浜辺
柔らかな風鈴の音で目が覚める。風で揺れるカーテンの隙間から朝日が漏れる。まだ朝だと言うのに少し蒸し暑い。んーっと伸びをして、横で寝ている大きめの柴犬のちびを起こして顔を洗う。横をのっそりついてきてるちびを撫でつつ歯磨きをして、水筒に水をいれ、帽子を被り、リストバンドとリードをつけたらいざ出発。
「いってきまーす」
今日は休日で、誰も起きていない。小声で挨拶をして、歩き出す。海が朝日できらきらと反射している。日差しは朝からきついが、まだ空気が澄んでおり、ひんやりしている。遠くの大きな道を通る車の音と、どこかからひぐらしの鳴き声も聞こえてくる。少しだけ感傷に浸ってたら、ちびが早く行こうとでも言いたげにリードを引っ張っていく。自分が引っ張っても動かない時は全く動かないのに、こういう時だけ行きたがる。はいはいちび様の仰せの通りに。
「あらおはよう。今日もちびちゃんは元気ねぇ」
「おはようございます。多分まだ出たばっかりで元気が有り余ってるんですかねぇ。ずっとこんな感じなら助かるんですけど」
「動かないところも可愛いのよ〜」
近所の人と会話しつつ、住宅地の間の坂道をずんどこくだって、少し開けた道に出る。散歩している人や、同じように犬を連れた人が散見できる。まぁうちのちびがナンバーワンなんだが。犬だけに。なんだかちびがじっとこちらを見ている。心の中で言った高尚なギャグがウケてしまったのだろうか。
「わんっ!」
普段あまり鳴かないちびが犬歯をむき出しで鳴いてきた。そんなに感動したか。伝わってはいないだろうけど。道路を渡り、松の木を抜けたら浜辺に出た。その頃にはもうすっかり日は燦々とこちらを照らしており、朝の涼やかさなど消えている。今はただこの太陽が憎い。
若干滲んだ汗をリストバンドで拭って、帽子を若干深く被る。これで多少は顔の日焼けをしなければいいのだが。こんなにいい天気なのに日焼け止めを塗るのを忘れていた自分が憎い。浜辺には、道路と同じく散歩してる人や、犬を連れてる人、あとは半裸で寝そべってる人もいる。半裸で寝そべってる!?
あぁ言うのってもう少し日が昇った頃くらいにやるのがセオリーだと思ってたけど、朝からやる人もいるんだ……。
少しだけびっくりしつつも、比較的足跡が付いていない場所を選んで足跡をつけていく。浜辺に足跡を付けるのが楽しくて自分がちびを連れていく時は大抵ここを通る。ちびも足跡を付けるのが楽しいのか、毎度浜辺に入る前に自分の足跡をぽんっとつけてこちらを見てくるのだ。
そんなちびと足跡を写真に収めつつ、波打ち際に近寄っていく。波打ち際まで来たら、少しだけ振り返って自分達の付けた足跡を見て、少しだけいい気分。そして波打ち際を歩きつつ、波が当たらないようにチキンレースをする私を、安全圏から時折こちらを見てはなんだか冷たい目で見てくるようなちび。や、楽しいんだってこれ。ちびにもこの楽しさを知ってもらおうと波打ち際に呼ぶ。
なんだかちびから仕方ねぇなぁ、みたいな雰囲気を感じるが多分気のせいだろう。多分。そうやって、今度は私が安全圏に移動してちびを見守る。波が来た! しかもかなり大きい。
ちび、微動だにせず。圧巻の貫禄を見せつけて来た。あそこまで動じないとは凄い。かなり濡れてるが、すぐに体を揺すって水を飛ばしてきた。うわ、しょっぱい!
む、ちびを海水につけたらまずかったな。体洗わなきゃだ。
嫌がるちびを? ふぅ。まぁ、仕方ない。やっちゃったものは仕方がない。うん。正当化よし。
未来の私に全てを投げつけて散歩を楽しむ。ほら、歩くよちび。……ちび? いやいや期来た!
唐突に歩かなくなるちび。歩くのが嫌になったかはたまた濡れたのが嫌なのか。や、どっちもかもだけど。犬の心飼い主知らずということだ。
そんなちびに習って、私も引っ張ることをやめ、水平線とゆっくり上がっていく太陽、それを反射して輝く水面。ぼーっと眺めてたらちびのリードが足に絡まって転けた。いつの間に動いていたちび!? そしてなぜ転けるようなことをする!?
膝や肘についた砂たちをぱっぱっ、と払い除けて、立ち上がる。そろそろ水分補給しといた方がいいと思い、ちび用の皿に水をそそいで、自分も水を飲む。
ちびのいやいや期も終わったし、そろそろ帰りますかね。帰るよちびーって声をかけたら凄い早く歩き出す。さっきもこれ言えば良かったかな。
行きよりも減った歩く人に、そりゃみんな暑いし帰るよねぇなんて思いつつ、松の林を抜け、道路を渡り、住宅地に入る。じりじりと背中を照りつけてくる太陽に恨み節を心の中で吐きつつ、坂をのぼる。行きはいいけど帰りは辛い。前を歩くちびはまだ元気そうだ。少し磯臭いけど。体感行きの倍はかかった道のりに少し辟易としつつも、無事帰宅。この時間になると流石に起きている人の方が少数だ。さて、元気に挨拶して、ちびを洗う活力をみなぎらせよう。
「ただいまー! おはよー!」




