電車
初めて電車に乗った時のことを、僕は未だに覚えている。あの頃はまだ幼稚園だった時で、最初は怖くて、足が竦んで、母親に手を引っ張って貰ってなんとか乗ったことを覚えている。それからは、車とまた違ったように流れる外の景色と、周りに座る人達と、揺れるつり革と、時折一瞬だけ聞こえてくる踏切の急かすような音に、驚きつつも一緒にいた母に『電車ってすごいね!』と、言ったんだ。それから乗る機会はあんまり無かったけど、電車に乗ることは特別なことで、かなり好きだったんだろう。まぁ、今ではあまり好きじゃないんだけど。
僕の一日は自転車で駅まで移動し、電車に乗るところから始まる。田舎特有の車両が少ない電車にこれでもかと社会人と学生を詰め込んだ鉄の箱になんとか居場所を作って、数駅分揺られる。そうしていつも見る駅名、景色、駅のホームに着いたらひっそりと電車から降りる。そうして学校まで歩いて、帰りは若干空いた電車に揺られて帰るのだ。今日も、だんだんと景色が移り変って、降りる駅が近づいて来ている。今だけ時間が止まってくれないかなぁ、なんて益体もないことをぼーっと考えていたらいつの間にか降りる駅だった。でも、なんだか足が電車に引っ付いたように動かない。行かなきゃいけないと思いつつも、どうしても行きたくない気持ちも混ざってしまい、そのままドアは閉まって降りるはずの駅は遠ざかって行った。その頃にはすっかりと足は動き、遠ざかる行くはずだった学校と、そこに向かう生徒たちをどこか現実味がないまま見つめて、今日はずる休みをしようと、決意をした。そうと決まれば学校に電話でもいれて、欠席する旨を伝える必要はあるのだが、如何せん電車内ということもあって、とりあえず終点まで乗って考えることにした。ぼーっと流れるあんまり見ない景色を見ながら、シートに深く腰掛ける。あれだけいた人も、今ではすっかり両手で数え切れるほどになっている。普段は揺れるつり革が見えないほどに人でごった返していると言うのに、今はゆらゆら揺れるつり革を眺めている。幼い頃は急かすように聞こえていた一瞬だけ通り去って行く踏切の音も、今では聞きなれたもので、そこにあるものとしか思えなくなってしまっている。
そのうちに、終点へついた。結構広い駅で、田舎にしては広い方の駅だ。ひとまず学校に欠席の電話をして、一応家族にも電車に乗ってる時に気分が悪くなったことを伝えておく。
本来ならすぐにでも帰るべきなのだろうが、ここまで来たというのに家に帰るのも味気ない。なので、海に行くことにした。ずる休みと言えば海というイメージがあるのだ。それに、海を見て癒されたくなったのもある。すぐに海の近くにある駅を調べて、乗り換えも調べる。
切符を買って、再び電車に乗り込む。ずる休みをして海に行くなんてどうにもいけないことをしているみたいで興奮する。いや、実際にいけないことなのだが、この非日常が溢れる感じにわくわくしてしまう。幼い頃、初めて電車に乗ったあの時の気分のようだ。
移りゆく景色を見てそう思う。山から住宅地、住宅地から山、山から住宅地を抜けて、ようやく海が見えてきた。地平の先くらいにうっすらと見えるくらいだが、海が見えた瞬間から心が跳ねて仕方がない。移ろいゆく見慣れない景色に心を踊らせて、たまに乗り換えて行くうちに、遂に海の近くの駅に来た。切符を駅の出口の方面にあるポストのようなものにいれて、ひとまずご飯を食べようと辺りを見渡す。駅の近くなのにコンビニはなく、飲食店のような物も見当たらない。
僕が住んでる所はそこまで田舎じゃなかったんだなぁ、と痛感した瞬間である。お腹は変わらず空腹を訴えてくるが、元より本題は海だ。徒歩三分も歩けば砂浜に出れる。見知らぬ住宅地を、ゆっくり見渡しながら歩いて行く。見慣れない道というのはどうしてこんなにも心が踊るのだろうか。
もしかしたら誰も自分を知らないからと、少しだけテンションがあがっているのかもしれない。似合わない鼻歌を小さく口ずさんでいると、砂浜まで出た。
静かに聞こえる波のさざめきと、上空から聞こえてくるとんびの声。イメージとしてはうみねこや、かもめなんかが海に近いような気がしていたが、見えるのはとんびだけだ。砂浜を海につたうように歩いて、少し腰を落ち着けられそうなコンクリートの階段を見つけたので腰掛ける。
途端に襲ってくる後悔と不安。学校をサボったのなんて初めてで、なんでサボってしまったんだろうと言う後悔と、途方もない自分を蝕んでくるような不安に、どうしようもない無力感。そんな自分を苛む感情が止まったのは、ズボンに付いているボタンがお尻に突き刺さってからだ。
それからは聞こえてなかった海のさざめき、とんびの声、潮の香りが知覚出来るようになった。
ため息ひとつ、海を眺める。高くまで登った日に照らされて、水面が形を変えてはきらきらと反射するものだから、ついつい目を細めてしまう。こうして海を眺めていると、虐められている事実も、学校を一日サボった事実も、どうでもいいんじゃないかなぁ、なんて思い始めてくる。自分が酷く矮小で、抱えていた悩みも全部波が攫っていってくれるような気がするのだ。
実際はなんにも解決はしてないのだが、海を見て酷く満足感に浸っている。そうして満足感に浸ったまま、また電車に乗り見慣れない道と、見慣れた道を通って帰るのだ。途中でどこか食べ物を買う頃にはきっとこの充足感も、満足感も薄れてしまっているのだろうが、今日ここに来たことは生涯忘れないだろうと言う確信があった。




