さんを生き返らせてもいい事になったんだ。どう、いい話でしょ?)
話がぶっとびすぎていてよくわからない。もうこの際、何故翼がないか、何故兎のマスクを被っているか、何故スーツを着ているか等の細かい疑問はどうでも良く思えてきた。
話をまとめると、兄はあちらの手違いによって死んでしまった。なので条件付ではあるが、生き返らせてもらえるということだった。
手違いというのに腹立たしく思ったが、それよりも兄が生き返ってくれるということが素直に嬉しかった。しかし、その“条件”というものが気になった。
(その条件というのはなんですか?)
(うん、その条件というのは、実は“命”なんだ)
(命?)
(そう、命。厳密に言えば、命の提供者。君のお兄さんを生き返られるのと引き換えに、誰かの命が必要なんだ)
ということは、誰かの命と引き換えに、兄を生き返らせてくれるというのか。これではまるで、天使でなく悪魔ではないか。
(ここで注意してもらいたいのが、誰のどんな命でもいいというわけではないということなんだ。というのも、提供者には“命を捧げても良い”という意思がなくてはならないというきまりがある。少しでも提供することを拒んでいたりすると駄目なんだ。そうすると必然的に、犬や昆虫や植物などではいけないということになる。つまり人間でなくてはならない。そこは覚えておいてほしい)
理屈は分かったが、そもそも命を提供してくれる人なんているのだろうか。
まず、こんなとんでもな話を信じてもらえるかも疑わしい。
(誰かの命なんて、無理じゃないですか? そもそも、そちらの手違いで兄が死んでしまったのに、代償がいるというのがおかしいのでは)
(そういわれても、そういうきまりになってるんだからしかたがない。ぼくら天使はそのきまりを守っているだけ。文句があるなら神に直接言ってね)
怒りを通り越して溜め息しか出てこなかった。こいつは本当に天使なのだろうか。
(話はこれで全部だよ。ぼくはまた明日の朝君の前に現れるから、それまでに命の提供者を用意しておいてほしい。それまでに提供者を用意できなかったら、この話はなかった事になるし、君とぼくとの記憶も全部消えてしまう。最後になるけど、こんなチャンス、後にも先にも一回きりだということ、それをどうか忘れないで。じゃあまた明日の朝に)
そう言い残し、兎の天使は消えてしまった。
それとほぼ同時に、授業の終りを告げるチャイムが鳴り響いた。
知らずのうちに、かなりの時間が経過していたようだ。
命の提供者を用意しろだって? 無理に決まっている。
ゆうきはそのまま机に突っ伏すと、ごちゃごちゃに入り乱れた頭を静めるように、深い思考の中へ入り込んでいった。




