石の記憶 回想編 本屋さんって楽しいね
―本屋さんって楽しいね─
休日のショッピングモールは、今日もたくさんの人で賑わっていた。
「お母さん! 本屋さん、早く行こう!」
元気いっぱいに由紀の手を引くのは、小学二年生の娘、昴だった。
腰まで届く長い髪は、今朝、由紀が丁寧に編み込んで結ったものだ。
「走らないの。転んだらせっかくの髪がぐしゃぐしゃになるよ。」
「だいじょうぶだよー!」
そう言いながらも、昴は少しだけ歩く速度を落とした。
本屋に入ると、真っ先に児童書コーナーへ向かう。
「あっ! 新刊出てる!」
目を輝かせながら本棚を見上げる昴。
「これ読みたい! あと、こっちも!」
「はいはい。」
由紀は苦笑した。
「今日は一冊だけね。」
「ええ~!」
不満そうな声を上げる。
「だって、まだ読んでない本あるでしょう?」
「あるけど……。」
昴は二冊の本を抱えて真剣に悩み始めた。
「こっちは続きが気になるし……でも、こっちも面白そうだし……。」
「ゆっくり選びなさい。」
「うーん……。」
そんな娘の姿を見ながら、由紀はふと微笑んだ。
昔の自分も、きっとこんな顔をしていた。
限られたお小遣いを握りしめて。
どの本にしようか真剣に悩んで。
次の発売日を心待ちにして。
あの頃は、それだけで胸が弾んだ。
「……あれ?」
何気なく視線を移した先で、由紀の足が止まった。
懐かしい雑誌の名前。
「え……まだあるんだ。」
思わず手に取る。
昔、夢中になって読んでいたオカルト誌だった。
ぱらぱらとページをめくる。
「うわぁ……。」
思わず苦笑する。
「全然違う。」
昔よりずっと読みやすくなっている。
特集も、雰囲気も。
「あれ? お母さん、それ読むの?」
いつの間にか昴が隣にいた。
「ん?」
「その本。」
「これね。」
由紀は雑誌の表紙を見た。
「お母さんが子どもの頃に好きだった雑誌。」
「へぇー!」
昴は目を丸くする。
「お母さんも本好きだったの?」
「好きだったよ。」
「じゃあ、お母さんも『どっち買おうかな~』って悩んでた?」
「悩んでた。」
「お小遣い足りるかな、とか。」
「うわぁ、私と一緒だ!」
昴は嬉しそうに笑った。
由紀もつられて笑う。
「そうだね。」
「一緒だね。」
レジを済ませ、帰り道。
レジ袋の中には、昴が選んだ新しい児童小説。
あと少しで揃うシール。
そして、由紀が思わず手に取った懐かしい雑誌。
首元にそっと手を添える。
服の下には、小さな水晶のペンダント。
あの頃、お店で買ったもの。
チェーンは何度も替えた。
切れてしまったこともあった。
少し丈夫なものに替えたこともある。
けれど、水晶だけはずっと変わらず、由紀のもとにあった。
昔の自分が「素敵だな」と思って選んだもの。
今もこうして身につけている。
「お母さん!」
「ん?」
「次はあっちのシリーズも読みたい!」
「まず今日のを読み終わってからね。」
「えへへ。」
「あとシールも開けるんでしょう?」
「うん! キラキラ出るかなぁ!」
昴の長い髪が、夕暮れの風にふわりと揺れた。
由紀はそんな娘の横顔を見つめる。
昔の自分も、きっと同じだった。
本棚の前で胸を躍らせて。
どれにしようか悩んで。
「次はこれが欲しい」と目を輝かせていた。
そして今は、その隣に娘がいる。
「お母さん。」
「なあに?」
「本屋さんって楽しいね!」
由紀は優しく笑った。
「……そうだね。」
「本屋さんって、楽しいね。」
昔のワクワクは、なくなったわけじゃない。
形を変えて。
立場を変えて。
今は娘と一緒に、新しい思い出になっていく。
服の下の水晶は、昔と変わらない冷たさで静かにそこにあった。
夕暮れの帰り道。
母と娘の笑い声が、穏やかに響いていた。




