歌
僕が住んでいる町では、夕方のサイレンが歌が流れていた。女の人の声で当然のように音質は最悪だけど、小さな頃から聞いていたからか、今では自然とリズムを口ずさむ事が出来るくらいだ。でも、歌詞だけは正確に聞き取れていない。
僕はずっと、その歌の中身を知りたがってる。別れを惜しんだあの日も、友達と喧嘩した日も、夕方になってサイレンが流れ始めるとそのサイレンに集中して、なんとか聞き取ろうとした。でも、断片的にしか聞き取れなくて、お父さんやお母さんにも聞いた。お父さんやお母さんでも知らないらしくて、おじいちゃんやおばあちゃんにも聞いて回った。僕よりずっと長くこの町に住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんでも歌詞は分からないみたいで、いったいいつからあのサイレンが使われてるか、と言うのも正確には分からないみたいだ。
でも、おじいちゃんが子供の頃から既にあのサイレンだったみたいだ。
僕はまず、YouTubeで断片的に聞こえた歌詞の羅列をいれて調べた。出てきた順から手当たり次第に聞いて回ったけど、しっくりくるものがない。声では判別出来ないけれど、曲調があってないのだから、違うのだろう。そもそも、サイレンは1分間流れるだけで終わる。歌の全容を掴むにはあまりにも短い。そして、その歌がどの部分かが分からないのが問題だ。更に、他の問題は色んな歌を聴いているうちになんだかサイレンの歌がどんな歌なのか曖昧になってきた点だろう。
え、こんな感じだったかも……? と思ってしまったが最後、どんな歌だったか口ずさもうとしても出てこない。こうなったら一度やめて、またサイレンを聞いてあー! こんな感じだったと、今度はGoogleで探してみる。断片的に聞こえる歌詞には英語は入っておらず、日本語のみが使われている。それでも見つからず、そもそも歌詞が違うのかもしれないとまで思い始めた。
次に思いついたのは市立図書館だ。市にある図書館なのだから、由来だとか、歌詞だとか、そんなのがあってもおかしくはないだろうという思考だ。自転車でおおよそ30分、学校帰りにそのまま市図書に向かった。そもそもこの歌が気になり始めた理由は、隣の町に住む友達の家に遊びに来行った時に聞こえた夕方のサイレンが、12時に鳴るサイレンと同じ無骨なサイレンだった事からだ。他の地区に住んでいる友達は、歌ではなく音楽だったようで、これまた驚いた。それからずぅっと気になって、いよいよ寝る前にまで気になりだしたのだからとことんまで調べようと思ったわけだ。……2時間ドラえもんを読みふけってしまった。
いや、違うんだ。本当は1番奥にあった市のことと言うコーナーに行くつもりだった。でも漫画のコーナーが行く途中に見えたばっかりに。ドラえもんのやけに分厚い漫画を見つけてしまったばっかりに! やっぱり面白いなぁ。
ドラえもんの漫画を3冊カートに入れ、いよいよ本題に入ろうとしたが、ふと時間を見る。ばっちり門限をすぎてしまった。慌てて貸出カウンターに行き、5冊に増えた漫画を借りて帰る。む、鞄に入らない。
すっかりとサイレンは鳴り終わっており、辺りは夜の帳が降り始めている。やけに重くなった自転車を押して、静かな町を行く。一応、図書館から出る前に親に連絡をいれたのだが、説明不足だったのかさっきからぶるぶる震えている。帰った後のことを考えるとぶるぶる震えそうだ。今日は歌に関しては何にも進歩はなかったが、充足感が心を満たしている。あぁ、帰りたくない。
さて、今日こそはと気合いをいれて調べる。この前、門限をガッツリすぎたことにはちょこっとだけ怒られた。なので、今日は腕時計をしてきた。現在時刻は午前9時。そもそも学校帰りに寄るのが駄目だったんだ。あんまり時間がないからね。それなら週末まで待って1日かけて調べた方がいいだろう。怒られた後にそれを言ったらお母さんがお弁当を作ってくれた。お昼くらいになったら息抜きがてらに近くにある公園でピクニックでもしよう。
時間は有限! 意気揚々と図書館に入る。……開くの10時からだったよ。それなら近くの公園にでも行って散歩でもしよう。1時間も歩いたら疲れて調べるどころじゃなさそうだから、ちょっとした湖の近くにあるベンチに座って水面を眺める。今日は晴れていて良かった。いい感じに暖かくて、過ごしやすい天気だ。休日ということもあって、公園にそこそこ人がいる。人の流れを見てたらなんだかまぶたが重くなってきた。まだ図書館は開かないし、このまま気持ちのいい眠気に身を任せて目を瞑る。頭を打った。そこそこうとうとしていたようだ。水筒の水を飲み、時計を見る。ちょうど開館10分前だ。
今度こそはと、意気揚々と図書館に入る。今週2度目だ。この頻度で図書館に来ることは無いので、なんだか少し常連さんになった気分。ドラマとか漫画とかで見るけど少し憧れあるよね。そんなには通ってないけど。今日は漫画コーナーの横を通らず、小難しそうな文庫本の横を通って行く。む、あの本のタイトル気になる。手に取った。
文庫本を片手にたどり着いた。市について、などというタイトルはあるが、肝心のあの歌の本はどれなのかが分からない。かと言ってこの本を読んだら眠気に負けるのではないか。そこで天才的なことを閃いた。司書さんに聞けばいいんだ!
うっきうきで聞きに行き、街の名前とそのサイレンがどんな歌詞なのかを知りたいと言うと、何やらパソコンで調べている様子。それを邪魔しないように、パソコン使えるのかっこいいなぁなんて思いながら脇で待つ。どうやらなにか分かったようで、本の場所に案内してくれた。丁寧に本を渡してくれて、お礼を述べつつ机に向かう。遂にあの歌がどんな歌詞なのか分かると、少しワクワクしながら本をまくる。難しい漢字が所々にあり、読めなかった部分もあるが僕が住んでいる町の成り立ちや、いつからその名称になったか、初代町長などなどが書かれている。これは期待できる。
…………完全に飽きた。名称から年号、それと遍歴。事細かに書いてあるわけじゃないけど、サイレンのさの字も無いし、何よりあんまり面白くない。こういう町の歴史に興味がある人だったらそりゃぁ垂涎物なのだろうが、生憎と僕はあのサイレンの歌詞が気になるのであって、町の成り立ちにはあんまり興味がないのだ。パラパラと流し読みするも、そういった記述のようなものは見当たらないし、そっと本を元の棚に戻した。
時計を見ると、ちょうど12時30分と、いい時間になっているではないか。どうりでさっきからお腹が騒がしいと思った。隣の席に座ってた人に聞こえてたか心配になるほどだったよ。静かだから余計にも。
陽の光を浴びてぐぐーっと伸びをする。あっ背中からへんな音出た。午前中いっぱい使ってなんにも分かんなかったなぁ。午後からもう1回あの本見てみるかぁ。なんて思いながらお弁当を広げる。昨日の残りの生姜焼きに、卵焼きに、おむすび3つ。それにトマトとブロッコリー! 色合いが完璧過ぎて最高な気分!
公園の木陰に持ってきておいた少しだけメルヘンなレジャーシートを引いて食べる。ちょっと歩くだけで少し汗ばんじゃったから、食べる時もずっと直射日光は気が滅入っちゃいそう。木漏れ日を浴びながら時折ふく気持ちのいい風に揺られてると、子供の元気な遊ぶ声が聞こえてくる。ふふん、まだまだお子様だな、なんてちょっとだけ思ったけど、よくよく普段の僕を振り返ると、騒いでることに大差ないや。ちょっと恥ずかしい。お弁当も食べ終わり、食後の休憩〜と手を後ろについて雲の流れを見てると、なんだか眠気がやってくる。いや、ここで寝たら1日が終わる! そうなればいよいよ泣いてしまう。ならば腹ごなしも含めて公園でも歩こう。それで眠気もさめて、ちょっと気分をリフレッシュしたらまた図書館に行こうかな。あっ、このレジャーシート凄いたたみにくい! なんとか畳めたけどなんか、不格好。貸してくれたのにごめんよ妹。
腹ごなしの運動に湖を1周する。脇腹がちょっと痛い。なんでご飯食べた後に動くと脇腹が痛くなるんだろう。多分僕の中では永遠の謎だ。そんな事を考えながらソフトクリームを買って、ベンチに座って食べる。冷たくて美味しい。
「この前、ぼく一人で墓参りに行っただろ? まだあの歌のサイレンでびっくりしたよ」
「あら、まだあのサイレンだったの?」
「うん、次は君も一緒に行こう。あのおいしい和菓子屋さんもまだあったから」
隣の老夫婦の会話がたまたま聞こえてきた。歌、サイレン、おいしい和菓子屋さん……?
「こんにちは、横からごめんなさい、もしかして歌のサイレンをご存知なんですか!? 今僕あの歌の歌詞を知りたくて図書館まで来たんです!」
「こんにちは。歌のサイレンが隣の町でだけ聞けるのならぼくが言ったのはそのサイレンだよ。でもごめんね、ぼくも歌詞は知らないんだ。由来のようなものは父から聞いたんだけど」
その後、おじいさんからいくつか話を聞いた。あの歌は戦争中に亡くなった女生徒が作曲した歌と言うこと。歌詞の中には女生徒が好きなものばかりが詰め込まれていたようだということ。おじいさんのお父さんが作曲した、あのサイレンの人と同級生で、亡くなったあとに、彼女の声を惜しんだ同級生、先輩、後輩、先生と、彼女の才能を知っていた人たちが町長? か市長かに交渉したらしい。思ったよりも、ずっと深い話が聞けた。そのあとに、おいしい和菓子屋さんの話を詳しく聞いて、お礼を言って別れた。
帰りは、行きよりずっとふわふわした。歌詞は結局詳しくは分からなかったけど、歌がどういう経緯で僕の住む町で流れてるのかが知れた。嬉しくもあるし、彼女がどんなものが好きだったのか歌詞全部を知りたいって気持ちも更に強くなった。
でも、全部を暴くのはなんだか勿体ないような気がして、僕はこれ以上歌詞を調べるのをやめた。ただ、断片的に聞こえた、友の声、紅に染まる故郷、田畑。
そんなありふれたものを大事にしてたのかな、なんて思うと涙が出てきた。なんで亡くなったのかは分からないけれど、僕が生きてる時代までたしかに彼女の歌がのこっていた。それがたまらなく嬉しい。
おじいさんが教えてくれた和菓子屋さんは、大変美味しくて家族にも大好評だった。特に和菓子が苦手って言ってた妹が食べれるようになったのは凄いことだと思う。




